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格上と戦う前に。

さて、冒険者の討伐隊がそれなりの数でこのあたりの階層を目指してくる、という事なのだが、流石に低い階層で奴らを待っていても、俺の方がスタミナ切れでやられてしまう。それなりの階層の高さまで移動して、俺自身のレベルを上げつつ、そこまで上がってこれる連中を相手にすることで、安全に経験値を頂いちまおう、という作戦を取ることにした。だが、


“ヒュプノス君、これは、結構拙いかも知れない。”


 いつになく真剣な声のベネルフューゲルに、俺は少し面喰う。拙いって、何がですか?神様。


“ギルド方面に人化させたぺルセポネを送り出したんだけど、彼女の情報によれば、Bランクの冒険者も討伐依頼を受けているみたい。”


 Bランク、と言われましても。どのくらい強い訳ですか?俺は人間の冒険者の強さには疎くて良くわからんのですが。


“ええと、そうだね、この前倒したソロの冒険者がCランク上位、なのだけど、Bランクっていうのはね、どうやら討伐をかなり積んだうえで、試験を受けてなる物らしいんだ。だから、この前の奴よりも腕が立つ、しかもパーティを組んだ連中、という事になるね。”


 げ、それって結構拙いですね確かに。


“複数パーティが組めば、下手をすると羅刹でも狩られる可能性があるよ。慎重に事を勧めるんだよ、ヒュプノス君。”


 解りました。有難うございます、神様。

 俺は15階層で待ち受けようと思っていたが、そのレベルのパーティだと簡単にそこまでは抜けてきそうだな。だとすると、羅刹の旦那が居を構えている20階層まで上がって、事によっちゃ共闘でやっつける、というのも視野に入れた方が良いな。

 

“そうだね、羅刹にも連絡しておいてあげるよ。今はヒュプノス君と対峙しないようにって、ね。”


 よろしくお願いします。っていうか羅刹はやっぱり俺と戦うつもり満々だったらしいな。まったく、あんな筋肉ダルマ俺が相手にしたら一瞬で挽肉にされてしまうわ。死んでもごめんだ。

 さて、俺が今いる階層は13階層だが、早々にのぼり階段を上がっていった方が良いだろう。と、思うのだが、この階層のモンスター共が意外とやる。種族は変わっていないんだが、レベルが上がったのだろうか、結構手ごわい。


 今なんかも、トレント2匹が俺の前をふさぎ、その後ろに初見のモンスターが控えている。美しい女性の形をとった、樹木のモンスターの様だ。髪の毛は途中から枝葉が茂り、腕や足も樹の節のようなものが見える。


トレント

HP 210/210

MP 140/140

攻撃:115

防御:140

魔力:103

知力:108

俊敏:57

スキル:ブランチ・アロー、リーフカッター

スペル:ナップ


ダフネ

HP 187/187

MP 168/168

攻撃:108

防御:137

魔力:143

知力:138

俊敏:88

スキル:リーフカッター、ソーンバインド

スペル:ナップ、ウインドカッター


 おいおい、奥のモンスター、結構やべえぞ。魔力・知力が俺と殆ど変わらん。これは…先ずはクイックだな。そう思った矢先、連中の周りに黄色い花が咲き乱れる。なんだ?これ…う、視界がぼんやりしてきた。

 これは…ナップ?

 眠い…だが、これ、寝たら死ぬぞ!ってやつだ。冗談抜きに…。

 俺が今からやるべきは…

 

ボウッ


 久しぶりのダーククラウド。視界を塞ぎつつ…


 

 トレントは大きな枝を振るい、煙の中へと突っ込んでいく。そして、大きく枝を振るって煙を一掃する。そして、眼前に現れたバルロッグ目掛けて、枝を突き立て、ブランチ・アローを乱射していく。それらは見事にバルロッグの胴体に突き刺さり、その傷口からは…煙?


 ボボン。


 バルロッグの姿はそのままダーククラウドへと変化して、2体のトレントは煙に巻かれてしまう。


 ざ、ざまぁ…うう、眠い。このナップって呪文、強烈だな…だがここで眠ってはマズい。少なくともこいつらを倒すまでは、意識を失う訳にはいかない…

 喰らえ、

 『ヒートグラップル』!

 俺は久々に登場した炎の触手をダフネへと巻き付ける。「キアアアア!」と声を上げるダフネ。そのまま燃え尽きてしまえ!と思うのだが、敵も魔力・知力とも高いお蔭で、そう簡単に炎を通さない。

 ダフネは炎に巻かれながらも、ウインドカッターを放ってくる。その威力は今まで見てきた他のモンスターの比では無い。

 う、これを貰ったらマズい…だが、眠くてうまく動けん…肉を切らせて…何とやら!

 ザクッ!俺は胴体を斜めに大きく傷つけられるも、瞬間的にドレインを後方のトレントへ向けて詠唱し、その傷を無理やり回復する。なおも続けざまにウインドカッターを詠唱するダフネ。斬、斬、斬。何度も切られてはドレインをする、その繰り返し。次第に俺の体力が削られてくるも、お陰様で目が覚めてきた。

 そして、同時にダフネも耐久力の限界を迎えたのか、轟轟と炎に飲み込まれ始めた。

 ここまで来れば、俺の土俵だ。と、思ったが…後方のトレント達がミミックの煙から解放され、俺の方へと迫る!

 ぬおおお!『ブレイズウォール』!

 俺はダフネを拘束しながら、後方の2匹へ炎の壁を放つ。もうすぐMPが空になってしまう!だが、出し惜しみしてる場合では無い。

 ダフネさえ仕留めてしまえば、こっちのもんだ。消えて、無くなれぇ!!

 真っ赤に染まった炎が、ダフネの全身を包む。同時に、後方のトレント達もまた、巨大な炎の壁に包まれ、燃え尽きていく。

 俺の周りを強烈な炎熱が包み込み、地面を、壁面を、焦がしていく…


 はあ、はあ、はあ、何とかなったみたいだな。結構強いモンスターだったけど、これでまだ13階層。こっから先が思いやられるなぁ。それに、Bランクの冒険者たちはこれより遥かに強いはずなわけで…益々、このままじゃマズいわな。俺はダフネとトレントの魔石をかじる。ダフネの魔石は知力+3だ。トレントと合わせて+5。こいつは助かるな。


・ヒュプノス

【種族】バルロッグ LV.7(7/20)

HP  128/210

MP  52/228

攻撃:238(+20)

防御:110

魔力:137

知力:137

俊敏:127

スキル:ファイアブレス、フェザーショット

スペル:スリープ、セルフバーニング、ファイアボール、ブレイズウォール、ヒートグラップル、ウインドカッター、クイック、ドレイン、アブソーブ

加護:ハイディング、ダーククラウド、シャドウチェイサー、影縫い、ミミック、ステータス

装備:アイアンソード、アイアンダガー


 よしよし、かなりステータスは上がって来てるな。この調子で行こう。最低でもレベル10位は欲しいところだ。俺はともかくも上の階層を目指して、歩みを進めていく。






 夜の都ノクトルム近郊にある街、ウィトゲンシュタイン。ついこの前までは片田舎だったのだが、ノクトルムというダンジョンが出来上がってからというもの、一気にその総人口が増え、ギルドの支部も出来上がって盛り上がりを見せている。

 最近では高ランク冒険者もちらほらと現れだし、彼らが高階層からレアな武器やアイテム、素材などを持ち帰ってくるようになった。そうすると当然のことながら街の卸商は潤い、低ランクの冒険者は一攫千金を求めてダンジョンへと足しげく通い始めるという、さながらゴールドラッシュのようなダンジョンフィーバーを見せ始めている。


(ふふふ、ベネルフューゲル様の想定通り、この街は我々のダンジョンに心酔し始めていますね。)


 一見すると、ローブを纏った黒髪の美女。魔術師を生業にする冒険者に見えなくも無い。だが、その正体はノクトルム50階層を束ねる階層主、ぺルセポネ。彼女は今、情報収集と情報操作のために、街へと繰り出している。


(それにしても、ベネルフューゲル様も我が主ながらつくづく大胆な発想をなさるお方だ…まさか、邪神という立場を恐怖信仰へと発展させてしまおうとは。)


 ぺルセポネは感心して頷いている。周りの冒険者や町人が、美人が一人頷いている姿に怪訝そうな顔をしているが、彼女は彼らにどう思われようと全く気にしていない。所詮は仮初の姿で、毎回別の恰好をして町を闊歩することになるのだから。

 ベネルフューゲルの作戦は至って単純だが、他の神々からは思いもよらぬ方法であった。それは、「邪神」として恐れられ、人々の心にその存在を焼き付けることによって、そこから「信仰」と同じ力を得る、という方法。

 ベネルフューゲル自身も邪神として排斥され、このダンジョンを創るまでは、正規の神として信仰を集めるほかに自分自身の力を強める方法は無いと考えていた。だが、実際にダンジョンを創り、それが彼の邪神が創り出したと広まると、徐々にではあるが力が戻って来たのだ。

 初めはどこかで多神教の教義が復活し始めたのかと思ったが、あまりにも急激に力が回復し始めたためにこれは何か別の要因だ、と悟り、階層主達を使って情勢を注視した結果、どうやら信仰にせよ恐れにせよ、人々に「認識」されているという事が大事だという結論に達した。

 要は、人の心に自分の存在があるか、それが非常に大事な事であり、今の立場からだったら、信仰を巻き返そうと奮闘するより、邪神として恐れられつつ、ダンジョンの主として認識された方が余程早く、大きく、力を回復できるという事なのだ。


(まさか、自分が忌み嫌われる事によって力を得ようなどという神は、他には居ますまい。今は、邪神と呼ばれているのはベネルフューゲル様のみですしね。)


 さて、とぺルセポネは思考を切り替える。今日は、ヒュプノスの討伐依頼の状況を調べにここに出てきている。特定のモンスターの討伐依頼は、モンスターを倒したもの勝ち、という事で、登録制になっている。その名簿は自由に閲覧することが出来るわけだ。

 ぺルセポネはパラパラとその一覧を見やる。先日見た時と状況は変わりない様だ。Bランクの上位ともなると、自分の治める40階層~50階層へと到達してもおかしくは無いほどの力を持っているが、流石にそれほどの実力者となると、バルロッグ討伐は余り美味しい案件でもない。

 見たところ最も高ランクであっても、Bランクになりたてのパーティが1組、登録している状況だ。

 これなら、問題あるまい。ぺルセポネはフッと息を吐く。これくらいの障害は乗り越えてもらわなければ困る。異世界の眷属、お前にはもっともっと強くなってもらわなくては困るのだ。

 そう、ベネルフューゲル様から寵愛を受けているお前が、いずれ、異世界の勇者と対峙する存在となるお前が、我々より弱くてはダメなのだから。


「さあ、お前がどう立ち回るのか、見せてもらうぞ。下層階のリーダーとしてな。」


 ぺルセポネは妖艶に口角を上げた。ちなみにギルド内の数名の男性冒険者が、その表情にハートを撃ち抜かれたのは、別の話。





 15階層。俺は、すでに冒険者達との交戦に入っていた。クソッこんなに早く追いつかれるとは思ってもみなかったな!

 

“ああ、ごめんヒュプノス君、伝えてなかったよ。冒険者達はこのダンジョンに時たま落ちている転移石を使って、行ったことの有る階層に瞬時に移動することが出来るんだ。でも、安心して?ぺルセポネからの連絡だと、Bランクパーティはどうもこの近くの連中じゃない。一階から順々に上がって来てる筈だから、まだ暫くはCランクの連中ばかりの筈だよー。”


 バカッ、これが安心できるか!今の俺の状況を見てみりゃ解るだろ!


冒険者

HP 90/180

MP 130/130

攻撃:145(+25)

防御:155(+30)

魔力:103

知力:108

俊敏:82

装備:バスタードソード


冒険者

HP 150/160

MP 130/172

攻撃:105(+10)

防御:120(+10)

魔力:135

知力:142

俊敏:65

スペル:スノーボール、ウォーターウィップ、アクアヒール


冒険者

HP 172/172

MP 143/143

攻撃:132(+15)

防御:127(+15)

魔力:112

知力:107

俊敏:123

装備:カザックナイフ


 Cランク冒険者ってパーティになるだけで強さが段違いだぞ!攻撃の手数も、回復も、全部が万端じゃねぇか!


「ダグラム、そっちいったぞ!」

「任せろ!」


 ギイン!俺のアイアンソードと、ダグラムと名乗る冒険者のバスタードソードがぶつかる。パワーは俺の方が上だが、奴は技術を持ってる。力を往なされ、たたらを踏む。マズい!冷や汗が流れる。瞬間的に、俺はセルフバーニングを唱え、切りかかってくるダグラムを牽制する。


「チッ、これを貰うのはマズい!」

「ダグラム、いったん引いて!」


 バックステップで引くダグラムの動きに合わせるように、スノーボールが乱射される。うおおお、あぶねえ!俺は必死に回避するが、今ので何発か貰ってしまったらしい。セルフバーニングがスノーボールと相殺されて解除されてしまった。


「よそ見は行けねーぜ?トカゲさんよ!」


 ゾワリ、と背中の毛がよだつような感覚。真後ろからナイフが一閃!グッ、背中が熱い。キッチリ貰っちまったようだ。だが…ドレイン!


「うぐぅ!」


 一番魔力・知力の低い戦士職の奴から、体力を奪う。魔術師から奪えれば一番だが、奴は魔力・知力とも優れている。恐らく大した効果は出ないだろう。

 俺はドレインで何とか傷を塞ぎながら、シーフの追撃をシャドウチェイサーで辛うじて回避していく。


「く、ちょこまかと。」

「ゲッシュ、深追いするな!」

「わーってるよ!」

「ダグラム、回復するわ。『アクアヒール』」

「ミュレ、済まない。」


 面倒な…これは、俺も本気で行かねぇとダメだな。え?今までのは本気じゃ無かったか?いや、だって魔術師女の子だったからさ、やっぱ手上げづらくて。でもそれで俺が死ぬわけにも行かなくなった。魔術師を仕留めないと、この先はジリ貧だ。

 『クイック』!

 俺はスピードを一気に引き上げ、短期決戦へとスタイルを移行する。相手の俊敏は123が最高。今の俺は160を超えている。絶対に追いつかれん。そして、その上で、


 ボンッ


 俺はダーククラウドを発動、奴らの目をくらませる。


「まずい!いったん距離を取れ!」

「離れるな!固まるぞ!」


 俺の狙いは後衛一直線だ。大地を踏みしめ、加速する!そして、前衛を一気に抜けて、ミュレと名乗る魔術師の懐に潜りこむ。


「なっ!」

「ミュレ!」


 だが、戦士職の野郎の反応が良く、ギリギリのところで剣を受けられてしまう。チッ、伊達に戦闘経験積んでないってわけだな。だが、お前は俺のテリトリーに入ったぜ!


「何だ?か、身体が…」


 影縫い、だ!俺は説明したい衝動に駆られるが、「ギャア!」と声が出ただけだった。というかそんな暇はない。この戦士職をまずは叩き斬る!俺はアイアンソードを唐竹に振るった。ダグラムの右肩からざっくりとその身体を半分に切り裂く。


「きゃあああ!ダグラム!」

「てめぇ!」


 ゲッシュというシーフが俺の後ろに回り込むが、お前一人なら俺の敵じゃねぇ!クイックで増やした手数に、押されていくゲッシュ。だが、剣での斬り合いにはかなり熟達しているのか、中々突破口が開けない。呪文に切り替えだ!

 『ブレイズウォール』!


「こいつ…こんな呪文まで!がああああっ!」


 炎に巻かれるシーフ職の男。俺はそいつに迷わず追撃を叩きこむ。斬!

 そして俺は背後を振り返らず、魔術師に向き直る。ミュレと名乗るそいつは、ダグラムという戦士に泣きついたまま呆けている。

 参ったな…これ。憔悴してる女から命を奪うとか、そこまで無慈悲になれねぇよ俺は。

 多分、恋人同士かなんかだったんだろ。全く、なんで揃いも揃って冒険者なんて仕事やってんだよ。

 もう帰れよ。外でまともな仕事探せ、お前は。

 なんて思って、踵を返して上階を目指そうとするも、


「許さない…ダグラムの仇!!」


 魔術師は怒り狂ってスノーボールを乱射してくる。ああ、そうなるわな。仕方ないか。悪く思うな、お前が俺を殺そうとしたんだからさ。

 俺はスノーボールを難なく避けると、魔術師へアイアンソードを一閃。


「ダ…グラム…。」


 彼女の命を刈り取った。ああ、ついに女性冒険者も手にかけてしまった。一人も百人も同じ、とか言ってだんだん俺も狂ってくんだろうか。嫌だなぁ。だが、俺も命がかかってるのだ。こんなところでくじけてはいられない。

 俺は戦利品のバスタードソードとカザックナイフを回収し、装備を充実させる。こんな連中を、まだまだ何人も相手にしなければならんのだから。


・ヒュプノス

【種族】バルロッグ LV.10(10/20)

HP  88/219

MP  30/244

攻撃:252(+25)

防御:118

魔力:140

知力:149

俊敏:130

スキル:ファイアブレス、フェザーショット

スペル:スリープ、セルフバーニング、ファイアボール、ブレイズウォール、ヒートグラップル、ウインドカッター、クイック、ドレイン、アブソーブ

加護:ハイディング、ダーククラウド、シャドウチェイサー、影縫い、ミミック、ステータス

装備:バスタードソード、カザックナイフ

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