勇者の力、冒険者の動き。
結論から言えば、僕らの貰った能力は巷で言うチート、という奴らしいことは解った。谷口が大はしゃぎしていたので、世間の事に若干疎い僕でもそれがどういう意味合いなのかはわかる。
僕の能力は、聖剣。何物にも破壊されない光の剣を武器に、全ての敵を両断する力だそうだ。ちなみに光のナイフを無数に創り出して、四方へ飛ばす、なんて使い方もあるらしい。僕のレベルが上がると、光の剣のレベルも上がっていくのだそうで、しばらくは練習を兼ねて修行をしないといけないそうだ。
ほかの皆も色々な能力を与えられたみたいだ。とはいえ、僕らは一緒に戦うことも無いので、ゼノン、と名乗る神は特段他人の能力を説明したりはしなかった。全員に同時に加護を与え、同時に説明したのだろう。なんつうか、合理的な神様だな。
“では、勇者たちよ、そなたらが暫く修行を積むべき修練の場へと、いざなおう。”
またしても光。やっぱり神様らしく、転移には光を用いるってことなのかな。ぼーっとそんなことを考えていると、僕らの眼前にはいつの間にか巨大な空間が広がっていた。見たところ、石造りの神殿の内部みたいだ。空気は凛として透き通っており、天蓋の明り取りから陽光が射しこんでいるが、全体的に薄暗い印象。中世の教会とかを連想させる。
そう言えば去年旅行で言ったシャルトルの大聖堂とか、こんな雰囲気だったなあ。暗くて、空気が冷たくて。
“これより、そなた達にはこの場所に於いて暫くの間修行を積んでもらう。”
ゼノンの言葉に合わせるように、僕らの眼前の床がまるで液体のように流れ、その中央から石の巨人が姿を現した。
“そのストーンマンを相手に、自らの技術を磨くが良い。厳しい修行になるだろうが、心してかかって欲しい。それほどまでに邪神共の力は強大なのだ。なに、この修行で命のやり取りをせよとまでは言わない。そのような危機に陥ったならば、すぐさまそなたらを助けると誓おう。”
ゼノンはそういうと、唐突に念話を切った。まったく、投げやりな神様だこと。それと時を同じくして、ストーンマンが行動を開始する。その身長は5メートルは在るだろうか?まるで大仏が殴りかかって来ているかのようだ。こんなやつ相手に、どうやって勝負をしろっていうんだ!危なくなったら助けるも何も、殴られたら即死じゃないか!
僕は自棄になりそうなのを抑えて、兎に角逃げ回りながら打開策を探ろうとみんなに声をかける。
「みんな、お互いの受け取った能力の説明をしてくれ!」
僕はみんなからの能力を聴くまで、ストーンマンを足止めすべく、光の剣を投げナイフの要領で放った。そうすると…
ズガアアアン!
僕の投げた光のナイフはストーンマンの頭を一瞬でかち割り、貫通すると、後方の神殿の柱に御大層なひび割れを創って止まった。え、え?何が起こった?
一瞬、呆気に取られて言葉を失ってしまう。周りのみんなも棒立ちだ。
「…凄い、直人、凄いね!」
はじめに我に返った綾子がそんなことを言って僕の方へ駆け寄ってくる。
「うん、何だか、凄いことになったね…。」
僕はぶっちゃけまだ他人事だ。だってさっきまで教室で弁当食べようとしていたのだ。それが1時間後には5メートルの石の巨人を1秒で倒せる力を持つことになるなんて、誰も想像しないだろう。
とはいえ、いつまでも呆けている訳にもいかないので、僕らは車座になって、自分たちの受け取った能力を説明し合う事にした。
‐‐‐‐‐
12階。相変わらず森だ。しかも、この森、昼と夜がある。びっくりである。太陽がきちんと沈んで、林冠の向こうには夜空が拡がっている。ベネルフューゲルの力って凄いんだな、などと、感心する。
この階層は植物みたいなモンスターが多いみたい。今も、俺の前に少し大きめの樹のお化けみたいなのが2匹、立っている。
トレント
HP 200/200
MP 132/132
攻撃:105
防御:135
魔力:97
知力:103
俊敏:52
スキル:ブランチ・アロー、リーフカッター
スペル:ナップ
おお、それなりにやるな。見た目も丸太だ、防御力も高いだろうとは思っていたけど。
「キイイイイイ!」
奇妙な声を上げて、トレント2体は両腕をゆさゆさと振るって攻撃してくる。スピードは大したことが無く、俺の俊敏があれば全く当たる感じはしない。だが、その振るった腕から無数の枝が矢のように飛び出してくる。
「うおっ、と。何だ、結構いやらしい攻撃してくるじゃねぇの。」
今のがブランチアローか、当たると痛そうだな。攻撃力は大したことないが、人間時代に手に棘が刺さった時の気持ちを思い出す。当たらないに越したことは無いな。
俺はあんまり長々と相手をしているのも面倒なので、動きの遅い連中にブレイズウォールを放つ。巨大な炎の壁が、2体のトレントを囲み、業火を巻き上げていく。パチパチと薪が爆ぜるような音が響き、トレント達が見る見る炎に包まれていくのが解る。炎が激しすぎて、こっちには断末魔の声すら聞こえない。これ、火属性に対して弱すぎじゃないか?まあ、俺としちゃラッキーだが。
文字通り消し炭になったトレント達の後には、2つの魔石が。それをいつも通りボリボリと食べる。うん、知力+1、ってとこだな。
・ヒュプノス
【種族】バルロッグ LV.4(4/20)
HP 201/201
MP 208/208
攻撃:232(+20)
防御:102
魔力:134
知力:128
俊敏:124
スキル:ファイアブレス、フェザーショット
スペル:スリープ、セルフバーニング、ファイアボール、ブレイズウォール、ヒートグラップル、ウインドカッター、クイック、ドレイン、アブソーブ
加護:ハイディング、ダーククラウド、シャドウチェイサー、影縫い、ミミック、ステータス
装備:アイアンソード、アイアンダガー
うん、順調順調。羅刹の旦那がどれくらい強いのか知らんが、何とかなるレベルには持って行きたいところだ。いや、戦わなくて済む選択肢があるなら、それが一番なのだが…
“何を弱気な事を言ってるんだいヒュプノス君!羅刹は満月ごとに復活するんだから、気にせずにボコボコにしてやればいいんだよ!”
神様、言う事が物騒です。というか羅刹と闘ったら間違いなく俺の方がボコボコにされると思いますが。
“大丈夫だ!君ならできる!”
うーん、根性論かよ。俺理系で文科系なんだよ。体育会系のノリとかダメなんですよ。頑張れないっす。
まあ、いいや、ともかくレベルアップに励むとしよう。
廊下の先には、明らかに怪しげな植物の集団が。マンドレイクだ。その数5匹。裸の子供の頭に、でっかい赤い花が咲いている。不気味なデザインだなぁ…
マンドレイク
HP 110/110
MP 153/153
攻撃:92
防御:95
魔力:120
知力:122
俊敏:63
スペル:ナップ、ウインドカッター
うお、結構強いな、あんな適当なデザインしてるくせに。デザイナーにクレームつけてやる。
俺はアイアンソードで奴らに切りかかっていく。はじめはファイアボールでも使おうかと思ったが、魔力・知力が高いのでそれなりに防がれてしまいそうだ。それなら、物理攻撃で一気に畳みかけるのが良かろう。腕力で叩きのめすのだ。文科系?何それ美味いの?
マンドレイクたちは散り散りになりながらウインドカッターを四方から放ってくる。ズバ、ズバっと俺の鱗が切り裂かれ、鮮血が舞う。う、こいつら結構やるな!しかしスピードが遅い。一体、また一体と剣の餌食となり、あっという間に最後の一体だけが残される。
さて、俺もそれなりに体力を消耗してしまったことだ。ここでHP回復!『ドレイン』!
「ギイイヤアアアアアア!!!」
マンドレイクが凄まじい断末魔の声を上げながら絶命する。何でも、この声を人間が聞くと、即死するんだとか言われていたが、死なないにしても気味が悪いのは確かだな。HPもそれなりに回復したことだ。5匹分のマンドレイクの魔石も頂こうかな。あボリボリっと。
最近、このあたりの階層にやばい位強いモンスターが出現するってんで、討伐依頼がギルドに張り出された。何でもバルロッグの強化種らしくて、10階~15階辺りに出現するんだそうだ。ポーターの男が命からがら転移石で脱出してきたそうだが、彼のパーティーは全滅だったらしい。
俺はソロでCランクの冒険者をしてる、ルドってもんだ。そんじょそこらのパーティーを組んだCランク共とは違う、タイマンでCランクの獲物とやり合える実力を持ったプロ、それが俺ってわけだ。パーティを組めばBランクでもいけると思うが、如何せん取り分が少なくなるのが嫌でね。
俺はこの依頼を受けることにした。バルロッグ?何匹殺してきたか知れねぇや。いかに強化種とはいえ、大したことねぇだろ。こちとらオーガ・バトラーにもソロで挑めるんだぜ?高々トカゲ一匹、どうとでもならあな。それに、かなり報酬も弾んでくれるらしい、美味しいことこの上ねえ。討伐が済んだら祝杯だな!
…と、ここに来るまではそういう風に思っていたわけよ。だが、こいつはマジでやべえな。俺の目の前に立っているこの黒トカゲ、バルロッグ。標的に難なく出会えたのは良かったが…なんでコイツ、武器装備してんだ。冒険者から奪ったのか?そんな奴初めて見たぞ。
それにこいつから漏れ出る覇気。オーガ・バトラーの比じゃねぇ。俺は腕力には自信がある方だが、良くて五分だ。どうやって攻めていく…?
「ギャア!」
奴が一言吠えると、まるで霞が掛かったかのように消える。な、何だ?一体どこに!?
俺は剣を構えたまま油断なく辺りを見回す。が、その存在を認識できない。どういうことだ?一体どんな力を使ってやがる…?
ハッと気付いた瞬間には、奴は俺の横、左から切りかかって来ていた。
「うおおお!あぶねぇ!」
反射的に、俺は両手持ちの大剣を奴の太刀筋に合わせ、攻撃を弾く。ジンジンと手が痛む。なんて馬鹿力だ!しかし、相手は二刀流。続けてダガーで切りかかってくる。俺はたまらずバックステップで後方へ回避、何とか体制を立て直す。が、
「おい、どこ行きやがった!?」
またも姿を消した。一体、どうなってやがる…俺は全神経を集中して、次の攻撃に備える。そして視界の端に動くものを捉えた。
「そこか!」
俺は、両手剣を振ろうとしたが、やけに軽い。そして、気配がした方を見てみれば、それは敵ではなく、宙を舞う両手剣と、それを握を握る左右の手。
「あ、れ?」
俺の両手は、どこ行った?
それが、ルドが認識した最後の映像になった。
俺の目の前にはソロの冒険者。戦士風だな。結構パワーは在るみたいだけど…。戦士職だとそもそも俺の事を視認するのは難しいだろうな。ササっと終わらせるか。え?スリープ?いや、やっぱここは正々堂々とだな…。
「ギャア!(いくぞ!)」
俺は奴に回り込むように走っていく。どうやらハイディングがバッチリ決まっているらしく、相手は俺に気付いていないようだ。敵の側面からアイアンソードで切りかかる!
「うおおお!あぶねぇ!」
初撃は上手く躱された。それなりに熟練の冒険者らしい。が、何しろ俺の姿が見えないんじゃ後手後手だろう。続いて左手のダガーで攻撃を放っていく。相手はたまらずダガーを弾きながらバックステップ。だが、
「おい、どこ行きやがった!?」
もう視認が出来なくなったらしい。ハイディングの効果は絶大だな。何だか時間かけるのもアレだから、早めに終わらせるとしよう。俺はシャドウチェイサーで奴の足元まで移動すると、下から斬撃を放つ。奴の大剣が、両腕ごと吹き飛んでいく。
「そこか!」
なんだか、自分の手が飛んでいった方に剣を振るおうとしたみたいだが、それはアンタの腕ですよ、残念ながら。
「あ、れ?」
間抜けな声を上げる冒険者。一思いに消してやろう。俺はそう思うと、奴の真下から顎を通して脳天へと
ダガーを突き立てた。
ドサリ、と倒れる音。これが、羅刹の言っていた結構強くなってきた冒険者、って奴だろうか。だがパーティーを組んでいればかなりやりにくいだろうけど、ソロで活動している冒険者なら、それなりにあしらう事が出来そうだな。こいつの装備品は…俺には使え無さそうだ。残念だけど、俺の経験値ということ以外に彼にやってもらうことは無いみたい。
ダンジョンはもうすぐ夜になろうとしている。夕焼けが綺麗に森を照らし出す。美しいなぁ。こんな世界を自在にデザインできるなんて、ベネルフューゲルはやっぱり大したものだ。
“でっしょー?ほらほらもっと誉めていいのよ!もっと敬いなさい!”
あー、あの、俺の思考の中に勝手に入ってこないでくださいな...。
“何言ってんのさ?僕と君との仲じゃないか!”
へえ、まあ、今となっては困ることなんて無いんだけどさ。
“もう!あんまり堅いこと言ってると、君の嫌な思い出やら、初恋のあの子との出来事をアバドン達にリークしちゃうぞ!”
うへぇ!お代官様、それだけはご勘弁くだせぇ!
“あはは!大事だよ、ヒュプノス君、僕は流石に記憶や情景までは辿れないからさー。冗談だよジョーダン!”
うげえ、なんだハッタリかぁ。良かった、助かりました。それにしても冒険者との戦いより余程消耗するよな、こういうのは。
“あはは、それはそうと、さっき倒した冒険者ね、ギルドから依頼を受けていたようだよ。何でも君の討伐依頼だったみたい。彼が街に戻らないとなると、本格的に討伐パーティがこの森にやって来ることになると思うから、気を付けてねー。”
おう、マジか。しかし、レベリングにはもってこいなのかも知れないな。ハードな案件になりそうだけど、ヘルハウンド時代の事と比べると、ダンジョンの構造もかなり俺に味方してくれそうだ。やってやろうじゃねーか。
“頑張ってね、ヒュプノス君!”
りょーかい、頑張ります!




