仕様変更、からの、転生。
パソコンに向き合う。文字列が延々と並んでいる。午前3時、俺の頭はパンクしかけている。否、何度かパンクをして、そのたびに熱いインスタントコーヒーのサーキットブレイクと某カフェイン飲料でドーピングしているにもかかわらず、一向に作業が進まない。
誰だ。仕様変更なんて言い出した奴は。いや、違うなこれ。顧客側からの問題だ。法律が変更になったとか…うん、そんな類のことだ。ほんと、状況が変わるたびに法律をいじるのとかいい加減にしろ。いや、法律じゃなくて、規則?だったか?官僚の決まりごとは解らん。俺に解るのは、仕様変更が致命的に俺の仕事を蝕んでいるという事だけだ。
「はー、もう今日はダメだ。いや、今日っていうか、寝なければ明日は来ないんじゃないか?締め切りが明後日なら、寝なければ明後日は来ないという訳だ。ふはは!」
時計を見ると、4時を回っていた。俺は一時間何をしていたのだろう?いや、解ってる。目を左から右に動かしていたのだ。目の筋力だけなら、日本有数なんじゃないだろうか。下らない事ばかり頭を過ってしまう。
「仕方ない…仮眠だ。きっと、寝ている間に解決策が思い浮かぶ筈さ。」
俺は仮眠室と言う名の床に転がる。この会社に仮眠室などない。勝手に眠りやすい所で眠るだけだ。デスクの下から常備してある茣蓙を取り出し、横になる。あれだけカフェインを大量に体内に取り込んだのに、あっという間に眠気が襲ってくるな。せめていい夢が見たいもんだ。
…い
…おーい、
…もしもーし。
うるさい、起きたら地獄が再開するんだ。寝かせてくれ。
「いやあ、地獄は再開しませんよ!」
ああ?なんだ?俺の思考を読んでくる夢とは。初めて体験するな。頭の中で起こってるからそれもアリなのか?
「夢じゃないんだな、これは。君には転生をして貰った。今君はまっさらな存在さ!」
ああ、意味わからん設定有り難う。異世界転生ってやつな。知ってる知ってる、俺の周りにも沢山居たよ。異世界行ってるやつ。締め切りと同時にこっちに帰って来たけどな。いや、帰ってこない奴も居たけど。
「違う違う、君の仕事の話じゃない。そっちの世界の事はもう忘れてくれ。つうか取りあえず起きてくれ、話が進まない。」
言われて、ようやく俺はむくりと身体を起こす。と、目の前には、蝙蝠みたいな翼を持った女性が立っている。見た目からして…コスプレ?では無いらしいな。
「ああ、ようやく僕の話を聴く気になったか。いや、済まないね、こんな形で呼び出してしまって。」
いやあ、もういいよ。どのみちこの夢が覚めたら馬車馬のように働くだけだしな。
「さっきから言ってるけど、もうその仕事しなくていいから。君はね、僕の異世界眷属1号に選ばれたのさ!」
はあ?その設定まだ続けるわけ?
「設定じゃないよ。君は、僕の居る世界、オルグリョーゾに転生する。理由はね、簡単に言うと、八つ当たりだね。」
おいおい、何だその理由は。八つ当たりのために俺が転生させられる?いや、誰に対する八つ当たりだ?俺に対してか?
「八つ当たりはね、この世界の住人に対してかなぁ。いや、ついこの前までこっちの世界は多神教だったのだけど、いきなり一神教の国が隣から征服戦争を仕掛けてきてね。多神教の国が蹂躙されて、一神教のみがこの世界の宗教です!みたいになっちゃったわけ。酷いでしょ?」
ああ、ありがちな話だな。一神教ってのは話を聴かないっていうのが相場だからな。
「でしょ?僕もそう思うよ。それでね、その後多神教の排斥が行われて、僕なんかは見た目がこんなでしょ?如何にもあくどいってことで邪神なんかにさせられちゃってさぁ。もともと夜の神だったのに、なんで邪神だよ?本当に酷いよねー。しかも今まで信仰してた住人も改宗させられて暫く経ったら僕らの事を邪悪な化身とか言い始めてさぁ。ホント頭来るよね、今まで色々土地に加護とかつけてあげたのにさぁ!!」
う、うむ、中々の苦労話だな。俺も苦労話だったら負けないが。
「そうなんだよ、解ってくれる?それでさ、もう頭に来ちゃったから、僕はこの国の真ん中にダンジョンを創ったんだ!他の神様たちも同じようにそこら中にダンジョン創ったの。多神教舐めんな!っていうか、そんな感じ?ダンジョンだったらさぁ、宝とか鉱石とか沢山詰めて、なんかこう住民もそれなりに恵まれてます、的な感じでさ、少しずつ存在感増していこうかなって。」
うん、安直な気もするが、一神教では確かにダンジョンは出来ないかもなぁ…あ、所で俺は何でここに呼び出されたわけ?その、ダンジョン関連?
「うん、そうなの。なんかこう、僕の事を理解してくれるモンスター、みたいのがダンジョンに居てくれると嬉しいなーと思ってさ、ダンジョンの大御所的な、階層主の候補として、君の魂を呼び出してみたんだよね。」
ああ、有り難う、と言うべきなのかな。確かに地獄のような毎日だったとは思うので、そこから救われたのはそれなりに嬉しいというか。ダンジョン暮らしのイメージはまだつかないんだけれども。つうか、俺、人間辞めんのな。まあ、社畜だったから今更か…。
「喜んでくれたみたいで、良かった!やっぱり多神教の国から引っ張ってきたのは正解だったな?八百万の神っていうんでしょう?あれいいよねー。僕もあれには中々に感動したよ。」
いや、俺はそんなに神道信じてないけどな。まあクリスマス祝った後初詣とか普通に大学の頃はしてたけどさ。今となってはそんな時間無いけどな。あ、それももう終わったんだったか。
「それでさー、ちょっと申し訳ないんだけど、私の力って人々の信仰心が源泉なんだけど、今はこんな状況だから、かなり力が弱ってしまってるわけ。そんで、持てる力の殆どをダンジョンの建設につぎ込んじゃったのよね。そういうわけで、君を強いモンスターとして転生させる余力が無くなっちゃったの。その代わり、経験積めば強くなるようにしておくから、すっごい浅い階層から頑張って強くなってもらって、進化していって貰う感じになるんだよねー。」
え?おい、ちょっと待ってくれ。俺は運動神経も良くない中肉中背のしがないサラリーマンだぞ?ダンジョンで強くなるって、そりゃハードルが高すぎないか?やっぱ、入って来た人間とか殺すのか…?
「大丈夫、大丈夫!加護とかもつけるし、他の一般モンスターよりずっと好待遇スタートするからさ!人間は、そうだねぇ、ダンジョンを盗掘するわけだから?盗賊でしょ?やっつけちゃってよ。」
アンタ都合のところが凄いが、もはや俺に選択権は無いみたいだし、俺も覚悟を決めるか。会社の床で死ぬまで転がっているよりは幾分ましなようだしな。
「そうそう、身体動かしたら調子よくなるよ、きっと。あ、自己紹介!忘れてたね。僕はベネルフューゲル。夜の神ベネルフューゲルだよ。」
ああ、俺は…日本の名前でいいのかな?
「いや、せっかくだから、僕が名付け親になってあげよう!君は…そうだな、今後階層主になってもらう予定だから、ヒュプノスと名付けよう!夜の王だ!夜の神の眷属に相応しい!」
はあ、じゃあそれで。
「何?嬉しくないの?名誉な名前なんだぞー!」
そ、そうなのか。それは、でもちょっと面食らうっていうか。俺の名前太朗だったからさ。ヒュプノスとかちょっと格好良すぎだろう?と思って。
「そっかー!格好いいでしょ!うんうん、じゃあ君はヒュプノス決定ね。せっかくいい名前あげたんだから、ダンジョンで死んだりしたら許さないからね!」
そりゃまた勝手な話だな。所で、俺は何に転生するんだ?
「はじめは、ナハト・コボルトだよ。そこから先は、色々経験によって進化の先が有るから、楽しみにしててねー。」
お、おう、解った。ナハト・コボルトってあの犬人間か。
「そ、ゴブリンよりちょっと強い、位のやつ。周りに家来のゴブリンもつけるから、みんなで頑張ってね!何か他に質問はあるかな?」
あ、貰える加護はどんなん?
「ちょっと夜の闇に紛れて見えにくくなります、みたいのは最初つけられると思う。強くなったらそれなりに増えてくから、楽しみにしててよ。」
おー、最初に加護を山ほどくれる方が大分助かったのだが…まあ、頂けるだけ有り難いってもんかな。今までは奪われる一方だったしな。
「他には何かあるかな?」
いや、もう、OJTでしょ。聴いても解らないことばっかりっぽいし。
「オッケー、じゃあダンジョンに送り届けてあげる!僕と話したくなったら、いつでも言ってねー。念話が通じてるから!」
ベネルフューゲルはそういうと、翼をはためかせて暗黒を放った。俺はそれに包まれて、どこかへと転移していく…。
いつも有難うございます。




