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革命の狼煙

 To Humanity(人類よ)

 Welcome to the Bottom(水底へようこそ)

 この短い声明こそが、反動勢力Flying Fish小隊によって世界に発信された人類への宣戦布告である。



「ケッ、革命家を気取るか。この酔っぱらい共が、海中に没して竜の餌となれ」

 目的地へ近づくにつれて強まってきた雨脚が、漆黒の装甲表面に激しく打ち付け、雨粒が触れたそばから爆ぜて飛沫と化し、途切れることのない重低音を奏でる。荒れ狂う豪雨に比して、しかし内部は気味の悪い静けさに見舞われていた。

 操縦席と呼ぶにはあまりに小さすぎる場所で、彼は伏臥のまま外界の慌ただしい天候を視ていた。機体カメラの映像は彼の視神経に直接繋がり、まるで空を飛んでいるような感覚になる。

 彼を抱く機体は漆黒の鋼鉄、形状は大洋の向こうの大国が擁する戦略爆撃機にも似たもので、水平尾翼及び垂直尾翼のない全翼機であるため外見は曲線的なシルエットである。

 さすれば嵐の中を突っ切る自分は装甲のカラーリングも含めて死を告げる黒い鳥か、或いは引導を渡す死神そのものか。

「まあ、積んでいるのは鎌じゃねえがな」

『調子はどうだ、レイヴン七』

 無線機越しから届いたのは彼の上官にあたる男の声。

『視界は良好です、航行に問題もありません。と言っても、飛行経路はそっちの操作ですが』

『そうだな。だが直に虹蛇の空域に入る故、思考制御に切り替わる。通信もこれが最後だ、良い帰還報告デブリーフィングを期待している。幸運を』

『了解』

 そこで通信がノイズ塗れとなり、やがて交信がぷつりと途絶する。虹蛇の支配する空域に突入したのだ。奴等が大気中に散布する特殊な粒子はありとあらゆる電波を阻害し、たとえ大型の侵攻兵器のセンサーであろうと、それこそ観測衛星の通信波だろうと全く通さず、奴等そのものが磁気嵐。否、その範囲と持続性を考えればそれよりも遥かに厄介と言わざるを得ない。

 これによってレーダー等の索敵装置及び電波によって制御される長距離ミサイルなどの兵器が使用不可となり、それ故に高速で空域に突入して大打撃を与えることのできるこの漆黒の飛行体が今回の作戦に採用されたのだ。

 十全なステルスを施した機体による高高度からの爆撃、それが今回の作戦内容である。卓越したステルス能力を誇るこの機体をさしもの虹蛇も察知はできない筈であるし、同様の理由と高度さえ稼げれば蛟竜の狙撃の標的になる可能性も低くすることができる。それと、蜃はこの機体に対する直接的な攻撃手段を持ち得ないため脅威対象から除外される。

「……全てを焼き尽くす暴力、か。言い得て妙だな」

 思考による機体制御を行いつつ、彼は仄かに陶然さを帯びた声で呟く。

 新型熱核爆弾、火と汚染を持ってして有象無象の区別なく焼滅させる戦略兵器である。蛟竜のソレで既に半ばが水没の憂き目に合っている瑞穂国の南西にある孤島にFF小隊の戦力が集結していることが先日判明し、島の近海に布陣を敷くように回遊する蛟竜や滞空する虹蛇もまとめて殲滅しようという腹づもりだ。

 無論、島には数百人程度の住民が暮らしているがそれは作戦の埒外であり、世界征服及び人類滅亡などと言った戯言を実現できてしまえるほどの武力を有する反動勢力を一網打尽にできるのであれば、数百人の犠牲は致し方ない。所謂コラテラルダメージに過ぎない。

「匪賊の死など慰めものにもならんが……、精々足掻くがいい。まあ、どうせ無駄だがな」

 嘘か真か、情報では組織のリーダーは竜を使役するという摩訶不思議な能力を保持しているようだ。だがこの機体の前にはそれも通用しない。敵の主戦力は量産型のガイアで数十機程度を保有しているようだが、それの兵装もこの高度までは狙い撃てまい。どちらにせよ、この高低差の優位を相手方が覆すことは容易ではないのだ。

 猛烈な篠突く雨と暴風に支配される空を切り裂く爆撃機は、ついにレーダーの感知範囲内に目標地点を捕捉した。凶暴なまでに唸り、白波を荒立たせる暗い絶海にぽつんとある孤島だ。目視は勿論のことセンサーでも探知できない高空で、尚且つレーダーを欺くステルス機を駆る彼は、爆発的な暴力を内包する戦略兵器の投下準備に入る。

 レーザー照準器を作動、相手方に察知される危険性は増えるが構わない。既に懐の中に入ったも等しく、機体下部のハッチが開いてあとは投下するのみ。迎撃など所詮間に合わず、

「消えろ」

 投下のコマンドを機体の電脳に発令する寸前、


 雨天が、切断した。


 緊急退避。全翼が大袈裟なほど傾き、機体は著しく高度を下げた。

 それはまさしく、寸毫の差だった。

 回避行動を取った後の刹那、雷雨を伴う暗雲が一文字に恐ろしく長い亀裂を晒した。その間隙から晴れやかな青空が覗き、差し込む細やかな陽光を漆黒の装甲が鈍く反射するが、無論彼の意識はそちらには向かない。

『そんな、馬鹿な……!』

 絶望と驚愕に彩られる割れた声が口から零れた。顔面が蒼白となり、底なしの恐怖で総身が震え出す。

 蛟竜の狙撃であることは明白であるが、狙いが凄まじく精密すぎる。彼の知る限り、蛟竜は高空の標的に対してこれ程までの精妙な射撃を実現させるほどの技量を持ち合わせていない筈だ。偏差射撃をしてこない敵など、航空機にとっては眼中に入らない。故に彼は安心しきっていたのだ。

 しかしその説は、凡百の蛟竜相手にしか通用しない。

『ゾディアックなのか…………? 何故この場所に…………!?」

 黄道十二星座の名を冠した全ての蛟竜の頂点に鎮座する存在、その中でも人馬宮サジタリアスならばこの程度の狙撃は造作もない。否、数多の人工衛星を撃ち落とし続ける奴ならば航空機ぐらい確実に撃墜できた筈である。今の回避成功は僥倖ではなく、奴が照準を敢えて逸らしたことになる。

 蛟竜に敵を甚振るような残忍性はあらず、故に今の狙撃は説明がつかない。類推するに、仮にそのような感性を蛟竜に与える存在がいるとなればそれは――テティスに他ならない。

『あり得ない、あり得てなるものかッ! ゾディアックを使役しただと、そんなことは……! そんな所業など、まるで…………」

 もはや神の所業ではないか。

 直後、レーダー照準波を感知。狼狽する故に気付くのが遅れた。

 瀑布のような大雨で烟る視界の中央に、まるで初めからそこにいたかのようにそいつがいた。

 細い筒状の逆三角形の断面を持つ胴体の背部は藍色で、腹部は白銀。その二色が真っ二つに綺麗に分かれ、全長はおよそ五十メートル。機体後部は長く伸びたV字状で、一際異彩を放つのは胸部に展開された四枚の蒼い翼にも似たものだ。

 神話の龍にも似た細く長い胴に蒼光を纏うそいつは、激烈な風圧を伴って雨天を貫き、こちらに急速接近してくる。

 一瞬にして間合いに飛び込んだそれを目前にして、彼は心底から戦慄する。人馬宮サジタリアスの狙撃は布石、ただひとえに体勢を崩した爆撃機を射程に入れる為の。

 突如、直接照準による通信波が捩じ込まれる。

『殊勝なボウヤね。そんなものを抱えてわざわざ私の狩場に出てくるなんて。私達の前に熱核爆弾それを晒す行為がどれだけの愚行なのか、その身体にたっぷりと調教してあげる』

 含み笑いを忍ばせた艶やかな声が彼の頭に滑り込んだ。蠱惑的な響きのある女の声。

『トビウオ……! こんな、こんなことが許される筈が――』

 超高速で滑空するトビウオの口部が開き、その奥の暗闇で雷光が爆ぜた。

 直撃。

 彼に断末魔を上げさせる暇も与えないほどの、一撃だった。

 爆撃機を一文字に貫通せしめた砲撃は、その軌道上の空間を帯電させながら恐るべき速度で彼方へ消えていった。溶解して真っ二つに断絶した機体が遅れて火を噴き、虚空に爆炎の花を咲かせ、大気を鳴動させる轟音を発した後に凄まじい速さで墜落を始める。暗い荒天を焼いた爆発はいともあっさりと収束し、機体は派手な水飛沫を上げて海中に没した。

 墜落の痕跡であるそれらは荒波によって瞬く間に消え失せ、その場所をトビウオの碧い眼が数秒間だけ見下ろし、しかしその数秒でまるで興味を失ったかのようにあっさりと身を翻す。滑空による大回りの宙返り(インメルマン・ターン)は悪天に蒼色で縦方向のU字を描き、驚異的な巡航速度で孤島へと帰還していった。


       ✥


「あらら、こりゃ派手にやったもんだねおばさん。まあ気持ちは分からないでもないけどさぁ」

 暗く細い路地に佇む少年は電線に停まっていた鳥達が弾かれたように一斉に飛び立ったのを見届けて、軋るような忍び笑いを漏らす。喉の震えを抑制して笑いを収めた少年は片手間のように建造物の灰色の壁にめり込ませていた男の頭から手を離し、意識不明の男は崩れるようにして湿った地面に倒れた。

 雨滴がコンクリートの地面に爆ぜては砕けるを繰り返すこの路地には、駆動していない室外機や空のポリバケツ、錆びついた自転車などが雑然と転がり、そして少年の周辺には苦悶の呻き声を漏らす男共が無様に地面を舐めており、まさに猥雑の様相を呈している。

 少女と見紛うほどに線の細い輪郭をした少年は、真っ黒なパーカーのポケットに無造作に突っ込んでいた左手を抜いてフードを被り、冷たく男共を一瞥する。

「これからの教訓として教えてやるよ、屑共。絡む相手は選ぶんだな。……さて、いこうか」

 直後跳躍し、両側の壁を蹴りながら上昇してあっという間に屋上に着地する。海上ほどではないにしろ、否応なく細雨に全身を洗われるが少年はそれを気にも留めずに同志達に歩み寄る。

「やあ、おばさん。凄惨に敵を殺して気分はどうだい? 超cool?」

「私は二十五よ、糞ガキ。穴だらけにして差し上げようかしら?」

 隣に並んだ無邪気な声音を発する小柄な少年を睥睨し、苛立ちを誤魔化すように銀髪を掻き上げる妙齢は邪気の無さがいっそ悍ましいほどの微笑を浮かべる。紫色の瞳の冷ややかな視線に射られ、しかし少年は意にも介さずにやりと笑う。

「やるんなら別にいいけどね。ちょうど実戦テストしたいと思ってたとこなんだ、あいつの」

 少年の一瞥の先、上空には二匹のトビウオが補助ブースターを噴きながら滞空しており、レーダーで油断なく索敵を続けている。所詮、撃墜した彼は人類からの第一波に過ぎず、じきに大部隊を引き連れてくるだろうことは自明の理に等しい。

 剣呑な光を宿す紫の瞳と獰猛な笑みを刻む顔貌がかち合い、一触即発の空気が流れる。だがそこに、低く錆びているが芯の通った男の声が割り込む。

「騒々しいぞお前ら。Heavenの前だ、稚拙な争いは控えろ」

 背後から飛んできた声に二人は振り向く。そこにいたのは漆黒のスーツに身を包んで傘を差す大柄で壮年の男、その隣には比して小柄な少女が佇んでいる。

「申し訳ないHeaven、見苦しいものを見せてしまった」

「いえ、構いません。むしろ微笑ましい光景だと思いますよ」

 膝を折って視線を合わせつつ謝辞を述べる男に、瀟洒な傘を差す少女は小さくかぶりを振って鷹揚に微笑む。それから目前の二人に視線を滑べらせた少女は打って変わって眉尻を下げ、目を伏せる。

「謝らなければならないのは私の方です。悲願成就のためとはいえ、特異体質のあなた達を利用しているのですから」

「べっつに~、どうせ短い人生だからさぁ、俺は死ぬまで闘争が続けられればそれでいい。だからそんなに気に病む必要ないよ、刺激的にやろうぜ」

「ええ、そうね。私達は人の作り出したカルマに蝕まれつつある、どう足掻いたところで明日に希望はない。けれど、誰かの夢を守り、叶えることはできる」

 軽い口調で嗤う少年に対し、妙齢は長髪を撫で付けながら目元をふっと和らげる。その反応に少女は山吹色の瞳を瞬かせ、転じて向けられる窺うような視線に男は首肯で同意を示す。

「世界は私達が変える。最後までお伴します」

「……………………」

 各々の態度に少女は顔を俯かせ、長い睫毛に涙が浮かぶが零れ落ちることはない。上げられた可憐な相貌は毅然と張り詰め、桜色の唇から凛と芯の通った声音が放たれるのと併せて、片手が決然と水平に振るわれる。

「既に開戦の火蓋は切って落とされました。戦争の濁流の堰は切られ、今この時より生死混濁の戦場が顕現します。皆さん、派手に参りましょう」

 首魁の清冽して可憐な声が小隊の面々の戦意を滾らせ、陣を敷くガイアの機械的な唸り声が雷鳴止まぬ空に木霊した。

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