プロット 株仲間(Ver.1.1)
新川郡開発計画、
越中一揆衆の切り崩しの為、
神保長職をはじめとする西越中国衆達を自寺に戻す。
斎藤利基だけは、神通川を挟んで猿倉山の対岸がに
領地であるので、開発に協力させるため、残らせる。
神保の越中統一の争いで、攻め込まれたが、
上杉の援軍が来るまで、城を守りきっている・
越中・飛騨は積雪によって、移動困難なので、
濃尾からの物資及び人夫の移動は、
春の雪解け後になることから、
すぐに取り掛かれるものについて協議する。
・織田・姉小路は、猿倉山に物資集積場所の建設を優先する。
・冨山城を上杉の駐屯地として機能できるよう縄張りを始める。
・神通川の水運及び利水ため川筋の調査
・神通川河口の岩瀬湊再整備と大型船用造船所の建設ための測量
・新川郡内各地を測量し、田植えまでに水田の区画整理及び検地
・水利及び山林の直轄化
以上の要件をあげ、実施に向けて計画を話し合う。
椎名康胤から
越中は春先の雪解け水で、
毎年、神通川をはじめとする各河川で
氾濫が起るとのことである。
北陸は豪雪地帯であり、山に大量の雪が積もっている。
山から海岸までの距離が短いことから、
春先の雪解け時には、川が受け止めきれなくなり、
氾濫するのであろうと思われる。
地元民から氾濫する箇所を聞き取りし、
雪解けのまで堤の整備、用水路、ため池を作る。
間に合わない個所及び氾濫時には土嚢を積むこととし、
駐屯する兵らに警戒及び対応させることとなった。
株仲間(株式)
これらの事業は数年がかりとなるだろう
膨大な費用がかかることが、すでに見込まれている。
越後の商人はもとより、
津島、熱田、近江、伊勢の商人から
出資を募るつもりであったが、
この際、かかる費用を債権化して、
株式として資金を調達することとを提案する。
越中は上杉が支配する土地であることから、
織田が得る権利を守るためでもある。
中身として、飛騨街道と岩瀬湊を優先して使用できる権利と、
通行料と津料から経費を差し引いて得られるた利益を配分する。
債権は「株」とし、分割して証書として発行し、
使用権の貸し出し及び譲渡を認める。
「株」所有者らを「株仲間」と呼称し、
街道や港の運営を「株仲間」の合議によって行う。
「株」の保有割合によって、
運営方針に関する発言を強くする。
街道の通行量・港湾の利用の増大や、
追加設備が必要になった場合などには、
「株仲間」の合議により、
「株」の分割や追加発行を行う。
未来の知識にある、株式会社のようなものなるか?
浮かんだ知識では、ここまでしか思いつかない。
「株」取引で儲けると、浮かんだが、
具体的な方法まで、でてこなかった。
いずれ、誰かが考え付くことになるだろうか?
専門に経理や監査を担当する者を用意しなければなら。
細かい運営規約などは、
動きだしてから決めていけばいいだろう。
当分の間は、織田銀行の管理下に置くこととする。
この方式がうまくいくなら、
船の建造費や魚津・放生津などの港湾整備費用などの
捻出も容易なるかもしれん。
うまくいけば、これが普通になるかもしれん。
利益を配分するとともに、
設備使用権を認めることから
小規模商人も参入しやすくなるかもしれない。
権利の貸し出しだけ、もうけは出るが
所有だけでも、金が入ってくる仕組みである。
所領の代わるものとして
家臣に与えることができるかもしれない。
以上を説明し、とりあえず承認を得る。
岩瀬湊を上杉が
飛騨街道を織田と姉小路が管理することとし、
「株」に関する発行などは織田銀行が受け持つこととした。
協力関係にある真宗専修寺派の寺院を再建する。
もともと北陸は専修寺派が主流であったが、
本願寺蓮如の布教によって一向宗が栄えたため、
衰退したのであった。
また、軍神様が高野山とのつながりがあり、
僧侶や真言系修験者がが派遣されてくる。
白山の修験道は天密系であるので、
三井寺から暹慶というものが派遣されてきた。
民の安撫を目的に立山権現の雄山神社の社殿の修復も行う。
普請に関しては、労働意欲を増すため
織田と同様とし、民に労役として負担させるのではなく、
対価として、銭か穀物を与えてることとなった。
北陸特有の冬期間の畑仕事など外で労働できない対策として
飛騨、濃尾、伊勢で出稼ぎを受け入れるとともに、
酒造、味噌・醤油醸造・漁網や越後上布の工場を作り、
労働する場を与えることを提案する。
更に雪を利用し氷室を作り、食料の保管と、
他国への輸送を目的に魚介類の冷凍を提案する。
両方とも前向きに検討することとなった。
様々なことについて、計画をたて、
実行に向けて動き出す。
実務は権六や青母衣たちにまかせ、
あっちこっちの現場に出向いては、
気が付いたことを、意見する。
雪を早く溶かすため、灰をまくなど。
軍神様は、前に提供したジャンク船を使って、
富山城と春日山城を往復し、
よく現場に顔出すので、
建設の経過などを説明させられる。
ほかには、話を聞きつけた商人が
早くもやってきたため、
大店の商人たちと「株」について
会談しなければならなくなった。
そんこんなで、旬の鰆を食べながら春が来るのを待つ。
修験道は大きく、天密系と真言系に分かれているようだ。
修業のための入山のルートなどがきめられていること。
白山が天密系だったので、どうしようか考えているうちに、
天台宗が二派にわかれていることが判明
比叡山自体が修業の地であり、山門派が独占しているため、
天密系修験道は寺門派が主であるようだった。
信長と寺門派との関係あるのはわからなかった。
甲賀山岡氏の四男が配下になっていた。
理由はわからないが秀吉が寺門派を攻撃したとのこと。




