プロット 鯖街道(Ver.1.1)
高島郡
赤母衣衆と小姓らを随行させ、船で高島郡に渡る。
長政と朽木が待っていた。
高島郡の領地の割り振りなどを打ち合わせえお行う。
浅井が清水山城含む湖岸を領地とする。
朽木は浅井の被官となり、高島郡の山側一体と
高島7党の筆頭となして、地侍を取りまとめる。
織田は港と街道の整備を担当する代わりに使用権をいただくこととする。
これで中国地域にも流通ルートを確保することができそうだ。
とりあえず、民を安撫してから検地を進めて、
開発計画を練ることとなった。
また、将軍様たちとの謀議の時に、
もしもの時は、軍神様が兵を率いて上洛することになっているので。
この地を拠点とできるよう整備することとなった。
整備については、織田の傘下にある土木組合を派遣する。
元志願兵の退役後の受け皿として、複数の建設組合を設立しており、
織田の下請けとして、治水や道路普請を行わせている。
また元兵たちで優秀な者はは予備役としており、
月に何度か集まり訓練するなどしており、
いざというときには、動員をかけれるようにしている。
浅井からは、宮部継潤が清水山城の城代となった。
比叡山で修業した元僧侶であり、寺社との交渉を含め任せるようだ。
織田からは、不破が当分の間、滞在する予定である。
朽木谷
朽木氏は、代々足利将軍家の側近として仕えている。
将軍様が京から逃れた際に、朽木谷城に逗留し、
数年間滞在したとのことだそうだ。
朽木谷の位置は、若狭小浜から京への街道の途中であり、
小浜の鯖は有名で、一塩した鯖が京に送られており、
京につくころには、味がちょうどいい塩梅になっていて、
京に滞在したときにおいしくいただいた。
その時から。いずれは若狭を流通ルートに入れたいと思っていたのだ。
それに、若狭まで街道を通すことができれば、
毛利とも連携しやすく、出雲の鉄を手に入れることもできよう。
若狭
若狭守護は甲斐源氏武田の別流である武田義統である。
将軍様の妹婿であり、通商はできそうである。
土地の面積が狭いが、よい漁場である若狭湾があり、
京の上に位置し、山陽道と北陸道に通じていて、
重要な場所であった。
知識では、越前を攻めるためのルートとしかしらなかったが、
史実の信長が腹心である五郎佐任せた意味がよくわかった。
毛利が派兵するには、三好派が多い山陽・瀬戸内海よりは、
山陰側を使うほうがたやすくなるので、連携が必要になる。
ただ、武田義統はある程度の勢力を持っているものの、
家督争いからの重臣の反乱が相次いでおり、
さらに、三好配下の丹波守護代内藤が反乱を後押ししている。
また、朝倉からの援助を受けていることから、
影響を無視できず、朝倉が嫌っている織田としては、
手を出しづらい状況だ。
ま~、将軍様と長政をつかってなんとかするしかないか。
堅田
堅田から祝いの使者がきている。
事前に近江商人を通じて調略をかけており、
戦いの前から、こちら側に靡いていたのだ、
堅田は水運の町で、加茂神社と比叡山の庇護を受けており、
地侍と商工業者・周辺農民らが自治を行っていて、
守護の六角も手を出しづらい地域となっている。
また、本願寺八段蓮如が布教したため、
一向宗の門徒が数多くいるため、
武士が統治するには難しいとところである、
面倒なので、そこら辺は長政に丸投げすることとした。
ただし、流通のための廻船組合を設立つもりであり、
堅田衆の船乗りを加入させて、
寺社の影響から離すことを画策してみるつもりである。
比叡山
堅田の下には、比叡山の影響下にある坂本がある。
比叡山の腐敗は進んでおり、僧たちは山に帰らず
坂本で過ごしているとのことだ。
ここもいずれどうにかせねばしないといけないだろうが、
今のところ、近づかないほうがいいだろう。
ここも長政に任すことにする。
大津攻略のためには、比叡山との事前の打ち合わせが必要になるだろう。
一向宗の寺もあり、将軍様の威光を使うしかない。
六角との関係もどうなるのわからん。
これも、長政次第である。
新兵器投入
今回の戦いには織田の新兵器を試すため投入していたのである。
まず、一つは外輪船である。
ようやく実用的なチェーンができたので、船に搭載した。
構造は自転車を模している。
ハンドルで舵を操作し、ペダルで外輪を動かし動力を得る。
一人では無理だったので、複数人で漕がせる機構とした。
風がなくても動力を得られ、小回りがきく。
海でも使用できるよう、さらに大型化しなくてはいけないだろう。
瀬戸内海で戦う場合には必要になる。
もう一つは、バリスタで炮烙火炎弾を打ち出してみた。
そのため、矢のバランスを調整する必要があったし
射程を伸ばすため、グライダーように翼をつけたり、
弾道を安定させるため、回転するように羽を工夫したりしたと、
いろいろな矢を作り試してみた。
なお、雷管の構造が浮かんでこないので、
導火線で対応するしかなかった。
いずれは、火打石式の着火装置を開発するとして、
当分はこのままいくしないだろう。
今回は実戦で試してみて、
爆発のタイミングがズレたり、風に流されたりしたが
遠距離武器として、使えることがわかった。
未来の知識には、射程を伸ばす方法はいくらでもあった。
大砲を作ることはできるが、陸では運搬が大変である。
運搬が容易にするためにも道路普請おこなっている。
さらに大型兵器は分解して運べるように設計開発を進めている。
荷車の車輪開発もその一つである。




