プロット 帰国(Ver.1.1)
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織田水軍総大将、織田秀孝(信長同腹弟)
秀孝に堺港の状況を確認、
三好の軍船や淡路水軍に大きな動きはなかった。
命じられた通り、船の種類、隻数、装備、搭乗人数などを調べ、
報告書にしたためてあるとのこと。
停泊中は、津田宗達に協力してもらい、
砂糖や硝石や鉄鉱石を大量に購入し、
交代で尾張には輸送をしていた。
心配された兵の軍規違反は、判明次第即捕縛し、
軍規にのっとて兵たちの前で処分した。
との報告を受ける。
秀孝に、四国土佐の長宗我部との交易するので、
取次責任者に任じると伝えると、予想していたのか了承した。
なお、中国の毛利と南九州の島津とも交易を結ぶ予定であり、
こちらも取次も命じると言うと、驚き顔が青くなった。
続けて、補佐は信照と長益だと言うと、
慌てて、他にも人をつけてくれと頼んできた。
考えとくと返す。
さてどうするか、
さすがに三国となると、秀孝にはまだ荷が重いか。
交易部門は将来の織田家の基幹部分となる。
秀孝のほかにも、一族の者にも水運を任せたい。
弟たちは実績作りのため、遠江に派遣したいし、
信時兄は尾張の要だし、信包も伊勢から動かしたくない。
従兄の中から任じるとするか?
早舟を出して、伊勢にいる幹部を大湊に集まるよう命じ、
着くまで、船で人員配置を検討する。
足利幕府奉公衆兼織田家幕府取次役、土岐氏庶流明智光秀(蝮正室甥)
きんかんに今後の行動について指示する。
・将軍様と三好と状況を逐一報告すること。
・将軍様の妹が嫁いでいる若狭の武田の内部で
重臣同士の争い生じているようなので、
越前、丹波、丹後の状況とともに調査すること。
・伊勢家の嫡男達については、蝮の孫でもあるので、
岐阜に移すこととする。
伊勢家家伝などの整理が終わり次第、
伊勢家家臣どもと移動させること。
必要なら織田家内政官を派遣する。
・伊賀を経由して、山城~伊勢に道路を通し、
織田の産品を幕府宛に運び入れるようにするので、
将軍の力を使って、関銭の徴収を防げ、
儲けは、幕府と織田家で折半とする。
・革職人達の織田領への移民は伊賀までの護衛を任す。
見送り
謀神様も帰国するので、お土産として、
試作の硝子鏡と大八車とテントの試作品などを渡し、
そして、取次役となる弟の秀孝を紹介する。
それから、博多に来航する南蛮船を調べるため、
絵師兼忍の者を派遣したいので、協力を求める。
帰国
軍神様、長政、糞狸、姉小路一行が乗り込んで来る。
革職人達の家族を乗り込ませる。
船上
糞狸&西三河衆との打ち合わせ(織田家従属大名)
糞狸に田植えが終わり次第、東三河に軍を進めるよう命じる。
兵站確保、陣地構築などの後方支援は織田が行う。
戻り次第、東三河の国人衆への調略から進めること。
信長の娘五徳と狸嫡子竹千代とを婚約することとし、
織田家と徳川家と縁組し、親族とすると言い渡す。
なお、嫁入道具として、安祥城を竹千代に譲ると申し渡す。
織田家の縁戚と安祥城が手に入ることで、
信長の寛大さを西三河衆は素直に喜んだ。
信長は狸に対し、これでもかと寛大な態度を崩さず、
三河の自治を完全に任せ、特に命令はしていない。
狸の家臣どもに、今川との違いを感じさせ、
更に三河守任官に織田が骨を折った所を見せ付けたことにより。
織田家への積年の恨みを軟化させるようにと、演じている。
ただ、狸はこちらの狙いをわかっており、
将来への影響を考えているようだった。
長政と浅井家家臣との打ち合わせ(織田家対等同盟、信長義弟)
将軍様から、六角攻めの承認をいただいたことから、
今浜城の合弁造船所が完成次第、船の増産を開始する。
材料は、美濃の浅井領から確保することとし、
材木の引き渡しの確認は浅井家臣城代の遠藤に任す。
船の数が揃い次第、高島郡を攻略を願う。
織田からは森可成を筆頭する西美濃衆を支援として送る。
更に朽木を調略し、京への道を確保してほしい。
軍神様&上杉家臣及び姉小路息子との打ち合わせ(協力関係)
まずは、越中の拠点作りについて打ち合わる。
セメントは美濃から運ぶこととし、
他の資材は現地及び飛騨で用意する。
美濃~越後間道路の普請を急がせることとし、
仮設道路は開通してるので、コンクリート施工により強化する。
これまでろ同じく上杉と織田と姉小路が協力して、
飛騨に資材確保加工のための合弁工房を作る。
上杉には、越中での拠点になる場所の選定と、
守護代の神保と椎名を統率し、資材確保を願う。
軍神様から、加賀一向宗も危険だが、
越中一向宗も危険であるとのこと。
北陸に影響力がある浄土真宗高田派に
協力を求めることを提案する。
帰国時に津の総本山に寄ることとなり、
陸路で尾張に向かうこととなった。
軍神様に関東の状況を聞く、
越後~上野間の道路の普請は続けているが、
難路が多いため、完全開通には至っていない。
ただ、毛皮やかんじきなどの冬用装備のおかげで、
冬期間での移動が楽になったことを感謝される。
屯田兵による開墾も進んでおり収穫量が増え、
兵糧不足の心配も少なくなり、
兵を北信濃・上野に常駐できる体制も作った。
2年前に武田・北条軍を叩きのめしたことで、
上野には攻め込んで来る余裕は無いようではあるが、
武蔵などの国人衆への調略は続いている。
それで、関東国人衆どもから救援を求めてくるので、
兵を出して降伏させるが、兵を返すと裏切ってまた北条につく。
軍神様に意見する。
北条は、早雲の代から民政に力を注いでおり、
現当主である氏康もなかなかの傑物である。
相模、伊豆の統治を崩すことは難しであろう。
ここは武田の虎坊主の目を関東に向けるように仕向け、
北条と相対するようにし、上方に力を注いでもらいたい。
軍神様が考え込む。
そこで、北条の分国法の写しを差し出し、
民に現状にあわせた、よく考えられている法令である。
織田はこれらを他国の法を参考に分国法を作って発布する。
北条氏はもとは幕府政所執事伊勢氏の分家の出であるので、
法令には詳しかったはずである。
これ以上の法を作らねば、
関東を力で制しても、民の心をつかむことは難しく、
統治に失敗すれば、一揆に発展する恐れがある。
それから、家督を継ぐ前の話をし、
民の暮らしに触れ、民からの目線を知り、政に取り入れている。
また、他国の政を調べて、良い政策は取り入れたりしている。
と説明する。
ただ、他に強要するつもりはない。
判断するのは、為政者の義務である。
その判断がどのような結果になろうとも、
判断した者が責任を負う。
軍神様は、「言いたいことは、わかった」と答え。
帰国次第、北条の分国法を研究を行うとした。
伊勢の大湊に到着した。
軍神様の考えなんてわからない。
知識を渡し判断させることにする。(意識改革を促す。)




