プロット 婚姻(Ver.2.80905)
1561年(信長29歳)
猿が浅野家のおねと結婚するという。
帰蝶と相談し、祝ってやることとした。
仲人は犬がやるとのことなので、
会場と料理を準備してやる。
熱田神社から神主を呼んで神前結婚式にしてやった。
贈り物として名馬、武具一式と特製布団一式、夫婦茶碗を用意する。
猿にこの機会に家をやるから、家族を呼べと伝える。
信長が参加するので祝言に参加したいとの申し込みが殺到するが、
面倒になったので、丹羽に整理を丸投げする。
猿の家族が来たので、面会したらびっくりしていた。
猿から弟の小竹を紹介され、武士にしたいとのことなので認める。
姉妹二人の旦那もいたので、どうするのか確認したら、
猿についていくと返事をした。
自分がおもっていたよりも盛大になり、
式の間中、猿がカチコチになっていた。
最後は大泣きし、信長に五体投地で感謝した。
この一件で猿は織田家の重臣と一人とみなされるようになった。
せっかくなので尾張一の出世頭として、
猿をモデルに脚色し本を出版する。
立身出世ものとして、若者に大ヒット!!
志願兵の希望が殺到するようになった。
猿にあこがれた多くの者たちが下につくことを望む。
小六や前野たち川並衆も猿の配下になることを望んだので与力とした。
更に、生駒にも講演するよう命ずる。
それと、おねが犬の妻と同じく帰蝶の側近となった。
美濃併合作戦開始
墨俣に築城を猿に命じているが、
敵地のでの作業になるので、
何かアイディアがあるか宿題をだしておいた。
猿が案を考えたと報告に来た。
小六達川並衆を美濃に潜伏させ、
木曽川・長良川の上流で木材を切出して加工して川に流し、
墨俣で受取り、人海戦術で組み立てるとのこと。
とりあえず柵と堀を作って、城らしく見せれば相手が驚く。
そして、敵が攻め寄せる前にどんどん補強していくとのこと。
きちんとアイディアを出してきたので、作戦開始の許可を与える。
補完として一益から種子島をまわすよう指示する。
梁田は猿に協力して、墨俣周辺で警戒するように指示する。
池田には後詰を命じ、離れた地点に兵を潜伏させることにした。
築城が成功し敵が攻撃を開始してから側面から奇襲する。
失敗したのなら、撤収戦を指揮し、猿たちを回収するよう命ずる。
墨俣一夜城
対岸に城が一夜でできてしまい、敵がびっくりしていた。
しばらく様子を見ていたが、数日後襲いかかってきたが、
城からの種子島、手榴弾、火炎瓶で、相手はパニックになる。
そこに側面から池田が襲い掛かり大勝利。
敵は城の周辺から撤退していった。
猿をそのまま駐留させ、マムシ義父と森を派遣する。
周辺の豪族を降伏させながら、浅井領まで切り取りを開始する。
浅井に婚礼の使者として池田を送り、婚姻の日取りを決める。
義龍の死
斎藤義龍が5月に死亡、子の龍興が継ぐ、
後見人に長井道利(道三の庶子)がついた。
婚礼準備
稲葉城に、マムシの名で降伏の使者を送るがそのまま返される。
西美濃三人衆に使者を送るが、返事がなく様子を見ているようだ。
美濃国主としてマムシを名目上の総大将として美濃奪還戦を開始する。
信長は市の婚礼のほうが大事と準備をする。
(実務は丹羽に丸投げ)
市姫は信長自身が送ることとし、
マムシとの会見に使用した輿を直して、超豪華に仕立てあげる。
婚礼出立
出発の日は、信長が列の先頭にたち、
輿の前後に屈強な兵を配置して、北近江への道を整然と進んでいく。
事前に周囲に宣伝しており、近隣の住民が見物に来て拝謁する。
西美濃の斎藤勢が襲い掛かってくることはなかった。
浅井家到着
国境で浅井長政が家臣とともに待っていた。
市と長政と初対面である。
双方ともまんざらでない様子だった。
兵にはここで待機しておくよう命ずる。
信長と市、侍女と100名程の兵が浅井の兵に守られながら、
小谷城を目指し北上していく。
小谷城に到着すると、家臣一同が門の城の前まで迎える。
いろいろ手順があったが無事に長政と市との婚儀がおこなわれた。
嫁入り道具として、いろいろなものを持ち込む。
同盟&打ち合わせ
婚儀のあとに長政と同盟の打ち合わせおこなう。
戦時の際や緊急の際、援軍や食料を融通しあう。
織田家が出資するので、
琵琶湖について港の整備や船の数、人員を増やして
水運を強化すること。
国友村を優遇し、種子島の生産や精度を上げること。
浅井家からは、朝倉家には独立まで世話になったので、
浅井の断りなしに、攻め込まないようお願いされた。
同盟の条件を確認し合ったあと、
美濃からの若武者が信長を訪ねてきていると連絡がはいる。
いぶかしんだが、名前を聞くと美濃の策士であった。
長政に断りをいれ、会ってみることとした。
策士は美濃三人衆の誓詞を持参しており、
織田に下るとのことである。
理由を説明させると、
美濃国主である龍興は長井道利の傀儡であって
年少でもあり国主としての器はまだ未知数である。
また織田家の勢いと戦略、それに浅井家まで付いたのなら、
抵抗するだけ無駄だと判断し、
叔父である安藤及び三人衆を説得してきたとのことであった。
織田家の統治方法に従い、
三人衆が西美濃と他の国人衆を調略することを条件に認めるが、
三人衆とは、実際には後日、直に会って判断するとした。
策士の判断を確認し、やはり天下の名軍師だなと納得する。
策士についても、信長の側近なることを条件とした。
策士は三人衆から全面委任を受けてきており、この条件を飲んだ。
これで、西美濃も織田の支配下になることとなった。
家臣となる策士を含めて、再び稲葉山城攻略方法について話あう。
市の婚姻は61年説採用
書いてるうちに策士なら、ここで出てきてもおかしくないとおもい出してみた。




