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淡紅色の髪の毛を弄りながら、羊皮紙の文書を読む顔はひどく不機嫌だ。
ロインドル帝国の帝都、リュルベーンの宮殿内部の陽当たりの良い一室で、ロインドル帝国の第三皇女のシャルロッテは、宰相補佐官から渡された羊皮紙を執務机に置き嘆息する。
「皇帝陛下は私にルマングの使者の饗応を行えと仰ったのですね」
第三皇女は目を細め、不快な表情で宰相補佐官に語りかける。
「使者を務めるのは、ルマング王国の王位継承権の筆頭の第一王子でございます。さらに小国とは言え、『レガリア』を手に入れたとか。シャルロッテ殿下が饗応役をお勤めになるのは、必然なことかと」
「補佐官殿。私は饗応役を仰せつかった理由を聞いているのではなくて、ただ、単純に嫌なだけよ。ルマングの王子と会うのが」
四十代半ば位の年のはずだが、どことなく老けた感じのする宰相補佐官は、あごを左手でさすりながら、困惑した顔をするも、シャルロッテは意に介した様子はない。シャルロッテは、髪を弄りながら羊皮紙を再び見つめて、考えをまとめようとする。
(でもこれって、利用できなくもないかな?)
シャルロッテは素早く考えをまとめこむと、不機嫌な顔から口元に微笑を浮かべるまでに機嫌も直った。
「補佐官殿、ルマングの王子の来訪は三ヶ月後ですね?」
「はい。三ヶ月後の予定でございます」
「そうですか。ではこれ、ありがとうございますね」
羊皮紙を片手に持って見せ、笑顔で宰相補佐官に感謝を示した。
***
レガリアは、支配権などを象徴し、それを持つことによって正統な支配者、君主であると認めさせる絶大な力である。しかし、レガリアは物質ではない。レガリアとは、支配者に授与される力のことだ。
そのレガリアの力は様々だ。
水系統のレガリアならば、治水工事や水運事業に効果を与えるし、土系統ならば、農作物の豊穣などに効果がある。生存適地や資源地域、交通地域の拡大。自給率を増やせる。つまり、レガリアは経済力に直接に結びつくのだ。
さらに、経済力の発達は、間接的に他にも影響を与える。すなわち、経済力の強さは政治や軍事、文化に影響するのだ。対外戦略にも使える駒が増えることを意味する。
また、それほどの力を持つレガリアは、戦場でも無類の強さを発揮する。レガリアそのものが、戦術兵器として使用されている。レガリア一つで一つの砦を陥落させることができるのだ。
レガリアは、各国の国策の要になる。例え小国でもレガリアが在れば弱国にはならない。大国とも対抗出来るため、むしろ小国こそレガリアの収集に躍起になっている。
ロインドル帝国はエウロペと呼称される地域の大国だが、五十年程前はエウロペ地域の中央より北側に存在した中級国家の王国でしかなかった。しかし、当時の王がレガリアを手に入れるとその脅威的な力で周辺国を侵し、三十年後には帝国と成り、さらに二十年後、すなわち、現在ではエウロペの大国の一角として名を馳せている 。
したがって、周辺国とは軋轢をが生じている。周辺の中小国を侵攻し、併合したので対ロインドル帝国包囲網が形成されている。
そのような情勢で、ロインドル帝国の北側のルマング王国にレガリアを手に入れたのだ。ロインドル帝国は、ルマング王国に警戒を強めている。
***
「警戒を強めるのは当然と言えば、当然ですけど。それは、ルマングの方も同じこと。ルマングはシエビアと友好的だし、組まれたら分が悪いわ」
シャルロッテは、宰相補佐官が去った後の部屋で、壁に貼られたエウロペの地図を眺めながら呟いた。
(確かルマングの国王の奥方は、シエビア帝国の出身でした。シエビアはレガリアを三人が所有している。私たちロインドルも三人。鍵を握っているのはルマングの王子ですか。不愉快ね。とても不愉快。私がレガリアを手に入れることができたら、ロインドル帝国はレガリアを四人所有することになるわ。レガリアを四人も所有している国はないし、エウロペの覇権に近づく………まぁ、海も見えないうちから船を用意するのは愚かなことですね)
深く息を吐きながら、
「まずは、陛下に建白しょうか」
と、ロインドル帝国第三皇女は軽く声に出した。