第7話 堕落の妖精
え~、突然ですが
今現在、末恐ろしい“蛇”と“妖怪の長”による争いに巻き込まれて
生命の危機を肌に感じております。
結局、“蛇”ことアウウェルトと“妖怪の長”こと蝶亡は
魔女の婆さんの言う通りに仲良く出来ませんでした。
「ラルーが“狼狩り”に出て、
居ない事を良い事に調子付くのも大概になさい?
手足も無く、奴隷のように地べたに這い蹲る蛇の分際で・・・!」
「はッ! 俺はお前なんかに馬鹿にされるほど、手足を羨んでいないぞ
むしろ、お前達のように不格好になりやすい手足が無くて良かったと
誇りに思っているぐらいだ!」
「不格好? アナタは自分が“省く”の美を極めているつもり?
アナタの場合は省き過ぎて、気持ち悪いわ!」
「そうかよ、なら好きに言うが良い・・・
だが、一つだけ言わせてもらおう
お前が“パーバション”に対して抱いている感情の方が醜いな!」
「ここで“パーバション”の名を出すでないぞ、蛇郎・・・!
この私を愚弄する気なら、後悔するモノと知れ!」
そんな罵り合いの末、蝶亡は妖刀“殺戮斬刀”を手に
アウウェルトに斬りかかる。
小馬鹿にしたような、見下した目と
微かに笑顔を貼り付けた能面のような顔で
アウウェルトは鼻で笑うと
いとも簡単に蝶亡の斬撃を避ける。
会話に“蛇”の単語が何回も出ているんですが
アルフは大丈夫なのか・・・!?
俺はアルフの蛇嫌いを心配して
アルフの方を見てみる。
・・・良かった!
アルフは蝶亡とアウウェルトの難解な会話に付いてこれていない!
ポカンとしている!
・・・そういえば、蝶亡は終始
“ヘビ”とは言わず“蛇”としか言っていない。
アルフに気を使ってくれたのか、はたまたはノーマルなのか・・・。
なにはともあれ、命拾いした。
蝶亡は妖刀で何度もアウウェルトを斬ろうとするも
アウウェルトは両手をコートのポケットに突っ込んだまま
はらり、はらりと避ける。
業を煮やした蝶亡は舌打ちをすると
妖刀を振り掲げた。
すると、赤い血のような塊がズルズルと妖刀から滴り
辺りに大小様々な青白い鬼火が幾つも現れ
空を彷徨う
尾を引きながら、宙を走りたげる鬼火に
アウウェルトは行く手を遮られ、その隙を狙い蝶亡は妖刀を振るう
さすがに危ういと感じたアウウェルトは慌てた様子で
ポケットから手を出すと妖刀をわし掴みにして、強引に止める。
刃を握り締めている手から、ぽたぽたと血が滴り落ちて
苦悶の表情を浮かべるアウウェルトが痛ましい
おい・・・これをどうすればいいんだよ・・・!?
トンデモナイ殺し合いを静観していた俺は無意味にも慌てる。
というか、止めた方が良くないか・・・!?
・・・こういう時、どうやって止めれば良いっ・・・!?
「ああ、また始まったんですねぇー」
「・・・兎さん?」
「昨晩はドウモ」
不意に化け兎が現れると
蝶亡とアウウェルトの殺し合いを見て
慌てるでもなく“また”と迷わず言い放った。
おい、日常茶飯事なのか
そこんとこはどーなってんだよ、兎っ・・・!!
・・・にしても昨日から思っていたんだが、
兎の格好ってカジノのバニーガールを意識してる?
イヤラシさは無い、正統派な格好だけど雰囲気がちょっと似てる・・・。
謎なファッションセンス・・・。
「あれ、平気なの?」
「よくあるんでご心配なく、
いつもは仲裁に主様が入るんですけど・・・
いないから、もう放っておくしかありませんよ
この屋敷であのお二方の喧嘩を止める気になる奴は皆無ですから」
「そうなんだ・・・
ラルーも大変だね・・・」
「ええ、それはもう本当に大変でしたね・・・
と、これ以上、ここに居るのも少し危険ですから
図書館に避難しましょう?」
「え、図書館があるの!?」
「ええ、ええ!
それはそれは、立派で素敵な図書館ですよ~!
実は、是非とも図書館にご招待したかったんです!」
蝶亡とアウウェルトが争うのは良くある事。
それをいつも仲裁していたのもラルー
いわゆる、“お約束”の展開だったのに、ラルーはいない。
まさにイレギュラーな事態。
それだけラルーはこの屋敷に閉じ篭っていたのか、
という思いは置いておいて・・・。
ラルーにしか止められない蝶亡とアウウェルトの殺し合いは
手足を失ったアルフには危険を極める。
兎の提案に従って、“図書館”に避難したほうが妥当だ。
それに、ラルーがいない今、俺たちはこの屋敷を出られない。
この世界を探索出来ない代わりにこの屋敷内で生き延びるしかない。
ならば、この屋敷内の事を把握して置かなくては・・・。
「じゃあ、案内をお願い出来るかな?」
「もちろんです!
付いて来てください!」
アルフがクールにお願いすると
兎は胸を張って嬉しそうな笑顔で食堂の外へと駆けていく
軽快な足取りが兎なんだなぁ、と実感させる。
元気な兎を見て、マリアはアルフを抱え上げ
その後を追う。
俺もまた、マリアの後を追うが
ふと、蝶亡とアウウェルトの方が気になって見てみると
アルフが居なくなった事を良い事に
アウウェルトが蛇ならぬ、手足がある竜に化け
容赦なく蝶亡に襲いかかっていた。
・・・蝶亡とアウウェルトの仲がどうしてそんなに悪いのか、不思議です。
俺は見ていられない醜い争いから目を背け
食堂を出た。
「兎は?」
「もう、先に行っちゃったよ
急ごう」
「分かった」
親切にもマリアとアルフは俺を待っていてくれた。
兎の姿が見られないので、
行方を聞くと、もう行ってしまったという。
せっかちだな、おい・・・。
アルフさんも、困った顔をしてんぞ
兎・・・。
事情を説明してくれたマリアは
すぐに兎の後を追って、左右に伸びる暗い廊下の左側に進んだ。
俺もマリアの後を付いて行くだけだ。
・・・。
廊下は本当に暗い。
扉と扉の間に洒落たランプがあるが、
どれもこれも、灯りはついていない・・・。
ただ、数え切れない扉が左右に並び
先は目を凝らさしてもぼんやりとした暗闇だけが
辺りを支配している。
俺とマリアが横に並んでもなお広い廊下は長く、
先の暗闇のせいなのか、はたまたは距離のせいなのか、
廊下の果ては一切、見えない・・・。
つか、暗っ・・・!
灯りくらい、付けようぜ?
「マリア、平気?」
「平気よ、仇野とアルフの方こそ平気なの?」
「俺は無理」
「男のくせに情けない・・・」
互いの顔がぼんやりとしか見えない中
俺は不安と恐怖心からマリアに話しかける。
だって、俺はホラー映画の効果音だけで泣きたくなるタイプ。
だから、お化け屋敷も当然、無理。
でもって、お化け屋敷以上に本当に危険なこの屋敷の暗闇。
比較にならないレベルで恐ろしいです、勘弁してください。
「・・・仇野? 知っているか?」
不意にアルフが切り出すと
ぼんやりとした闇の中、綺麗な顔に微かな悪い笑みが見えた。
・・・嫌な予感がしますね? これ。
「仇野とマリア達が出掛けていたとき
妖怪たちが教えてくれた話・・・」
「待って、そのトーン、怪談話をするときのテンションじゃありません?」
「そうだけど?」
「・・・本当にお願いしますから、止めてくれません?」
「仇野は確実にお化け屋敷に入れない人間と見た」
「そうなんです、だから真面目に止めてくれ・・・!」
アルフは悪戯心から、怪談を始めようとしていた。
それも、妖怪達から聞いた
割と真面目な信憑性の高い話だ。
ビビリの俺は全力でアルフに懇願する。
「なんでも、ご主人様であるラルーを怨んでいる連中の生き霊が
この屋敷には渦巻いているらしい・・・」
「うわぁ・・・そう言うことを言うー!
生き霊とか、エグいの嫌だ・・・
マリアとかアルフとか、お化け屋敷を楽しむ人間だろ!」
「そうだけど?」
「・・・そして、嫌がる人間を無理やり連れてく奴だな」
「雰囲気作りには必要な演出だから、許して」
「・・・分かったよ・・・」
「意外と簡単に折れたね」
アルフが妖怪達から聞いた話をして、
それにビビる俺をからかうマリア。
もうヤダ。
泣くぞ。
生き霊とか何?
ラルーはどうしてそこまで怨まれてんだよ。
あんな天使なのに。
「例えば、玄関から入ってすぐにある広間に並んでいる鎧は
万が一の事があればラルーの指示で動き回る事が出来るそうだ」
「え? あの個性豊かな鎧たち?」
「そう、ラルーがその気になれば
たった一人で戦争を起こせるらしい」
「都市伝説のようなお話ですね・・・」
「あくまでも噂し合っているのは妖怪たちだけど
楽しい話で間違いないだろう?」
「楽しい、というよりは
ラルーがそこまで恐れられている証拠じゃ・・・」
信憑性のある真面目な話かと思えば
本当に噂話だった。
それでも、ラルーだからありえる。
「皆様~! 早く、早く~!」
暗闇の向こう側に兎の耳がチラリと見えた。
どんだけ先に行っちゃってんの・・・。
俺とマリアは兎のその声を聞いて
少しゆっくりめに走る。
兎の姿が完全に見えるほどになった頃
慌てた声が耳に入った。
「・・・絨毯の道から、外れないでください~!」
「待って、どういう意味・・・!?」
兎は意味不明な忠告をする。
忠告、というよりは警告だな・・・。
黒い床に敷かれた紅い絨毯の上を進んでいた俺たちは幸い
特に何も無かったが・・・。
絨毯を外れるとどうなるんだ・・・!?
俺はそんな疑問から反射的に
絨毯の横に広がる闇に目を向けた。
・・・ああ、見るんじゃなかった。
俺は速攻で後悔した。
“闇”だと思っていたソレは闇ではなかったのだ。
俺が目を向けた先は
得体の知れない“何か”が闇のように蠢いているのが
見てとれた。
一体、何なんだよ・・・ま、まさか・・・生き霊?
・・・気付いていないフリをしよう・・・。
「兎さん、図書館はすぐそこ?」
「はい、もうすぐ着きます!」
「・・・で、兎さんはどう思うの?」
「え?」
「ラルーちゃん」
「ああ、主様の事ですか?
可愛らしい御方だと言うのに、これが怖い人で・・・
残忍極まりない人ですけど・・・でも嫌いじゃないです」
「・・・? どうして?」
マリアは兎に目的地が近い事を聞くと
兎がラルーの事をどう思っているのかを聞いてみる。
ラルーの事を貶したり、独裁者のように言ったら耳を触ってやる。
俺は殺気を込め、兎を睨みながら
その返答に聞き耳を立てる。
「あの人、残忍極まりないのは元々・・・
信じていたのに裏切られ続けたからなんですよ
裏切られ続けたから・・・他人を疑って、憎んですらいる・・・
とても可哀想な御方なんです、だから
私たちがいないとダメなんです!
私たちは確かに、あの人を支えとなれているから・・・
これからも支え続けるんです! 私たちが必要とされ続ける限り!」
泣いた。
兎、めっちゃ良いヤツじゃねぇか・・・。
前言撤回。
耳じゃなく、頭を撫でてやる。
俺は迷わず兎の頭を撫でる。
「良いやつだな・・・
ラルーは誤解されているだけだもんな・・・
それを良く分かっているな・・・」
「仇野さん!? 突然、どうしたんですか・・・!?
ラルー様は誤解、されているっちゃされているんですけど・・・
あながち間違いじゃない・・・」
「・・・」
更に前言撤回。
頭を撫でるの止めて
兎の耳を弄る。
「ふぁあああああ!!!?
く、くすぐるのやめ、やめ・・・!
わぁああああああああああああ・・・・」
「仇野、何やってんの!?」
慣れていないからなのか
兎はパニックに陥り、奇声をあげる。
それを見たアルフが俺の奇行にびっくりして
マリアが俺を止める。
ラルー、悪い子じゃねぇもん。
否定しない兎が悪い。
マリアの静止に従って兎の耳から手を離すと
兎はパタパタと耳を拭う。
なんだよ、傷付く・・・!
「か、かゆ・・・! くすぐった!」
どうやら、痒いらしい。
良かった。
一瞬・・・いや、なんでもない。
にしても、耳を触った感触が完全に生き物だった・・・。
本物だよ、モノホン!
もっふもふの毛に温い血の通った肉の感触・・・。
兎の耳だ、完璧に。
「大丈夫ですか・・・?」
「ああ、平気ですよ平気~
ちょっと痒い程度だし・・・
迷い人様たちって皆、私の耳に関心を持つようで・・・
すっかり慣れちゃいましたから!」
「・・・じゃ、私もちょっと良い・・・かな?」
「どうぞどうぞ~!」
どうやら、マリアも兎の耳を触りたかったらしい。
そりゃあ・・・気になるだろうし。
兎もその言葉通り、慣れた様子でくすぐったがるだけだ。
俺の時は奇声をあげたのに・・・。
不意打ちに弱いだけだよな? なぁ・・・?
結局、傷付いた俺は落ち込んだ。
「さ、早く行きましょう!
もうすぐそこですから!」
兎の案内の元、俺たちは再び
暗闇の廊下を進む。
長い廊下に重なり合うように響く俺たちの足音。
それが、なんだか不安を増幅させているようで
俺は視界の片隅に蠢く“何か”に警戒する。
コレを兎は知っているのか?
聞いてみれば、親切に答えてくれるだろう
だが、俺には真実を聞く勇気は無い。
知らないなら、知らないで幸せな事だってある。
矢吹の異常な本性とか、
見え隠れする言い逃れようのないラルーの残虐性と狂気、
この世界に俺たちが迷い込んだきっかけ・・・。
何もかもが“分かれて”当たり前じゃ、世界中が幸せになる事は無いのだ。
知らないからこそ、正しく在れる人間がいる。
知ってしまったからこそ、苦しむ人間さえいる。
“全ては知れて当然”では在っちゃいけない。
“知らない権利”だって必要だ。
だから・・・俺は、その“知らない権利”を主張する。
出来る限りなら、何も知らないまま、全てを丸く収めたい。
それが俺なりに出した“安全策”にして“最善策”
もはや、何が正しくて
何が悪で、何を正せば良いのか
それすら俺には分からないが・・・俺なりに突き進めば良いんだ。
「仇野? どうしたんだ?
そんな怖い顔して」
「・・・アルフ、目線が俺より下だからって
俺の顔をじっくり観察しないでくれ・・・」
「恥ずかしいのか」
「いや、後ろめたいのです」
「・・・仇野には何があったんだ・・・」
「俺こそ聞きたい、
アルフとマリアはどういう関係なのか、と」
「・・・?
僕とマリアの関係が知りたいのか」
俺が悶々と深い思考に浸かっていると
アルフが声を掛けてくれる。
アルフはマリアに抱きかかえられているので
他人の表情が読みづらい。
ゆえに、表情を読もうと、より人の顔に注目をする。
だから、無意識の内に怖い顔になっていた俺に気付いたようだ。
俺は一から十まで全部を説明する気になれなかったので
話を変えるべく、気になっていた疑問をぶつけてみた。
すると、マリアが顔を真っ赤にして俺を睨んできた。
やだ、怖い、ちょ、禁句だった!?
「マリアは僕の命の恩人なんだよ」
「きゃあああああああ!!!」
そして、アルフがさらりと述べた言葉に
マリアの悲鳴が屋敷内に響き渡ったのであった。
・・・そんなに恥ずかしい事か?
やはり、女心はさっぱり分からん。
アルフもアルフだが、マリアもマリアだ。
「え~! 命の恩人って、どういう事ですか~!?」
兎も興味惹かれて会話に参加。
絶妙なスキップで先を行く兎は振り返りもせず
そのまんまで喋ろうとしているぞ・・・。
なんて器用な事をしようとしているんだ・・・。
「まず、この世界に来る前の・・・飛行機墜落の時に1回
それより以前も、森の小屋に突撃した時に1回
地下にあった隠れ家に連れ込まれた時に2回・・・
まぁ、とにかく数え切れないくらい何度も命を救われた」
「・・・って、それ以前に死にかけた事が何度もあったんですか!?」
「あははは・・・まぁ、ちょっと無茶をする癖があって・・・
マリアにはいつも苦労をかけちゃっているよ・・・」
兎の鋭いツッコミに苦笑いをする美男子ことアルフさんや。
アンタ・・・前の世界でどんな無茶をしてきたんだ・・・!?
前の世界って、何度も死にかけるほど危険な世界だったっけ・・・!?
やんちゃをするアルフを助ける看護師、マリア
という勝手な解釈をする。
アルフのような正義感の強い美男子がやんちゃする姿は想像出来ない。
むしろ、弱い者を虐めるヤツを見つければ仲裁に入るような人間に見える。
あ、それか。
破天荒に生きてきたんだなぁ、アルフ・・・。
俺にはそんな度胸は無いよ・・・尊敬します・・・。
「そういえば・・・」
不意に、あの飛行機にどうしてアルフとマリアが乗っていたのか
気になった俺はそれを口にしようとした。
が、すぐに踏みとどまった。
・・・理由はなんであれ、飛行機に乗った理由を聞けば
必然的に俺があの飛行機に乗った理由も聞かれる。
答えられるはずは・・・無い。
「・・・? なんだ、仇野」
「いや、何でもない」
「・・・大丈夫か?」
「本当に大丈夫だから、気にしないでくれ・・・」
「そう、か・・・」
気まずい沈黙。
俺は濡れ衣を着せられ
犯罪者として追われているから、
偽造パスポートで海外に逃亡しようとしていたなんて、言えるはずはない。
そして、罪から逃れる為に
この世界に永住したいと望んでいる事も・・・。
視界の片隅で、闇の中に浮かぶ灯りが映る。
綺麗な、星屑のような灯り・・・。
「はい! 到着しました~!
此処こそ、この屋敷の目玉の一つ!
“言葉の箱庭”です!」
兎は高らかに宣言すると、木の軋む音が光を漏らしながら響く。
俺が見た灯りは、扉の横に備え付けられた灯り。
それに目を奪われたから、扉に気付けなかった・・・。
扉が兎の宣言と共に開いている。
デジャブを感じるのは気のせいだろうか?
この世界に迷い込んだ時
荒海の中で唐突に現れた黄金の扉。
開かれるたびに膨大な海水を飲み込み、果ては俺たちまで飲み込んだ門。
吸い込まれるように俺たちはその扉の中へと
足を踏み入れたのだった・・・。
そこには・・・物理法則をガン無視する不思議な空間があった。
黒と白のチェス盤のようなタイルが床に敷き詰められ
壁に沿って配置された本棚が幾つにも重ねられ天井まで続いている。
中は色とりどりの本、様々な言語の本が収納され
大半の本のタイトルが全く読めない。
この図書館は吹き抜けになっており、非常に広く開放感がある。
思えば、ここは屋敷の端にあたる。
もしかしたら、もう端っこにも同じような大広間があるかも知れない。
にしても、膨大な量の本がここにはある。
いくら本棚が360度、限界まで壁沿いに並べられ
そこにいっぱい本を置いていたって、全く足りない。
ゆえに、本棚に入りきらなかった本は床に置かれていた。
うん、ただ置かれていただけなら問題は無かった。
なのに・・・こんな面倒な事をする必要はあったのだろうか?
厚みや大きさが異なる本が有り得ない積み上げられ方をしているのだ。
本の角の上に水平に置かれた本、
更にその上に重ねられた角で積み上げられる本、本、本・・・。
目がくらくらしてきた。
目の錯覚みたい。
なんでこんなワケの分からない積み上げ方をしたのだろうか?
ほんの遊び心? 俺たちのようなよそ者を驚かす為? 何か目的があっての事?
謎ばかりが心の中でこの本のように積み重なる。
図書館内は玄関の豪華絢爛な造りとは打って変わり
シックなデザインだ。
至るところに、様々な時計や地球儀が天井から吊るされており
中には何も無い空中で浮かんでいる物さえある。
蛇が巻き付いたようなデザインの砂時計に
金と銀のフレームが取り巻く大きな地球儀
床に置かれた本の上に放置された美しい装飾が施された懐中時計
この図書館には不思議と落ち着いた気品に満ちた雰囲気があった。
“時間”と“世界”を表すものと、“言葉”と“知恵”が溢れる
“言葉の箱庭”
2階、3階から図書館内に入れるようで
上の方を見ると、扉と歪んだ柱に支えられた床が見える。
ただし、柵や階段が見つけられない・・・。
2階や3階から入る時、どうすれば良いんだよ・・・。
「す、凄い・・・!」
「圧巻だな・・・こんな図書館は見た事が無い・・・!」
マリアとアルフは壮大なスケールに圧倒されている。
確かに、ここにある本の数はパッと見で何万冊も越えているだろうし
そこらじゅうに浮かんだりしている時計や地球儀の数々は見ていて飽きない。
どれもこれも、同じような物は無く
センスのあるデザインばかり。
これだけの物をかき集めただろうラルーの執念が恐ろしい。
アンティークな書斎机や革のソファなども不間隔に設置されているので
自由に入り浸れるようになっている。
かなり機能的。
しかし、しかしだ。
やはり理解に苦しむ。
機能的で素晴らしい図書館である事は言うまでもない。
でも、なんでこうも重力法則が歪みに歪みきったように
星屑のような灯りが辺りを漂っているのだろう・・・?
いや、明るくて良いのだけれど・・・。
有り得ない積み上げられ方をしている本。
宙を漂う謎の灯りと、時計や地球儀の数々。
それらだけなら、まだ“異世界の独特な風景”として受け入れられる。
受け入れたくないのは・・・。
先 客 の 存 在 だ 。
図書館 中央。
綺麗に四角く並べられた机に囲まれて
キラキラと光る星屑の灯りを操っている超ファンタジーな存在。
大きさがあまりにも小さすぎるので、ただの光の塊にしか見えないが
パタパタと羽ばたいている動きと、可愛らしい歌声から
ソレが何なのかが分かった。
「りん、りん、しゃらしゃら~♪」
鈴のような歌声、
小さ過ぎる少女の姿、
虫のような透き通った平らな羽
・・・どこからどう見ても可愛らしい妖精です。
しかも、歌声がキュート。
何、この可愛い生物。
でも、どうしても受け入れられない。
否、受け入れたくない・・・。
何故なら・・・妖精は子供にしか見えないと言う。
妖精が見える俺は二十歳を超えた大人。
さて、これは一体どういう事でしょうか?
俺の精神年齢が子供だからなの? 遠まわしに馬鹿にされたワケ?
はたまたは、妖精は子供にしか見えないという話が嘘だったから?
出来れば後者の方を信じたい。
それなら、妖精を信じまくる。
つか、狂喜乱舞する。
そして先客がもう一人、図書館の奥・・・
左側の書斎机に向かっている少女がいた。
ガラスの入れ物に星屑の灯りを入れてランプ替わりに
その少女は黙々と古めかしい本のページをめくる。
熱心に勉強をしているんだな・・・頑張れ。
そうエールを送らざるを得ない。
目鼻立ちがくっきりとした欧米人らしい美人さん。
栗毛に透き通るような淡い青色の瞳
不思議な雰囲気の少女は小さな体躯を誤魔化すような
分厚い黒のコートを着込んでいて、室内でも脱がないのが不可解。
あどけなさを残す少女だが、大人びいた格好と雰囲気のせいで推定年齢も出せない。
少なくとも、ラルーよりは年上・・・だろうか?
「あ、れ・・・? 人間・・・?
パーバションだけかと思ったら、3人増えてる・・・」
不意に、妖精の歌声が聞こえなくなったかと思えば
妖精が俺たちに気付いたようだ。
妖精の声に、奥にいる少女がぴくりと反応したが
視線を本に落としたまま、目もくれない。
・・・ちょっとは俺たちを気にしてくれい。
「すみませんねぇ!
蝶亡様とアウウェルトがまた殺し合いを始めたので・・・
迷い人様たちが巻き込まれてはいけないと思い
ここに避難して来ました~」
兎は妖精に事情を説明する。
その口ぶりから、妖精と兎の間柄はそう険悪ではない事が分かる。
親しい友人へと解釈のようだ。
「・・・そう、また殺し合っているんだ・・・
それに、昨日・・・やたらと妖怪たちが騒いでいると思ったら
迷い人が来ていたからなの・・・」
物静かな妖精。
さきほど呑気に歌っていた時とは別人みたい・・・。
もしかして、警戒されている?
妖精なら人間を警戒しても不自然ではない。
彼女らからすれば、俺たち人間なんて巨人だし。
俺だって巨人が迫ってきたら怖くて逃げるし。
そうだな・・・敵意は無い事を証明しなくては
是非とも妖精と友達になってみたいし!
と考えていたら・・・アルフに先手を打たれてしまった。
「初めまして、僕の名前はアルフ
見ての通り・・・自分で自分の身を守れないから
しばらくここにいても良いかな?」
爽やかスマイルが飛び出す。
先手を打たれた・・・美男子の笑顔にジェラシー・・・
でも、罪悪感が頭から離れない・・・。
色んな意味で俺は負けた。
・・・恐るべし、無自覚な美男子・・・。
もしや、妖怪たちと仲良くなれたのも今みたいなスマイルで瞬殺したからか。
怖い・・・本当に、イケメンって怖い・・・。
「・・・確かに、それじゃあ
いざという時は大変・・・!
もちろん、この図書館は皆のために解放されているから
どうぞ好きなだけいて頂戴?」
アルフの姿をしばし見つめる妖精はその言葉に偽りが無い事を確認すると
少しだけ心を開いてくれたのか
先ほどより、友好的に接してくる。
マリアはやけに目を輝かせて
興味深そうに妖精を見つめている・・・。
妖精は本を読むワケでもなく
辺りに漂う星屑の灯りを操っている事から
恐らく、司書のような役を担っているのだろう。
なら、ここの事は妖精に聞くべきだな
「あの、ここって・・・日本語の本とか置いている?」
「日本語の本ですか?
・・・・一体、何時代の書物をご所望?」
「え、何時代ってどういう意味・・・?」
「そのままの意味です
昭和、江戸、安土桃山時代、平安・・・
日本語の書物って時代が異なるだけで読みづらくなりますから」
「・・・アノ、平成アタリノ本デ、オ願イシマス」
「分かりました
それなら、向かって右の方・・・奥から3番目の本棚をあたってください」
妖精にこの図書館について聞きたかったが
何をどう聞けばいいのか分からず
日本語の本の在り処から聞いてみた。
まさか、色んな時代の書物を揃えているとは思っても見なかったけど!
ていうか!
ここにある書物、歴史的価値が高いんじゃないの!
どうやって入手しているんだ・・・!
物凄く、気になるじゃないか・・・!
「キヨステちゃん、いつも図書館を任せっきりにしてゴメンネ?」
「別にいいよ、本は大好き・・・
静かなのも大好き・・・
未知に触れられるのも大好きだから」
「そう言ってもらえると助かった~」
「それはそうと、他の子の名前も教えて?」
妖精のことを“キヨステ”と呼んだ兎は謝罪する。
・・・おい、待て。
その言いようじゃあ、元々 この図書館を管理するのは兎だったけど
兎は仕事を妖精ことキヨステに丸投げしているって事か!?
兎ィ・・・! そこんところはどうなってんだ!?
「私の名前はマリア
元の世界では看護師をしていて・・・アルフとは長い付き合いになるの」
「マリア・・・?
聖母の名前をとった看護師・・・
さぞや、信心深い人には感謝されたでしょう」
「確かに、名前の由来はそうだけど
信心深い患者に感謝された事は・・・」
マリアは自己紹介する。
それはもう、無邪気な気持ちを隠すべく
おしとやかを装って。
その様子を見たキヨステは聖母を連想。
妖精さん、妖精さん
ここに俺は切実に言います。
マリアはマリアでも、
このマリアは暴力看護師です。
真っ直ぐにアルフ一筋の絶賛 片思い中の女なんです。
聖人からは程遠いと思います。
「俺は仇野って呼んでくれ
元の世界では・・・」
「元の世界では?」
「・・・」
「・・・?」
俺も自己紹介しなくてはならないと思い
自己紹介しようとするも
職業のところで詰まる。
・・・ここはなんて言えば良いんだ・・・!?
職を転々としてきたので
今までやって来たモノの中で最も凄い職業を名乗るべきか・・・。
いや、ここは素直にアルバイトだ
って言えば良いのか?
情けなくて堪らないけど?
無難にサラリーマンと名乗るか・・・
「さ、サラ・・・」
「サラミ職人?」
「・・・う、うん、そう・・・」
「まあ、凄いですね・・・!」
サラリーマンと答えようとしたら
何故か、サラミ職人にされたんだけど
これは一体、どういう事なんだ?
まあ、そういう事にしてしまった俺も俺なのだが。
「え、仇野はサラミ職人だったの・・・?」
「・・・ウン、ソーダヨ?」
「仇野って、よくわからない・・・」
「人は外見だけじゃ、分からないものだよ・・・」
「・・・そ、そうなんだね」
アルフが俺の自己紹介を聞いて驚く。
ああ、俺だって驚いたさ。
俺はサラミ職人だったなんて俺も知らなかったよ!
・・・絶対、そんな事は無いんだけどな。
どうしてこうなった。
「妖精さん、妖精さん
あなたの名前はキヨステと言うのかな・・・?
こっちに来てくれない?」
「確かに私はキヨステと呼ばれていますが
妖精ではありません、マリア」
「え?」
苦笑するアルフと違い
マリアは俺がサラミ職人でも興味は無さそうで
妖精、キヨステの方に関心があるようだ。
空を飛んで、光の塊にしか見えないため
近くに寄るようにお願いするマリア。
キヨステはマリアの言う通りにこちらの方へと飛んで来て
机の上で小さな足音を立てて、着地した。
金色の刺繍が施された白いヴェールを長い黒髪の上に被っている
髪の隙間から覗かせる尖った耳、長い前髪の奥に月のような青い瞳
不思議そうにこちらを見上げてくる表情が可愛すぎる。
背中から生えた透けた半透明の羽は美しい模様が浮き上がっていて
その模様に沿って星屑の光がキラキラと血のように流れて、とても綺麗だ。
だが、左の羽根の先から真ん中までが金属色で星屑の光を纏っていなかった。
まるで・・・欠けた部分を金属が覆うように。
白いヴェールのケープを羽織っていて
その下は背中が大きく開いたシルクのドレス
スカート部分は輪っか状の黄金の鎖が幾つも重なって、
取りまいているようなデザインの刺繍がされており
妖精サイズの服に、こんなにも細かい刺繍を施した製作者の苦労が目に見えてくるようだ。
裸足に赤い紐が結ばれており
足首にも同じく赤い紐が、その二つは縦に赤い糸が繋げられており
靴のように見せかけられている。
よくよく見てみれば、右手の小指にも赤い糸が結ばれている・・・。
一体、何のおまじない?
多少、不思議な格好をしているが・・・。
尖った耳と言い、光を纏った羽根。
どこからどう見ても妖精だ。
しかし、妖精と呼ばれて
“自分は妖精ではない”と否定するキヨステ
どういう意味を帯びた否定なのか。
気になれば、聞くしかない。
ついでにサラミ職人ではないと伝えようか?
・・・やっぱり、止めよう。
俺が一番、ダメージを受けるから・・・!
「そうですね・・・
堕落した天使を“堕天使”と呼ぶでしょう?
私はその、妖精版です」
「・・・?
つまり、堕落した妖精・・・?」
「ええ、そうです
かつては“運命”の一端を司る妖精でした
しかし、今は“キヨステ”と言う名を与えられ、気ままに過ごしています」
簡潔に自分の正体を説明するキヨステ
堕落した天使を“堕天使”と呼ぶなら
キヨステは“堕妖精”?
・・・ダメだ。
ネーミング的に違和感しかないので
ここは“堕落の妖精”と呼ぶべき。
にしても、妖精も堕落するモノだった・・・か?
始めて聞いた。
「“運命の妖精”だったのに、どうして堕落なんて・・・」
同じ事を思ったマリアは素直に口にする。
兎はその後ろで何故か、右往左往している。
・・・そうだ、カマキリの件をすっかり忘れていた。
こういう事は繊細で、触れてはならないような事。
思わず傷を抉ってしまう
ラルーだって、何か傷を持っていて・・・だからこの世界に逃げ込み
そこで独裁者のように恐れられ
一線を引いて自ら孤独になってしまっていた。
苦しい事、悲しい事、嫌な事、恐ろしい事・・・
これ以上、傷に触れられないように過剰反応したから
彼女は“狼狩り”に出かけたのだった。
前例があるなら、それは多くの場合にも当てはまる。
このキヨステにも何かよっぽどの事が起きたから
妖精なのにも関わらず“堕落”してしまったのだ。
触れない方が・・・。
「え、聞いてくれるんですか・・・!?」
・・・傷を抉ってしまう、と危惧したのは無駄だったようだ。
キヨステは嬉しそうな眼差しで見上げてくる。
見よ、この一切の“傷”のようなモノを感じさせない無邪気な笑顔を。
妖精らしい笑顔だが、
堕落したという妖精には似つかわしくない眩しい笑顔だ。
うん・・・本人が語りたいのなら、黙って聞こう。
関心が無かったワケでも無いし、ここは前向きに受け取ろう・・・。
やったじゃん、堕落の妖精の不思議なお話が聞けるんだぜ? 凄い事だ・・・。
「私は、運命を司る妖精として高位の精霊様の命令に従い
人々の運命を“造って”いました」
「それはつまり、人の運命は全て最初から決められていると?」
「いいえ、基本的に定められた運命が人には平等に与えられています
けれども、人はその運命を自ら“変える”事が出来るんです
私はその“変えられた運命”の先を造っていました」
「・・・そうなのか」
アルフはキヨステの言葉を聞いて
すぐに自分の両断された手足を見つめて、質問を投げかける。
彼にとって“定められた運命”という言葉はどういう風に聞こえるのだろう
複雑な心境なのは間違いない。
「私は常に勤勉であろうと努めて、働いていましたが
ある不思議な“運命”を抱いた少女に目が止まりました
これほどに複雑で、強く、そして不思議な“運命”は見た事がありませんでした」
「不思議な運命って・・・どういう事だ?」
「それを言い表すなら、
“道なき道を突き進んでいた”と言わざるを得ません
何故なら、彼女にはあるべき運命が無く、何の祝福も与えられず、
ありとあらゆる“許し”すら得られない状態で、自力だけで生きていたから・・・」
「・・・?」
「要は、与えられるはずの“人としての自由”を彼女は持っていなかった
人は必ず“神”によって祝福されており
その恩恵は貴方達の言うところの“運”や“直感”“閃き”などの形で現れます
それは神に愛されたから与えられた“無償の自由”
そのおかげで、人には“運命”という安全で、自由な道があるんです
でも、彼女は神の祝福を受けていなかった
だから、恩恵を受ける事も出来ない
“運”がないから、生きるのには自力で全力を尽くし
“無償の自由”がないから、事あるごとに祝福された人間に迫害される・・・
だけれども、彼女は自力で生き抜き
人による悲しい迫害にも耐え続けていた
まさに、自分の運命を自分で創っていたのです
誰よりも数奇な人生を当たり前のように生きていたのです」
キヨステは俺たちにも分かるように丁寧な説明をしてくれる。
“運命”を持たない少女は自分で自分の“運命”を作り
神の手助けも無く、自力で生き抜いた。
確かに、それは強く、そして不思議な“運命”だ。
突拍子もない話だが、キヨステの言葉には重みが感じられた
“事実なのだ”と突き付けられるような迫力さえある・・・。
「私は精霊様に聞きました
『どうして、あの少女には“運命”が与えられていないのですか?
何かのミスならば、早急に対処しなくては大変です』
精霊様は私が指さす先の雲に映る少女の姿を見ると
悲しそうに目を細めて言いました
『あの少女には関わってはいけません
生まれながらにして邪悪な狂気の心を持つ子供で
私たちが干渉する事は神によって禁じられています』
私はその言葉を聞き
雲に映る少女の姿をもう一度、見直しました
他の人間とは少しだけ違った姿、特殊な血統ですが、
精霊様が言う程、邪悪な存在には見えません
それどころか、誰からも忌み嫌われて悲しい日々を送る姿は憐れでした
そして、私は仕事の合間
ふと気が付くと、こっそりその少女を眺めていました
あくる日も、気付けばまた少女を見守っていました
来る日も、来る日も、私はずっと彼女を見ていました
彼女が嫌な目に遭うたびに、私は憤怒し
彼女が誰もいない所で静かに涙を流すと、私も泣いていました
いつしか私の頭の中は少女の事でいっぱいになっていました
すると、私の中では
ある欲求が芽生え、それが心に巣食うようになり・・・
“彼女に会いたい”“もっとそばで一緒にいたい”“彼女を慰めてあげたい”
そう、猛烈に思い始めて
私はもう、我慢が出来なくなりました
私の感情は爆発して
“妖精は人と接触してはいけない”
という暗黙の掟を、私は無視して下界に降りました」
キヨステは何の躊躇いもなく、
そっと言葉を紡いでいく
それはまるで、他人事のように。
だが、“運命”が与えられていない少女に対しては
並々ならぬ強い感情を感じる。
・・・キヨステが指す“少女”が誰なのか
心辺りがある、いや・・・完全に彼女の事だろう
妖精をここまで惹きつけるとは・・・何の皮肉なんだ。
「下界に降り、私は彼女を探しました
彼女と同じくらいの背丈の子供に近づいて、顔を確認しては
また探してまわる、を繰り返しました
特徴的な姿形ですが
彼女かも知れないと思うと
どんなに背格好が異なる子供でも、顔を確認せずにはいられませんでした
・・・けれど、私はその念入りな確認を後悔する事となります
人間の子供に近づき過ぎたんです
子供たちは私に気付くと、“変な虫がいる”と私を捕まえようと追いかけてきました
私は本能的に危険だと思い
全力で逃げました
でも、あまりの恐怖にうっかり木にぶつかって・・・捕まってしまいました
子供たちは私の姿を見ると
無邪気に笑いました
“コレで遊ぼう”
その言葉の次に
私を襲ったのは耐え難い苦痛・・・
子供たちは私の羽根を引きちぎって・・・私から羽根を奪ったのです」
キヨステは涼しい顔で、自分の左の羽根を見つめる。
羽根の先から、真ん中までを覆う金属色。
それが意味するのは恐らく・・・。
“義足”ならぬ、“義羽根”
小さな妖精は子供によって無残にも羽根を奪われたのだ。
子供は無邪気だ。
だから、無邪気ゆえの残忍さがある・・・。
幼ければ幼いほどに、善悪も分からないだろう
理不尽だし、どちらが悪いとも言えない。
ただ言える事があるとすれば
切なすぎる。
救いがない出来事に、行き場の無い怒りがこみ上げてくる。
文字通りに“行き場の無い怒り”だ。
何も出来ない自分が腹ただしくなってきた・・・。
「悲しみと恐怖が私を動けなくしました
私はただ、震えるばかりで
なんとか掠れた声で呼べたのは、夢に見た少女の名前
何故、子供たちはこんな事をするの?
そんな疑問が浮かんだ
子供は純粋だと、精霊様は仰っていた
なら、私の羽根を奪ったこの子供たちは純粋なの?
違う
この子供たちが抱いているのは残忍な好奇心と制御の効かない狂気
私は絶対に信じない、子供が純粋だなんて断じて
子供たちに対して私には憎しみがふつふつとこみ上げてきたのを
鮮明に感じていた
血が逆流するような、頭や手足が冷えて血の気が抜けるような感覚・・・
私から羽根を奪った子供たちが憎らしくてかなわなかった
例え子供でも、許せなかった
やがて、お腹が煮え返るような猛烈な怒りが私を支配し始めた頃
私の目に映った存在を見て
始めて涙が溢れた
丈の短い赤の着物に
金の刺繍が施された黒い羽織りに身を包む少女
おびただしい数の御札を貼り付けた白いお面を付け、歌舞伎の“白頭”のように
数え切れない数の御札を被って、体中にも札を張り付かせている
全身お札まみれのその姿は
まるで彼女が秘めている力を“封印”しているかのようでした
異様な出で立ちの少女が現れた事で
私を鷲掴みにしていた子供たちは大いに動揺していました
“その者を離しなさい”
一言、彼女がそう命ずると
子供たちはあっという間に私を放り捨て、散り散りに逃げていきました
私は驚きを隠せなかった・・・」
子供たちに追い詰められたキヨステを救ったのは
やはり彼女か・・・。
奇遇なのか、カマキリを救った時と似た姿格好だ。
・・・その姿は、今朝の夢に出てきた時と同じ・・・か?
いや、俺が見た姿はカマキリの前に現れた時のものだろう
なんたって、キヨステが見たその姿は体中に札を貼り付けまくっている。
俺が見た彼女は札なんか貼り付けていなかったし、
仮面とか、歌舞伎のカツラを札で作ったみたいなモノを付けていない。
俺たちが実際に会った彼女は
おとぎ話のような、メルヘンチックな格好をしていた
しかし、この世界の住人たちが始めて彼女と出会う時
彼女は和服を着ている事が多い・・・。
・・・変だな。
「子供たちに放り捨てられた私は残された片翼と気力だけで羽ばたきました
けれど、次第に地面へと落ちてゆき・・・
地に足を着けた頃には泣きじゃくってしまいました
私の羽根は永遠に奪われた
決して戻る事は有り得ない、私は禁を犯したから
その罰が降ったのだと思いました
『自分の羽根を取り戻したくは無いか?
再び、自由を得たいと望むのなら・・・私がその願いを叶えよう』
彼女は言います
とても無機質な声で、義務的に・・・
その言葉は、その囁きはまるで悪魔のよう
私は素直に怖いと思いました
しかし、それと同じくらいに彼女が憐れで仕方がありません
『私がこの羽根を失ったのは禁を犯したから
自分で犯した罪を、貴女に擦り付けられません
でも・・・貴女に出会えてよかった、親切にして下さりありがとう』
私はそう言って
涙の痕を拭い、自分の羽根をさすりました
『・・・己の罪の精算を望むか
ならば、今しばらく私の元にいなさい
帰るにはまだ早すぎる・・・』
彼女は私の言葉を聞き、意外そうに言葉を重ねました
白い手を私に差し出して
暖かく私を迎え入れてくれたのです
彼女が住まう社で私は人目から守られながら
花の蜜や、砂糖、茶菓子などを与えられて、まるで夢のような日々を送りました
彼女は人前に出る時は必ず、札の“白頭”を被り
全身に札を貼り付け、札が貼り付けられた仮面で顔を隠していました
なのに、私といる時だけは仮面を取って堂々と向き合ってくれたのです
私はそれが嬉しくて仕方がありません
どれだけの時を過ごしていたのか
覚えていません、ただ言える事は毎日が一瞬のように過ぎ去るのに
いつまで経っても私の羽根は癒える事は無かった事だけ」
彼女・・・恐らく、ラルーとキヨステとの出会いは分かった。
キヨステはカマキリと似たような展開を迎えながら
カマキリとは全く違う選択をした。
カマキリは死にかけていたところを
ラルーが“助けてやろう”と持ちかけられ、それを受け入れた。
結果的に巨大な身体と永遠に飢え続ける呪いを得た。
キヨステは“羽根を治してやろう”とラルーに持ちかけられたが
“これは自分の罪だから”と拒んだ。
カマキリはラルーに頼り、
キヨステはラルーを愛したからこそ持ち掛けを拒んだ。
・・・カマキリは結果的に後悔する事となったが、
キヨステはどうなるのか。
恐ろしく感じるのは何故なのだろう・・・?
「私は思いました
この羽根を治したいのなら、精霊様に謝らなくてはならない
禁を犯したからこの結果があるというなら、償わなければならないと・・・
私はその思いを彼女に伝えました
『私はお前を止めやしない
それはお前自身の選択だ、私に咎める権利など有りはしない・・・
ただ1つだけ、言わせてくれ・・・ありがとう、私のそばにいてくれて』
優しい言葉に私は彼女の指を抱きしめ、
ひとしきり涙を流し、彼女の元を去りました
精霊様は水を体現した御方
だから、私は近くにある湖に行き
水面を見下ろしながら、謝罪の言葉を重ねました
すると、湖の水面に精霊様の御姿が現れ
言いました
『よくぞ、帰ってきた
さあ、こちらに来なさい』
私は精霊様に導かれるままに、元いた世界に戻りました。
聞けば、誰も私の行いには怒っておらず
羽根を失った私に同情していたと言います。
精霊様に私は聞きました
『私はあの少女の元で過ごしました
あの子は何も悪くない、狂気の心など微塵も有していない
それどころか、彼女以外の子供こそが狂気の心を有しています
だからどうか・・・運命を変え、事態の改善をしてください』
そう懇願する私の言葉を聞いた精霊様は
悲しそうに、ため息をついて言いました
『彼女に“運命”が与えられないのは
彼女が神に愛されていないから
神に愛されていなければ、祝福を与える事は出来ません
彼女が悪いか、悪くないかは問題ではありません
彼女にあるのは過酷な未来と悲劇でしか終われない結末だけ
残念だけれど、諦めて忘れなさい』
残酷な宣告を下す精霊様は私の欠けた羽根に手を当てる。
きっと、私の羽根を癒して下さるのだろう・・・
けれども、私は自分だけが救われる結末が許せませんでした」
キヨステは言葉を紡ぐ。
かつて人の運命を紡いでいたように、
さも機械的に、当然の結末のように・・・。
「だから・・・私は、精霊様を、殺しました」
“運命の一端を司る妖精”が、“堕落の妖精”に変わった瞬間だった。
妖精が罪を冒し、一人の人間に固執する事もあるのか・・・。
どれも始めて知った。
だが、それ以上に・・・自分がこの展開にあまり驚かなかった事が怖い。
この世界には前科のある者しかいないのか・・・!
こういう話を聞く度に、ここは異世界であり
元の世界からはかけ離れた価値観で出来ている事を痛感する。
『郷に従え』という言葉があるように、その価値観に反抗しないほうが良いだろう。
「精霊様の首を締め上げ、押し倒し・・・
精霊様の息がか細くなり、ゆっくりと動いている感触を感じながら
私は更に力を込めました
やがて、長く感じていた時間が過ぎると精霊様は居なくなっていました
周りにいた仲間も、
私が生まれ育った世界も、
全部、私の前から消えました
私がいたのは哀れな少女が居た世界の湖の岸辺
私は無我夢中で少女の行方を探しました
私がいた時は道を眺めれば何人かの人の姿が見えたのに
村中を彷徨っても人一人、見つけられません
何がどういう事か分からず、
黄色と黒の縞模様のリボンが張り巡らされている村の入り口から飛び出し
私は魔法を使って少女の居場所を暴き
水の精霊様を殺した事で得た力で、水を“扉”として
少女の元へ・・・やっと辿り付きました
そこにいた少女は、少女ではありませんでした
美しい女性の姿で黒いフードにドレスを纏っており
少女の時は無感情に淡々としていたのに、彼女は感情豊かに笑うようになっていました
私がいた世界と、少女がいた世界では
時の流れ方が異なり、私が精霊様を殺している間に
少女が大人になるだけの時間が経っていたのです
それでも私は彼女との再会を心の底で喜びました
彼女は私との事を覚えて
幼い頃の優しさに変わりは無かったから・・・」
キヨステ、ラルーと再会。
・・・ただ理解出来ない、え? 大人のラルー?
ラルーって可愛い幼女だろ?
キヨステの世界とラルーがいた世界では時間の流れが違うので
帰ると何年も経っていたとか、浦島太郎を彷彿させる・・・。
ていうか、幼女ラルーが大人ラルー? え?
それから気になるのは、
何で村の入り口に黄色と黒の縞模様のリボンが張り巡らされているんだ?
心辺りがあるのは気のせいか・・・?
「彼女は笑います、邪悪な悪魔のように歪んだ笑顔で
『カワイソウな カワイソウな妖精さん
やはり羽根が癒される事を拒んで堕落してしまうなんて・・・
お願いだから、そうなったからには私と一緒にいて頂戴?
私に出来る事は3つだけ』
私の羽根をなぞり・・・目を細めると
美しい白銀の水が、私の失った羽根の形を型取り
残された箇所に取り付き羽根の代わりとなったのです
水なのに、石のように固まるので少し重たいけれど、
私は羽根を取り戻し、自由に飛び回れる・・・!
私は水を操る力を得たので、その水を使いこなすのに時間は掛かりませんでした
『堕落した妖精、などと言う存在を
神が“認める”と、生き物として許してくれるとは考えづらい
だから、神から貴女を守るためにはこの世界にいてはダメよ
次に私に出来る事は、“私”の世界に貴女を導く事・・・
来て、くれるかしら・・・?
その世界での貴女の安全は私が保証するわ』
笑顔を止め、不安そうな瞳で私を見下ろす彼女の姿を見て
私は彼女の慈悲深さに心が熱くなりました
私の身を案じ、私の行く末さえ守ろうとしてくれる彼女の善意を
無下に扱えません
私は心の底から感謝をして、私はこの世界に辿り着いたのでした」
話は終わった。
そう言わんばかりにため息をついて、
キヨステはいつしか浮かべていた悲しげな表情を笑顔に改める。
美しい“堕落の妖精”
その終わりはハッピーエンドなのかバットエンドなのか
俺には判断が出来ない。
カマキリは幼いラルーの誘惑を受け入れ
最終的に己を永遠に呪い続けるようになり、
ラルーの誘惑を拒んだキヨステは
精霊様を殺め、妖精の世界から追放され、堕落した
どちらも違う選択肢をしているというのに、
それぞれに苦しい展開を迎えている。
彼らが“永遠の魔法の世界”に辿り着いたのは
天罰からなのか、救済からなのか・・・。
これらの話が曖昧な終幕なのは、今もなお現在進行型で物語は続いているから。
しかし、この世界では
その“物語の終わり”が来る事はない。
この、“永遠の世界”では・・・。
「後日談と言ってはなんですが、
この“キヨステ”という名前を下さったのは彼女・・・
ラルーなのですが、由来は何だと思いますか?」
「キヨステって・・・日本人っぽい名前だが・・・」
「ええ、その通りです
この名前には漢字で・・・
純白の清さを捨て去る、という意味を込めて
“清捨”
堕落して、妖精としての清純さを捨て去った私にぴったりの名前でしょう?
私はキヨステ・・・これからも、ずっとキヨステであり続ける」
キヨステの名の由来を知り、全身ぶわっと鳥肌が立った。
おぞましい、と言うべきなのだろうか・・・。
いや、ここはゾッとするような切なさと例えよう。
救いの無い“堕落の妖精”の話は俺からすれば嫌な話だ。
ラルーを受け入れようが拒もうが関係なく不幸になるみたいに感じる。
まるで、ラルーと出会った事自体が最大の不幸みたいじゃないか・・・。
だとしたら、俺たちはどうなる・・・?
これから何が起きようと言うんだ・・・?
「キヨステ・・・その、ラルーが君に出来る3つ目の事柄って
結局は何だったんだ・・・?」
「分かりません・・・未だにその3つ目を提示しないので・・・
でも、3つ目の奇跡は遠からず起こしてくれます
彼女は言葉にした事は守る主義ですから・・・!」
「ラルーの事を絶対的に信じるんだね・・・
屋敷の皆はラルーを恐れているのに」
「皆、彼女の事を悪く言います
それは精霊様だって同じ事でした、だから私は思うんです・・・
彼女が嫌われるのはあくまでも体質的なモノなんじゃないのか、って
私は彼女の美しい一面を熟知しています、その一面だけで私は彼女を愛せるんです」
「・・・ラルーのたった一面だけで、全てを愛せるんだ・・・
キヨステはとても優しい・・・」
アルフは疑問を投げかける。
キヨステがラルーに対して抱く、絶対的な“愛”は
恐らく愛じゃない・・・それは“慈愛”だ。
堕落した今でも心優しく在れるキヨステはきっと、
かつては素晴らしい妖精だったんだと良く分かった。
最後、ポツリとアルフが呟いた言葉はどこか意味深。
彼からすればこの話はとても不安を煽るような話だ
そんな反応は無理もない・・・。
「さあ、空気を悪くしてしまいましたね・・・
どうぞこの“言葉の箱庭”でくつろいで下さい
本の事や、ここについて分からない事は私に聞けば教えます」
「気遣い、ありがとうキヨステちゃん・・・
私に出来る事があれば言ってね?」
「マリアこそ気遣わなくてもいいですよ」
キヨステは仕切り直しをして、再び 宙を舞い始める。
室内の至る所が星屑の灯りによって照らされ、闇は無い。
それはまるで、堕落しながら無邪気で明るいキヨステを表しているかのように。
兎は胸を撫で下ろしたのか
キヨステに耳打ちでこしょこしょ何かを話し始めた。
アルフを抱えているマリアは速攻で本棚に向かい
読めそうな本を探している。
英語の本が並んでいる本棚を熱心に見つめているので、話しかける勇気は無い。
俺も読書に勤しもう。
キヨステに教えてもらった日本語の本がある方へと向かい
何か面白そうな本は無いか見つめる。
・・・解体全書やら、世界の死刑・拷問集とか
エグい本が多くないですか?
手書きと思われる本も多いな・・・読んでみよう。
無作為に選んで手に取った本の表紙には
“妖之蝶亡、及び パーバション・C・リネル・クネクションの状態経過記録”
と書かれた白の分厚い本。
妖之蝶亡って・・・妖怪の長である蝶亡の事か?
そのあとの“パーバション”って・・・。
『お前が“パーバション”に対して抱いている感情の方が醜いな!』
アウウェルトが蝶亡に対して言ったセリフが脳内で再生される。
この一言で、それまで余裕そうに薄ら笑みを浮かべていた蝶亡がブチ切れた。
・・・パーバションと蝶亡の関係が気になる。
この本を読めば、詳細が分かるかも知れない・・・。
もう、読むっきゃないでしょう・・・!
本を手に取り、近くにある椅子に座ると
俺は本を開いてその内容を読む。
『私の世界に取り込んで1日目
パーバションと蝶亡は和解したのか、とても仲良さそうに
昔話を1日中、ずっと続けていた
私は構ってもらえなかったので、ポルターガイストを起こして気を引こうとしたら
“子供じみたヤキモチを妬くな!”
と、怒鳴られた。
更にパーバションが2発、銃を発砲した。
悲しい。』
最初の1ページを読んで、俺は本を閉じ
目を瞑った。
・・・うん、この本を書いたの、ラルーだね。
確信した俺はため息をついて
再び本を開いて続きを読む。
『私の世界に取り込んで2日目
すでに打ち解けた 猫、狐、狸、兎が徐々に権力を得始めている事に気付いた。
早2日目にして、この権力社会化に動揺を隠せない
打ち解けきれない他の子たちがカワイソウ・・・
最高権力を握りそうな蝶亡はパーバションに夢中で
しかも、もはや“妖怪の長”や
“妖の救世主”云々・・・の肩書きに拘る気はサラサラ無いらしい
蝶亡は権力社会に疲れきったようだ・・・
一方、パーバションは己を鍛える事に強い関心があるようで
私に“良い師匠を紹介してくれないか?”と訪ねてきた
真っ先に私がパーバションの師匠を名乗り出たが、速攻でヘッドショットを決められた
辛い。』
何故だろう、これを読んでいると悲しくなってくる自分がいる・・・。
ていうか、事あるごとに銃をぶっ放す“パーバション”って何者?
相手は仮にもこの世界の主のはずだけど?
『私の世界に取り込んで3日目
パーバションに良さそうな師匠は私しか有り得ないので
師匠候補は紹介せず、同じ“銃”を得意武器として扱っている私の巫女を紹介した
“良さそうな師匠はいないけれど、銃仲間として仲良く出来そうな子がいる”
と言った時、パーバションは嬉しそうに
“会わせてくれ!”とせがんできたところを見るに
パーバションも少女なんだなあ、って口がほころんでしまう。
私の巫女はパーバションと波長が合ったのか、
いつものつまらなさそうな顔が生き生きとしていた。
それは良かった・・・けれど
“お互いの腕前を知る為にも、とりあえずアイツで試し撃ちをしよう”
と言って、私を集中攻撃しないで欲しい。
いい加減、仲良くさせて?』
巫女・・・?
心辺りを持つ俺はその記述を見て、大いに動揺した。
しかも巫女の事をただの巫女と記述せず、
“私の巫女”
と、記述している。
どういう関係なんだ。
彼女が、ここにある“ラルーの巫女”と同一人物なのだろうか?
俺の夢に出てきて、“忌み子様”に会わせた彼女と・・・。
『私の世界に取り込んで4日目
パーバションと仲良くなりたい私はあの子が喜びそうな銃を制作して
それをプレゼントした。
“一体、何を目論んでいる?”
と、警戒されたけど
銃の性能や、普通の銃と異なる機能も加えている事を説明し
これをプレゼントすると言うと、喜んで
さっそくおニューの銃で私を試し撃ち。
“素晴らしい拳銃だ”
と、満足そうに銃を持って帰ったパーバションを見ながら私は
パーバションの手強さを痛感した。
地下の酒場で蝶亡に愚痴ったら
蝶亡は苦笑いで慰めてくれた。
やっと報われた。泣きたい。』
パーバションと蝶亡の関係は気になるけど
それ以上に、どうしてここまでラルーがパーバションに毛嫌われているのか
とてつもなく気になる。
あと、これ・・・だんだんラルーの日記になってないか?
状態経過を記録するの、どうした。
『私の世界に取り込んで5日目
“マミラって誰なのよ!?”
という、蝶亡の怒号で目が覚めた。
あちゃー、とまず先に思った私は慌てて部屋から飛び出した
案の定、問い詰められていたのはパーバション
動揺していて嫌な顔をしている。
周囲には妖怪たちがやじ馬と化して集まっている。
妖怪たちが蝶亡に対して抱いている強い関心は今もなお健在のようだ
パーバションの反論次第では大変な事になりそうなので
私が2人の仲裁に入り、蝶亡に“その謎の【マミラ】を紹介する”という名目で
東の山に“繋げた”神社に居る私の巫女に招集を掛けた
彼女が我が屋敷に到着するのを待つ間、
蝶亡はとってもご立腹な様子で私の背中を何度も斬りつけてきた
おかげで服がボロボロになって暴漢に襲われたみたいになっちゃったじゃん。
蝶亡ちゃんのいじわるー。
そう指摘したが、冷めた目を向けられるだけだった。
私は悲しくて、試しに“人間受けの良い”子供の頃の姿になって
狐の九つに別れたもふもふの尻尾に埋もれていた。
私の姿を見た、妖怪たち含めパーバション、蝶亡が騒いでいたけど無視。
私、怒ったから。
髪の毛なんか、触らしてやんないもん。
素直に仲良くなってくれたのなら、お腹だって触らせてあげたのに。』
ガタッ
と急に立ち上がる俺。
最高に素晴らしい記述を見て、脳内では様々なシミュレーションを想像する。
何? 仲良くなれば、髪の毛どころかお腹を触らせてくれるって?
よっしゃ、全力で仲良くなってやらああああああ!!
ラルー、めっちゃ良い子だし!?
てか、天使だし!?
最高のチャンスなんですけど・・・!?
うおおおおおおお・・・!!
~仇野、クールダウン中につき 少々お待ちください~
では、続きを読もうか。
え? 俺が乱心したって?
気のせいだろ。
『私の巫女が屋敷にやっと到着した
“何事か!?”
と、慌てた様子で聞いてきたので
“パーバションを好いている妖怪の長が貴女の事を知って
嫉妬に狂い、この世界がヤバイ
とりあえず妖怪の長の誤解を解いて、命令だから”
適当に命令を下したら
マミラの奴、物凄く困った様子で蝶亡に事情を説明
無事、蝶亡とマミラは和解。
蝶亡はマミラが有している能力を察して
パーバションとの仲に納得してくれたみたい。
結果、情報を皆に共有しようとしなかった私が悪い事になり
私は天井から吊るされて、散々に弄ばれた
皆、どんだけ子供姿が好きなのよ?』
・・・決定的な証拠が出た。
マミラ、それは夢の中で彼女が名乗った名前。
ちなみに漢字の綴りは
“魔巫羅”というキラキラネームらしい。
そうよくある名前じゃない。
確実に彼女だ。
まさか、この世界で実在していたとは・・・。
それより、幼女ラルーを天井から吊るして弄んだ・・・って
何したんだー!
その光景が見たかったああああ!!
この世界に来るのが、遅すぎた・・・!
「おい、何を読んでいる?」
不意に後頭部に何かが押し付けられるような感触。
そして、あどけない少女の声でありながら
油断を躊躇させる重い雰囲気の声が背後から浴びせられた。
かちゃ、という音が響き俺は両手を上げた。
もしも、飛行機のテロが起きず、国外に脱出したとしたら
こんな風になっていたかも知れない
警察が両手を上げる犯罪者を跪かせて、頭に銃を突きつけるように。
彼女・・・パーバションは俺の頭に銃を突きつけて繰り返す。
「何を読んでいるのか・・・さっさと答えろ」
今のこの状態は俺に相応しいのだろう・・・。
なんで、気付かなかったんだ?
どうしてキヨステの一言を聞き流してしまった?
『あ、れ・・・? 人間・・・?
パーバションだけかと思ったら、3人増えてる・・・』
図書館に踏み入った俺たちに驚いてキヨステがこぼした一言。
俺たち以外にいた人間は一人だけ。
・・・彼女がパーバションだった事には最初から気付けたはずなのに・・・。
世界の主に対しても容赦なく
銃を発砲しまくるパーバション。
命を狙われたら・・・勝てる自信は無い。
俺は本を読んだ事で、墓穴を掘ってしまったのだった。
こればかりはどうしようもない。
黙って、撃たれるしかない・・・。
マミラの事、パーバションの事、思えば蝶亡の事も良くは知らない・・・。
だからこそ、この本を読めば彼女らの事が分かると思った。
だが、普通に考えてみろ?
自分の触れられたくない部分をズケズケと弄られたら黙っていない。
カマキリや妖精キヨステの事もあって
俺は勘違いしていた。
思い上がっていたんだ。
完全に自業自得だと認めざるを得ない・・・。