第5話 夜、宴で色んなのが集結した
深い霧に包まれた白銀の世界は
突然、暗闇が支配する闇夜の世界に変わる。
どうやら、夜になると一気に霧が晴れてゆくようだ。
おかげで俺たちは、異世界の美しすぎる光景を目の当たりにしていた。
銀色の雲空は深い漆黒の空になり、
空には煌めく星屑が埋め尽くしている。
黄金の月が、ただ静かな輝きで世界を照らし、
昼の時よりも世界が明るい印象になった。
紅い星と蒼い星が儚げに流れ落ち
鬱蒼と生い茂る黒い森は、月の光に喜んでいるよう。
俺たちは今、ラルーが呼び出した黒い蛇舟に乗り
星屑埋まる大空を映し出す湖を進んでいた。
まるで、途方も無い宇宙に浮かんでいるような錯覚すら覚えるほど
湖の水面には大空が鮮明に写っていて、壮大すぎる世界にいる。
「・・・き、綺麗・・・!」
「そうでしょう! この世界はとても美しいわ!」
マリアは蛇舟から身を乗り出し、水面を撫でるように
星空を写す湖に波紋を作って、ここが湖だと確認をしている。
マリアが身を乗り出しても
蛇舟は凄まじい安定感で、ビクともしない。
“安心安定の漆黒蛇舟~”のフレーズで売り出していそうだな・・・。
ラルーはマリアの言葉に誇らしげに笑う。
この世界に惚れ込んだからこそ、
その言葉が自分の事のように嬉しいのだろう
「ししし・・・!
珍しく、生き生きとしているねェ・・・!
幸せそうで何よりじゃ」
「婆さん、孫に溺愛している普通の婆さんみたいになってるよ」
魔女の婆さんも同じ蛇舟に乗り、
やたら楽しそうにかすれた笑みを漏らしている。
俺は何気なく婆さんをからかってみた。
「おやおや、溺愛は良くないねぇ・・・
溺愛はラルーにとっては苦痛だからよしておきましょう」
「・・・?」
だが、婆さんはワケのわからない反応をして
静かに星屑満ちる大空を見上げた。
・・・ラルーにとって溺愛は苦痛・・・?
ラルーには何か、溺愛された結果、トラウマでも持っているのか?
「ごっしゅっじんっ様ぁぁぁ~!!」
「番人、うるさい」
蛇舟は湖の孤島の岸に着き
門番を務める死神がご主人様であるラルーを迎えに来る。
・・・紅いドレスがオシャレだが、血で染まった色らしいので
現在もなお、恐ろしいです。
ラルーは何故か、冷たい口調で番人を突き放す。
カマキリや婆さんには友好的に接しているのに、死神だけは違うんだな
「仇野、マリア、魔女のおばあちゃん
蛇たちに感謝してあげて?」
「え」
ラルーはぴょんと軽快に蛇舟から飛び降りると
俺たちに振り向き、笑顔を浮かべたままそう言い放った。
・・・蛇にどう感謝しろと・・・
「え、えと・・・ありがとうございます・・・」
「あ、俺たちをわざわざ運んでくれてありがと」
「ししし・・・良い乗り心地じゃったぞー」
「・・・」
マリアに次いで俺、そして婆さんが
蛇舟の蛇たちに感謝の言葉を呟く。
・・・ちゃんと伝わっているか・・・?
・・・この時間は必要だったのか・・・?
「うん、じゃ降りていいよ?」
「一体、さっきの気まずい時間は何だったんだ!?」
「わお、仇野面白い~」
マリアは恥ずかしさから顔を真っ赤にして顔を手で覆い隠している。
赤面なのは俺も同じ事、ついラルーに叫んでしまった。
婆さんはゆっくり蛇舟から降りている。
・・・たまに、婆さんみたいな羞恥心の無さが羨ましく感じる・・・。
「マリアも仇野も早く!
屋敷に入らないと安心できないわ?」
「あ、あぁ・・・行こう、マリア」
ラルーは俺たちを急かす。
確かに、霧も晴れて完全に夜になってしまった。
急いで屋敷に避難しなければ
まだ恥ずかしさのあまり顔を覆い隠しているマリアの手を掴み
無理やり立たせた。
マリアはそれに驚いて何故か俺の手を振り払う。
・・・地味に傷付いた。
マリアが先に蛇舟から降りると、
とてもご立腹だったのでしょう。
迷う事なく、まだ俺が乗っている蛇舟を蹴り押す。
すると、どうでしょう
蛇舟の出航です!
さぁ、これから新たなる冒険への旅が始まるのです!
・・・て、おい・・・!?
旅立ちなんかしたくねぇよ・・・!?
マリアさん、ちょっと孤島がどんどん離れてく離れてく・・・!
「う、うおぉぉぉ・・・!!?」
全力で焦った俺は馬鹿丸出しで、
蛇舟がこれ以上、孤島から離れる前に・・・
―――飛んだ
だが、一歩遅かったらしい。
飛んだ俺に迫るのは孤島の地面ではなく、湖の水面。
・・・ああ、このまま水面にぶつかる・・・。
そう思った俺は諦めの気持ちから、目を固く瞑った。
そんな俺の予想とは裏腹に有り得ないはずの現象が起こる。
ふわりと、身体が急に軽くなったと思えば
完全に空中で止まった。
俺は何事かと思い、目蓋を開いて目前の光景を目に映した。
湖の水面より上の宙を、俺は浮いていた。
そんな俺を抱きとめようとするようにラルーが両手広げ
湖の浅瀬を進んでいた。
「一体、どうなってんだコレ・・・!?」
「無重力よ?」
「世界の主の権限か!? 心臓に悪すぎるぞ・・・!」
ゆっくりと、宙を漂う俺は沈んでいるように
少しずつ降下してゆき、
やがてラルーが俺の顔を両手で挟んで抱きとめ、
無重力状態はあっという間に終わってしまった。
湖の浅瀬に靴を履いたまま、足をつけてしまった。
自分より背の低いラルーに頭を抱きしめられているので、
必然的に膝と腰を無理やり折って、苦しい体勢を強いられる。
でも、ラルー可愛い。
多少、苦しい体勢でもこんな美少女に抱きしめられるのなら良いか
今度の感情は“諦め”ではなかった。
それは完全に理性が吹っ飛んだ“甘え”
それでも・・・俺は今・・・最高に幸せです・・・!!
「仇野、仇野、仇野仇野仇野仇野~・・・
私だけの・・・仇野」
「・・・!?」
ゲシュタルト崩壊を起こすほど、幼女は俺の名前を繰り返し呟く。
・・・アレ? こういうセリフは、ヤンデレさんが言うセリフでは?
そもそも、どうしてここまで気に入られているんだっけ?
・・・いやいや、多分、ラルーは違うと思う、そうだと信じたい。
恐らく、独占欲が少々強いだけだ。うん、そうだと信じさせてくれ。
「ら、ラルー・・・離してあげたら・・・?
だいぶ辛い体勢だし・・・」
マリアが戦慄すべきこの状況を打破する為に
ラルーに声をかける。
婆さんは楽しげにラルーを見ている。
他人事のようだな、おい・・・。
「・・・うん、分かった」
「ありがとう・・・!」
ラルーはマリアの言葉を聞いて改めて俺を見直すと
すぐに俺の頭を離してくれた。
・・・それよりも靴が濡れてしまった・・・。
安物の靴だが、乾くのに時間がかかるからな・・・。
はぁ・・・。
「ほほほ・・・若いの、その若さが羨ましいねェ」
「婆さんは気楽で逆に羨ましいよ」
「・・・ほほ、それはそれは・・・
ではどっちもどっちじゃな?」
「・・・ああ、そうだな婆さん」
気付いたら婆さんと謎の絆が生まれた。
自分でも本当に気付かない内にだな
ふと、俺は湖を振り返った。
漆黒色に染まる湖、
誰も乗せていない漆黒の蛇舟。
星屑の大空と湖と蛇舟は溶け合うような同じ漆黒さを持っていた。
その為か、次第に蛇舟の姿を目で捉えきれなくなる・・・。
が、唐突に蛇舟の姿が明らかに見えた。
それは舟を形作っていた幾多の蛇たちが、一斉に解けるように
舟の形を崩し、漆黒の湖に流れ落ちてゆく
その光景を目撃して、改めて思い知った。
俺たちを運んだ蛇舟は紛れもなく蛇で作られていたのだと
急に寒気がする・・・。
切ないようなそうでもないような、
そんな光景の後を呆然と見ていたがラルーに手を引かれ
強制的に屋敷へと戻る事となった。
・・・・
「なん、じゃこりゃ・・・」
やっとの思いで絞り出した言葉が
あまりにも古すぎるセリフだったのが
悔しい。
今、俺とマリアは驚愕のあまり
目を合わせてはまた目前の光景を見る、を繰り返していた。
『迷い人3名様 歓迎!』
そう大きな文字を描いた旗を掲げ、
なんか色んなのが玄関で俺たちを待ち伏せしていた。
色んなの、と形容したのは本当に色んなのがいるからだ。
角を生やしている明らかに鬼っぽい巨人とか、
巨大骸骨人間に、しわくちゃミイラみたいなのもいる。
うわーい、これ絶対、妖怪だわ。
だって見た事あるようなヤツいるし、
この世界には本物の妖怪がたむろしてるようだ。
ホコリと陰気さにまみれた玄関ホールはいつの間にか
すっかり綺麗になっていてびっくりしたのは言うまでもない。
「主様ぇ? 歓迎の支度は整っておりまする故に、
宴を開きましょう・・・?」
「そうね、歓迎の宴はうんと楽しくやろうじゃないの
狸、たまには気が利くわね?」
大胆に足を露出させる和風仕立てミニスカートに
くびれのある腹を晒した、片袖だけある着物を着た女が
ラルーに耳打ちをした。
てか、この女、露出度高すぎ
目のやり場に困る。
よく見てみれば、その女の身の丈ほどある狸の尾を垂らして
頭には小さな狸の耳がある。
まさか、“化け狸”?
「主様、主様!」
「何かしら? 騒がしいわね、兎」
「さっき狐が狸にからかわれて拗ねちゃいました!
どうしたら良いでしょうか・・・!?」
「またか」
食堂へと続く扉の方には兎の耳の少女がピョンピョンと
飛び跳ねて、ラルーを急かしている。
白いブラウスに
黒い後部が燕の尾状に垂れている燕尾服のようなベスト、
白い短パンを履いていて
長い白と黒のしましま模様の靴下が特徴的だ。
・・・なんだ、このケモ耳天国は
「狸と狐の仲が壊滅的なのは何故なの?
どうにかして仲良くしなさい」
「それは無理ですねぇ?
だって狐は付け上がっているんですもの」
「・・・狸、ちょっとそれ以上何も言わないで
トラウマが蘇ってくるのを感じる・・・・」
狸と狐の仲は壊滅的に悪いのか?
予想通りのような、それでないような・・・。
しかも、ラルーには何かトラウマがあるらしい
そして再び思い知ったのは人間でも妖怪でも女は怖い。
「ししし・・・久しぶりじゃなぁ~?
妖の者達よ・・・蝶亡は元気にしてるかの?」
「元気にしているわよ、魔女婆」
婆さんがかすれた声で笑うと
白い羽織りに水色の短い丈の着物を着た女が現れた。
唐突に、何の気配もなく“現れた”のだ。
・・・さっきの兎と言い、狸と言い。
一目で何の妖怪かすぐに分かるように、耳や尻尾を生やしていた。
だが、この女は違った。
異様に真っ白な肌、
それと対称的に艶やかな長く黒い髪を琥珀の髪飾りで留めて
後ろに垂らしている、
何よりも、惹きつけるような光を宿さない
紅と紫のオッドアイが妖しげで非常に美しい・・・。
彼女には耳や尻尾の類はないが、普通の人間でも無さそうな程
現実離れをした美しい女性だ。
「蝶亡が起きているなんて・・・!?
とうとうこの世界に雨が降る!?」
「今まで一度も降った事の無い雨がどうして
私が起きただけで降るのよ、原理が分からないわ?」
「相変わらずの屁理屈屋
昔の冗談好きはどこに行ったの?」
「夢の世界にでも行ったんじゃないの?
クスッ・・・!」
蝶亡、という女とラルーは楽しげに話している。
どうやらこの世界で雨が降った事はないらしい、
しかも、蝶亡という女は普段は寝ているらしい。
・・・何故だろう、
蝶亡から溢れ出るカリスマオーラがラスボス感に満ちている・・・
気味の悪さがあるが、蝶亡は妖しげな美しさを持ち合わせている。
可愛さと美しさを併せ持つ幼女ラルーのライバル的な存在か?
「あ、あのー・・・状況について行けない・・・」
「・・・紹介するわ!
ここに勢ぞろいしているのは・・・
まぁ、見たまんま妖怪達ね? 彼らは私に従っているから
少なくともいきなり頭から食べられるという事はないわ」
「・・・止めて、不安になる・・・」
一応、彼らはラルーに従っているらしい
この世界の住人とは少し違うようだが・・・。
「妖怪だからなのか、ドンチャン騒ぎが大好きなのよ
丁度いい機会だからマリアも仇野も楽しみましょう!」
ラルーは大きな声でそう言うと
マリアと俺の手を掴み、食堂の方へと走り出したのだった・・・。
その後ろをぞろぞろ、妖怪達が付いて来ている。
当然、怖いに決まっている。
小刻みに震え続けている幽霊みたいなヤツなんか特にしつこい。
「二人共、外の様子はどうだった?」
食堂に入ったところ
ラルーに引きずられ始めたあたりで聞き覚えのある声がかけられる。
両足と片腕を失ったアルフが、相変わらずの優しい笑顔を浮かべ
暖炉の前に置かれた椅子に座っていた。
すっかり落ち着いた様子で、マリアと俺は素直に安心した。
というか、アルフは非常に楽しそうにしている・・・。
「アルフ、元気そうで良かった
外は大変な世界で、命の危険を何度か感じたぞ・・・」
「・・・それは災難だったな、仇野」
元気そうなアルフに安心したマリアは
顔を何故か急に真っ赤にして照れ始めた。
なので、俺が代わりにアルフに返答を返した。
やっぱり、女の心情は分からん
「アルフ様、こちらが噂のアダシノ様ですね・・・!?」
「ああ、彼が飛行機をジャックした犯人達に立ち向かった
英雄さ」
「おぉ・・・!!」
突然、黒い猫耳の少女がひょっこりと顔を出したと思えば
アルフに様付け、更には俺のことが噂になっている模様。
え? 英雄? 俺が?
俺は全く理解出来なかったが、
猫耳少女は俺を見て、ヒーローを見るかの如く目を輝かせる。
止めろ、止めてくれ、そんな純粋な目を向けられては
罪悪感のあまり狂い死ぬ・・・!
「猫、狐はどうしたの?
拗ねたと聞いたのだけれど・・・」
「狐は拗ねて、ヤケっぱちになって爆弾を作り始めました」
「全力で止めて来なさい!?
爆弾で仇野とマリアとアルフが木っ端微塵になったら
どうしてくれるのっ!」
「!?
は、はい! 只今!」
・・・この妖怪集団、本当はどこかのテロ集団じゃないの?
と疑うような会話をしたラルーと猫。
猫は焦ったラルーの声にすぐに走り出した。
・・・頑張れ、猫。
ささやかに心の中でエールを送った。
「仇野、この子達はラルーが言っていた
地下でギャンブル大会をしている使用人達なんだ」
「!? マジか!?
妖怪が使用人って凄くないか!?」
「驚くのも無理もない
だが、この子達はとても良い子だから
是非、仲良くしてやってくれ」
アルフは妖怪達のことを語る。
どうやら、俺とマリアとラルーが外出している間
アルフと妖怪達で何かが起きて、固い友情が結ばれたらしい
・・・て、なんじゃそりゃ
妖怪達と友情結ぶなんて、軽く映画に出来そうな内容だぞ
「うわぁぁぁぁぁ!!!
今ここで私は爆破するぞーッ!
小賢しい狸め! 共に木っ端微塵にしてくれる!」
「早まるなぁぁああ!! 狐~ッ!!」
突然、天井から
身の丈ほどある九つの狐の尾を生やした女が落ちてきたと思えば
爆弾を幾つも身体に仕込んでいて、
ヒステリックに叫んでいる。
完全にテロですね、コレ。
呆然とその狐女を見上げ、俺は特に慌てるでもなく
そう呑気に思った。
猫が狐に飛び蹴りをかまして、瞬殺してくれたおかげだ。
どれだけ狐と狸の仲が悪いんだ・・・。
「さ! いい加減、宴を始めようじゃない!
と、その前に・・・此度の主役を紹介しよう!」
そう言ってラルーはリビングのテーブルの上に立ち、
胸を張って満面の笑みを浮かべている。
楽しそうにしているラルーが一番、可愛い。
「黒い髪のお兄さんが仇野!
赤毛のお姉さんがマリアで、
金髪の髪のお兄さんがアルフ! さぁ、盛大に祝おう!」
「「「「おおー!!」」」」
ラルーが俺達を順番に指差しながら紹介して
宴の開催を宣言する。
妖怪達はそんなラルーに同調して喜びの声を上げ、
一斉に酒盛りが始まった。
宴なんて初めてだが、このテンションの高い妖怪達となら
最高に楽しめるかも知れない・・・。
ならば、全力で楽しもうではないか
「仇野、マリア!
妖怪達を主に取り仕切るだけの地位を持つ
使用人を紹介するわ、何かあったら優先的にこの子達に聞いて頂戴」
ラルーはそう言って、
先ほどの狐、猫、兎、狸、蝶亡の5人を連れて来た。
狐は猫の強烈な飛び蹴りを喰らった為か、動けないらしく
蝶亡が狐を引きずっている・・・シュールだ。
なんとなく、この5人は他の妖怪達とは雰囲気が違う気がしていたが
実際に地位を確立させた実力者達だったとは・・・。
可愛い見た目だが、侮れないぞ・・・。
「見た目のまま、“狐”と“狸”と“兎”と“猫”よ
名前は無いから、とりあえずそのままに呼んであげてね?
妖力は狐と狸が非常に高く有していて、
知恵と地位は猫が、身体的能力は兎がとても高い
ややこしいけど、覚えてね?」
スラスラとラルーはそれぞれの特徴を説明してくれた。
狐と狸がお互いに睨み合っていて明らかに険悪な雰囲気で、
兎は緊張した様子だ、猫は冷めた様子で髪を解いている。
・・・個性的なメンツです、
妖怪なだけあって見た目から色々違う・・・!
黒髪に金色の目の“猫”は肩を露出させた黒いワンピースを着ていて、
“狐”は金色の髪と黒のかかった金眼、丈の短い白い着物が特徴的
“狸”は黒い髪と明るい茶色の眼、大胆に肌を露出した着物が良く似合う
白い髪と薄い水色の瞳が雪を連想させられる見た目の“兎”
全員、侮れない・・・!!
「そしてコッチが蝶亡
妖怪達を統べる“妖怪の長”よ、
地位も妖力も身体能力の高さも
ここにいる妖怪達を遥かに凌ぐわ
ただ、怠け者の気が強く普段は地下で
グッスリ夢の世界に入り浸っているの、迷惑の極みよ」
ラルーは蝶亡を指差し、容赦無い言葉で
蝶亡を罵倒する。
・・・幼女なのに、なんか怖い。でも、可愛い。
なんだこれ、混乱してきたぞ・・・
怖可愛い・・・!?
ひょっとして新しいジャンルを開拓してしまったか!?
「あらら・・・
これでも起きる時は起きるのよ?
私のご主人様は気が短くて敵わないわ?」
「気を短くさせる貴様が悪い」
「小さいんだから、たまには可愛い事も言ってよ?」
「言いたくないわね? 怠け者には惜しくて仕方がない」
決定的な上下関係があるはずなのに、
それを感じさせない不思議な会話・・・。
蝶亡は妖怪を統べる長。
だから、その能力値は遥かに高く
故に何かの妖怪だと言う事も無い。
なんだか、とんでもなく凄い世界に迷い込んでしまったな・・・。
しみじみ思い知りました・・・。
「仇野とマリアとアルフ
これまでも様々な人間共がこの世界に迷い込んだわ?
でも、アナタ達は今までの人間共とは違う
こんなにもラルーが生き生きとしているのは久しぶりに見たわ?
だから・・・感謝をさせて欲しい
この世界に迷った事を後悔させないわ!」
蝶亡は非常に頼もしい言葉をカリスマたっぷりに含んで言う。
ヤバイ、蝶亡が凄く格好良いんですが
ラルーより世界の主っぽいラスボス感が・・・!
・・・それにしても
この世界に来てからというもの、ラルーの人間性に
疑いを覚える事を良く聞く・・・。
ラルー自身で明言した言葉。
“死んでいるように生きてきた”
自分より立場が低いと態度が冷たくなり
対等の立場でも権力を言い効かせ
異世界、だからとは思えないほど歪み過ぎた価値観
言動と行動の矛盾
共に同じ世界を生きる同胞を可愛がる反面
何の躊躇いも無くカマキリの首を撥ねたラルー
ラルーに出会う者は決まってその生き生きとした様子に驚いた。
・・・彼女は一体、かつてはどういう子だったのか
そして・・・この世界に対する謎もある。
この世界に導かれるきっかけとなるだろう夢を見た。
が、当のラルーはこの世界に導かれる人間は偶然に迷い込むと言う。
日が昇っている間、ずっと深い霧が覆い
黒いクレヨンで塗りつぶしたように見えない湖の底
何故かこの世界に安置された“禁断の果実”
この世界は一体・・・?
「ねぇ? 仇野、どうしたの?」
「・・・いや、なんでもない」
美味しい所を全部、蝶亡に取られたラルーが
拗ねながらも俺の腕に抱きつき尋ねてくる。
・・・今、どんなに考えても俺の貧相な頭じゃ
結論が出る事は無いだろう
仕方がない、宴に集中しよう。
「しかしもまぁまぁ・・・
せっかくの客人様がいらっしゃる中、
自爆テロを模索するとは、この愚か者は阿呆?」
「おやおやぁ~!?
なんでしょうか、このボロ雑巾は・・・!?」
そしていきなり狐と狸が一触即発。
狸が狐を見下し、
狐は狸をもはや生物以下としか見ていない・・・。
何この修羅場寸前の状況は
「そこの二人、喧嘩してみっともないところを仇野たちに
見せるくらいなら大人しく酌係に徹してなさい」
「「承知致しましたー」」
さすがは世界の主。
幼女でもその唯一無二の権力は絶対的だ
ラルーの命令で狐と狸は揃って酌係を務める。
若干、食い気味な棒読みだったが
自爆テロをするほど狐と狸の仲が悪い
という事は覚えておいた方がいいな・・・。
「すみませんね・・・?
昔、狐と狸は戦争し合った仲なモノで・・・」
「戦争をしていたのか・・・」
「ええ、でも結局、両者共に決着は付かず
修理不可能の巨大な溝だけが生まれた結果に終わってしまったんです」
兎が狐と狸の仲について説明をしてくれた。
同じ妖怪同士でも戦争をする事もあるのか・・・。
どうりで異常に仲が悪いワケだ。
「は、始めまして・・・
マリアと言います・・・!」
「マリア様、こちらこそ初めまして
猫です、とりあえずそこらの馬鹿共を黙らせたい時は
どうか私に申し付けて下さい?」
「黙らせられるの!? 猫さん!」
「これでも地位は高い方なので!」
マリアが緊張しながら挨拶をすると
猫が気さくに返答を返した。
クールビューティーな猫だな・・・。
ふと、魔女の婆さんの方を見てみると
魔女の婆さんはお酒を一気飲みしていた。
当然、びっくりした。
「仇野様・・・先程はお騒がせしましたぁ・・・」
「自分の命も大切にしなよ・・・狐」
「あ、それはご心配なく
どうせ死ねないですし、もし死ぬとしてもそれは仇野さん達ですし」
「ひどっ!?」
先ほどの狐は大きな酒の瓶を抱えながら、小さなガラスのコップを
渡してきて謝罪をした。
・・・自爆テロについての謝罪なのか、
狸と泥沼な口喧嘩を見せた事の謝罪なのか、
正直、分からない。
本人は反省しているようにも見えないし
まぁ、それは置いておいて・・・。
世界の主を自称しているとは言え、幼女を目の前にして
酒を飲んで良いのか、真剣に悩んでいるのだが
どうすればいい?
「おい貴様等! 酔い潰れても構わないけど
仇野達に無礼をしたらお仕置きするから! 精々、酔い潰れてなさい!」
「「「「・・・!!?」」」」
ラルーがおもむろに自分のコップに注がれた酒を飲み干すと
大きな声で妖怪達に警告をした。
その言葉に一瞬、妖怪達が完全にフリーズ。
なにこれ、時間が止まった?
しかも幼女が酒を飲み干したよ・・・?
俺は一体、さっきまで何の心配をしてたんだろ・・・
諦めの気持ちと共に俺はグッと酒を飲み込んだ。
ああ、ちょっと泣きたいかも
酒にめっちゃ強い幼女なのに未だに可愛いと感じる自分に!
それにしても人数が多くないか?
この屋敷の食堂は凄く広くて、
でん、と置かれたテーブルでさえ超ビックサイズなのに
テーブルの席も足りず床に座り込んで酒盛りをしている妖怪共で
室内が埋め尽くされているぞ・・・?
最初に来た時の寂しい雰囲気が嘘のように
やたらガヤガヤと騒がしい。
・・・否、きっとこの世界では
夜の方が賑やかで昼の方が静かなのだろう
夜型の生き物が多いと、ラルーが語っていたし・・・。
俺はちょびちょびと、酒を啜りながら
考えを巡らせていた。
・・・寂しいぼっち男の絵面で尚の事、虚しい・・・。
ラルーは色んな妖怪に声を掛けられていて雑談しているし、
狐と狸は酌係で忙しそうだし、
猫とマリアは急激に仲良くなって盛り上がっているし、
アルフは兎に酒を飲まされているし、
異世界まで来てぼっちとか、勘弁してくれ・・・。
「あら? 一人?
なら私と一緒に飲まない?」
不意に声をかけられ
振り向くと蝶亡が大きな酒の瓶を俺の座っている隣に置き
俺の隣に座ってきた。
「・・・!?
蝶亡が救世主に見える・・・!?」
「ラスボスとか、魔王とか
散々、間違われてきたけど救世主に間違えられたのは初めてだから
こっちがビックリよ・・・」
ぼっち化していたところに現れた蝶亡は
俺的に救世主だったので、素直に言うと本人はよほどビックリしたのか
薄気味悪い薄ら笑みを引きつらせた。
どうやら、蝶亡を見てラスボスとか魔王とかを連想するのは
俺だけではないようです、是非ともそういう方々と飲み交わしたい。
そしてラルーの可愛らしさを熱弁したい・・・!
うん、俺は開き直った。
「ねぇ? 仇野ってお酒は強いの? 弱いの?」
「まぁまぁ、普通の方だと思うが・・・
元の世界にいた時は貧乏だったから、酒はあんまり飲まなかったんだ」
「あらあら・・・それは大変ね・・・
現代の日本って凄い不況なんですってねぇ?」
「ああ、凄く働きづらい・・・
何から何まで大変過ぎて、もう何がヤバイのかもよく分かんね」
妖怪の長と現代日本の不況について語らうなんて
警官に追われていた頃の俺には予想だにしてなかったな・・・。
人生、何があるかなんて本当に分かんない。
蝶亡は薄ら笑みを浮かべて
いつの間にか手にしていたマイ杯に酒を注ぐと
小さく一口。
蝶亡は酒に弱いのだろうか?
「・・・て、なんで蝶亡は俺が日本から来たって分かったんだ?
しかも現在の情勢も知っているみたいだし」
「ああ、それ?
貴方って日本人らしい見た目をしているからなんとなく・・・ね?
情勢の方はまだ日本に残っている同胞から聞いたの」
「へぇ~まだ日本には妖怪が居るのか」
「と言っても、今どきじゃ妖怪を認識しようとする人間がいないから
本当にひと握りしかいないのだけれど・・・」
どうやら妖怪は現代のバーチャル化によって追いやられているようだ。
・・・便利な電子器具を知ってしまうと、
そういうオカルトな存在はどうでも良くなってしまうからな・・・。
なんか・・・すみません、蝶亡さん・・・。
「日本人らしい見た目をしているといえば、
貴方、なかなか男前ね? 一昔ならモテモテになれたでしょうに
もったいないわ」
「男前、じゃない・・・
もやしとかひょろひょろとか言われてるから・・・」
「確かにそうね、ちゃんと鍛えなさい?
顔はなかなか整っているのだから、和風男子として頑張って頂戴!」
男前だと褒められたのは初めてだったので照れる。
しかも美人な女性に褒められたのだから尚さら
しかし、元の世界にいた頃を思い出し
ネガティブスイッチが入り、謙遜してみると
否定されなかった、悔しい。
だが、蝶亡は優しく俺を励ましてくれた。
やはり嬉しい。
・・・キャバクラにハマってしまうって
こういう感じなのだろうか、貧乏だから行った事は無いが
「そういえば、蝶亡って・・・
妖怪の長なんだろう・・・?
一体、妖怪の長ってどういう事をしているんだ?」
「え、そんなの
“妖”の時代を導くために人間共を支配下に置く事が目的よ?
そのためにラルーに従属しているようなものだから」
「・・・!?」
何気なく、妖怪の長の仕事を聞いてみて
聞いてみた事を全力で後悔した。
美人さんなのに、腹黒い・・・。
オッドアイと和風な格好が素敵なのに、
人類支配を目論んでらっしゃるなんて、どこの魔王なんすか・・・
龍とかに変身しませんよね・・・?
勇者に世界の半分をあげると見せかけて殺しませんよね・・・?
・・・誰か・・・否定してくれ・・・。
しかも、聞き違いじゃなきゃいいんだけど
人類支配の手段としてラルーに従属しているって言ってなかった?
ラルーってそれだけの力を持っているのか・・・?
この可愛らしい妖怪集団に見せかけたテロ集団は一体、なんなの・・・
縮こまりながら酒を飲み干した俺のコップに満面の笑みで
酒を注ぐ蝶亡を見て、思った事は一つ
「・・・俺・・・お前達の人類侵略のために・・・
利用されたりはしませんよね・・・・?」
「まっさかぁ! まだまだ人類侵略に必要な手筈は整っていない上、
貴方を道具に使った日にはラルーに殺されるわ!」
「・・・ラルーって何者なんだ・・・」
可愛らしい幼女のラルーは人類侵略を目論む魔王にさえ恐れられている
正体不明なこの世界の独裁者のようです。
ふと、ラルーに目を向けてみた。
にこやかに笑うラルーは酒を口に運びつつ
親しげな口調でセクハラかましてきた妖怪を罵倒していて
俺が吹いた。
・・・住人の話を聞くと独裁者のように語られているのに
本人は超可愛い美少女、たまに容赦がないだけで
可愛らしいのだが・・・何故、ラルーは独裁者のように語られるのでしょう?
「ぐはぁっっっ・・・・!!」
「はい! 貴様、アウト~! 拷問部屋行き決定!」
「嫌だぁぁぁぁあああ!!!」
ラルーにセクハラした妖怪が逃亡する前に他の妖怪がソイツを確保。
ラルーの元に連行された。
それを確認したラルーが容赦なく腹を殴ると
大げさに酔っ払い妖怪はリアクションする。
そしてラルーは笑いながら物騒な名前の部屋へと
その妖怪を運ぶよう指示すると、宴はより賑やかになる。
どうやら、妖怪達は最初に酔い潰れて
ラルーにちょっかいを出すのを恐れて慎重に飲んでいたらしい
蝶亡がそんなに飲まなかったのは酔わないように気をつけていたのだ。
セクハラ妖怪に関しては同情の余地なし。
なんだよ、“お洋服、脱ぎ脱ぎしましょうね?”だよ・・・。
幼女相手に欲情すんな、矢吹を思い出すじゃねぇか
エロ爺・・・。
「一度、ああして運ばれた奴が出ると
その後は何の心配もしなくて済むから、ちょっとした生贄を
捧げている感じだわ?」
「なかなか残酷デスネ・・・」
蝶亡は悪戯な笑みを浮かべながら
杯に口を当て、グッと杯を逆さまにして酒を飲み干した。
おかげで、たらりと水のような日本酒を僅かにこぼしている・・・。
・・・蝶亡さんが凄く色っぽい笑みを浮かべて、俺に目やる。
光を宿さない紅と紫の目に射抜かれて
俺は身動きが取れなくなった、
まるで金縛りに遭っているような錯覚さえ感じた。
ただ、闇にぼんやりと浮かぶ灯りのような瞳に目を奪われていた
・・・だが、俺から言わせればその衝撃はラルーには敵わない。
血のような鮮やかで深い・・・紅い瞳
底知れぬ闇と、残忍な輝きを宿した瞳には
不思議な力が隠されているようにも思えた・・・。
何故、俺はそこまでラルーに惹かれているのか
これは恋愛感情ではない、恐らく・・・崇拝に近い感情だ。
どこか恐ろしい怪物のようでも、
神々しい美しさを持っていて・・・。
世界の主を自称しつつも儚げな少女が、特別な存在に感じているのだ。
本当に何故、幼女にそんな印象を持ってしまっているのか
自分でも不思議である
「・・・アナタ・・・
ラルーにすっかり心を奪われてしまっているようね・・・?」
「・・・?
何故、そう思うんだ・・・?」
「昔からそうなのよ、ラルーのあまりにも
人間らしさを超越した存在感から彼女は度々、神に間違われた
彼女に心を奪われて狂信する人って皆・・・今のアナタのような
曖昧な表情をする・・・」
「・・・彼女は、それでひどい目に遭ったのか?」
「・・・そうよ、“狂信”も“溺愛”も、彼女を苦しめた」
苦しそうに蝶亡はラルーを見据えた
今は無邪気な笑顔を浮かべ、楽しく妖怪達と談笑しているが
あの笑顔を壊された事が在ったのだ
美しい顔が、苦痛と絶望に歪んだのか
怒り狂って心神喪失でもしたのか・・・。
彼女の過去に関しては蝶亡の反応からしてタブーのようだ。
この話題には触れないようにしよう・・・
俺はラルーに心を奪われたつもりはないが、
奪われて、それでラルーを苦しめてしまうのなら
そうはならないように気を付けよう・・・
自分を保って、あの眩しい光のような笑顔を守ってあげたい。
あ、守りたい、この笑顔。ってこの事か
「でも、妖怪の私から見てもあの娘は美しいわ?
その良さもアナタは分かっているようだし・・・
ラルーの可愛らしさについて語らない?」
「よし! 語り明かそうぜ、蝶亡!」
「え、何その俊敏な反応は・・・
仇野は可笑しいにも程があるわよ・・・?」
「人類侵略を目論む魔王様に言われても大して問題にはならん!」
「やはり私は魔王なの・・・」
酒も呑み進めて、すっかり俺のテンションはおかしな事になってきた。
どうやら、俺は少々酒に弱いらしい
ほろ酔い状態の俺は美人な魔王さんと語らう
「おとぎ話の世界から出てきたような
幻想的な雰囲気が良いのよね・・・?」
「ああ、それも良いが、たまに見え隠れする幼さも良い
普段は少し大人っぽいだろう?」
「確かに、幼い態度とか出したら思わず抱きしめたくなる可愛さだわ?
それに狂気的な言動も、何故か可愛らしさとマッチしていて
嫌いにはなれないわ・・・憎めない」
「やっぱり、おとぎ話の登場人物のような雰囲気だから
病んでいる感じも美しさと両立出来るんだな・・・!
ひょっとして本当にラルーは神様じゃ・・・!?」
「それはちょっと無いわ」
「無いのか・・・」
宴も盛り上がりを見せ、
数段、床が高くなっている場所を舞台に
酔っ払った様々な妖怪達が愉快な芸を始める。
先ほど紹介された猫とは別の化け猫達が
元の猫の姿に戻り、頭に手ぬぐいを乗せて2本足で踊ったり
ミイラみたいな奴が火吹き芸をしたり、
・・・ミイラが火吹きをやって平気なのか、疑問だが・・・
その中でも、河童がドジョウすくいをしたのが
とても面白かった、不覚にも腹を抱えて笑ってしまった。
「・・・そういえば」
「あら? 何かしら、仇野」
「蝶亡は妖怪の長なんだろう?
他の妖怪達に挨拶とか、雑談とかしないのか?」
「それは代わりにラルーがやってくれるし、
ラルーに従属した時点で、私の・・・
“妖怪の長”という称号は剥奪されたようなモノなのよ」
涼しい顔をして、蝶亡は愉快そうに薄ら笑みを浮かべて
ふざけた芸を行う妖怪達を見上げている。
どこか、その様子は今の状況を楽しんでいるようにも見えた。
複雑な事情があるようだ。
ラルーに従属した時点で、全ての妖怪の立場は平等になり
一旦、更地になった力関係を猫や兎のような妖怪が新たに作り
今の地位が形成されたのだと、やはり勝手に推測。
それでも蝶亡の存在は偉大であるので、尊敬はされているのだろう
蝶亡自身、何もせず、寝てばかりだったとしても
そのカリスマ性は本物だし
妖怪の長として妖怪達を統べた過去に偽りも無いのだから、
優遇されて当然だ。
「蝶亡は格好良いな」
「突然、褒めても何も出しませんよ?」
「そうか、妖怪の長の芸も見たかったな・・・」
「・・・何よ、芸が見たかっただけなの・・・
分かったわ、何かしてあげるわよ」
妖怪の長の芸が見てみたい、と思い
俺は蝶亡を褒めて、芸を見せて欲しい意図を伝えた。
きっと魔王さん(妖怪の長)なら凄い芸を見せてくれるはず・・・!
俺の意図を察した蝶亡は“やれやれ、いっちょ演るか”
と言わんばかりに酒を飲み干して、ゆっくりと立ち上がる。
・・・おぉ・・・漂うラスボス感が・・・!
それを見た、他の妖怪達も期待に満ちた目を蝶亡に向けた。
「ラルー? 私の刀を出してくれないかしら?」
「蝶亡、久しぶりにアレをやるの?
なら、私も一緒にやるわ!」
「あらあら? 我らがご主人様も一肌脱いでくれるそうよ?
誰か、録画なりなんなりしなさいな?
こんな、ビックチャンス当分は無いわよ」
蝶亡がラルーに話しかけると
ラルーが蝶亡のやろうとしている芸を察して
一緒にやると、名乗り出た。
まさかのライバル対決が観れるとは、尚さら楽しみだ。
ラルーの言葉を聞いた兎が、暖炉の隣にある扉を開けて
中から大きなカメラを出して録画の準備。
・・・テレビ放送に使われるようなカメラが何故、ここにあるのか
ラルーは立ち上がり、舞台になっている場所にある
ソファの前の譜面台に置かれた分厚い本に手を置くと
ずるずると、本の中から刀を取り出す。
・・・え? 召喚しているのか・・・?
本の中から取り出された刀は立派な、
否、美しい日本刀だった。
紅い線が刀身に引かれ、
鞘から垂らされた紐に小さな小刀が付いていて
それは、禍々しい妖気を放っている・・・
正に“妖刀”と呼ぶにふさわしい刀。
その刀が蝶亡の物だというのなら、不思議と納得出来る。
「蝶亡、愛しの“殺戮斬刀”よ?」
「“愛し”というほど、その刀に心を奪われていないわよ」
「あら? じゃあ、何故 好き好んでこんな“妖刀”を使うの?」
「扱いやすいから」
「妖刀が扱いやすいなんて、その刀で犠牲になった
三百人の侍と、他何十人の雑魚共が泣いているわ・・・」
ラルーは犠牲者達に同情したのか、ため息をつく
・・・三百人の侍と何十人の一般人を殺した凶器なのか・・・。
その凶器をラルーは蝶亡に渡して
次に本の中から黒い扇を取り出した。
蝶亡は妖刀、ラルーは扇を手に何かの芸をするらしい
刀に扇を使って行う芸・・・?
「なんか、凄い事になってきてない・・・?」
「奇遇だな、マリア
俺も全く同じ事を思っている」
全く、このテロ集団は何人を殺ったんだ・・・。
猫と仲良しになったマリアは緊張した面持ちで
ラルーと蝶亡を見上げている。
アルフは酒に潰れてしまっている。
何、負傷者に酒を飲ませているんだよ・・・兎ェ・・・。
おかげでイケメンが酔い潰れて危険だぞ・・・。
「ほれ、これがいるだろラルー」
「・・・!?
アウウェルト、どこから湧いてきたの!?」
「まるで害虫のような物言いは止めてくれないか?」
「ごめん、害爬虫類だったわね・・・」
「たった今、謎の造語が出来たぞ、言葉遊びも大概にしろ」
アルフが酔い潰れて
イケメン枠がいなくなってしまったからなのか
突如、謎のイケメンが湧いて出現した。
謎のイケメン・・・アウウェルトは
黒い髪に紅い瞳のダークチックな姿をしている。
イメージとしてはゴワゴワしている
分厚い、黒革のコートを羽織っていて、暗い灰色のズボンが
長い足を際立たせている・・・つか、完全に外人モデルの御方では?
と、確信するほど洋服を着こなしている。
かき上げた髪をピンで留めているオシャレな髪型をして
紅い瞳がラルーに似ているのだが・・・
その男は随分と愛想のない冷めた眼差しをしている。
アウウェルトはラルーに向けて、
黒い布切れと白の薄いヴェールを放り投げ
無愛想に吐き捨てた。
印象としてアウウェルトは蛇のような冷たい男だと認識した。
だって、美少女なラルーを前に無愛想な言葉遣い
多分、相当なクセ者。
「さ、いい加減に始めましょう?」
「ええ、そうね蝶亡・・・私の影に潜まないでね?」
「そういうアナタこそ、地味にならないよう気を付けなさい?」
ラルーはアウウェルトから受け取った黒い布切れを腕に装着した。
それは黒い着物の振袖だった。
振袖を着けたラルーの格好は不思議な物となる・・・。
肩を露出させた黒いドレスに振袖を着けているその姿は
和風と洋風の融合のようだ。
そして白いヴェールを被ってラルーは微かに笑う。
神秘的な美しさのラルーの微笑に、俺は悶絶。
あんなの反則だ・・・ロリコンじゃなくても容易く堕ちるレベルだぞ・・・。
蝶亡はそんなラルーを見て、妖刀を構え
芸の開始を宣言した。
ガヤガヤと騒いでいた妖怪達は蝶亡とラルーの芸を見るべく
沈黙して、重々しい空気が流れ始める。
固唾を飲んで見守る俺とマリアは、二人の・・・
妖怪の長と世界の主による演技の始まりに息を飲んだのだ。
「来たれ、騒がしい者共
今宵の宴を音で彩らん」
黒い扇で顔を隠し、ラルーはそう唱えると
譜面台に置かれた本の中から様々な楽器が飛び出した。
宙に浮かびながら、その楽器等は一人でに
その音色を奏でた
笛が吹かれ、
弦楽器は荒々しく弦を震わせ、
和太鼓は軽快な音を打ち鳴らす。
和の曲が奏でられ始めたのだ。
それを合図に、ラルーと蝶亡は舞踊る
ゆらゆらと、妖刀を手に
蝶亡は刀を惹き立てるように
力強く、それでいて繊細に日本刀を振るう
くるくると、扇を手に
ラルーは優雅に舞う、手足を捻り揺らせ
廻り回った、その度に長い白の髪と黒い振袖が
動きに合わせて揺れる揺れる。
しゃらん、しゃらん、と鳴り響く鈴の音が
美しい二人の舞を助長する。
次第に、音楽に洋の曲が混ざるようになった。
ヴァイオリンの音、パイプオルガンの音、マンドリンの音・・・。
それは洋と和が織り成す、不思議な剣扇舞だった。
日本の妖怪である蝶亡と
洋風チックなラルーの二人が舞うからこそ
出来上がった、きっとこの世界ならではの舞。
―――その舞は、美しすぎた
光を灯さぬ紅と紫の瞳が、妖刀の磨かれた鏡のような刀身に
映し出されると妖しげな魅力がより強くなり、
幼い少女の、闇を知る紅い瞳が
揺らめく長い前髪と黒い扇から覗かれる度に心に痛みを伴った
もはや、息も止まってしまった。
美しい舞に妖怪達は激しく感動して、
ある者は涙を流し、ある者はあまりもの美しさに惚れ惚れとしている。
まるで、魔法をかけられたのかと錯覚するほど感情を掻き立てられた。
マリアは呆然と舞踊る二人を見上げ、アルフは薄目を開いて
目に涙を貯めている、狐と狸は仕事も忘れて二人の舞に夢中になった。
「―――燃えて燃え盛れ、不死の炎よ
―――滴り滴り落ちる鮮血よ、
我が無価値な命を繋ぎ止めたお前は死ぬのか?
―――嗚呼、憎きこの世 私の愛おしいあの人を返して」
透き通るような歌声が響き渡る
静かに、儚く・・・幼い歌声は、悲しみに満ちているようにも聞こえた。
洋と和の織り成す音楽にラルーと蝶亡の歌声が込められた。
切なく、美しい歌
気高く、妖艶な舞
素晴らしく、荘厳な音の調べ
妖しく、可愛らしい二人の踊り子
一人の妖と、一人の幼女による宴は最高潮を迎えた。
「妖の仕業か、運命の悪戯か
舞踊る人魂は輝き 骸はケタケタと嘲笑う はらりと蝶は朽ち落ち
ひらりらと舞い落ちる桜の花の美しきこと
哀れな火の鳥は涙を流す
嗚呼、それは蛇か? それは鳥か? それは鬼か?
それはきっと、神にも分からないだろうぞ」
蝶亡も妖しげに歌い始めた。
蝶亡らしい歌い口調、和の曲調に合わせた歌声。
「―――なんと残酷なことか!」
「残忍な事なら、酒でも呑んで潰れてしまえ、
嫌な想い、悲しい後悔、幸、不幸も同じようなモノだと気付くはずだ」
「―――これほど呪わしく、こんなにも忌まわしい宿命なら
私は、この死の炎に自ら身を投げているべきだった」
「生まれては成長し、老いては死ぬ
全ては繰り返し繰り返される、この世の定めは美しや
誰もそれを咎める事など出来ぬ、誰もそれに抗う必要も無い」
「―――死に恋い焦がれ、黒死病にも侵されず
魔女に間違われ、火炙りにされてもなお 死なない」
「飢えて生きるは苦痛 だが、早く死んで母親を泣かすよりは良い
諦めなければいつか報われるかどうかは分からないが、
何も知らないまま、死んでしまうなんて虚しい事は止めなさい」
「―――神よ、何故こんな過酷な運命を私に架せられた?
こんな事ならば、私は貴方を呪いましょう」
「人を呪わば穴二つ、希望も絶望も必要な事
世の中とは天秤で吊るされた二つの物で出来ているようなモノだが
一方を不幸にすれば自分は救われる? 否、自分が不幸になるだけで
相手には何も起きやしない」
「―――もはや呪わずにはいられないのだから!」
「ならば、精一杯 生きて生きて生き抜いて
誰よりも幸せになってみるが良い、それで見返せば良い
母親もきっと喜ぶだろう、苦痛なんて外に追いやる程
幸せになりゃそれで良いのさ」
洋の曲調に合わせ歌うラルーと和の曲調に合わせ歌う蝶亡
二人の歌が噛み合うように、組み合わさり、折り重なる
歌い、舞踊る二人は背中合わせになって歌う
絶望の歌を歌うラルーに対し励ましのような希望の歌を歌う蝶亡
最後は背中合わせを解き、
向き合うと、蝶亡が妖刀を振るった
ラルーは扇を閉じると、閉じる瞬間に蝶亡の妖刀が扇を貫いた。
扇で妖刀の刃を挟み込んで、
寸前で止めたので、ラルーは無事だ。
そうして二人の荒々しく、美しい舞は終わった・・・。
―――素晴らしい
その一言でしか表現出来ない自分が嫌になる。
とにかく素晴らしすぎる舞と歌に、不覚にも俺は号泣してます。
本日2回目の号泣です。
それで緊張がピークに達したのか
本格的に酔い潰れたのか・・・俺はそのまま倒れた。
眠い、今日は様々な事がありすぎた。
でも、とても楽しかった
そのまま、夢の世界に落ちた俺であった。