表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/17

episode3、2

『はい。もしもし』


  聞こえてきたのは、四十代ほどの少し、かすれた男性の声だった。


「空木所長ですか?」


『ええ。確かに、そうだけど。和衛くんだよね、その声は』


  「そうです。所長、事務所に、俺、来ているんで。ちょっと、話したいことがあるんですけど。いいですか?」


 和衛が簡単に言うと所長こと空木は少し考えているらしかった。

 ううむとうなる空木に、和衛はしばし、待った。


『わかった。今日は無理だけど、明日だったら、事務所にいるし。明日の昼前になったら、来てくれるかな?』


 空木の答えに、和衛は安堵した。

 携帯電話の電源をオフにすると、半分に折り畳んで、ポケットにしまう。

 壁に掛けてある時計をみると、四時を回っていた。

 和衛は鈴木に帰る事を伝えると、急いで、ドアを開けて、外に出た。

 空は少し夕焼け色に染まっていた。



 和衛はあわてて、駅へ向かうと、ポケットにしまいこんでいた切符を取り出した。

 そして、改札口を抜けて、切符が出てこないのを確認した。財布も出すと、売場まで向かう。

 藤沢町までの値段を確かめた。


「五百円か…」


 硬貨を出すと、払い込み口へ入れる。

 数十秒待つと、ピピッと音がして、切符が出てきた。

 それを右手で抜いて、ポケットに入れた。

 財布を入れて、早足で歩き始めた。

 携帯電話を取り出すと、時刻を確認する。

 もう、午後五時前になっていて、和衛は頭を抱え込みたくなった。

 すっかり、遅くなってしまった。


(明日良ちゃんには、三時頃に帰ってくると言っておきながら。何をやっているんだ、俺は)


 早歩きで、藤沢行きの電車のあるプラットホームを目指す。 階段をおりると、プラットホームにたどり着いた。

 しばらく、電車が来るまで、待ってみる。

 まだ、季節が初春の三月の終わり頃のためか、夕方になると、肌寒い。

 ジャケットだけでも着てきて、正解だったと思う。

 それに、明日良の部屋に出た女の霊が気にかかる。

 あの女は何者なのか。

 それも調べないといけない。

 その時、アナウンスが流れた。


『三番乗り場に藤沢行きが来ます。ホームにおられますお客様は黄色の線まで、お下がりください』


  そして、独特の音楽がかかる。

 和衛の目の前に、キーッと、音を立てながら、電車が止まった。

 車両に早足で乗り込むと、ドアが閉まる。

 アナウンスでもないのに、ふいに声が頭の中で響いた。


『…お前だけは許さない。あの娘もろとも、不幸にしてやる』


 だが、和衛はその女の声を無視した。

 相手が怨霊である以上、関わるのは最小限で十分である。

 吊革に捕まらず、座席に腰掛けた和衛は、小さくため息をついた。

 家に帰ったら、あの女を問いつめるしかなさそうだ。

 頭が痛くなってくる。

 鈴木に頼んで、一緒にきてもらうのだったと、悔やんだのであった。


 藤沢駅に到着すると、和衛はまた、急ぎ足で電車をおりる。 プラットホームを出て、階段を軽快な下りていると、たくさんの人たちでエスカレーターはひしめいている。

 仕事先から、帰宅しようとしている会社員が大半だろうか。

 ぼんやりとそう考えながら、階段を下りきった。

 すたすたと歩いて、駅を出ると、辺りは真っ暗になっていた。

 携帯電話の画面をポケットから取り出して、見てみたら、午後五時を回っていた。

 早歩きで坂上家宅を目指して、進み始めた。

 そんなときに、青白いものがふわりと彼の前に舞い降りた。

『明日良が待ちぼうけをくっているよ。後、友人も来ている』


 聞こえてきたのは、甲高い少年の声だった。

 和衛はとっさに、人目のつかない所を探した。

 誰もいない一角を見つけると、携帯電話を取り出した。

 そこで、電話をしている振りをした。

 ごまかす為である。


「友人って。明日良ちゃんに?」


 そう返せば、くすくすと笑う声がする。


『そう。美加という子だよ。君に会いたがっている』


 えっと、驚けば、青白い炎は茶化すように一回転してみせた。


『けれど、紅樹(こうじゅ)が明日良、波津姫を狙っている。美加は普通の子。気をつけた方がいい』


 何故と言いたげな表情をしている和衛に、少年は簡単に説明をする。


『私の名は菊丸。もともと、波津姫のお母様に仕えていた。勢津姫とおっしゃって、後白河院の御所に仕えていらした。ある日、平家の方と恋人になって。平経盛卿とおっしゃって、風流事にすぐれた方だった』


 淡々とした言葉使いだったが、やっと、本当のことが聞けて、和衛は合点がいった。


「そして、波津姫が生まれたんだな?」


『…そう。経盛卿には正妻というべき方がいらして、お子もたくさん、もうけられていた。勢津姫は自分が正式な妻になれないことをわかっておられたんだ。だから、実家に帰って、人知れず、子をお生みになられた。けれど、時は源氏と平家が争う最中にあった』


 炎はゆっくりと、少年の姿になった。

 長い髪を高い位置で、ひとまとめにして、白い袖の分かれた水干という装束を着ている。

 青白く光を放って、透けてはいるが。

 菊丸はまっすぐに、和衛を見ていた。


「君が菊丸なんだな。初めまして、俺は藤原和衛。奥州の当主殿のいとこの家衛さんの子孫だ。まあ、知っていると思うけど」


『あなたが家衛殿の…』


 そう言おうとした時だった。

 いきなり、携帯の着メロが鳴り始めた。それを聞いて、驚いたのか、菊丸は炎の姿に戻ってしまった。

 和衛がため息をつきながら、ボタンを押して、電話に出た。


「はい、もしもし。藤原です」


 常とは違う丁寧な口調で答えたが。

 聞こえてきた声はいつもの空木所長のものではなかった。


『…あの、和衛さんですか。明日良ですけど』


 意外な相手に、和衛は黙り込んでしまった。

「え、何で?俺の携帯の番号を君が知ってんの?」


『さっき、空木事務所から、電話があって。心配だったら、和衛さんの携帯の番号を教えてあげるって、男の人が言ってたんです。確か、鈴木さんていったかな。私は遠慮したんですけど』


 それを聞いて、和衛は鈴木をぼこりたい衝動にかられた。何、勝手に人の携帯のアドレスとか、教えているのか。


「それで、遠慮したのに。どうして、俺の携帯にわざわざ、かける気になったんだ?」


 腹立ちまぎれに、きつい調子で言ってしまっていた。

 だが、目の前に浮かぶ炎こと菊丸はからかうように、上下に揺れている。


『あの、すみません。友達がどうしても、和衛さんに会いたいって、言っているんです。私も最初は止めたんですけど』


 言うことをきいてくれなくて、と困ったように続ける。


「友達?」


 とっさに、そう聞き返していた。

 明日良はこの説明だけでは足りないとわかったのか、簡単に紹介した。


『私のクラスメイトで友人なんです。渡辺美加ていうんです』


 それを耳にして、菊丸をにらみつける。


「その、美加さんが何で、俺のことを知っているんだ?」


 引き続き、問いかけるとあ、という明日良の間の抜けた声とゴソゴソという音が聞こえてきた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ