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episode2、3

「…明日良!久しぶりね」

美加が元気よく、声をかけてくる。

少し、くせっ毛の黒髪を肩のあたりで切りそろえている。

小さくはあるが、くりくりっとした瞳と明るい笑顔が印象に残る。

「うん。美加も久しぶり。元気にしてた?」明日良は玄関のドアを開けながら、美加に声をかけた。

「そりゃあ、もちろん。まあ、課題の多さにうんざりしてるけどね」

数学の田中先生、出してくる課題、毎年多いらしいのよねと、ぼやいた。

「私もそう思う。田中先生、厳しいしね」

そうなのよ、と笑う美加に明日良はしばらく、彼女と会話に花を咲かせた。

玄関口でしばらく、語り合った後、美加をリビングへと案内する。

「ああ、明日良の家のソファーって、革製だけど。意外とふかふかしているんだよね」

そういいながら、ソファーの手すりの部分を撫でる。

「それはそうと、美加。飲み物、何がいい?」

「お気遣いなく。コーヒーでいいよ」

美加を見ていると、つい、二日前の出来事が嘘のようだ。

今日は和衛も母もいない。


友人の美加が帰るまで、二人で話でもしていようと決めていた。

台所へ行き、コーヒーカップを棚から、取り出した。

犬が描かれたかわいらしいカップで、美加用と決めてある。自分のも出すと、テーブルの上に置いた。

インスタントコーヒーの瓶やスプーンを用意して、コーヒーの粉、砂糖などを入れる。

電気ポットのお湯をカップに注ぎ込んだ。よく混ぜながら、以前のことを思い出す。

ジュースやココアが多かったのだが、現在はコーヒーや紅茶を飲むことが多くなった。

少しは、大人になったということだろうか。そんなことをぼんやりと考えながらも、お盆を手にして、カップを乗せる。リビングまで、持っていった。

「…コーヒー、持ってきたよ」

そう、声をかければ、ぱっと美加が笑いながら、ありがとうと返してきた。

「明日良のいれてくれるコーヒー、おいしいのよね。お母さんや自分でいれてみても、いまひとつっていうか」

「そうかな。普通にいれただけだよ」

そんなことないってと、美加は否定する。

「…それよりも、噂の居候のお兄さんはいるの?会ってみたいんだけど」

「居候?」

明日良はきょとんとして、聞き返してしまった。

すると、美加はいたずらっぽい笑みを浮かべながら、答えた。

「昨日、言ってた下宿しに来たっていう人のことよ」

それを耳にして、ようやく、美加の言いたい事を理解した。 「…実をいうと、今は出かけてて。いないんだよね」

「え、いないの。それは残念。会ってみたかったんだけどな」

あからさまに、落胆したような表情をしてみせる。

どうも、和衛見たさに来たようだった。 少し、笑いながら、美加に言った。

「でも、和衛さんは三時頃には帰ってくるといってたから。その時間まで、美加がいられるんだったら、会えると思うよ」

そう、口にした途端、美加は手を胸の前で組んで、立ち上がった。

目を輝かせて、飛び跳ねるような勢いで喜んでみせる。

「やったあ!三時になったら、会えるのね。よかった」

テンションが高くなった彼女を見て、明日良は少し、引き気味になっていた。


坂上家から出てすぐの最寄りの駅で電車に乗り、和衛はある場所に向かっていた。

坂上家のある藤沢町から、四つ乗り越した杉尾町までは、約十五分くらいはかかる。

そんな風に考えていると、車内ではアナウンスの声が響く。

『次は杉尾駅です。杉尾駅―』

閉じていた瞼を開くと、和衛はゆっくりと立ち上がる。

ジャケットの胸ポケットに入れておいた切符を取り出すと、改札口にまで、向かおうとする。

扉が開くと、二、三人の客が急ぎ足で乗ってきた。

急いで、出ると、思っていたよりも意外と小さな駅であった。

改札口にまで来ると、切符を機械に通す。

ガチャリとゲートが開き、そのまま、出口へと向かう。

向かって、左の方角をてくてくと歩き続けると、程なくして、目的地へ到着した。看板には、「空木探偵事務所」と控えめに書かれている。

深呼吸をして、ドアを開ける。

ここは雑居ビルの一階。

鉄筋コンクリートの三階建てのものである。

「こんにちは。すいません、藤原です。所長、おられますか?」声をかけて、中に入った。

事務用の机やイス、向かって、右側には茶色の革製の二つのソファに備え付けの机。

奥には、書類をしまう棚と給仕室がある。

こじんまりとした、それでいて、閑散とした事務所であった。

「…こんな真っ昼間から、何の用だ。和衛」横から、低い声で話しかけられた。

振り向くと、そこには三十かそこらの男性が腕を組んで、立っている。

白の無地の長袖のトレーナーに、下は群青色のジーンズをはいている。

「師匠、いや。先輩、来てたんですね」

「鈴木でいい。和衛、お前単独での初仕事なのに、さぼってきたのか」

いきなり、とげのある言い方をされて、和衛は戸惑った。

「…いや、そんなことはないです。ただ、報告をしにきただけで」

「そうか。だったら、今、所長は仕事でいないから。俺が代わりに聞いてやろう。確か、坂上家の件だったな?」

そうです、と肯けば、鈴木はソファまで歩いて、そのまま、座った。

和衛もそれにならう。

そして、鈴木は和衛に続きを促した。

和衛は明日良の見る夢や昨夜、現れた白装束の女の幽霊の話をした。

「…特に、気になるのが、波津とかいう女の子と菊丸の事なんですよね」

説明をし終えると、鈴木はふむと顎に手を当てて、考え込んでいる。

とても、静かな事務所の中、ガラス窓から、射し込む日光が穏やかにおりる。

「つまり、あの女の幽霊は明日良さんを波津姫と呼んでいたのか」

何かが、引っかかるのか、鈴木はぶつぶつと呟く。

和衛はふうとため息をついた。

今回の仕事は厄介になりそうだ。

頭痛がしてきたのであった。

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