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番外編、明日良ちゃん、ベリーショートになる

 私はある日に美容院に行った。


 だいぶ、前髪が伸びたからだが。和衡君には「今のままでもいいんじゃね?」とか言われた。けどこれ以上伸びると勉強の効率が悪くなる。目にも良くない。前髪が目の中に入ると傷がつくと言うし。他の部分の髪もカットしてもらい、スッキリしたいのもある。というわけで小さな頃から行っている美容院に来たわけだ。


「いらっしゃい。あら。坂上さん家の娘さんじゃないの」


「こんにちは。合川さん」


「今日はカットしに来たの?」


「うん。前髪が結構伸びたから」


「そう。じゃあ、早速切ろっか。鏡の前の椅子に座って」


 頷いて私は鏡の前に設置してあるセットチェアに腰掛けた。美容師のおばさん――合川さんは同時にカットクロスを肩などに掛けてくれる。後ろでマジックテープを留めた。そうした上で合川さんは訊いてくる。


「……どれくらい切る?」


「そうだなあ。全体的に3センチくらいは切ってもらえるかな。短めでお願い」


「わかった。確かに前髪とかよく伸びているしね」


 合川さんは頷くと霧吹きを手に取った。櫛も手に取ると髪に中の水を吹きかけながら梳かして()いく。全体的にしたらカートに霧吹きなどを戻してタオルでびしょびしょになった髪を軽く拭いた。そうしてからタオルも一旦、台に置く。ヘアピン(美容院用だ)で上の部分を留めたりした。とうとう鋏を合川さんは持ち、襟裾の部分からカットを始める。しばらくはちょきちょきと無言で鋏を動かす。


「……明日良ちゃん。それにしても久しぶりね。前回に切りに来てから3ヶ月は経っているわよ」


「あ。そうだったっけ。ごめん。うっかりカットしに行くのを忘れていて」


「そう。明日良ちゃんは今年で幾つになったの?」


 合川さんは後頭部を中心にカットしながら訊いてきた。私は鏡を見つめながら答える。


「……中3になったよ」


「てことは。誕生日が来たら15歳ね」


「うん。来年になったら高校生だね」


 早いわねと言いながら合川さんはヘアピンを外したりしながら上の部分もカットしだす。ちょっとずつ髪は短くなっていく。私はなるべく動かないようにしながら終わるのを待った。


 ポツポツと話しながら合川さんは前髪を切っていた。けど気がついたらこちらの要望よりもかなり短いような?

 そんな事を考えつつも待ち続ける。前髪を切り終えたらしい合川さんが鋏をカートに仕舞い込む。


「さ。できたわよ。ドライヤーで乾かすわね」


「うん」


 合川さんはドライヤーを取り出すとセットチェアに付属している差込口にドライヤーのコンセントを差し込んだ。スイッチをオンにして髪のブリーチを始めた。ブラシを出して簡単にセットをする。一通りできたら寝癖直しにも使うウォーターを吹きかけたりムースも使う。仕上げにスプレーを吹きかけて再びドライヤーを使って。やっとカットは終わったようだ。


「今回はいつもよりだいぶ短めにしてみたの。いわゆるベリーショートね」


「……はあ」


 私がそう言うと合川さんが手鏡を持って後ろ側――襟裾の部分なども見せてくれる。私はあまりの短さに二の句が出ない。確かにこれはベリーショートだ。しかも男子の短髪なみの長さしかないときた。これは学校に行った時になんて言われるか。友人からからかわれるのが容易に想像できる。和衡君にもどんな風に説明したものか。そんな考えが頭の中をぐるぐるとする。


「どう。明日良ちゃん?」


「……う、うん。これから暑くなるし。涼しげでいいかも」


「でしょ。まあ、また伸びたら来てちょうだい」


 私は頷く。合川さんはカットクロスを取り去り刷毛で顔や首筋などについた髪の毛を払ってくれた。手箒で肩や靴についたのも同じようにしてもくれる。セットチェアから立ち上がり「ありがとう」とお礼を言う。レジ台のある入口近くに行き、支払いを済ませた。


「はい。カットで3,800円になります」


「……これでお願い」


「……はい。ちょうどね。ありがとうございます!」


 私は金額ぴったりにお金を支払い、合川さんに軽く片手を振る。ガラス戸を開けて美容院を後にした。


 自宅に戻るとリビングから母さんと聞き覚えのある男性の声が聞こえてくる。誰かなと思いながらも玄関のドアを閉めた。鍵も閉めたら靴を脱ぐ。


「ただいま!」


「……あ。お帰り!」


 声を出しつつも靴を揃える。そうしてからリビングに行った。


 リビングには母さんと男性――彼氏の和衡君の2人がソファーに座って談笑していた。私はちょっと気まずさを感じる。今の髪型を見られたくないからだ。そう思いながらリビングを通り過ぎ、二階に続く階段を上がる。


「……あれ。おばさん。さっきのは明日良ですよね?」


「そうね。美容院から帰って来たみたいだけど」


「そうなんですか。ちょっと様子を見てきますね」


「……わざわざ悪いわねえ。もう二階に行ったようだわ」


「わかりました。追いかけます」


 そんな2人のやり取りが聞こえてきた。和衡君、こっちに来るの?!

 まずい。私は焦りと気まずさが最高潮になって急いで階段を上がり自室に早足で向かう。バタンとドアを閉めて内鍵を掛けようとした。


「……明日良。待てよ!」


「……和衡君?!」


「せっかくバイトを早めに切り上げて来たってのに。何で逃げようとすんだ」


 後ろを振り向くとちょっと不機嫌そうな表情の和衡君がすぐ近くに立っていた。


「ごめん。今は勘弁して」


「んな、嫌がらなくてもいいだろ。髪が短くなったのには気づいていたんだがな」


「そう。はっきり言って変でしょ」


 私が言うと和衡君はふうとため息をつく。側まで来るとおもむろにそっと抱きしめてきた。


「さすがに変とは言わねーよ。まあ、ベリーショートでも明日良は明日良だろ」


「……」


「……明日良の友達には俺から言っといてやる。「明日良がスッキリしたかったらしい」って。その。世の中にはついていい嘘もあるからな」


 私は答える代わりに和衡君の腕を両手でギュッと掴んだ。抱きしめる力が強まる。やはり人の体温や心臓の音は気持ちを不思議と落ち着かせてくれた。しばらくはそうしていたのだった。

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