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episode5、3

家に帰ってくると、母がにこやかに笑いながら、出迎えた。

「あら、おかえり。二人での散歩、どうだった?」

デートとはいわないのが、よけいに厄介である。

「ええ。寒かったけど、良かったですよ。桜も見れましたし」

にこやかに笑いながら、和衛は母こと津由子と談笑を始めた。

「そう、近所の公園にある早咲きの桜のことね。あれは毎年、見ても綺麗なものよ」

「…そういえば、花見にこの間、行かれましたよね。どうでしたか?」

「花見客が多くってね。場所取りするの、大変だったのよ。カラオケやお酒なんかでうるさくって。とてもじゃないけど、桜を見るどころじゃなかったわ」

明日良はそっと、ため息をつきながら、スニーカーをぬいだ。

中に上がると、話に夢中になっているらしい二人を置いて、二階にある部屋に入った。

課題はほとんど、終えてしまっている。やることがあまりない。

明日良は仕方なしに上に羽織っていたパーカーを脱いで、クローゼットの近くにあるハンガーにかけた。ベッドまで行くと、ごろんと横になった。

なんだか、自分だけが空回りしている心地である。

今まで、異性には興味がなかった。

それだというのに、今になって、似たような気持ちを持つようになるとは予想できなかった。

昨日、泣いてしまっていたのに、和衛は慰めてくれた。

彼は少なくとも自分よりは大人だ。

恋の一つや二つくらい、経験しているはずだから。

好きになるにしたって、難しい相手である。

考え込んでいたって、仕方がない。

もう一度、部屋を出ると、下へおりた。


また、ゆっくりとだが、確実に時は流れて、春休みが終わった。

新学期が始まる。

正式に明日良は中学三年生となった。

学校の始業式も終わり、玄関前に張り出されたクラスの一覧表を美加と見に行く。

三年二組の所に明日良の名前が書かれていた。

隣の三組に美加の名前があり、二人は少し、落ち込んでいた。

「…今度は別々のクラスだね。寂しくなるな」

「でも、隣のクラスだから、私はそんなに気にしていないよ」

明日良はぼやく美加に、元気づけるように言う。

「でもさ、やっぱり、同じクラスに友達がいるのといないのでは大違いだよ」

美加はなかなか、機嫌が良くならない。他の話題に変えようと考えを巡らせる。そして、あることを思いついた。

「あの、それはそうと。今日、時間、大丈夫だったら、うちに来る?」

すると、美加は勢いよく、顔を上げる。

「うん、大丈夫!けど、明日良から言うなんて、珍しいね」

「そうかな?実はね、和衛君のことについてなんだけど」

明日良は間を少し置くと、言った。

「今年の夏休みまで、うちにいることになってね。美加、和衛君のこと、気になってたでしょ?だから、知らせておこうと思って」

笑いながら言うと、美加はさらに不機嫌になった。

「…和衛君?明日良、あんた、春休みの時はさん付けで呼んでたじゃない。いつの間に、仲良くなってんのよ!」

気に入らないのはそこらしい。

キーンコーンとチャイムの音が鳴り始めた。

「あ、やば。休み時間が終わっちゃう。急ぐよ、明日良!」

美加があわてて走り始めたので、明日良も後をついて行った。


ホームルームも終わり、寄り道もせずに、家まで急ぐ。

美加とは、ついさっき、分かれた所だ。明日良は黙って、歩き続けた。

ふいに、後ろから、声をかけられた。

「明日良ちゃん。学校、終わったんだな」

振り向いてみると、短めの黒髪に学ラン姿の青年が立っていた。

明日良は紺色のジャケットに同系色のスカート、赤色のリボンのブレザー式の制服である。

「…あの、どちら様ですか?」

怪しいと思いながら言うと、青年は苦笑してみせた。

「俺だよ。和衛だ」

名前を言われて、やっと、明日良は気がついた。

「え、和衛君?ごめん、一瞬、誰かと思った」

驚きながらいうと、和衛はまた、笑い出した。

「確かに、わからなくて、当然だよな。昨日、あわてて、美容院へ髪を染め直そうと行ったんだけど。店に着く前に、先輩に出くわしてさ。訳を話したら、「俺がやってやる」ていわれて。先輩に黒に戻してもらったんだ」

ちなみに、先輩というのが鈴木だということは明日良もわかっている。

和衛はその後も楽しそうに話をした。聞き役に回っていたが。苦にはならなかった。

そっと、和衛が手を差し出してくる。

いきなりだったので、驚きながらも同じように手を添える。強い力で握られて、明日良の鼓動が速くなった。

「…公園で散歩していた時、明日良ちゃん、こけそうになっただろう?あの時から、君が怪我をしてしまわないかと心配だった」

「あ、この間の」

そうと和衛は肯く。

「ずっと、側にというのは無理だけど。また、何かあったら、呼んでくれていいから」

ほんのりと顔を赤らめながら、彼は言った。

「あの、和衛君。私ね、好きなの」

ぽつりと呟いてみる。

だが、唐突に言ったせいで、和衛は驚いていた。

二人とも立ち止まる。

「え、明日良ちゃん。好きっていったよな?それって、誰のことかな?」

あわてる彼に明日良はため息をついた。和衛は見かけよりも鈍いらしい。

あの菊丸とは大違いだ。

まあ、全く気づいてなかった波津姫も同類だろう。

「あなたのことだよ。和衛君のこと、好きなの。まあ、その。気持ちを伝えたかっただけだから」

早足で歩いて、先へ行こうとする。繋いだ手もほどいた。

だが、すぐに和衛が追いついてきた。

「言い逃げだなんて、ずるいぞ。まだ、俺、返事を言ってない」明日良は立ち止まった。

「別に、言ってみただけだから。付き合おうとは思ってないよ?迷惑になっても、困るし」

「…迷惑じゃない。その、俺さ、付き合ったことないんだよ。年下が好みじゃないとか言って、悪かったと思ってる」

そう言って、和衛は明日良の肩に両腕を回して、抱きしめた。

「君のこと、俺も好きなんだ」

かすれた声でそう返事をした。

明日良は初めてのことに戸惑いながらも、彼の背中に腕を回して、応えた。

月影幻夢 おわり


お読みくださりありがとうございました。これにて、おわりです。

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