episode5、明かされる真実1
菊丸はまず、勢津姫と経盛の出会い、そして、家衛と紅樹の出会いを語った。
―勢津姫はもともと、貧乏な生活をしていたんだ。ご両親を流行病で亡くされて。そのせいで、邸を出て行ってしまう女房たちが後を絶たなくって。最後に残ったのは乳母、養育係のぼくの母と姉だけだった―
しみじみと言う菊丸の表情は切なげであった。
「それに、源氏と平家が争う時代だったからね。他にも、貧乏な生活をする羽目になった貴族はいたと思うよ」
和衛が補足の説明をする。
―その後、十四くらいになられた時に、親戚の伯父君が心配されてね。後白河院の御所への出仕が決まった。慣れないことの連続だったらしいけど。それから、二年ほど経った頃に、平経盛卿と出会い、恋に落ちた。家衛殿が紅樹を見初めて、自身の邸に住まわせるようになったのもこの頃だった―
菊丸は明日良に近づくと、すぐ側まで寄ってきた。
「…どうして、経盛さんの弟さんが紅樹と浮気をしたの?」
しきりと首を傾げながら、明日良が問いかける。
すると、菊丸は眉をひそめながら、低い声で答えた。
―紅樹は教盛が身分も上だし、お金持ちな所に目をつけたんだ。家衛は中級貴族だったし、あまり、財力はなかったから。そして、家衛や教盛の兄である経盛様に愛されている勢津姫の話を聞かされた。だから、呪いに手を出してしまったんだ。まあ、ずるいという気持ちと嫉妬から、やってしまったんだろう―
まだ、中学生である明日良が聞くには、ひどい話であった。すると、今まで、黙っていた敦盛と経盛が声をかけてきた。 ―私も勢津のことを妻に迎えたいと思っていた。だが、兄や弟からは反対されたよ。教盛はその筆頭だった―
経盛もやるせない表情になっている。
―付き合って、二年程して、波津姫が生まれた。私は会ったことはなかったが。母上は狂わんばかりに嫉妬して、私や兄上に当たったこともあった。その後、陰陽師であったという泰親という男が邸に出入りするようになった。家衛殿はそれを察知して、泰親に呪詛返しをして、追い払ってみせたんだ。紅樹もその時に、姿を消した。波津姫は五歳程になっていたはずだ―
後をついで、敦盛が説明を続けた。
「では、どうして、波津姫が狙われるようになったんだ?」
和衛も尋ねてみた。 敦盛は答える。
―ああ。また、十年程経った頃に、勢津姫は重い病になったんだ。四条の辺りで、白拍子らしき女が現れたという噂が流れるようになった。波津姫も十五になっていて、勢津姫に似た美しい娘に成長していたらしい。家衛殿も親代わりにと、縁談を持ってくるようになった。けれど、それを聞いた紅樹が家衛殿にまた、近づいた。その後、勢津姫は戦に出ていた父上が亡くなったという知らせを聞いた後、すぐに息を引き取ったそうだ―
そうかと和衛は納得した。
「そして、紅樹は波津姫の邸に火をつけて、家衛や菊丸、波津姫を殺したんだな?」敦盛は首を横に振る。
―実際に手を下したのは泰親だ。家衛と菊丸、波津姫は太刀で斬り殺された。そして、紅樹も用なしだということで、燃えさかる邸に取り残されて、焼け死んだ―
無惨な最期を遂げた家衛たちに、明日良は自然と、涙が出てしまっていた。
和衛はそっと、泣き始めた明日良の背中を撫でる。
―哀れなことだ。紅樹は手を組んでいた泰親に裏切られた。確か、燃える大木の下敷きになったとか聞いたな―
経盛はそう口にした後で、ふっと、姿を消した。
敦盛も和衛に、また来ると言って、帰っていった。
泣き続ける明日良をなだめたのであった。
あれから、朝になり、明日良は自分の部屋に戻っていた。
いろんな話を聞かされて、まだ、頭は混乱している。
自分が気を失っている間に、和衛は菊丸の記憶も見せてもらったと言っていた。それによると、波津姫のことを菊丸が好きだったらしいことがわかった。
だから、波津姫が連れ去られたと聞いた時、菊丸はあそこまで必死になったのだ。
(まさか、私の前世がそんなひどい目にあわされていたとはね。けれど、菊丸君の思いには気づいてなかった。なんだか、菊丸君、かわいそう)そう思うと、一気に眠気がきて、明日良は目を閉じた。
途端に、真っ暗だったはずの視界に色とりどりの花畑と青く澄んだ空が広がる。風も心地よく吹いていて、緑の草原が現れた。
驚きのあまり、口もきけないでいると、Tシャツにズボンといった出で立ちの青年と菊丸が楽しそうに話をしていた。
後ろを向いている青年はすぐに、和衛だとわかった。
明日良は二人の姿を見つけると、走って、近づいた。
不思議と息切れはせず、体が軽い。
夢の中だからだろうか。
『菊丸君!和衛さん!』
呼びかけてみると、和衛がゆっくりと振り向く。
『…明日良ちゃん?』
確かに、和衛本人だった。
『菊丸君と何を話していたんですか?』 『何って。お前をどうするかについてだ』
たちまち、和衛はにたりと笑みを浮かべ、明日良の首に両手をかけた。
少しずつ、すらりと綺麗な指が彼女の首を締め上げる。
息ができず、苦しい。
頭がガンガンと脈を打つように感じた。明日良はもうだめだと思った。
『…明日良。勢津姫の代わりに、あの和衛とかいう小僧に近づけ。そうすれば、お前を狙わないでおいてやる』
声は波津姫の記憶で見たあの男のものになっていた。
明日良は嫌だと、首を横に振った。
すると、男の力が強まった。
酸欠状態になってしまい、意識がもうろうとしたものになってくる。




