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雨が止む気配はない。
日が暮れた町を、馬車が走っていく。ここ一ヶ月ほどウェルナーが暮らしているのは、キトラの郊外にある一軒家だ。中心街からは遠く、小さいとはいえ森を隔てた先にある。
森を抜けると、家に灯りがついているのが見えた。ウェルナーは馬車を降り、御者に手を上げる。帰宅に気づいた面々が、家の周りから集まってきた。全部で五人、全員がウェルナーと良く似た鎧姿だ。
「異常ありません」
そのうちの一人が、そういって手帖を差し出した。ウェルナーはうなずいて、懐にしまう。
「明日も、引き続き頼む」
「了解。では」
五人は頭を下げ、すでに向きを変えて待っている馬車に乗り込んだ。馬車はすぐに、来た道を戻っていく。
ウェルナーは扉の前で立ち止まり、片手で雨露を払った。鍵を取り出そうとするが、近づく激しい足音に顔を歪める。結局、こちらが開けることもなく、扉は部屋のなかから勢いよく開け放たれた。
「お帰りなさい、ウェルさん!」
満面の笑みで飛び出してきたのは、タオルを手にしたイリスだった。見えない尻尾を振るようにして、どうぞとタオルを差し出す。
意識して、ウェルナーは無表情を保った。イリスを部屋に押し戻し、鍵をかける。
「ろくに確認もせずに開けるのをやめろと、再三いっているだろう」
イリスは目を見開いた。ついでに口も大きく開けた。琥珀色の目が、いまにも泣き出しそうになる。
「わ、忘れてました。次こそは! 必ず!」
「そうしてくれ」
思わず、笑んでしまいそうになる。このむき出しの好意はどうしたことだろう。ごまかすようにタオルを受け取ると、髪を乱暴に拭う。
「夕食は?」
「あ、実はまだ、食べてないんです。レーゼ亭で、パメラさんからいただいたシチューがあるんですけど。お腹が空いてなかったというか、気分がその……」
咎められると思ったのだろう。イリスはしどろもどろと弁解を始めた。ウェルナーが笑いを堪えていると、そっと表情をうかがってくる。
「でも、なんだかお腹、空きません?」
ダイニングテーブルにはクリーム色の布がかけられ、二人分の夕食の準備が整っていた。どこから調達したのか、ガラスの花瓶には赤と白の花々が飾られている。共に夕食を取るために待っていたのは明らかだ。
「……お、怒ってます?」
「いや」
ウェルナーはいまなら、優しく微笑んでイリスの頭を撫でてやることなど容易だろうと感じた。そしてそれが自然だとも。
しかし、顔の筋肉に力を入れる。恋をさせろ──アレックスの言葉が、脳をちらつく。
「そうだな、腹が減った。食べよう」
「──! いま、温めますね!」
イリスは飛び上がるようにして目を輝かせると、動きやすくするためだろう、首のあたりでまとめた長い髪を揺らしながら駆けていった。そのうしろ姿がキッチンに消えるまで、ウェルナーは彼女を見ていた。
金具を外し、鎧を脱ぐ。タオルを敷いた上に、まとめて置いた。重い鎧をすべて取り去っても、まるでなにかがまとわりついているかのように、身体が重かった。




