人生勝ち組。
パッと思い付いたお話です。
時間潰しになれば幸いです。
世に出回る小説やゲームに出てくる物語のように私もずっと生まれ変わりたいと思っていた。
変わり映えのない日常にも、上辺だけの付き合いにも飽き飽きしていた。
物語のように、自分に自信のある主人公のように、そんな人生を送ってみたい。そうずっとずっと考えていた。
そんな人生だったからこそ私は誰にも見向きもされない変わらない日常より、少しスリリングでも愛される日常が送りたいとそう思っていた。
だからこそ「来世では絶対、絶対そんな存在に生まれ変わってやる!!」そう自分に言い聞かせて生きていた。
まあ、だからと言ってその時何かが劇的に変わったなんてことなかったんだけど、昔の人はよく言ったものだ『一念岩をも通す』正にその通りだと今になってしみじみ思う。
そう。私は手に入れたのだ。昔私が思い描いていたものを、歩みたかった人生を!!
転生。
ネット小説なんかを読み漁っている人なら一度は目にする機会があるだろう単語。
私は何の巡り合わせか、実際自分で経験することが出来てしまったのだ。それも記憶付きで!!
これがテンション上がらずにいられようか。否いられまい!!
想像してほしい。なりたかった自分になれたのだと知った時の私の気持ちを。
望んで、望んで。それでも半分以上は無理だと諦めていたものが実現した私の気持ちを。
正に勝ち組!!
腕を振り上げることが出来たらやっていただろう。それくらいテンションが鰻上りで、感情が振り切れていた。
生まれ変わったのだと気が付いた時のにやけ顔は人様に見せれないくらい崩れ、緩む頬を止められず今生の家族にドン引きされてしまったのも今になればいい思い出だ。
前世がどんな人物だったか?
人間で、女。
それに尽きる。
どんな人生を歩んだかとか、名前が何だったとか、家族や友達がどんな人たちだったのか。私はおぼろげにしか覚えていない。自分がいつどんな風に死んだかも覚えていないけど、興味がないから思い出そうとも思わないし思い出したいとも思えない。
薄情だと言われたってそれはもう終わった過去。というよりそれは確かに私だけど、私じゃない別の人の人生だと思ってるから。
ただ『こうなりたかった自分になれた』ということは素直に喜べるけど、ただそれだけ。
そんな終わってしまった事を悩むよりも、私が私として生まれたことに日々感謝をして生きる方がよっぽど建設的だと思うし、望んだものを手に入れてウジウジ悩む方が罰が当たるって思うから、昔の私の事はそれくらいしか興味がない。
何度も言うようだけど今私はなりたかった自分になれたんだよ?
金と銀の左右違う色のオッドアイにスッと通った鼻筋。
痩せすぎず太すぎず。曲線美も綺麗なこのしなやかな肢体。
かといって触り心地が悪いわけじゃなく、いつまでだって触っていたいと思わせるほどの柔らかさも兼ね備えたこの体。
艶々に磨かれた綺麗に整っているこの爪。
黒檀と言っても差支えない艶やかなこの毛だって一度触れば男も女も関係なくもう一度触れたいと思わせるって自負してるわ。
まあ。それでもあえて不満を上げるというなら男も女も関係なく魅了してしまうくらい美しく生まれてきちゃった事かな。正に罪作り。
子供の頃何度も誘拐されそうになって両親を心配させた事は両手じゃ数えきれないしね。
成人を無事迎えた時に家族みんなに凄い勢いで泣かれた時には本当に申し訳ないって思っちゃったもん。
ちょっと最後は湿っぽいこと言っちゃったけど、それくらい今の私が大好きってことよ!!
ただ最近、皆が恋の季節に入っちゃったのか私を見るたびに口説いてくるのには苦労してる。
今のところ誰かをパートナーにする気もないし、したいとも思ったことがないから本当困る。
街中を少しでも歩けば誰かしらに止められるし、時には強引に連れてこうとする野蛮な男もいるし本当気が抜けない。
だけどそんな自分勝手な奴には思いっきりビンタをお見舞いするけどね。そうすれば大体みんな驚いて、慌てて逃げてってくれるからその時はちょっとスカッとする。時々無様に転がるように逃げてくのもいるから見ていて面白いし正に一石二鳥。
「……意外と凶暴なんだな」
今までの自分の考えを目の前の御仁に話すと溜め息と共にそんな事を言われてしまった。
乙女に向かってなんて失礼な。
見た目だけで言えば整った顔も、黒くて癖のないサラッサラの髪も、黒を基調とした詰襟の騎士の格好も難なく着こなすスタイルの良さも合わさり立派な騎士様を彷彿とさせる青年なのに。
な・の・に!!
そんな乙女からしたら恋しちゃうようなパーフェクトな見た目も、口にした言葉の悪さでこれでは減点だと思わず脹れてしまう。
態々呼び出されたから来てあげたっていうのに本当に失礼だよね。
「お前が人生を謳歌しているのは分かったが、それと契約できないのと一体何の関係があるんだ」
然もわからないと言うように、微かに首を右へ傾けるように聞いてきた。そんな青年の事を少しだけ可愛いと思いながらも、察しの悪さに今度は私が深くため息をついてしまう。
「だ~か~ら。さっきも言ったけど、私はスリリングな人生を歩みたいの!! それにこんなに魅力あふれる私が誰か一人のモノになるなんて世界の損失だから。私は誰のモノにもならないって生まれた時から決めてるの。分かる?」
円座の上描かれた魔法陣の上に座っている私を隙あらば撫でてこようとする青年の右手を力の限り右手で払い落とす。
その時ゆらりと揺れる尻尾は御愛嬌だろう。
そう、尻尾。
これこそ私の一番のチャームポイントと言って差し支えない。
人には決してついていない、スラリと生えた優美な尻尾!! 私が望んで望んで、そして諦めた魔性の尻尾!!
あああ。何度見ても惚れ惚れしちゃう。
何度も思うけどやっぱり猫に転生できた私は勝ち組だと思う。まあ、正確には猫じゃないんだけど、見た目は立派な黒猫だから問題ない!! ついでに自分のこの姿を褒めるのも猫だから仕方ない!! 決して自分がナルシストなわけじゃないよ!!
人間だったとき優雅に塀の上を歩く猫たちを見てどれだけ見惚れたか……。しなやかなその体も、物怖じしない気品あふれるその風格も、だというのに愛くるしさを兼ね備えた魔性の魅力。何度猫になりたいと切実に思ったか。
猫好きの人ならば分かってくれる、それに一度は猫になりたいと思ったことがあると信じている。
そして私は生まれ変わることが出来たのだ!!
まあ名称は猫じゃなく、正確には『ステルフ』という名前の妖精の一種に。
まず『転生』という言葉から、聡い人なら分かるように私は地球とはまったく違う世界に生まれ変わった。
化学なんて呼ばれるモノは発展せず、物語に出てくるような魔法なんかが発展した世界。
この世界には幻獣と呼ばれる者も妖精や亜人、魔人や魔物と呼ばれる者もいる。
化学が発展しなかったからなのか、それとも同じものが無かったからなのかは分からないけどコンクリートやセメントで作られる物は一切なく、レンガや木材や岩石を使った建物ばかり使った建築物が多い。地球でいえば中世、というよりRPGに出てくる街並みを彷彿とさせるそんな世界に私は生まれ変わった。
私にとってここが異世界だろうと魔法があろうと全く問題ないし、猫という名称でないなんて些細なことも気にすることでもない。
それに私が生まれた『ステルフ』という種族は猫と全く同じ。……いやそれ以上に誇り高く気高い存在だと思った。
可愛らしいのは当たり前の事として、ステルフという種族は魔法が使え得意としている。というよりも魔法に対して種族的なチートだ。
まずこの世界の魔法は地球でいう木・火・土・金・水の五行説をもとにした魔法に光・闇・時の特殊魔法。後は発現した者特有のオリジナル魔法がある。
他の種族が魔法を使えても多くて三つほどしか所得出来ないのに対し、ステルフは様々ある中で個々のオリジナル魔法以外の魔法を力の強い弱いはあれど使うことが出来るのだ。
紛うことなくチート異種族。そしてステルフの凄いところはそれだけでなくて、なんと体の大きさを自由自在に変化させる魔法まで持ち合わせていたのだ。
大人になったときの実際の大きさがあまりにもデカく、その為に発展した魔法なのかステルフという種族全員が使える。
なので今の私は子猫から虎まで何でも変身できる。これはもう神様の素敵なプレゼントとしか言いようがないね!!
それを知った時の私はまたテンションが壊れてしまった。その時もにやけ顔が止められず又もや人様に見せれないくらい崩れてしまい、緩む頬を止められなくて今生の家族に二度目のドン引きされてしまった。まあこれも今になればいい思い出だ。
だけど魔法があるのと付随してこの世界、召喚なんてお約束なものがあったのだ。厄介なことに。
そして今私が目の前にいる青年と光源がロウソクが数本というオカルト的な雰囲気たっぷりの祭壇でお話何て事をしているのもそのためだ。
魔法の中で唯一この世界の人間だけが使う魔法。それが召喚魔法。
人間以外の種族も使おうと思えば問題なく使うことが出来るけど、どんな種族のモノも使おうなんて思ったことがない弱い人間だけが使う魔法。
だって人間以外の種族はそんな魔法を使って誰かに助けてもらわないといけないほど弱くないし、自分で何とかした方が手間もかからないって思ってるから使わない。
呼ばれるときも無理やり従わせることも出来ないし、呼んだ相手によっては下手をすれば呼んだ瞬間に攻撃されて人生が終わる。
ただ弱いものに優しい種族も多いから、気に入ればパートナーになってくれる者もいる。そのため今のところ召喚魔法が廃れるようなことはない。
そして今回私は初めてその召喚魔法に呼ばれた。最近成人を迎えたばっかりで一人旅をしようとしていた所に今回の召喚を呼びかける声が聞こえたので無視をするのは悪いかと思い呼びかけに答えたのだ。
お断りすることが前提だけど、ステルフに呼びかけることが出来るのは人間にしては魔力が物凄く高い証拠でもあるから気になったともいう。
ただこの青年、残念なくらい猫好きだったのか人が話しているときも瞬きを忘れたようにガン見してくるし、それに勝手に人の事を撫でてこようとするド変態だし、考え始めたら何でまだここで話しているんだろうって気がしてきた。
もうどんな人か見たし、沢山話せてすっきりしたし帰ろうかな。
「だから何でそれで契約してくれないことになるんだ」
「いや、だから私はスリリングな日々を送りたいから誰かに縛られる気はないし、まして、一つの国に縛られてるような人は更に論外なの。分かるでしょ?」
私的には懇切丁寧に説明してあげているって言うのに、納得していないのか青年の顔の眉間の皺が深くなってしまった。
「スリリングと言うなら俺は討伐にも参加するから問題ない」
「だからそれだけじゃなくて私は誰か一人だけのものになるつもりはないの。それにステルフは気の向くまま自由気ままだってことは貴方も知ってるでしょ。だから無理」
引き下がる気配のない青年にきっぱりはっきりお断りするけど納得する気配がない。
このままこの青年を無視して帰ってもいいけど、そうすると契約陣を描いた青年に反動が何かあるかもしれない。そう考えると呼び出しに答えた以上無視はできないし、どうしよう? 一番望ましいのは双方納得済みで円満にお別れが一番いいのに……。
「大丈夫だ」
何が大丈夫なのか私の目を見てはっきりと言い切った青年の言葉に首を傾げてしまう。
「俺のとこに来ればすべて問題ない」
「いや、だから何が問題ないのさ」
自信満々に言い切る青年は一切視線を反らそうとすることなく、それどころか私のキュートに揺れる尻尾に目が釘づけになって頷いている。意味が分からない。
それに粘着質っぽくて美青年だというのに何とも残念すぎる……。
「幸せにする」
まったく話が通じない青年に頭が痛くなっていくのを感じ、感情に合わせて尻尾の毛が興奮で膨らんでいくのが分かる。
興奮してしまわないように心を落ち着かせようと気を緩めた瞬間、青年が恍惚とした表情で手を差し伸べてきたのでその自慢であろうお綺麗な顔に私の渾身の右ストレートをお見舞いしてあげた。
所詮猫パンチである。
手加減なし。爪の状態もばっちりなため、青年の傷一つない綺麗な左頬にくっきりとした三本の真っ赤な線が出来上がった。
顔は皮膚がそこまで分厚くないため、止めどなく血が流れて若干スプラッタに見えるけど、手を出そうとした方が悪いから気にしない。
だけど残念なのは目の前のスプラッタ青年も自分の惨状にまったく頓着せず私の事を未だにガン見していることだ。
さて。思わず手が出ちゃったけどこの後どうしたらいいんだろう?
というよりやっぱろとんずらしたら駄目かな……?