絵文字
『古代文字』といっても、そこに文字が書かれている訳ではない。
実際には絵に近く、バリエーションも少ない。
古代文字の解読という作業は、実際には絵解きに近い作業となる。
当時の情勢や流行などを壁画から読み取り考慮しつつ、絵に込められた幾つもの意味から正確な意味を抜き出し、現代文に訳す。
それが古代文字の翻訳である。
もちろんそれには膨大な資料と資料を探す時間、そして幾つもの解答からより正確な物を抜き出す工程が求められるのだが、それらを大幅にカットし、いきなり真実に近づけるのが“タビビト”ネギヤの能力である。
彼が本気で古代文字の解読に協力すれば、歴史の真実が暴かれ古代学者は失業し本国に埋もれている遺跡は全部掘り返される。
そうなると都合の悪い者や利益を独り占めしたい者の手によってネギヤの身に危険が及ぶ可能性が高い為、幽閉とも受け取れる処置が取られた。
『カールカ街への隔離・監視』である。
しかし監視役として付けた騎士と色恋に落ち騎士を自分側へ懐柔、国が直接接触する手段を断った後スラム街で勢力をつけ盗賊ギルドを立ち上げ、小さいながらも「一国一城の主」を再現するとは誰も予想出来なかった。
これが今から7年ほど前の話である。
それ以降ネギヤは国の縛りが少ない冒険者ギルドと接触・交流はするものの、完全に国の管轄である騎士団ギルドと接触する事は無かった。
また国も面倒な事を起こされぬよう、盗賊ギルドとの接触を避けていた。
それがここにきて「国から仕事の依頼」と「新たな監視の騎士」がやって来たのだ。
【国が自分をどうしたいのか】
ネギヤがそう疑心暗鬼になるのも無理はなかった。
「はー……すみません。落ち着きました……。」
その新たな監視の騎士アリシアは冷たく甘いオレンジジュースを飲み一息ついた。
「落ち着いたのなら、仕事の話をするぞ。」
ネギヤはアリシアが座っているソファーのほぼ正面に椅子を運び座った。
アサツキはネギヤの後ろに立ち、いつ指示されても動ける姿勢をとっていた。
「これに書いてある古代文字を読むのは簡単だ。」
そう言ってネギヤは紙に言葉を書きだした。
【解らない】【死ぬ】【誰か】【掘る】【穴】
【明日】【死ぬ】【自分】【掘る】【穴】
「……っと、こんな感じなんだが、どこでどんな形状で見つかった文字なのか、情報が何一つ無くてな。さすがの俺でもこれ以上の事は解からん。ただ解読依頼だから、ここで俺が放棄しても何も問題はない。」
そしてアリシアの顔を覗き込み、わざと明るく言った。
「あんたもこの紙を持って帰れば仕事終了!後は休暇って訳だ。お疲れさん!」
言われたアリシアは一瞬「は?」と事態を飲み込めない顔をした。
「な、なんかすごい消化不良っていうか!これってどんな意味なんですか!」
「知らん。」
「穴を掘るってなんですか!死ぬってあるからお墓ですか!?」
「知らん。」
「あぁーもう気になるじゃないですか!」
「はい解散解散!」
ネギヤが手をパンパンと叩くと、部屋の出入口に給仕がやってきてアリシアを外へ促した。
「これ以上どうしようもないんだって!お前の宿泊部屋はこの宿屋で確保してあるから、まぁゆっくりしていってくれ。」
「気になってゆっくり出来ません!これから冒険者ギルドに行って、この文字が見つかった時の情報を聞いてきます!」
アリシアは現代語が書かれた紙を四つ折りにして封筒に入れ、早足で部屋から出ていった。
「元気だな。」
一連のやり取りを静観していたアサツキがポツリと言った。
「ああ、元気だ。そして扱いやすい。」
それに同意するようにネギヤが呟いた。