楽な話には裏がある
「翻訳の書類渡して終わるの待って持ち帰るだけの1週間の出張って言ってたのにーっ!」
アリシアは読んでいた書類を冒険者ギルド長の机の上に叩きつけた。
「何ですかこれ!まるで猛獣の取扱説明書じゃないですか!」
不満を隠さずストレートに表現する。
「うん。最後までちゃんと読む、その姿勢は素晴らしいね。」
ギルド長は笑いながら、不満を爆発させる若い女性騎士を眺めていた。
「騎士団長も適任者を選んでくれたな。さすが我が友だ。」
「団長に騙された〜!本国に帰りたい〜!」
アリシアの声が虚しく響く。
「アリシア君」
『なによっ』という顔でギルド長を睨み付ける。
「この古代語の写しを翻訳者に渡し、翻訳が終わるまで投げ出さないように監視する。それが今回の君の仕事だ。」
……返事は無い。
「無論、宿泊費や食事代は経費で落ちる。翻訳者同行なら衣類代や酒代も経費でオーケーだ。」
「……つまりそれは、いわゆる『缶詰』じゃなくていいんですね?動いていいんですね?」
アリシアの瞳に光が浮かぶ。
「黙って一緒にいるなんて息が詰まりますぅ!」
ようやく乗り気になった彼女の姿を見て、ギルド長は本題に入った。
「我々は時空の歪みから飛ばされてきた者を“タビビト”と呼んでいる。今回の依頼先は“タビビト”だ。猛獣ほど怖くは無いが扱いが難しい。機嫌を損ねると書類にあったような“デメリット”が発生する恐れがある。」
真剣に話を聴く彼女の目を見ながら、ギルド長は話を続けた。
「名前はカエデ・ネギヤ。本人は名前で呼ばれるのを嫌がっているからネギヤでいいだろう。古代から現代へ飛ばされてきたタビビトだ。今は盗賊ギルドの長をやっていて、住居はスラム街にある。ちょいと策士的だが気さくな奴だ。俺らとの関係も良好だしな。ま、頑張ってくれ。」
「え?盗賊?スラム?……タビビト抜きにしても怖い人じゃないですかー!やだー!」
再びアリシアの不満が爆発した。
ギルド長はその様子を笑って眺めていた。