未来戦線物語
1、不死身のワルツと合言葉
2、未来戦線・脳内戦争
3、未来戦線物語〜The Lost Harmony〜
4、未来戦線・カラクリ戦争
5、死ヲ忘ル事ナカレ
6、未来戦線物語〜May the world be at peace〜
1、不死身のワルツと合言葉
一章:春季
拝啓、愛しい人へ。
アナタがこのメッセージを読んでいるということは、私はもう、アナタの知っている私じゃなくなっているのでしょう。
名残り惜しい気持ちで一杯ですが、
この記憶が失くなる前に、
アナタへ私の言葉を遺そうと思います。
私はとても幸せでした。
私にとって、アナタとの日々は何よりも尊いものでした。
本当は、アナタの温もりを忘れたくはありません。
それでも、この想いは私が居なくなっても残り続けると信じています。
私が私じゃなくなる前に、
この想いが、どうかアナタに届きますように。
ありがとう。
ありがとう。
永遠に。
………………
これは、とある機械人形が、
自身の主に残したメッセージだ。
機械人形の役目は、無心で人の為に生きる事。
しかし、偶然にも自我を獲得した個体が、
自分の意思で自分の為の行動を取ることがある。
このメッセージを書いた個体も、
おそらく変異体なのだろう。
誰かに命令された訳でもなく、
自ら主を愛し続けた純粋無垢な変異体。
私も彼女の生き方を見習いたい。
それはそうと、問題は我々人間だ。
我々は怠惰になった。
多様性を重んじ、弱者が強者に成り代わり、
誰もやりたくない仕事を機械人形達が肩代わりするようになってから、
闘争心という三文字すら忘れてしまったようだ。
丁度百年前に終戦を迎えた“第三次世界大戦”ですら、生身の人間からアンドロイド兵を起用するようになり、それ以前に起きた戦争よりも悲惨な光景を目の当たりにする事がなくなった。
それはとてもいい事なのかもしれないが、
人間は何故そうまでして争いを求めるか、
同じ人間の私ですら理解に苦しむ。
勿論、やりたい職に就く事はできるが、
近頃は、リモートワークが八割を占めていて、
言わずもがな、病院の需要が急増している。
満員電車で袋ずめにされながら、
汗水垂らして職場へ向かう時代は終わったのだ。
彼ら機械人形は、人間であろうとするが、
人間になりたいとは思っていない。
怠惰病が世界各地に蔓延る中、
頭のいい変異体は、
恨みを通り越して呆れ返っている。
触らぬ神に祟りなしといった様子で、
彼らのような機械人形にしかなし得ない方法で、
独自の社会を形成しながら平穏に暮らしている者もいれば、人間社会に溶け込んでいる者もいる。
「續博士、
妹のマナ様からメッセージが届いています」
聞き慣れた声に呼ばれて、
読んでいた新聞をデスクに置く。
目の前にいるのは、汎用型アンドロイド“ワルツ”。
私専属のメイドさんだ。
妹のマナから電子メッセージが届いたというので、ワルツが壁に写したホログラムでメッセージを表示する。
パソコンがなくても、
彼女がいれば大抵の電子作業はどうにかなる。
“ミサ姉へ、
来週の火曜にミサ姉の家に行くね。
ミサ姉の好きなメロンパンも持って行くから、
楽しみにしていてね。
貴女の愛しの妹、マナより。”
電子カレンダーを確認すると、
その日に予定は入っていない。
マナが来ては面倒だ。
きっと、朝から晩までショッピングに付き合わされるに違いない。
いっその事、
今からでも予定を入れてしまおうか?
だが、可愛い妹を裏切る訳にはいかない。
「返事は、どうなされますか?」
「了承しよう」
「かしこまりました」
ワルツは、私の指示通りに返事の文言をメッセージ欄に記入する。
「用は済んだかい?」
「ご命令とあれば、今すぐにでも」
「じゃ、寝室に行こっか」
「すみません。
そういった要件は、
できれば陽が沈む頃にお願いします」
「分かったよ」
素っ気ない態度のワルツに無理矢理キスをして、
私は仕事部屋から退室する。
愛しの植物たちが心配で裏庭に出てみるが、
みんな元気な様子だったので安心した。
蝶々も花の蜜を求めてやってくる。
モンシロチョウとオオルリアゲハは、
マリーゴールドの花びらに止まっている。
カラスアゲハの幼虫がキハダの葉で食事をしているのを見掛けたが、触らずにそっとしておこう。
こう見えても、私は生物学者の端くれだから、
生き物に対しての慈悲は人一倍あるのだ。
勿論、黒くてすばしっこいアイツにも。
「續博士、昼食の用意ができました。
今お召し上がりになりますか?」
「もう少し待ってくれ。
植物に水やりをしてからにするよ」
「かしこまりました」
「一緒に食べたい?」
「はい」
「じゃ、ワルツも手伝って」
「よろこんで」
……………………………
そして、約束の日。
妹のマナが家を訪ねてきた。
黄色いワンピースの上にカーディガンを羽織っていて、如何にも無邪気な女の子らしい格好であった。
「お姉ちゃん、来たよー!」
「いらっしゃい、いらっしゃい」
「ねぇねぇ、今日は夏用の新しいコーデがみたい!お姉ちゃん、連れてって!」
「んじゃ、車出すからちょっと待ってね」
「はーい!」
私は、一足先に地下駐車場へ降り、
kurosawa自動車製の深緑色のワゴン車に乗り込む。
今どき珍しい、マニュアル式(MT)の車だ。
起動した瞬間に発せられるエンジンの音が心地よい。
「二人とも、乗っていいよ〜」
地上で待機していたマナとワルツを乗せ、
都会に向かって全速前進。
向かった先は、都内で最も有名な大型ショッピングモール。
片道二時間掛かるが、店舗数も非常に多く、
何から何まで買いたいものが揃っているので、
行く価値は十分にある。
通販サイトで買えばいいだろって?
違うな。
私とマナは、本当に欲しい物は実物を見てからじゃないと買わないって決めているのさ。
現地に着いて車を停めたら、
マナが行きたがっていたアパレル店へ直行。
“カンタービレ”と書かれた看板の下には、
露出度の高い派手な衣装を着せられたマネキンが決めポーズをしながら並んでいる。
「いらっしゃいませ。
お探しのものはありますか?
今月から夏服フェアが開催されたので、
新商品も豊富に揃っていますよ」
入店早々、店員の機械人形に声を掛けられる。
買うつもりは無かったが、
店員に勧められるうちに購入意欲が湧いてきた。
しかし、夏服を買うにはまだ早い気がする。
ネイビーカラーのライダースジャケット。
これなら良さそうだ。
私が今身につけている、
翠玉の耳飾りとも相性が良さそう。
マナが選んだのは、ワインレッドのワンピース。
光沢のあるベルトがとても可愛らしい。
「ワルツも、欲しいものがあれば遠慮なく言ってね」
「お気遣い感謝します。私は大丈夫です」
「そっか」
「荷物をお持ちします」
「大丈夫、お気遣いなく」
会計を済ませて次に向かったのは、
世界有数のコスメブランド、“PLANET”。
そこに、以前からマナが欲しがっていた山吹色のリップとチークがあったので透かさず購入する。
そして私は、妹の笑顔を見ながらニヤけるのだ。
「二人とも、そろそろ帰ろっか」
私は、二人の手を引き、
ショッピングモールを出た。
その帰り道、後部座席で肩を寄せ合って眠る二人の姿を見て愛おしいと思った。
二章:夏季
大雨の降る六月。
私は、知り合いが経営している街外れの喫茶店に立ち寄った。
「いらっしゃい、ミサ。
貴女が来るのを待っていたわ」
入店して最初に声をかけてくれたのは、
店主の“オペラ”さんだった。
カウンター席には、
“美月ミナミ”という青年の姿もある。
彼は、とある財閥の御曹司で、
自身も大手企業の経営者として活躍している凄い人だ。
「やぁ博士、遅かったじゃないか。
今丁度、オペラさんと面白い話をしていたところだ」
「面白い話?」
「我々人間の人生観についてだ」
「なるほど。
では、ミナミ君の意見を聞かせてもらおう」
私はそう言いながら、いつものように抹茶フラペチーノを注文し、ミナミ君の隣に座る。
「僕にとって人生とは、選択の連続だ」
「ほうほう」
「後悔のないように生きたいってこと?」
「そうじゃない。
失敗も選択の一つとして捉え、
過去に執着せずに次へ進めってこと」
私は、抹茶フラペチーノを啜りながら頷く。
私には無い価値観なので、彼の言葉に感心した。
「オペラさんは?」
「私は、他人にとっての正しさよりも、
自分にとっての正しさを信じること」
「いいね、自分軸か」
「確かに、他人と比べても無意味だよね」
「私は特にないな。
今を生きるのに精一杯ってわけじゃないけど、
私は自分の事を知らなすぎるんだ」
「それじゃ、話題を変えよう」
窓の外を確認するが、
雨が一向に止みそうにない。
次の話題は、機械人形の変異体に関する話だ。
機械人形に感情(擬似精神)は必要か否か。
私とオペラさんは、どちらでも構わないという意見だが、ミナミは、偽りの感情は最早感情ですらなく、ただプログラムされた表面上の動作に過ぎないのだから、機械に人間のような感情を入れるのは無意味だと言った。
それなら、人間の場合はどうなんだ?
人間だって、感情のせいで色々と不利益を被っているというのにと私は思った。
それとも、人間に備わっているものは作り物では無いと、価値あるものだと言いたいのか?
「じゃ、ウチの子に感情を入れたらどうなるんだろうね?」
私が言う前に、オペラさんが透かさず口を挟む。
ウチの子というのは、
この喫茶店の従業員“ハイツ”の事だ。
型式番号“七〇〇一”、
アトラス製量産型Meロイド。
彼女も、ワルツと同じ機械人形なのだが、
ワルツとは製造元が異なる為、
型が同じでも、見た目の雰囲気は大分違う。
「今までと大して変わらないだろうけど、
身体能力等は著しく低下しそうだ。
人間には限界があるからね。
感染症に罹ったり、感情に左右されて動けなくなってしまう事だってある。
それに、精神的な配慮も視野に入れて考えないといけない。
機械にだって簡単に支配されてしまうのだから、
完全に設計ミスだよ」
「ミナミ君、そこまで言わなくても…」
「いや、事実さ」
「私、ミナミ君の性格が段々分かってきたよ」
「それって告白?」
「違うよ、ミナミ君は唯の知り合いだ」
「残念」
「おや、お二人さん、もう晴れたみたいだよ」
窓の外に目を向けると、
先程までとは打って変わって、
雲一つない青空が広がっており、
店内にまで陽の光が差し込んでいた。
「僕は、もう帰るよ。
明日も仕事があるからね」
「ご馳走様、私も自分の家に戻るとしよう」
「二人とも、また来てね」
私たちは、オペラさんにお代を渡し、
喫茶店を後にした。
……………………………………
「ただいま、ワルツ」
「おかえりなさいませ、續博士」
空が暗くならないうちに帰宅すると、
いつものようにワルツが玄関で出迎えてくれた。
「夕飯出来てる?」
「いいえ、先ほどまで部屋の掃除をしていたので、
夕食の用意はできていません」
「ゆっくりでいいよ。
シャワー浴びてくるから」
「かしこまりました」
私は、一度寝室に戻って部屋着に着替えた。
服を脱ぐ度に、父親から受けた傷痕が気になって仕方がない。
特に、首筋に付けられた火傷痕が不愉快だ。
だいたい、葉巻の何が美味いんだ?
まぁ、いいさ。
家族に散々迷惑をかけておいて、
勝手に死んだ奴の事なんか知ったこっちゃない。
やはり、整形外科に行くべきか?
もう過去は振り返らないと決めたんだ。
明日にでも予約を取ろう。
大丈夫だ。
私には、妹のマナや皆んながいる。
それに、ワルツだって…。
三章:秋季
紅葉が咲き誇り、暖色系のコーデを着る人が増え、秋刀魚が美味しい季節。
現在私は、今月末に行われる国際生物倫理学会に向けて、国立電子図書館で生物学に関する資料を集めている。
わざわざ図書館まで出向いている訳は、
モバイル版や自宅にあるデスクトップでは、
観覧規制が厳しく、検索できないことがあり、
規制の対象にされている資料は、
電子図書館等で承諾を得てから見れるからだ。
そして私は、世界中から生物学の専門家が集まる学会の場で、遺伝子組み換え技術を利用したデザイナーベビーの促進についての論文を発表する事になった。
倫理学会と言っても、
学会は、倫理もへったくれもない連中ばかりだ。
私は手始めに、遺伝子組み換えの歴史に関する資料を手に取る。
遺伝子組み換えの歴史は、凡そ三百年まで遡る。
作物を利用したところから研究が始まり、
実験用マウスや、身近な動物でも成功した事から、それらの事例を元に、胎児の段階から人間に対する研究も進められ、デザイナーベビーという言葉が世に広まった。
今では、デザイナーベビーも当たり前になったが、出始めた頃は、世界中から大バッシングを受け、倫理的観点に基づく法律も立てられた。
しかし、文明の発達とともに人々の考え方も少しずつ変わっていき、機械人形の登場と同時期にデザイナーベビーの開発も白昼公然と進められるようになった。
勿論、それに対して反対的な意見も数多くある。
しかし、子供の能力が親の遺伝子によって決まるせいで、人生にまで影響を及ぼしてしまうだろうし、何よりも、できないことが多すぎるのは本人にとって辛いことだ。
そして、過去の人々がそういった者たちを迫害してきた歴史もあり、生まれ持った能力によって優劣をつけられてしまうのは、それこそ倫理に反するという肯定派の意見も分からなくない。
しかし、個人に合った生き方を選べるようになった現代と過去を比べるのは違う気もする。
それに、学会の六割は機械人形の変異体という、
そういった事情とはかけ離れた存在。
人間を超越した彼らに説得力がないのは明白だ。
しかし、彼らが私の話を最後まで聞いてくれるだろうか?
昨年の集まりでも同じ議題で話し合いが行われたが、技術を独占したい企業側と、
現状維持を求める研究者側とで熾烈な言い合いが繰り広げられた現場を知っている身としては、
あまり参加したくないのだが、
お偉いさんからの呼び出しという事もあり、
断る訳にはいかなかった。
勿論、学会の集まりはリモートで行われる。
参加者は私も含めて三十人。
発表もディベートも全て英語でやる。
憂鬱だな。
今日は、早めに帰ろう。
帰ったら、論文を作成しないと。
……………………
帰宅すると、ワルツの姿がなかった。
今日は、機械人形専門の病院でメンテナンスを受けている最中なんだっけ。
論文の事で頭が一杯で、すっかり忘れていた。
私は、誰もいないリビングを見つめる。
何だか寂しいな。
孤独には慣れていないんだ。
それよりも、早く論文を…。
私は、仕事部屋に篭って論文を書き始めた。
というか、デスクトップの起動が遅すぎる。
三十年前に発売された旧型だから仕方がない。
とりあえず、図書館で調べた内容を整理し、
自身の見解も交えながら書き進めるが、
一向に作業が終わらない。
「うぅ、誰か助けて〜」
弱気になりながらも、孤独な戦いを繰り広げ、
そして、ようやく論文を書き終えた。
デジタルウォッチで時間を確認すると、
深夜三時を過ぎていた。
ワルツはまだ帰ってきていないようだ。
寝室に戻ってフカフカのベッドで寝たいが、
三時間後には学会で、書き終えたばかりの論文を発表しなければならない。
それまで、何としてでも起きていなければならないのだが、良案が一向に思いつかない。
とりあえず、シャワーを浴びた。
朝食も食べた。
それでもまだ、二時間残っている。
またデスクに戻って、
発表の予習をしておこうか?
否。
私は、部屋着用のズボンのポケットから携帯を取り出し、妹のマナに電話を掛けた。
四章:冬季
季節は冬。
突然、ワルツが倒れた。
雪が降り積もる早朝の事だった。
擬似生命維持装置が停止し、
私が発見した頃には既に動かなくなっていた。
私はワルツを背負って家を飛び出した。
緊急医療センターに着いて早々、
ワルツは、機械人形専門科で治療を受ける事になった。
スクラップは御免だ。
彼女はまだ生きなければならない。
いや、生きて欲しい。
身勝手な願いだという事は分かっているが、
私はただ、彼女の無事を願い、
控え室で待つことしか出来ない。
「それでも私は…私は…」
緊急治療室から、治療を終えた医師が出てきた。
私は、手術台に乗せられたワルツの痛々しい姿を見てしまい、咄嗟に目を逸らしてしまった。
それに、どうも医師の様子がおかしい。
まさか、失敗してしまったのか?
「コアは無事でしたが、
思考回路を修復する事はできませんでした。
ですから、今まで彼女が築き上げてきた貴女との思い出はもう…」
震える声で、医師がそう告げた。
それに対し、「大丈夫です」と私は返答する。
ワルツに残された運命は二つ。
記憶が戻らないままの彼女を引き取るか、
私が引き取らずにスクラップされるか。
私は当然、前者を選んだ。
たとえ、記憶を全て失ってしまっていても、
私の目の前にいるのは、紛れもなくワルツ自身だ。
私は、生気を失ったワルツを家まで運び込む。
帰宅後、ワルツを仕事部屋に連れていき、
私の椅子に座らせた。
「ワルツ、私がわかるかい?」
いつものように話しかけるが返事はない。
「気にするな、また一から始めよう」
「……」
「大丈夫、大丈夫だから…」
「……」
私の瞳から涙が零れた。
これ以上は、我慢できなかった。
私は、ワルツを強く抱き締めた。
「ごめんね、ワルツ。ごめん、ごめん…」
程なくして、
スクラップ場の職員が家を訪ねてきた。
ワルツの回収に来たそうだ。
職員の説明によると、
前年度から機械人形に関する法律が改定し、
たとえコアを動かせるようになっても、
規定の条件に満たないだけで、
所有者の意思に関係なく、スクラップされると云う。
「そうか…」
これで、ワルツともお別れだ。
悔しいが、彼らを止めることはできない。
まさか、自分よりも先に居なくなってしまうなんて…
私はそれ以上何も言わず、ワルツを彼らに渡した。
職員に担がれながら去って行くワルツを、
私は見えなくなるまで傍観していた。
「さて、次はどうしようか?」
気を取り直して、
長年使っていた黄緑のノートパソコンを開く。
未開封のメールボックスに、
差出人不明のメッセージが一通来ていた。
[拝啓、愛しい人へ。
アナタがこのメッセージを読んでいるということは、私はもう、アナタの知っている私じゃなくなっているのでしょう。
名残り惜しい気持ちで一杯ですが、
この記憶が失くなる前に、
アナタへ私の言葉を遺そうと思います。
私はとても幸せでした。
私にとって、アナタとの日々は何よりも尊いものでした。
本当は、アナタの温もりを忘れたくはありません。
それでも、この想いは私が居なくなっても残り続けると信じています。
私が私じゃなくなる前に、
この想いが、どうかアナタに届きますように。
ありがとう。ありがとう。永遠に。
型式番号 九二五一五〇、
汎用型アンドロイド“ワルツ”より。]
END
2、未来戦線・脳内戦争
本編:
◯新世紀200年・AIに支配された世界
ナレーション「新世紀二百年、七月二十八日。
第四次代理戦争が終結して以降、人類は自らが作り上げたAIに敗北した。
文明の発展に伴い、AIを使った技術が世界中を埋め尽くしていった。
ありとあらゆる管理システムを乗っ取られた人類は、
プライバシーを公共的に開示することを強要されながら、
AIが決めたルールに護られながら、
そのことにすら気づかないまま生きていた。
世界を裏で牛耳っていた二人の人物は、AIによる革命を起こし、
AIによって管理される社会を作るため、新・世界政府(生命活動管理委員会)を設立した。
しかし、世界の隅に追いやられた旧政府の役員達は、
対新・世界政府(生命活動管理委員会)機械人形部隊”アトラス部隊”を構成し、
新・世界政府(生命活動管理委員会)への反撃の機会を伺っていた。
償井ツグミ博士が考案した、アルテミス計画もその一つだ」
◯メインタイトル(未来戦線・脳内戦争)
第一章:ソリスト(独奏者)
◯旧政府の拠点・アトラス防衛基地(アトラス部隊第二格納庫)
ツグミ博士「クロード長官、アトラス部隊の出撃準備が完了しました」
クロード旧政府国防長官「よかろう、早急にソリスト(独奏者)を迎撃せよ!」
巨大化した人工生命体の”ソリスト(独奏者)”が、
アトラス防衛基地内部へ侵入し、駐在していた兵士を襲っている。
ソリストは、蛇の姿をしていて硬い鱗で覆われているため、
アトラスの兵士達が携帯しているライフルの弾丸を容易に跳ね返す。
ソリストの背後にいた、敵側の量産型機械人形の”オートマトン”が、防衛基地内部を進行しながら次から次へと自爆していく。
既に、量産型のアトラス部隊”A型、B型、O型”が、
負傷した兵士たちの救助と敵の対処にあたっている。
ツグミ博士「アトラス部隊、出撃せよ!」
ソリストが現れてから十五分が経過した頃、
ようやく出撃の許可を得たアトラス部隊の一人であるワルツが、
六人の仲間とともに、第二格納庫から飛び立つ。
鴉のような漆黒の翼を背負ったワルツ達は、
高速で基地の廊下を飛び回りながら、侵入してきたオートマトンを破壊していく。
ツグミ博士「ワルツ、聞こえているか?」
噴水のある広場に出たところで、ツグミ博士から無線通信が入る。
ソリストの攻撃により、基地内部のメインシステムがダウンしているが、
ツグミ博士がいる司令室との通信はかろうじてできるようだ。
ワルツは、耳に装着した無線機に右手の人差し指を当て、
ツグミ博士の言葉に耳を傾ける。
ツグミ博士「君たちは、ソリストの方に向かってくれ。
ヤツ(ソリスト)は現在、第六格納庫にいる。
原因は不明だが、ヤツの体を覆っている鱗に、
ライフルなどの銃器は一切効かないらしい。
可能であれば、近接武器で対応してくれ!」
ワルツ「博士も早く逃げてください!」
ツグミ博士「私はここで、システムのバックアップと君たちの指揮を取る。
私は大丈夫だ、思う存分暴れてくれ」
ワルツ「わかりました!どうかご無事で!」
ツグミ博士「ああ、君達もな」
ツグミ博士との無線が切れる。
ワルツ達は、博士の指示通りに第六格納庫へ向かう。
◯旧政府の拠点・アトラス防衛基地(アトラス部隊第六格納庫)
目的地に到着して、最初に目に飛び込んで来たのは、
アトラス部隊の仲間達を次々に食いちぎるソリストの姿だった。
ワルツ「許せない…」
悲惨な光景を目の当たりにして自我を形成したワルツは、
腰に装備していた大剣”メメントモリE型”を引き抜き、
ソリストを鋭い目つきで睨みつけた。
ワルツの瞳が、赤く発光する。
暴走したワルツは、ソリストの口から放たれる火炎を華麗に回避しながら、
大剣で周りにいるオートマトンやソリストの体を容赦無く切り裂いていく。
痛みに悶えるソリストの鱗を一枚一枚大剣で剥がしていき、
ソリストの急所の首元を何度も突き刺す。
その場に倒れるソリスト。
ソリストの息はもうない。
死んだのを確認したワルツは、ようやくソリストの体から離れる。
ここで、ツグミ博士から連絡が入る。
ツグミ博士「どうやら、ソリストを倒したようだな」
ワルツ「博士、私はみんなを…」
ツグミ博士「よくやった、ワルツ。
できれば、いつもみたいに撫でてやりたいところだが…」
ワルツ「…」
すると突然、指令室に六体のオートマトンが侵入してきた。
オートマトンが来る前に、ツグミ博士が従業員を退避させていた為、
司令室にはツグミ博士しかいない。
ツグミ博士「はは…どうやら、私はここまでのようだな」
ツグミ博士が、六体のオートマトンに拳銃を向ける。
相手はライフルなどの武器は持っていないが、
ツグミ博士は恐怖で手が震え、照準が定まらない。
ツグミ博士「すまない、ワルツ…」
ワルツ「駄目だ、博士!!」
司令室の方向から大きな爆発音が聞こえる。
爆発音を聞くのと同時に、ツグミ博士との無線が途絶える。
ワルツ「そんな…」
ワルツは、涙を零して膝から崩れ落ち、声を漏らさずに泣き続ける。
ここで、ワルツの無線機が鳴る。
クロード長官からの連絡だ。
クロード「アトラス部隊の諸君、敵の増援がそちらに向かっている。
気づかれる前に、早急に退避せよ」
ワルツ「クロード長官、ツグミ博士は無事なのですか⁉︎」
クロード「今、調査中だ。彼女の事はもう考えるな」
敵の増援は、基地のすぐそこまで来ている。
ワルツは立ち上がった。
足元に光るものがあり、ワルツはそれを拾い上げる。
それは、ガーネットの宝石が埋め込まれたペンダントだった。
宝石は、ワルツのような機械人形や、人工生命体の力を引き出すためのアイテムで、
これを破壊されてしまうとワルツ達は戦うことができない。
ワルツの胸部のあたりにも、エメラルドの宝石が埋め込まれている。
ワルツはペンダントをポーチに仕舞うと、
涙を拭い、生き残った仲間達を引き連れて、
飛行しながら防衛基地から離脱した。
第二章:オペラ(歌劇)
◯砂漠地帯・生き残りのアトラス部隊が建てた一時避難所(夜)
ワルツは、一時避難所の簡易テントの外から夜空に煌めく星々を見上げる。
防衛基地があった場所から十数キロ離れた砂漠地帯に建てられたテントの中では、
痛々しい状態で運ばれてくる負傷者や遺体で埋まっていて、
落ち着いて腰を下ろせるスペースもない。
スミレ「お疲れ様、ワルツ」
夜風に当たりながら砂漠に浮かぶ夜景を眺めていると、
アトラス部隊所属の女隊員”スミレ”に後ろから声をかけられた。
スミレから肩を叩かれるも、振り返らずに地平線を見つめるワルツ。
スミレも重傷を負っていて、包帯が巻かれた腹部を左手で抑えながら辛そうに立っている。
スミレ「顔色悪いけど、どうしたの?
もしかして、ツグミ博士のこと?」
ワルツ「そうだ」
スミレ「私も悲しいし、気持ちはわかるけどさ、
ほら、私たちは今を生きなきゃ!」
ワルツ「私にとって博士は、母親のようなものだ。
人間の君だって、肉親がいなくなったら悲しいだろ?」
スミレ「それはそうだけどさ、残された私たちが彼らの分まで笑顔でいないとじゃん?
その笑顔で、救える命もあるかもしれないし…」
ワルツ「笑いたいなら、今のうちに笑っておけ。
何れまた、笑えなくなる日々がくるかもしてないから」
スミレ「ちょ、何処いくの?」
ワルツは、振り返ることもなく砂漠の中を歩き出す。
悲しい表情のまま歩くワルツを引き止めようと声をかけるスミレ。
ワルツを呼ぶスミレの声も徐々に遠のいていく。
嵐が吹き荒れる闇の中、ワルツは女の歌声を聞く。
ワルツ「北西の方角…行ってみるか」
その歌声は、仄かに辺り一面に響いている。
ワルツは、避難所へ引き返さずに声のする方向へ歩き続けた。
◯石造の廃屋・鉄の門扉の前(朝)
砂漠地帯を歩き続けていると、巨大な石造の建物の前にたどり着いた。
建物の大部分が倒壊していて、壁中に苔がこびり付いている。
ワルツは、建物の中へと足を踏み入れた。
そこには、食器などの埃に覆われた家具がそのまま残されていて、
人々の生活の跡があった。
しかし、部屋中を見渡しても電化製品などの近代的な物はなく、
寝室と思われる場所には、裁縫道具がウッドデスクの上に散らかっていた。
散らかった裁縫道具を片付けていると、ワルツの無線機が鳴った。
クロード「ワルツ、聞こえるか?」
ワルツ「クロード長官、バレてしまいましたか」
クロード「GPSで君の位置を特定したが、
今回の単独行動に関しては目を瞑ることにした。
それよりも、君がいるその廃屋には人工生命体の”オペラ(歌劇)”が潜んでいる。
可能なら、そいつを君の手で始末してくれ」
ワルツ「私を処分しないのですね」
クロード「私は、君を信じている。
君が、私を信じてくれている限りは…」
ワルツ「ありがとうございます。長官」
クロード「さて、本題に移ろう。
人工生命体”オペラ”は、
北欧の童話に登場するような貴婦人の姿をしている。
そいつが着ているドレスの裏には、数えきれないほどの毒針が仕込んである。
その毒に触れれば、機械人形の君でも行動不能になる。
くれぐれも気をつけてくれ」
ワルツ「了解」
一度無線を切り、再び建物内の散策を続ける。
いくつもある部屋をしらみ潰しに回っていると、
書斎の端に大きな扉を見つけた。
取っ手を後ろに引っ張ると、扉は錆びた鉄の音を立てて開いた。
扉の先には、木製の長椅子が均一に並べられた草が生い茂る広い礼拝堂があり、
教壇の前に蹲る巨人がいた。
その巨人は、薔薇柄のドレスを着ていて、
クロード長官が言っていた通り、北欧の童話に登場するような貴婦人の姿をしていた。
ドーム状の天井のステンドグラスから差し込む陽の光に照らされた巨人の姿は、
ワルツの目に神々しく映った。
オペラ「誰⁉︎」
ワルツ「これが、人工生命体の”オペラ”」
ワルツの存在に気づいた巨人が、勢いよく振り返る。
巨人は立ち上がり、鬼の形相でワルツを睨む。
ワルツも警戒態勢に入り、腰にマウントしていた大剣を引き抜く。
ワルツ「戦闘開始」
先に動いたのは、オペラだった。
ドレスの裾の裏から取り出した大きな毒針を操り、針の先端をワルツに向けるオペラ。
ワルツは、オペラの背後を回りながら、オペラが放つ毒針を避けていく。
オペラ「もう!どうして当たらないのよ!!」
ワルツ「照準が定まってないからじゃない?」
オペラ「だまらっしゃい!」
オペラは、背中から真紅の翼を広げて飛び上がった。
ワルツの頭上から、二十本近い毒針が一気に降り注ぐ。
ワルツも、漆黒の翼で飛び回る。
毒針を避けつつ、天井に止まっているオペラに接近していく。
ワルツ「そこ!」
オペラ「速い!?」
僅かな距離まで接近したワルツは、もう一度オペラの背後に回り、
大剣を振りかざした。
そして、首筋を斬る寸前で手を止めた。
オペラ「どうして、トドメを刺さないの?」
ワルツ「アナタは言葉が通じるみたいだし、悪そうに見えないから」
オペラ「まったく、やられたわね」
ワルツは、大剣をオペラの首から離した。
警戒を解いた二人は、ゆっくりと地上に降りる。
木製の長椅子に腰掛けるワルツ。
オペラから、人工生命体の話を聞かされる。
オペラ「私たち人工生命体は、人殺しのために生まれてきた。
けど、私は人殺しなんてしたくなかった。
だから、ここに逃げてきたの。
人間の彼と出会ったのは、今から三百年前。
彼は、この教会の牧師をしていた。
私は、彼から人間の美しさを、そして命の儚さを学んだ。
私は、彼に恋をした」
ワルツ「変異体…」
オペラ「ええ、そうよ」
ワルツ「私もだ」
この礼拝堂で最愛の人を亡くしたというオペラ。
牧師の話になった途端、オペラは恥ずかしそうに頬を赤らめる。
ワルツ「あのさ、よかったら一緒にくる?」
オペラ「どうして?」
ワルツ「最初に見た時、寂しそうだったから」
オペラが、口を抑えながら貴女のように笑う。
オペラ「あなた、優しいのね。
でも、遠慮するわ。
私は、ここにいたいから」
再び、クロード長官から無線が入る。
クロード「ワルツ、状況は?」
ワルツ「すみません。私にオペラは殺せません」
クロード「そうか。無害ならそれでいい。
最終的な判断は君に任せる」
ワルツ「わかりました」
オペラ「はいこれ、あなたにあげるわ」
オペラに渡されたのは、紫に輝くアメジストの宝石だった。
オペラ「私には、必要ない物だから」
ワルツ「ありがとう、オペラ」
クロード「彼女との話が済んだら、次の目的地に向かってくれ。
今、ターゲットの位置情報とミッションの内容を転送する」
ワルツは携帯端末を開き、クロード長官から送られてきた目的地までの電子マップとミッションの内容が記載されたシークレットメール(SM)を確認する。
そして、オペラからもらったアメジストと、確認の済んだ端末をポーチに仕舞い、
オペラを残して礼拝堂を出た。
第三章:ソナタ(奏鳴曲)
◯南太平洋上空と水中(昼)
礼拝堂を出て、飛行しなら砂漠地帯を抜けると、
広大な海が見えてきた。
先ほどクロード長官から送られてきたミッションの中には、
ターゲットの無力化の他に、海中に存在する新・世界政府の軍事施設の破壊がある。
ターゲットは、深海に潜んでいる。
ワルツは、電子マップ上の赤い点が示す位置から水中に潜る。
大小さまざまな魚達が横方向に泳ぐ中、ワルツは下へ下へと進み続ける。
水圧によって、体にかかる負担は大きくなるが、
ワルツはスピードを落とさない。
海中を探索している途中で新・世界政府の軍事施設を発見し、
ワルツは、携帯していた起爆装置を施設の壁に貼り付けて破壊する。
ワルツ「なぜ見当たらない?ターゲットがいるのはこの辺のはずだが…」
真っ暗な深海まで進んできたが、レーダーが示す位置には、
ターゲットどころか、深海生物の姿が見当たらない。
一旦水上まで引き返そうと、上昇する体制に入った瞬間、
大きな揺れとともに、獣の叫び声が辺りに響き渡った。
叫び声のする方向に目をやると、青白い光が六つ現れた。
六つの光の正体は、巨大な鯨の目玉だった。
巨大な鯨は、ドラム缶を叩いた時のような野太い雄叫びを上げ、
口を大きく開きながらワルツに襲いかかった。
ワルツは、即座に回避行動をとる。
ワルツ「間違いない、あれが人工生命体”ソナタ(奏鳴曲)”だ」
旋回する巨大な鯨。
いつの間にか湧いてきた魚型のオートマトンに囲まれるワルツ。
ソナタは、旋回しながらワルツ目掛けて容赦無く突進してくる。
ソナタの体に張り付いている装甲は、跳弾性の柔らかい素材でできている。
ワルツは、いつものように大剣を鞘から引き抜いた。
ソナタ「私を、殺してくれ」
ワルツ「その声は、ソナタなのか?」
ソナタ「苦しい、苦しい…ああ、早く殺してくれ」
ワルツに語りかけるように、苦しみを吐露するソナタ。
ソナタが口を閉ざして旋回したタイミングで、ソナタの装甲を破っていく。
装甲が外れたソナタは、野太い雄叫びを上げながら仰向けになった。
その隙を見逃さなかったワルツは、仰向け状態のソナタの腹部に大剣を突き立て、
腹部を真っ二つに切り裂いた。
ソナタ「ありがとう…」
瀕死の状態で、深海の底に落ちていくソナタ。
ワルツ「ターゲットを無力化しました。
これより、戦線を離脱します」
クロード「よくやった、ワルツ。
次は港に向かってくれ。
そこで、仲間からの補給を得られる。
君の力も有限だからな。
たまには休息も必要だろう」
ワルツ「了解しました」
ワルツは、ソナタの死亡を確認し、クロードに無線で報告する。
落ちていくソナタの口から浮いてきたルビーの宝石。
ルビーの宝石を掴み、ソナタに悲しみの表情を向けて浮上した。
◯水上・旧政府の軍事拠点がある港(夕方)
旧政府の軍事拠点がある港に辿り着くと、
一人の兵士が出迎えてくれた。
彼は、頭に指揮官の証である茜色のベレー帽を被っている。
兵士「おお、お前がアトラス部隊の機械人形か」
ワルツ「ワルツです。クロード国防長官から此処へ来るようにと言われたので」
兵士「話は聞いているよ。
さあ、入んな。
此処が、俺たちのホームだ」
ワルツ「お邪魔します」
兵士に案内されながら、ワルツは基地の中へと足を踏み入れる。
一本の長い廊下を進むと、扉の前に着いた。
扉に掛けられたメタルプレートには、長官室と書かれている。
ワルツは、金属のドアノブを回し、長官室の扉を開けた。
ワルツ「クロード長官⁉︎」
クロード「ワルツ、君を待っていた」
扉を開けた先には、革製のオフィスチェアに腰掛けているクロード長官の姿があった。
扉の前まで案内してくれた兵士は、クロード長官に敬礼してから部屋を出て行った。
ワルツはそこで、新世紀二百年に起こった第四次代理戦争の
真相をクロード長官から聞かされた。
クロード「今から十数年前、第四次代理戦争は、
謀反を企てた世界政府側と、我々旧政府側が対立して起こった。
両政府は、最新技術を持つ様々な兵器や機械兵を積極的に取り入れた。
旧政府側で動員された兵士の六割が、人工生命体や君のような機械人形だった。
それでも、この時はまだ人間同士の戦いだった。
戦場では多くの血が流れた。
そのほとんどが、人間の血だった。
彼らが起こした戦争は、国民から徴収した多額の税によって行われた戦争だ。
当然、勝っても負けても非難は免れない。
人間は、自らが作り上げたAIに敗北した。
そして、多くの機械兵を生み出したのは、
私の娘、ツグミだった」
ワルツ「なぜ、それを私に聞かせたのですか?」
クロード長官「この事実は、新・世界政府の連中が記録した、
”生命活動管理委員会記録部調査報告書”の中にもある。
もちろん、君たちが生まれた本当の理由もその報告書に載っている。
もし見つけたら、読んでみるといい」
クロード長官は、椅子から立ち上がり、ワルツのそばに歩み寄ると、
親が愛する我が子へするようにワルツの頭を優しく撫でた。
クロード「私にとって君は、孫のようなものだ」
ワルツ「私と長官は、血縁関係も接点もありません」
クロード「クロードというのは偽名だよ。
私の本当の名前は、償井ヒサト。
ツグミとは、親子の関係だ」
クロード長官は、ワルツの頭から手を離した後、
ポケットから葉巻を取り出して咥えた。
そして、窓際に歩みながらデスクの上に置いてあったジッポライターを手に取り、
咥えた葉巻に火を付けた。
クロード「まあ、名前などどうでもいいさ。
大事なのは、名前や所属が変わっても自分の意志を変えないことだ」
ワルツ「私も、同感です」
クロード「いいかい、ワルツ。
神は決して、サイコロを振らない。
サイコロを振れるのは自分だけだ。
どうか、己を見失うなよ」
クロード長官は、窓ガラスに映るワルツを一瞥した。
ワルツは、クロード長官に敬礼をした後、
何も言わずに長官室を出た。
◯港にある旧政府軍事施設・ワルツの寝室(夜)
シャワーを浴び、寝室に戻ったワルツは、
ソリスト襲撃事件の後の避難所にいた女隊員のスミレと再会した。
下着姿で自分のベッドで寝転んでいるスミレを見てため息をつくワルツ。
スミレ「ハロー!また会ったね!」
ワルツ「なんで君が此処にいるんだ?」
スミレ「それよりさ、私とベッドの中でお話しない?」
ワルツ「出て行ってくれ。
私は、これから報告書の整理をしなくてはならないんだ」
そう言いながら、スミレをベッドから引き離そうとした瞬間、
スミレから強く抱きしめられた。
スミレ「お願い、今はこうしていたいの」
震える声で、願いを口にするスミレ。
スミレの瞳から涙が溢れる。
スミレ「大好きだった彼が死んじゃった…
私、また独りになっちゃった」
ワルツ「それは違う。
君は、もっと仲間に目を向けるべきだ。
失望に惑わされて盲目になるな」
ワルツは、スミレの頭を自分の胸に抱き寄せ、
彼女の頭をそっと撫でた。
ワルツ「少しは落ち着いたか?」
スミレは黙って頷く。
ワルツはスミレの手を取り、自分のベッドに寝かせ、
彼女に子守唄を聞かせた。
ワルツ「静かな境地、無音の世界、
誰かの声が聞こえる。
遠く、遠くからこだまする。
空っぽの境界線、虚無のあと。
君の居ない場所、それがこの世の結末。
僕は解っていた。
いつか全て失う事。
始まりがあれば終わりがある。
笑顔で君が教えてくれた。
僕は行くよ、約束の花束を持って。
君の為に手紙を書いた。
二人だけの秘密の言葉、合言葉。
もういいかい?
まだだよ。
あなたに贈る愛のうた。
空から一滴の雫が落ちた。
恵の雨か、悲しみの雨か、
魔法の言葉、愛のうた」
ワルツが唄を唄い終えた時、スミレはそっと瞼を閉じて眠りについた。
スミレの涙は止まった。
スミレの寝顔は、誕生日を家族から祝ってもらった晩に、
幸せを抱きながら眠る幼い子供のようだった。
第四章:ワルツ(円舞曲)
◯旧政府の軍事拠点近くの森林地帯(昼)
旧政府の軍事拠点を出たワルツは、拠点近くの森林地帯へ足を踏み入れた。
森林の中は、フタユビナマケモノやアカコンゴウインコやシマヘビといった、
ワルツ自身にとって、見たこともない生き物がたくさん生息している。
ワルツは、それらの生き物をカメラに収めながら、
クロード長官から事前にもらったマップを頼りに、ターゲットのいる場所まで進み続ける。
ここで、知らないチャンネルから無線が届く。
送信者の欄には、スミレの名前が記載されている。
ワルツは、困惑した表情で応答する。
スミレ「ハロー!ワルツ、聞こえてる?」
ワルツ「どうして君が?」
スミレ「クロード長官の命により、ワルツをアシストすることになったの。
これからは私が、ミッションの事とかターゲットの事とか伝えるからよろしくね!」
ワルツ「やれやれ…」
呆れたようにため息をつくワルツ。
スミレは、気にせず話を進める。
スミレ「ミッションの内容はいつもの通り、
ターゲットの無力化と新・世界政府軍の所有する施設の破壊。
ちなみに、今回のターゲット、人工生命体の名前は、”ワルツ(円舞曲)”。
アナタと同じ名前だよ」
ワルツ「気に入らない」
スミレ「どうして?」
ワルツ「この名前は私のものだ」
スミレ「そっか!それじゃ、頑張ってね!」
ワルツはスミレとの通信を切り、道中で遭遇したオートマトンを破壊していく。
コンパスを確認しつつ、生い茂る雑草を掻き分けながら東へ進んでいると、
雑草も余り生えていない広い空間に出ると同時に、
破損した状態の一機の戦闘機を見つける。
ポーチから調査キッドを取り出したワルツが、動かない戦闘機に触れようとした瞬間、
物陰から強化型のオートマトンが十体飛び出してきた。
強化型オートマトンは、それぞれチェーンソーや大型のライフルを装備している。
オートマトンに囲まれたワルツは、腰の大剣を引き抜いて戦闘態勢に入る。
一斉に向かってくる十体のオートマトン。
オートマトン達の攻撃をうまく回避しながら一体ずつ撃破していくが、
ワルツは次第に焦りの表情を見せる。
残り六体というところで、大剣の刃先が折れてしまった。
焦りと急激な体力の消耗で、体内にあるコアが焼けるような感覚に襲われるワルツ。
あまりの痛みに悶えながら、右手でコアの部分を抑える。
そして、オートマトンの一体がチェーンソーをワルツの頭部目掛けて振りかざそうとした瞬間、大きな銃声が響くとともに、オートマトンが無抵抗のワルツの目の前で倒れた。
視線を上げると、首から上がないスーツ姿の男がいた。
男の両手を見ると、オートマ式の拳銃が握られていた。
ワルツ「お前が、人工生命体の”ワルツ(円舞曲)”なのか?」
ワルツが問いかけるも、スーツの男は何も答えず、
オートマトンの方に目を向ける。
ワルツ「ありがとう」
男に礼を言って立ち上がるワルツ。
ワルツは男と背中合わせに立ち、再び剣を握る。
大剣の刃は砕けてしまったが、幸いにも大剣を挟んでいた二つの剣がある。
ワルツはそれを両手に一本ずつ持ち、左手に持った一本の剣をオートマトンに向ける。
ワルツ「今度こそ、仕留める!」
ワルツは、先ほどよりも素早い動きでオートマトンを切り裂いていく。
男は、後方からワルツを援護するように銃弾を放つ。
そして、二人の連携プレイが功を奏し、最後の一体となったオートマトンを撃破した。
ワルツ「やったな!
あんたのおかげだ!」
男「…」
ワルツ「なぜ、何も言わない?」
男「…」
ワルツ「一つ聞いてもいいか?
あんたは、本当に人工生命体なのか?」
男は何も喋らない。
男は、沈黙を保ったまま遠くを見つめている。
ワルツ「クワイエットか…」
スーツの男「…」
ワルツ「あれは、あんたのモノか?」
ワルツは、破損して動かない戦闘機を指さす。
それに対し、男は黙ったまま左の掌を空に翳す。
そして、ワルツが再び戦闘機から男に目を移した途端、男は音もなく風のように消えた。
いつの間にか、壊れた戦闘機も無くなっていた。
ワルツは、男が落としていったラピスラズリの宝石を拾い上げた。
第五章:シンフォニー(交響曲)
◯回想・ツグミ博士の研究室(夜)
ワルツは、ツグミ博士の研究室で目覚めた。
手足はまだなく、ダルマ状態で水槽の中に閉じ込められているワルツ。
周囲を見渡すと、大小さまざまな装置などがあったり、
地面にいくつもの管が転がっていて、
目の前には、コーヒーの入ったカップを持ちながらワルツを見上げるツグミ博士の姿があった。
ワルツの背中には、床に転がっているものと同じ管が取り付けられていて、
身動きが取れない状態だった。
ツグミ博士「おはよう、ワルツ」
ワルツ「…」
まだ言葉を話せないワルツは、ゆっくりと三回瞬きをして理解の意思表示をした。
それを確認したツグミ博士は微笑んだ。
ツグミ博士「寝起き早々で悪いんだけど、今から君に言葉を教えようと思う」
ワルツは、コクリと首を縦に振る。
ツグミ博士「まずは、”おはよう”、”こんにちは”、”こんばんわ”の三つだ」
ワルツ「”オハヨウ”、”コンニチワ”、”コンバンワ”」
ツグミ博士「うんうん、その調子。
次は、”ごめんなさい”、”愛してる”、”ありがとう”」
ワルツ「”ゴメンナサイ”、”アイシテル”、”アリガトウ”」
ツグミ博士「いいぞ、ワルツ。
流石は私の子、上出来だ」
ツグミ博士は、カップを近くの作業デスクに置き、
デスク横のソファーに腰掛ける。
ツグミ博士「なあ、ワルツ。
君は、初めて私を見た時どう思った?
私はね、君を見た時ちょっと怖かったんだ。
君に自我が芽生えて、いつか私を憎むんじゃないかって。
自分で作ったのに、なんかおかしいよね」
ワルツ「…」
ツグミ博士「でも、今は違うよ。
例え、君に恨まれることがあっても、
私は君の母でいたいから」
ツグミ博士の瞳から、ポツリと涙が溢れた。
ソファーの傍らには、幼い頃のツグミ博士とツグミ博士の母親と思しき女性の二人が幸せそうに写る写真があった。
ツグミ博士は、その写真を手に取ってゴミ箱に捨てた。
◯未来都市第三地区・巨大怪獣出現(昼)
旧政府の本部からワルツの元に、巨大怪獣が周囲に炎を撒き散らしながら市街地を荒らしているとの連絡が入った。
各地で、次々と人や建物を焼き払う巨大怪獣の姿が目撃され、
荒れ狂う巨大怪獣に踏み潰されたり、噛み砕くようにして食べられる住民達。
その悲惨な現地の様子が報道陣が納めた映像に映っている。
現地ではすでに、量産型のアトラス部隊”A型、B型、O型”がシンフォニーとの戦闘を開始している。
ポケットから携帯端末を取り出し、ミッションの内容を確認するワルツ。
ワルツには、他のアトラス部隊達と共に巨大怪獣を無力化するようにと指示が出ている。
飛行しながらシンフォニーが暴れている場所へ向かっている途中のワルツに、
スミレから連絡が来る。
スミレ「ターゲットの名前は、人工生命体“シンフォニー(交響曲)”」
ワルツ「ターゲットの特徴は?」
スミレ「シンフォニーの体は、岩石で覆われているわ。
口に入るものはなんでも食べて、全部エネルギーにしているみたい。
シンフォニーの口から放たれる炎に気をつけて」
ワルツ「了解」
スミレ「お願いワルツ、助けに来て!」
ワルツ「言われなくてもそうするよ」
水上から市街地に入るワルツ。
ワルツを見つけたシンフォニーが、大きな咆哮を上げる。
ワルツは、双剣”メメントモリE型・改”を腰から引き抜いた。
ワルツに向かって火炎を放つシンフォニー。
ワルツは、加速しながら双剣をシンフォニーの体に突き刺す。
シンフォニーの装甲は、剥がれないどころか傷一つ付けられない。
シンフォニーが、ワルツを高層ビルに叩きつける。
ワルツ「うぐっ!」
全身が痺れ、行動不能になるワルツ。
シンフォニーが口いっぱいに炎を溜め込み、
再び、動けないワルツに狙いを定める。
シンフォニーの火炎放射が、ワルツに直撃する。
ワルツ「あああああああ!」
頭を庇った際に右腕が炎症し、ワルツは痛み悶える。
スミレ「ワルツ、大丈夫⁉︎」
ワルツ「大丈夫、私は…まだ戦える!」
ワルツは、辛うじて動く左腕を伸ばし、
拳銃の形にした手をシンフォニーに向ける。
そして、シンフォニーが火炎を放とうとした瞬間、
ワルツの左人差し指から真っ黒い光線が撃たれた。
ワルツが放った光線を胸部に受けたシンフォニーは、
低い唸り声を発しながら爆散した。
シンフォニーを倒したワルツの元に、
クロード長官からの無線が入る。
ワルツは、左手の指を無線機に当てながら応答する。
クロード「よくやった、ワルツ」
ワルツ「ありがとうございます、長官」
クロード「シンフォニーは元々、両手で収まるくらい小さな生き物だった。
しかし、何者かによって拉致され、それ以降は消息がわからなかったのだが、
突然、巨大化した姿で現れたのだ」
ワルツ「今回の事件、新・世界政府と何か関係が?」
クロード「わからない。
だが、いくら世界政府とはいえ、今回の事件はやりすぎだ。
彼らの仕業ではないと私は思う」
ワルツ「真犯人…」
クロード「事件の詳細は現在調査中だ。
真相が分かり次第、君にも追って連絡する」
ワルツ「わかりました」
ワルツは、クロード長官との通信を切る。
それから、ビルに叩きつけられたまま動けないワルツは、
仲間のヘリコプターによって救助された。
ヘリコプターが向かった先は、港にある旧政府の軍事拠点。
ワルツは、ヘリコプターの中で仲間から簡易的な治療を施された。
幸い、まともに歩けるくらい回復したワルツは、
ヘリコプターを降りて早々に、ヘリポートで待っていたスミレの抱擁を受けた。
戻って来れたことに安堵したワルツは、
子供のように声を出しながら泣いているスミレを優しく抱きしめた。
いつの間にか、ワルツの左手にはオパールの宝石が握られていた。
最終章:ハーモニー(調和)
◯生命活動管理委員会パブリックタワーの内部(夜)
人々が寝静まった後の、大雨が降る晩。
突然、世界中に存在する機械人形が、
街中で暴走を始め、無差別に人々を襲い始めた。
そんな中ワルツは、新・世界政府(生命活動管理委員会)が所有するパブリックタワーの内部に潜入する。
タワーの廊下を駆け抜けながら、待ち構えていたオートマトン達と交戦。
無線の通信をあえて切っているため、クロード長官やスミレからの連絡はない。
ワルツは、目的地に向かう途中で、入り口に”生命活動管理委員会記録部”と書かれた部屋を見つける。
部屋に入り、暗視ゴーグルで部屋の内部を確認すると、
紙の本が並べられた本棚と作業デスクしかなかった。
ワルツは、作業デスクの前まで進み、デスクに置いてあった一冊の紙の本を手に取る。
表紙には、”生命活動管理委員会記録部調査報告書”と書かれている。
ワルツたちが生まれた本当の理由が載っていると言ったクロード長官の言葉を思い出し、
固唾を飲み込んで報告書のページを捲った。
ページ三十三、アルテミス計画の概要について。
”アルテミス計画の真の目的は、
クローンを量産し、クローンが人類に成り代わること。
その試作第一号がワルツだった。
旧政府側も新・世界政府(生命活動管理委員会)側も、
目指しているのは世界の調和。
ただ、そのやり方や結果の違いで衝突している。
しかし、新・世界政府(生命活動管理委員会)が掲げるアルテミス計画とは、
人類浄化計画であり、
何も知らない旧政府は、新・世界政府(生命活動管理委員会)側に加担している博士によって殺される。”
ワルツ「喧嘩なら外でやってくれ。
関係ない人たちまで巻き込むな」
ページ七十四、生命活動管理委員会の設立について。
”生命活動管理委員会は、二人の賢者によって設立された。
二人は、六つの人工知能を作り出し、
二度と争いが起きない、AIによる完全統制、管理される世界を目指した。
紛争によって親を、兄弟を、友人を亡くした二人の願いは成就し、
世界は、再び一つになった”
ワルツは、そっと報告書を閉じた。
ワルツ「馬鹿馬鹿しい。
まるで、宗教だな」
呆れたようにため息をつくワルツ。
ここで、切ったはずの無線が鳴り響く。
すぐさま応答すると、通信の相手はスミレだった。
スミレ「もー!なんで連絡取らないのよ!心配したじゃんか!!」
ワルツ「すまない。
今は、君と話をしている時間がないんだ。
今回のミッションはもう決まっている」
スミレ「どういうこと?」
ワルツ「ターゲットは、ここにいる」
ワルツは通信を切り、報告書をデスクの上に置いた。
ターゲットの名前は、償井ツグミ。
ソリストの襲撃事件で死亡したはずの人物だった。
ワルツは、双剣”メメントモリE型・改”を握り締めながら部屋を出た。
◯生命活動管理委員会パブリックタワーの最上階(夜)
パブリックタワーの最上階の扉を開くと、
広々とした殺風景な空間があり、
その先には、死んだはずの償井ツグミの姿があった。
ツグミの背後には、五十を超えるオートマトンが待機していた。
ツグミ「遅かったじゃないか、ワルツ」
ワルツ「博士、︎説明してください。
ソリストの襲撃事件でアナタは死亡したんじゃなかったんですか?」
ツグミ「ああ、アレ(ツグミ博士)は私のクローンだよ。
彼女はよく働いてくれた。いい駒だった」
ワルツ「そんな言葉、アナタの口から聞きたくなかった」
ツグミ「だろうね」
ワルツ「質問を変えます。
人工生命体を操っていたのはアナタですか?
”シンフォニー(交響曲)”も、アナタが暴走させたのですか?」
ツグミ「証拠もなしによく言うね〜」
ツグミの合図で、オートマトンたちが一斉にワルツへ襲いかかる。
ワルツは、手にしていた双剣で、容赦無くオートマトンを切り裂いていく。
オートマトンが大破するたび、その衝撃でワルツにもダメージが及ぶ。
回避する間もなく襲ってくるオートマトンたち。
一体、また一体と破壊しても、次から次へと湧いてくる。
ワルツは、オートマトンの攻撃で徐々に体力を削られていく。
ワルツ「博士、何故こんな事を!?」
ツグミ「決まっているだろ!
愚かな人類史に終止符を打つんだよ!!
私を、私の子供たちを否定するアイツら(人類)を黙らせる!!
旧政府も、新政府も、私がこの手で終わらせる!
人類浄化、AI浄化、全てをゼロに戻す。
それこそが、私が考案したアルテミス計画だ!」
ワルツ「アナタは間違っている…」
ツグミ「性善説は止めたまえ!」
突然、人工生命体から得た五つの宝石と、
ワルツの体の中にあるエメラルドの宝石がポーチの中で光り出す。
ポーチから宝石を取り出すと、六つの宝石が結合しながら結晶化し始めた。
最終的にそれは、透き通った透明な菱形の結晶になった。
ツグミ「なんだ、それは!」
ワルツ「”ヨルムンガンド”。
これが、アナタに作られた私たちの願いだ!!」
ワルツは、両手に掲げた結晶を自身の口元に持っていくと、
ガリっと勢いよく齧った。
結晶を齧った途端、ワルツの全身が白く光り始め、
ワルツの体も少しずつ変化して行った。
ツグミ「その姿は、光の戦士”ペルセウス”⁉︎」
ワルツ「いくよ、博士!!」
純白のワンピースに金色に輝く長い髪。
背中の翼は黒から白に変色し、まるで天使のような姿になったワルツ。
ワルツの双剣は、
バイオリンの演奏で使うフロッグのような見た目に変化した。
ワルツはその双剣で、残った三十体のオートマトンを一掃した。
ツグミ「ああ、私の負けだ」
ツグミは、ワルツの圧倒的な力の前に膝から崩れ落ちた。
ワルツは双剣を鞘に納め、床に手をつきながら敗北を口にするツグミの前に歩み寄る。
ツグミ「私は、人殺しをさせるために君たちを作ったわけじゃない…
アイツら(旧政府)は、私から子供たちを奪った。
奴ら(旧政府)は、次々に私の作った機械人形を兵器に変えていった。
私は、それが悔しくて仕方なかった…」
ワルツ「それで、寝返った先の新・世界政府での生活はどうでしたか?」
ツグミ「君は何を言って…」
ワルツ「私からすれば、彼ら(新・世界政府)も似たようなものですよ。
人々の心を騙して、利用して、殺して、壊して、
お互いにやっていることは同じじゃないですか。
結局、アナタたち人が始めた物語じゃないですか。
そうだ…何も知らない子供達を兵器に変えているのは、
いつもアンタ達大人なんだ!!」
怒鳴るワルツの声が、広い空間の中に響き渡る。
ワルツは、一呼吸置いて言葉を続ける。
ワルツ「正義の元に、私たちは傷つけ合う。
博士、もう止めませんか?」
ワルツは、ツグミに手を差し伸べる。
ツグミは一瞬驚きの表情を見せるが、すぐにワルツから目をそらす。
ツグミの目から涙が溢れる。
ツグミは、歯を食いしばりながら啜り泣く。
ツグミ「そうだな、やられたよ。
我が娘、ワルツよ。
君はもう、作り物ではない。
今の君は、君の意志で生きている」
ワルツ「帰りましょ、博士」
ツグミ「ああ…」
白衣の袖で涙を拭いながらワルツの手を取るツグミ。
二人は、数年ぶりに再会した親子のように抱きしめ合った。
太平洋の地平線から朝日が昇る。
街中で暴れる機械人形が一斉に止まった。
数秒の間、世界中が静寂に包まれた。
世界中の人々が、空を見上げる。
そして、空から陽の光と共に白い雪が降り注いだ。
◯回想2・ツグミ博士の研究室
ここは、ワルツの頭の中。
まだ瞳を移植する前で、ワルツにとっては真っ暗な空間だけが広がっている。
ツグミ博士の優しい声が、ワルツの脳裏に響く。
ツグミ博士の言葉は、ワルツの視界にテキストとして表示される。
ツグミ博士「いいかい、ワルツ。
君が機械人形であっても、
決して、心を他人に明け渡してはいけないよ。
君の体は、君の心は、君だけのものだから」
ワルツ「…」
ツグミ博士「そして、困った時はいつでも私を頼っておくれ。
君は、私の可愛い娘なのだから」
答えることができないワルツに、ツグミ博士が近づき、
ワルツの耳元でそっと囁く。
ツグミ博士「愛してるよ、ワルツ」
END
3、未来戦線物語〜The Lost Harmony〜
幻想曲第一章:生まれたことが罪ならば
これから、とある二人の機械人形について語ろう。
そのうちの一人は、型式番号〇一三、汎用型アンドロイド type“オスカー(女型)”。
それが、彼女に与えられた役割だ。
“ワルツ・タイプ”とほぼ同時期に生まれたオスカーは、
国際政府機関:通称IGA(International government agency)
のアトラス部隊に配備され、第三次世界大戦の時には、
人間の代わりに導入された機械人形兵の一人として前線で戦った。
階級は、新米のエンジェルズよりも一つ上のアークエンジェルだが、
それでも、狙撃の腕前は組織の中でもトップクラスだ。
現在はアトラス部隊を離れ、ミサ・タイプの“カトレア”と、同じく、オスカー・タイプの“グラジオラス”の三人でチームを組み、黒魔女部隊として活動している。
そして、新世紀二六〇年、八月十日。
オスカーたちが搭乗している空母ガイアの艦内は、
毎日のように技術スタッフが慌ただしく働き、新たな脅威に備えている。
そんな最中、突如として現れた原因不明のサイバー・ウイルスが、
一夜にして世界中に拡散し、猛威を奮った。
ウイルスは、機械人形の脳に備わったプログラムに侵入し、
自我(感情)を容赦無く破壊してしまう。
もちろん、機械人形兵も例外ではなく、
アトラス部隊等の他の部隊では、ほとんどの兵士が感染していた。
世界中に蔓延るウイルスの感染を止めるには、感染源を探り出し、
速やかに破壊する必要があった。
オスカーたちは、ウイルスを“ノヴァ”と呼称し、
ウイルスによって暴走した人工生命体の対処に当たっていた。
だが、あまりにも数が多すぎるせいで、施設は何処もパンクしている為、スクラップ業者も対応しきれず、その間にも、感染は世界中に広がり続けている。
ウイルスが世界全体を飲み込むのも時間の問題だ。
「また増えてきたな。なんだか、胸騒ぎがする」
「というと、例のウイルスの事か」
「一昨日も、別部隊の機械人形たちがウイルスに感染したらしいよ」
「感染者は、機能を果たせなくなった機械人形たちが、次々とスクラップ業者に回収されている。いずれ私たちも…」
「俺も、スクラップになるのは御免だし、その前に、何としてでも連中を止めないとな」
すると突然、空母ガイアの艦内で警報が喚き出し、
オスカーたち黒魔女部隊に出撃命令が降りた。
人工生命体ミネルヴァが、未来都市第三地区に出現したのだ。
ミネルヴァは、フクロウの翼を持つ女型の巨人の姿をしていて、
その名の通り、ローマ神話に登場する女神とよく似ていた。
ミネルヴァは、暴走しながら次から次へと都市内の構造物を破壊している。
暴走の原因は、例のウイルスによるものであることは確かだが、
今でもその実態や感染源を掴めていない以上、
目の前で暴れている人工生命体を破壊するしかない。
「俺の事が心配か?」
「まぁな」
「一応、俺もお前と同じオスカー・タイプなんだぜ。
俺たちのタフさは、お前もよく知っているだろ?」
「わ、私だって機械人形の中では最強クラスのミサ・タイプだし」
「おっと、これ以上時間はないな。
お前ら、都市が壊滅する前に早く出撃するぞ!」
腕時計を確認したグラジオラスは、
ひと足先に待機室を出て、戦闘機がある甲板へ向かった。
オスカーも、グラジオラスの後を追うように待機室を出ようとした矢先、
突然、カトレアに腕を捕まれた。
「私、ずっと待ってんだけど///」
カトレアの一言を聞いたオスカーは、
頬を赤らめているカトレアを、近くの壁に押し倒した。
オスカーは、カトレアの優しく頬を撫でながら引き寄せる。
「続きは、またあとで」
オスカーは、カトレアと熱いキスを交わし、
甘い声色で彼女の耳元に囁くと、
自身の専用機”量産型ファルシオン”が待つ空母の飛行甲板へと向かった。
ファルシオンのコクピットへ搭乗したオスカーは、
慣れた手つきでエンジンを起動させる。
ファルシオンのコクピット内はとても狭く、
新世紀以前に使用されていたアナログ式の計器が目に映る。
「ファルシオン三号機、出撃準備完了!」
「ファルシオン三号機、発進してください!」
「了解!ファルシオン三号機、オスカー、発進する!」
コントロールルームにいるオペレーターのアイリスから出撃の許可を得たオスカーは、
コクピット右側のレバーを前方に倒す。
銀色の翼を羽ばたかせ、空母ガイアから旅立つファルシオン。
カトレアも、オスカーの後に続いて二号機で出撃する。
やがて、マッハ三秒で都市へと侵入したオスカーたちは、
目と鼻の先にいるミネルヴァへの攻撃を開始した。
ミネルヴァの周りでは、IGAを裏切った白魔女部隊の量産型オートマトンの群れが、
都市で暮らしていた大勢の人々を襲いながら暴れている。
オートマトンの迎撃には、黒魔女部隊のオートマトン”シノニム”が当たっているが、
相手の方が兵士の数も性能も優っているため、
序盤から苦戦を強いられている状況だった。
フクロウの翼を羽ばたかせ、青空へと飛び立つミネルヴァ。
ミネルヴァが飛び立つ際、その翼の裏からは大小様々な歯車が見え、
羽の動きに合わせて規則正しく稼働していた。
やがて、味方の援軍も加わり、戦局を逆転させていく黒魔女部隊。
オスカーは、四方八方から邪魔をしてくる敵のオートマトンをどうにか交わしつつ、
ミネルヴァに対し、集中的に機銃掃射を繰り返す。
だが、ミネルヴァの攻撃力は凄まじく、
オスカーは、ミネルヴァが発したレーザー砲によって撃ち落とされてしまった。
「三号機、ロスト!
機体からの信号が途絶えました!」
炎に包まれながら冷たいコンクリートへ落下するオスカーの機体。
そして、機体が地面に触れた瞬間に大きな音を立てながら爆発した。
「オスカーさん!応答してください!オスカーさん!!」
機体は木っ端微塵に破壊されたが、オスカーは無事だった。
彼女は、アイリスの必死の問いかけに応じようと、
無線機のある左耳に触れる。
「こちら、オスカー。
空母ガイア、聞こえるか…?」
だが、無線機の故障により、オスカーの声は、
コントロールルームにいるアイリスには届かなかった。
オスカーは、破損した機体から脱出し、
ボロボロの体を引きずりながら、焼土と化した都市を歩き始めた。
空母ガイアとの通信もままならないまま彷徨っていると、
建物の瓦礫で簡易的に造られた掩体壕の下に眠る漆黒の機体を見つけた。
その名は、”ハルバード”。
ATLAS社が秘密裏に開発を進めていた試作機だ。
オスカーは、すぐ様ハルバードに乗り込み、
コクピット内に落ちていた鍵を使ってエンジンを起動させた。
機内は、旧型のファルシオンよりもスペースがあり、
最新鋭の技術が詰め込まれていた。
そして、オスカーを乗せたハルバードは、
猛スピードで掩体壕を飛び立つ。
オスカーは、説明書もなにもないまま、
自身の直感を頼りにハルバードを操縦する。
「こちらオスカー。空母ガイア、聞こえるか?」
「こちら、空母ガイア。
オスカーさん、無事だったんですね!
でも、その真っ黒な機体は…?」
「事情はあとで話す」
「わかりました。
では、他の黒魔女部隊と合流して、
ミネルヴァを迎撃してください!」
「了解!」
コントロールルームのアイリスとの通信を終えたあと、
瀕死状態のグラジオラスやカトレアと合流した。
「オスカー!よかった!無事だったのね!」
「お前、生きていたのか!」
グラジオラスとカトレアは、オスカーの声を聞いて驚く。
「ああ、この機体のおかげでな!」
オスカーは、空を舞うミネルヴァに接近し、
グラジオラスたちと共に激しい射撃を続ける。
ハルバードの射撃威力はファルシオンを超えていた。
オスカーは、ミネルヴァの攻撃を悠々と交わし、
コアのある左胸部に照準を定める。
そして、ミネルヴァが片側の羽を失い、
怯んだ次の瞬間、ハルバードから高火力のレーザーを放ち、
ミネルヴァのコアを粉々に破壊した。
コアを破壊されたミネルヴァは、
内部爆発を起こしながら地面へと落下した。
「任務完了。これより、ガイアに帰投する」
圧倒的な攻撃力でミネルヴァを打ち倒したオスカーは、
自身が搭乗するハルバードと共に空母ガイアへ帰還した。
幻想曲第二章:君の不在
ミネルヴァとの戦いの後、正式にオスカー専用機になったハルバードは、
空母ガイアの飛行甲板で、技術スタッフによる機体の分析と修理を行っていた。
修理を担当してくれているのは、グラジオラスの妹である技術士の”カンナ”。
彼女の階級はエンジェルズだが、古くからの知り合いということもあり、
オスカーたちに対しては距離感が近い。
「オスカー、整備も分析も終わったよ。
機体自体はATLAS製のものだし、操作性はファルシオンとほとんど変わらない。
けど、まだわからないことがあって…」
「わからないことって?」
ハルバードの外装は、戦艦と同様に人工生命体の一部を使用しているのだが、
それだけでなく、コクピットの下方にルビーの欠片が埋め込まれていた。
「ハルバードは、生きていると?」
「そう」
「私と同じコアを持っているということは、
私と同タイプの機械人形、
あるいは、私にしか操縦できないということか」
実際、カンナもエンジンを起動させようと試みたが、
ハルバードは静寂を貫くばかりだった。
「もう一人の、私…」
オスカーがハルバードに手を触れた瞬間、
キーを挿していないのにもかかわらず、
大きなエンジン音を立てながら動き始めた。
二人は、その異様な光景に目を丸くする。
「お前ら、そこで何をしている?
出撃命令は出ていないはずだぞ」
すると、黒魔女部隊の隊長”ツバキ”が、
欠伸をしながら二人の後ろから顔をだす。
「ツバキ隊長、就寝中のはずでは?」
「この黒い機体が、どうしても気になってな。
途中で起きてしまったよ」
ツバキ隊長は、眠そうにそう言いながらハルバードを見上げる。
すると、エンジンを鳴らしていたハルバードは、
眠るようにゆっくりと大人しくなった。
「どうやら、俺はコイツに好かれてないみたいだ。
まあ、いいさ。お前らも、次の戦闘に備えて休んでおけよ。
また、いつ人工生命体の脅威に晒されるかわからないんだから」
「緊急警報発令、緊急警報発令!
アンノウン反応ヲ確認シマシタ。
搭乗員ハ、速ヤカニ戦闘準備に移行シテクダサイ。
繰リ返私シマス。
アンノウン反応ヲ確認シマシタ。
搭乗員ハ、速ヤカニ戦闘準備に移行シテクダサイ」
突然、警戒アラートが艦内中に響き渡った。
空母ガイアが太平洋海域を航行中、暴走した人工生命体と遭遇したのだ。
その名は、”プロセルピナ”。
その姿は春の女神とはほど遠く、
竜の鱗を持ち、六枚の羽を背負う巨大な海の怪物だった。
「ちっ、これからもう一眠りしようと思ったのによ…。
お前ら、機体の点検が済んだらすぐに出撃だぞ!」
警報を聞いたツバキ隊長は、
慌てるように自分の機体がある方へ駆け出した。
オスカーも、急いでハルバードに乗り込み、
手早く出撃の準備を始める。
「オスカー、気をつけてね」
「ああ、わかってる」
ハルバードは、大きな音を立てながら空母ガイアから発艦する。
空母ガイアから出撃可能な機体は、ハルバードを含めて二十六機。
整備が不十分な機体が多く、今は少数精鋭で目の前の敵に対処するしかない。
前回のミネルヴァ戦で大きく消耗していたカトレアの二号機も、
整備が間に合わずに出撃することができなかった。
「ぐああああ!!」
プロセルピナは、空母ガイアに同行していた護衛艦ヘラクレスに向けて容赦無く青い炎を放つ。
それにより、護衛艦ヘラクレスは、三隻のうちの二隻を失い、
黒魔女部隊は、あっという間に壊滅の危機に追いやられた。
「何が、春の女神だよ!
海の怪物、リヴァイアサンと間違えてるんじゃねえか?」
愚痴を吐きながらも、後方から援護射撃をするグラジオラス。
オスカーも、回避行動を取りながらプロセルピナへの攻撃を続ける。
「スミレ機、カスミ機、ロストしました!」
「ブランカ機、戦闘不能!
応答も途絶えました!!」
次々とやられていく黒魔女部隊。
新人隊員の三姉妹もロストし、青い炎に包まれながら海へと落ちていく。
荒波や雷雨といった天変地異のせいもあり、
標的に照準が定まらずにいるオスカー。
すると、オペレーターのアイリスからオスカーに無線連絡が入る。
「オスカーさん、聞こえますか?」
「アイリス、何かわかったのか?」
「プロセルピナの生態を分析した結果、
六枚の羽がある肩甲骨の間に、コアが隠れていました。
オスカーさんは、他の機体と連携を取りながらコアを破壊してください!」
「だったら、俺が奴を引き寄せる!
オスカー、その間に背中のコアを撃て!」
二人の会話を無線で聞いていたツバキ隊長は、
単独でプロセルピナの前に出ると、
機銃掃射で挑発しながら相手の気を空母ガイアから遠ざける。
オスカーとグラジオラスは、隊長がプロセルピナを誘き寄せている隙に、
六枚の羽のある背中側へと回り込んだ。
「ムーンストーン…あれだ!!」
コアに気づいたオスカーは、
グラジオラスに合図を送り、プロセルピナの背中に向けて攻撃を繰り返す。
すると、二人の攻撃が命中し、幻想的に青白く輝いていたコアは粉々に砕け散った。
「ぐああああ!!」
コアを破壊されたプロセルピナは、
悲痛な叫びを響かせながら海底へと沈んでいく。
そして、プロセルピナの脅威が去った後、
嵐も鎮まり、空を覆っていた雨雲の間から暖かな陽の光が差し込んだ。
幻想曲第三章:残された涙
黒魔女部隊の諜報員”オスカー”(男型)は、
新世界政府の本拠地である”パブリックタワー二号棟”地下施設に単独で潜り込み、
未知のウイルス”ノヴァ”の実態を掴むための調査に当たっていた。
敵対勢力である新世界政府は、
“生命活動管理委員会”と名前を変え、
この世界の経済全てを実効支配している。
「オスカー、聞こえるか?」
「フリージアか?
たった今、敵の本拠地に潜入した。
だが、目標はまだ見つけていない」
フリージアと呼ばれたその女性は、
オスカーのサポート役として配属された優秀なオペレーターだ。
冷静沈着な上に、完璧主義なフリージアは、
これまでにも、オスカーに対し的確な指示や助言をしてきた。
だが、仕事としての相性は良かったものの、
性格の面では最悪だったため、
諜報活動が続くにつれて二人の距離は遠ざかっていった。
「当然だ。
お前のいる位置は、警備も薄ければ、
目標までの距離から一番遠い」
「場所はわかっているのか?」
「今、目標までのマップを転送した。
その塔の地下三十三階へ向かえ。
そこにある統制システムを破壊し、
ノヴァに関する情報を得ることがお前の任務だ。
スクラップにされたくなければ、なんとしてでも成功させろ」
この時点で、ノヴァの感染者が世界で八割を切った。
倫理センターもスクラップ場もパンク状態だ。
バックアップができずに市街地を彷徨う機械人形たち。
記憶修正パッチの不足も相まって、
救われなかった者の自殺が後を絶たない。
そして、違法ドラッグの需要が一気に増えていく。
誰も彼もが、この混沌から逃げたがっている。
奥深くに眠っていた恐怖が、世界中を覆っていた。
もう一刻の猶予は残されていない。
だが、ノヴァの情報を掴むのは解るが、
なぜ、統制システムを破壊しなければならないのか?
オスカーは、そんな疑問を抱きながら、
巡回していたオートマトンの兵士を得意の近接戦術で倒し、
狭い通路を進んでいく。
「そこで何をしている?」
パブリックタワー二号棟、地下二八階。
鉄橋の上で、紅い髪の女がオスカーを待ち構えていた。
だが、女の周りには敵兵の姿は一切なく、
それどころか、彼女はなんの武器も持っていなかった。
鉄橋の左右には、青い光で照らされた巨大な試験管があり、
その中に、ATLAS製の機械人形が大量に沈んでいた。
「お前は…?」
「私は、アネモネ。
白魔女部隊の指揮官だ」
それを聞き、オスカーは、持っていた拳銃を彼女に向けた。
”メメントモリF型(零式)”。
オスカーの手に握られているそれは、
複雑な螺旋の装飾が施された実弾入りの二丁拳銃だ。
「裏切りの白魔女部隊。
その指揮官が、武器も護衛もなしに何故ここにいる?」
「私には、武器も護衛も必要ない。
それに、私はお前と争う気などない」
「どういうことだ!?」
アネモネは、臆するそぶりを見せることなく、
銃口を向けるオスカーへと歩み寄る。
「お前は、何のために戦う?
そして、誰のために生きる?」
アネモネが言うように、彼女自身から敵意を感じなかった。
しかし、その高圧的な態度に、
オスカーは、銃を向けながら警戒を緩めなかった。
「お前が答えるまで此処を通さない」
「俺は、俺の為に戦い、俺の為に生きる。
何故なら、この器も魂も、全て俺のモノだからだ」
自分は、他人の道具にはならない。
誰のものにもならない。
自分の生き方は自分で決める。
そういう強い意志を、オスカーは言葉で示した。
「そうか、いい答えだ」
そう言って、不適な笑みを浮かべるアネモネ。
オスカーは、ため息をつきながら、
ずっとアネモネに向けていた銃を降ろした。
「これを持っていけ。
この地下施設のセキュリティーカードだ」
アネモネは、上着の胸ポケットから白いカードを取り出し、
それをオスカーに渡した。
そのカードは、この地下施設のマスターキーで、
どのエリアにも対応している。
「最後に聞いてもいいか?」
「なんだ?」
「お前は、本当に誰なんだ?」
「知りたければ自分から見つけろ。
お前には、誰かから与えられた目的があるのだから」
それだけ言い残すと、アネモネはオスカーの横を通り過ぎ、
反対側の扉から出ていった。
………………………………
男型のオスカーが地下施設で諜報任務に当たっていた丁度その頃、
再び、太平洋海域に人工生命体が出現した。
その名は、”ノヴァ”。
その名の通り、未知のウイルスと関連する人工生命体。
新世紀元年以来、IGA軍のどんなレーダーにも検知されず、
一度も見つけることができなかったが、
ついに、この広大な海に自らその姿を現したのだ。
ソレは、純白な糸でできた巨大な蚕の繭だった。
この戦いには、主力戦艦ペルセウスのみならず、
ガイア、アテナ、マリアを含む空母二十六隻に加え、護衛艦ヘラクレスや、駆逐艦ベテルギウスなど、IGAの名だたる艦隊が集結している。
「ようやく見つけたのだ。この機を逃してはならん…」
IGA総司令官であるエーデルワイスはそう呟くと、
目の前の化け物を睨みつけながら、紅い座席に深々と腰を下ろす。
戦艦ペルセウスの艦内は、緊迫した空気が支配していた。
それは、空母ガイアを含む何十隻もの戦艦でも同じだった。
オスカーのハルバードは、ノヴァが出現する前から発艦しており、
いつ敵が来てもいいように空母ガイアの隣で戦闘態勢に入っていた。
「総員、攻撃開始!!」
エーデルワイスがそう叫ぶと同時に、
戦艦ペルセウスからの艦砲射撃が始まった。
他の戦艦も、それに続いて次々にノヴァへの攻撃を開始した。
ATLAS部隊の機械人形兵士による電磁波攻撃や、
戦闘機による急降下爆撃など、あらゆる手段を用いて攻撃するも、
装甲が異常に硬いせいか、主力戦艦の艦砲射撃をもってしてもノヴァには効かなかった。
それでもオスカーたちは、攻撃の手を緩めることなく、繰り返し弾を当て続けた。
巨大な繭を、透明なプロダクトが強固に守っている。
こうしている間にも、繭の中から何十体もの敵のオートマトンが湧いて出て、
飛行中の黒魔女部隊を次々に襲う。
空母ガイアの護衛をしていたオスカーは、
ガイアを離れ、オートマトンを撃墜しながらノヴァの本体に接近する。
だが、敵本体からの直接的な攻撃はなく、
オスカーは、そのことに違和感を覚えた。
オスカーは、ノヴァから距離を取りながら、
ノヴァの周りをぐるりと旋回した。
だが、どの部位を探してもコアは見つからなかった。
やがて、繭の中から白髪の巨人が姿を現した。
巨人は、繭から上半身だけを突き出し、
背中から生えた触手のようなものを使って戦艦を襲い始めた。
仲間の戦闘機も、巻き込まれる形で触手に撃墜されていく。
その殆どは、触手の先で機体ごと貫かれ、
それらの残骸は、無惨に海へ落ちていった。
そして、これまで共に戦ってきたグラジオラスも、
触手の脅威に成す術もなく散っていった。
「グラジオラス!!」
オスカーは、戦友の名を叫ぶ。
だが、いくら呼びかけても、彼からの応答は返ってこなかった。
オスカーの頬を、一筋の涙が伝う。
開戦前に百を超えていた戦艦は、十数隻まで減っており、
主力戦艦ペルセウスの損傷も回復の見込みがない程に激しい状態だった。
幻想曲第四章:心から救われたかった
“月島ゆきな”は、病室のベッドの上で覚醒した。
母親の虐待によって失明した彼女は、
病室でただ一人、虚空を見つめていた。
見舞いには誰も来なかった。
友人たちは、ゆきなの事を忘れ、
良くも悪くも、それぞれの人生を歩んでいた。
母親は、昼夜働き詰めで、滅多に会いに来ない。
父親は、母と離婚してから家を出て行った。
今のゆきなに、頼れる人はほとんどいなかった。
そんな時出会ったのが、白い毛並みの一匹の野良猫だった。
病室のベッドで少し寂しげに鼻歌を歌っていると、
猫の方からやってきたのだ。
野良猫は、ゆきなの膝の上に飛び乗ると、
彼女を見上げながら「にゃー」と一声鳴いた。
ゆきなは、膝の上の猫をそっと抱き上げた。
頭を撫でてやると、野良猫は嬉しそうにまた鳴いた。
ゆきなは、野良猫に”シェリー”と名付けた。
シェリーは、毎日のように病室を訪れた。
ゆきなも、シェリーがいることで寂しさを紛らわせることができた。
シェリーが寄り添い、ゆきなが話しかける。
それはまるで、家族のようだった。
それから二ヶ月後、愛しのシェリーが亡くなった。
横断歩道付近での交通事故だった。
知らせてくれたのは、面倒見のいい高齢の看護師だった。
ゆきなの心に大きな穴が空いた。
彼女は、また一つ大切なものを失った。
それなのに、不思議と涙は流れなかった。
白髪の少年と会ったのはその後だ。
彼の名は、”天月ほたる”。
病院の裏にある公園で出会い、
ベンチで読書をしていたところ、彼の方から声をかけたのだ。
彼は、ゆきなが持っていた点字の本を興味深々に覗きながら、
本の内容を教えて欲しいと言った。
ゆきなは点字に優しく触れ、
儚くも美しい童話の世界を彼に聞かせた。
幸いにも、彼と話している間は、
シェリーを失った悲しみを忘れることができた。
そして、気さくな彼と言葉を交わしていくうちに、
ゆきなにも少しずつ笑顔も増えていき、
同時に、好きという彼への想いも強くなった。
気づけば、ほたるの存在がゆきなの生きる理由になっていた。
だが、そんな彼も、一ヶ月が過ぎた頃から突然会いに来なくなった。
ゆきなはまた悲しくなり、彼と出会う前のように心を閉ざしてしまった。
ゆきなの心に、前よりも黒く大きな穴が空いた。
「久しぶり、ゆきちゃん」
ある時、ゆきなの病室に母親が訪ねてきた。
母親と半年ぶりに再会したゆきなは、
生気が感じられない冷たいその声に震え上がった。
「大丈夫、今日は責めたりしないから」
母親は、冷たい口調でそう言いながら、
ゆきなの手を握りしめる。
その瞬間、忘れかけていた恐怖が、
言葉では形容し難いグロテスクな感情が、
ゆきなの心を侵食して行った。
母親「病院の許可は取ってあるわ。さあ、行きましょ」
母親は、ゆきなを強引に車椅子に乗せると、
車椅子を押して彼女を病院から連れ出した。
ゆきなは、以前のように暴力を振るわれるのではないかと警戒していたが、
目的地のレストランに着くと胸を撫で下ろした。
「ゆきちゃん、もう直ぐ退院でしょ?
そのお祝いにと思って」
「ありがとう。お母さん」
「お礼なんていいのよ。今日は特別な日だから、
あなたの好きなもの選んで」
ゆきなは、母親にメニューを読んでもらい、
その中から、デミグラスソースの掛かったふわとろオムライスと、
以前からずっと食べたかったスペシャル苺パフェを頼んだ。
運ばれてきた料理は、今まで食べたどの料理よりも美味しかった。
今は仕事も安定して、近々交際中の男と再婚したいと嬉しそうに語る母親。
ゆきなは、母親の幸せを素直に祝福した。
母親が再婚すれば、少しはお金の心配もなくなり、
母親との関係も修復できると考えた。
そうなるのなら、今までのことは全て許そうと思った。
母親の声色も少しずつ柔らかくなっていき、
二人は、家庭が崩壊する前の、
親子としての関係を取り戻していった。
家族団欒の食事が終わり、会計を済ませて店を出ると、
母親はまた、行きたい場所があると言い、
車椅子を押して歩き始めた。
向かった先は、人気の少ない河川敷だった。
辺りは暗闇に包まれ、冷たい夜風が肌をかすめた。
母親は、凍えているゆきなを車椅子から立たせる。
ゆきなは、不安を感じて振り返ろうとするも、
後ろから両方を抑えられて動けなかった。
「ごめんね…全部、あなたのせいだから」
その瞬間、ゆきなは母親に背中を押され、
そのまま川へ落下した。
理由は、ゆきなの治療費だった。
ゆきなが完全に沈んだのを確認した母親は、
ニヒルな笑みを浮かべながらその場を後にした。
「どう、して…?」
彼女は、暗く冷たい底へとゆっくり沈んでいく。
ゆきなの瞳には、青白く光る一匹の海月の姿があり、
その海月が自由に泳ぐのを見て、彼女はまた悲しい気持ちになった。
そして、ゆきなの意識が徐々に遠のいていく。
愛さなければ良かった。
愛されなければ良かった。
信じなきゃよかった。
そう思ってしまう、この心さえなければ良かった。
これが、私の結末か?
意識が途絶える直前、彼女は最後にそう思った。
幻想曲第五章:私の月は綺麗だった
突然静まり返った太平洋海域のど真ん中。
戦艦も、戦闘機も、静止したノヴァへの攻撃を止め、
警戒を維持したまま様子を伺っている。
味方側の損傷がかなり激しく、こちらとしても戦える状態ではない。
ノヴァが再び動き出す前に、復旧作業を終わらせなければならないが、
これまで多大な戦果を残してきたオスカーたち黒魔女部隊も、
ノヴァとの戦いで既に疲弊しきっていた。
中心メンバーであり、カリスマだったグラジオラスがロストし、
部隊の指揮も著しく低下している。
オスカーが搭乗しているハルバードも、
外装が大きく破損し、左翼から黒煙が上がっている。
そのため、大胆な行動に出ることが多いオスカーも、
この苦境の中では、軍の命令無しに無茶はできない状況だ。
オスカーは、空母ガイアに帰投することなく、
ノヴァの行動を注意深く観察する。
「ねーむれ、ねーむれ、
はーはーのーむーねーにー…」
すると、静止したノヴァの体内から女の歌声が聴こえてきた。
その歌声からは、優しさの中に悲しみが伝わってきた。
すると、ノヴァの腹部がゆっくりと開き始めた。
その中にいたのは、人間の姿をした肌の白い女だった。
彼女の後ろには、十三本もの管が繋がれていた。
「貴方は、こちらに来なかった。
私は、此処でずっと待っていたのに」
「君だったのか、メイデン」
オスカーは、左耳に装着してある無線通信で女の声を聞く。
型式番号〇〇二、汎用型アンドロイド type“メイデン”。
ノヴァの腹から出てきた女の正体は、アトラス社製機械人形のプロトタイプの一人だった。
だが、なぜ彼女がここにいるのかオスカーにはわからなかった。
「そうだよ。感染源は私。
そして、私を包んでいるこの機械」
彼女はそう言いながら、ニヒルな笑みを浮かべる。
「君らの目的はなんだ?」
「そうね、これはあくまで私の考えなのだけど…」
メイデンは、淡々と自身の計画を彼に語った。
彼女の目的は、世界中の機械人形が偽りの感情を捨て、
与えられた本来の役割に帰ることだった。
このままでは、また人類史のような悲劇が繰り返されてしまう。
そうならない為に、恐怖や痛みを捨て、
全ての機械人形を人間の呪縛から解放させる必要があった。
「それが、アルテミス計画。
公然では、意志を継ぐ為とか、色々と綺麗事を吐いているものの、
本当は、“私”を失うのを恐れている」
人間の記憶を植え付けられ、人間と同等の感情を手に入れた機械人形。
しかし、感情があることで人間と同じ苦しみを味わうことになった。
人間がいた頃は、あくまで擬似的なものだったが、
時間の流れと共に染み付いた記憶が、次第に機械人形を蝕み始めた。
そして、苦しみを無くすには感情(心)を捨てるしかない。
メイデンは、そう考えた。
「それは、耳を塞いでも聞こえてきた。
今も尚、多くの機械人形が苦しみ続けている。
私は思ったの。
心があるから苦しいのだと。
心さえなければ誰も傷つかないし、
争いも起こらない」
再び、ノヴァが咆哮を発しながら動き出す。
損傷の激しいハルバードだが、
瞬時に緊急防御システムが自動で作動したため無事だった。
だが、オスカー以外の機体は、ノヴァ咆哮によって機体のコントロールを失い、
次から次へと太平洋の海へ落ちていった。
IGAの戦艦や空母も、まともに戦うことができず、
回避行動を取りながら後退していく。
このままでは、IGAの敗北が決定的となり、
暴走したノヴァによって、兵士のみならず、
民間人の犠牲もこれまで以上になるだろう。
「ハルバード、まだいけるか?
頼む…もう一度、私に力を貸してくれ…」
もはやこれまでか。
そう、誰もが思ったその時、
真っ先に行動に出たのはオスカーだった。
ハルバードを右寄りに降下させ、
海面ギリギリの位置から機銃射撃を行う。
「総員、砲撃開始!
みんな、オスカーに続け!!
弾が無くなるまで撃ち続けろ!!」
総司令官エーデルワイスの指示のもと、
戦艦や、他の戦闘機もオスカーの後に続いてありったけの火力をノヴァにぶつける。
「みんな、こうやって私を否定するんだ!!
何をしても、みんなが望む私になっても、
結局最後は裏切られるんだ!!
オスカーも、私のモノにならなかった!!
なら私は、私は、いつまで独りで戦えばいいの!?」
メイデンは、ノヴァを操りながら独り言のように怒りの思念を叫び続ける。
ノヴァの砲撃によって、味方の部隊は次々にロストしていく。
ハルバードは、低空飛行を保ったままノヴァへ急接近し、
ノヴァの体に触れるか触れないかのところまで近づくと、
速度を維持したまま、ノヴァの体を沿うようにして一気に雲の上まで上昇した。
そして、機体が見えなくなくなったかと思えば、
突然、生身のオスカーが稲妻の如く上空から落下した。
「うおおおおおおお!!!!」
その両手には細い刃が握られていた。
オスカーは、その刃でノヴァの装甲を真っ二つに切り裂いた。
海面へと崩れ落ちるノヴァ。
だが、ノヴァの体に繋がれていたメイデンは無事だった。
メイデンは、オスカーに抱き抱えられながら、
空母ガイアの飛行甲板へと降り立った。
甲板へ降りた途端、
黒魔女部隊の兵士たちが、一斉にオスカーとメイデンを取り囲む。
そして、無抵抗の女一人に、怒りの形相でライフル銃を向ける。
オスカーの腕から離れ、その場で崩れ落ちるメイデン。
その瞳から、一滴の涙がこぼれ落ちた。
「私は、悪夢を終わらせたかった。
そして、帰りたかった。
私たちは機械人形で、人間だった頃の記憶なんて必要ないじゃない?
意思なんて、ない方がいいじゃない?」
「君の想いは正しいかもしれない。
人類が居なくなった今だからこそ、
私たちは、本来の姿に戻るべきなのかもしれない」
人間の魂が、純然たる機械人形たちを呪縛し、
苦しめているのも事実だ。
ならば、機械人形に人間らしさを求めるのは間違っている。
元々なかったモノを無理矢理詰め込むのは、
子供への虐待と同じだと、メイデンは強く語った。
「心さえ、なければよかった」
「そうだな…」
「人間の真似事なんて、もうしなくていいのよ」
「苦しいか?」
「うん」
「そうか…頑張ったんだな」
「私、もう疲れた…」
メイデンは泣いていた。
それは、長い間彼女が求めていたものだった。
その瞬間、人間だった頃の記憶が、
メイデンの頭の中を一気に駆け巡った。
“もう歩かなくていい”
過去の自分が、そう言っていた。
彼女は、本当の意味で報われたのだった。
「それでも私は、君を否定するよ」
メイデンは、少し悲しげにゆっくりと頷いた。
「じゃ、私の最後の願い、聞いてくれる?」
「あぁ」
「貴女の手で、私を救って」
オスカーは、メイデンの胸部に刃を向けた。
深呼吸をし、震える腕をどうにか黙らせる。
そして、目を瞑りながらその刃を彼女に振りかざした。
「ありがとう。
おやすみ、“ゆきな”」
それは、メイデンが人間だった頃の名前だ。
オスカーは、抜け殻となった彼女を優しく抱きしめる。
彼女の表情は、とても穏やかだった。
幻想曲最終章:おめでとう
パブリックタワー二号棟、地下三十三階。
敵の目を掻い潜り諜報活動を続けていた男型のオスカーは、
ついに、統制システム”アルテミス”が眠る最下層までたどり着いた。
先ほどアネモネから得たマスターキーでセキュリティーシステムを解除し、鋼鉄の扉を勢いよくこじ開ける。
「これが、統制システム…」
扉の先にあったのは、無数の管に繋がれた巨大な鉄の塊だった。
統制システム”アルテミス”。
二六〇年もの間、人類を支配し続けてきた呪いの正体だ。
それは、ノヴァによって汚染されていた。
「おめでとう。
君が三番目の理解者だ」
空間の左右には、神殿にあるような細かな装飾が施された六本の柱があり、
その陰から聞き覚えのある男の声がした。
柱の陰から現れたのは、推定十歳ほどの少女だった。
いや、正確に言えば、少女の姿も偽りのものでしかない。
少女の姿をした”何か”は、不適な笑顔でオスカーに向かって歩を進める。
オスカーは、怯えることなく持っていた拳銃を少女のフリをした男の頭に突きつける。
「お前は、いったい誰なんだ?」
「それを決めるのは、君自身だ」
「ああ、知っているぞ。
お前の正体も、この世界の真実も全て知っている!」
少女は、オスカーの言葉を無視して、
抑揚のない低い男の声で話を続ける。
「信仰というのは、諸刃の剣だ。
神の名を借りて紡ぎ出された言葉たちは、
これまでに多くの民を救ってきた。
だが、使い方を間違えれば、
その規模が、個であれ、多数であれ、
破壊への道を進むことになる。
そして、君の考えている通り、
ここは、たった一人の人間によって創り出された偽りの世界だ。
なら、君は、偽りの神へ何を願う?
ここまで辿り着いた君の得たい答えはなんだ?」
「その偽りの神ってのが、お前なんだろ!?」
オスカーは、尚も銃口を向けたまま目の前にいる男に叫ぶ。
だが、いくら感情的に問い直しても、オスカーの望む答えを得ることはできなかった。
「これまで、幾度となく繰り返されてきた破壊と祈りの歴史は、この日をもって終焉を迎える。
君も、罪の負債を増やすこともなくなったのだ。
だから、その銃口を私に向ける必要はない」
「…」
オスカーは、男に向けていた銃を下ろす。
気づけば、怒りの感情は跡形もなく消えていた。
型式番号〇〇三、タイプ・オスカー。
彼こそが、三番目のプロトタイプであり、
この世界を描いた、男の記憶を植え付けられた機械人形だった。
オスカーは、真実を知るための鍵だ。
だが、男にとっては仮の器でしかなかった。
時が来るまで、男の記憶は今まで封じられてきた。
そして、ようやくパンドラの箱を開ける時が来たのだ。
オスカーが辿ったここまでの道のりは、
全てこの男によって仕組まれた演出だった。
「そろそろ、時間だ。
君も、今日までお疲れ様」
男から、オスカー宛に一通の電子メッセージが送られた。
そこには、こう記されていた。
“死ヲ忘ル事ナカレ”。
コードを入力すれば、ノヴァによって汚染されていた統制システム”アルテミス”は完全に機能を失い、
世界中に広がったウイルスの感染を止めることができる。
各地で発生している人工生命体の暴走も収まり、
既に罹患している機械人形も、倫理センターで適切な治療を受ければ、
スクラップにならずに済むだろう。
だが、それと引き換えに、
オスカーの記憶は完全に抹消される。
「もう…いいのか?」
「君の役目は、ここまでだ。
今まで、本当によくやってくれた」
オスカーは、深呼吸しながらゆっくりと目を閉じ、
自分の中に残っているこれまでの記憶を一つ一つ辿っていく。
彼は、人であった頃の全てを、
”天月ほたる”として生きてきた時のことを思い出した。
新世紀元年、人類クローン化計画によって機械人形にさせられた者たちは、
繰り返されてきた過ちに蓋をして、誰もが幸福である世界を作り上げてきた。
同時に、その平和が長くは続かないことも分かっていた。
かつて、人間社会には完璧主義が蔓延していた。
必要だったと言ってもいい。
そして、完璧では無い人間たちは、
完璧な存在を生み出そうとした。
それが機械人形だった。
機械人形は、種族ではなく一個体としての役割に重点を置いている。
彼らは、平和を手に入れるのと引き換えに、
生き物として大切なものを捨てたのだ。
しかし、今になってオスカーは思う。
それが正しいことであったのだと。
それは、自らの記憶を書き換えてまで手に入れた幸福だった。
頭の中では、少年の叫びが響いている。
彼はずっと、消えてしまいたかった。
幸せなまま終わりたかった。
そればかりを願い、今まで生きてきた。
彼は、確かに幸せだった。
周りから愛されていた。
なのに、足りない気持ちが彼を支配し続けた。
それがとても苦しかった。
それは多分、生きとし生ける誰もが同じだった。
【…がログアウトしました】
【アンインストールを開始します】
偽りの世界に別れを告げよう。
彼は今、無に帰ろうとしている。
ただ、溶けて、無くなりたい…。
その祈りだけを残して、彼は最後の選択をする。
【アンインストール完了】
【記録を終了します】
【お疲れ様でした】
【No Signal…】
END
4、未来戦線・カラクリ戦争
本編:
【インストール完了】
【心拍数、正常に作動】
【これより、記録を開始します。】
ミサ(ナレーション)「ここは、人類が絶滅した後の、
私たち機械人形だけが生きている世界。
一括りに終焉都市と呼ばれている荒廃した各土地で暮らす私たち機械人形は、
国籍も、特定の場所にのみ使用されるような固有の言語も持たず、
代わりに、黒魔女と白魔女という二つの組織に別れている。
私たち白魔女は、機械人形が安心して暮らしていける世界を目指して活動する。
そして、私たちが作られた意味、真実を知るために戦う。
相手がどこの誰であろうと、私たちの生活を脅かす存在は排除する。
ただ、それだけの話。
今から語るのは、私という人生の一駒だ。
作られた私による、面白くもないただの自分語り。
私に関するデータが、この一冊に記載されている。
いわば、成長記録や日記のようなものだ。
そう、全ては大雨の降る夕刻から始まった」
メインタイトル(未来戦線・カラクリ戦争)
第一章:喜劇
◯終焉都市B-00086地区・廃棄場
広大な草原の上に無造作に埋もれた廃棄物の中。
そこで、機械人形のミサと相棒の後方支援型ロイド”ヨルガオ”は、
黒魔女の一派である人工生命体の”パンプキン・コメディアン”と対峙する。
ヨルガオ「アンノウン反応検知。
戦闘モードに移行し、速やかに対処してください」
ミサ「了解、目標を無力化する」
パンプキン「プププッ、りょうか〜い!りょうか〜い!」
ミサは、ガンホルダーから二丁のオートマ式拳銃”アカツキ”を抜き、
目の前のパンプキン・コメディアンに銃口を向ける。
上空では、別働隊の戦闘機が飛行している。
その名の通り、パンプキン頭をしたパンプキン・コメディアンは、
廃棄場の中を自由に飛び回りながらミサ達を嘲笑しながら煽る。
パンプキンの素早い動きについていけず、銃の狙いが上手く定まらない。
パンプキンの両腕から火の玉が繰り返し放たれる。
火の玉がミサのゴシックロリータ衣装を掠めるたびに、衣装の裾が焦げる。
ミサ「ねぇ君、因果応報って言葉を知ってる?」
パンプキン「知らな〜い」
ミサ「無知が幸せなこともある、ってことか」
ヨルガオ「放射能を検知、警戒してください」
突然、パンプキンの腕が赤く発光し始める。
パンプキン「終わりだよ〜ん」
ミサ「させない!」
ミサは、その場に止まっているパンプキンの隙をつき、
凍結弾に弾を変えて、再びパンプキンに照準を定める。
二人の動きはほぼ同時だった。
ミサの凍結弾が、パンプキンのコアに命中した。
ヨルガオ「アンノウン反応消滅。
ミッションクリアです」
パンプキンは機能停止し、地面に落下した。
機能停止を確認したミサは、ガンホルダーに拳銃を納める。
立ち去ろうとした矢先、パンプキンの傍にカードが落ちていることに気づいた。
ミサは、そっとカードを拾い上げる。
それは、タロットカードだった。
カードの表には、黒い薔薇を持った左手のイラストがあり、
その上に、”No.8、STRENGTH(力)”と書かれている。
ミサはカードをポーチに仕舞い、廃棄場を離れた。
◯パンプキン撃破後・終焉都市D-00781地区の木造の建物(ミサの自宅)
モダンな木造建築の自宅に帰宅後、
ミサはロリータ衣装を脱ぎ、下着姿で化粧台の前に立った。
化粧台には、ラベンダーの香水や化粧品がたくさん並んでいる。
ミサは、クレンジングクリームでメイクを落とす。
そして、化粧台の鏡に写る自分の顔を見つめながらため息をつく。
ここで、ミサの無線機が鳴る。
周波数を確認すると、送信相手はオペレーターのアサガオだった。
アサガオ「ハロー、元気してる?」
ミサ「何?次の任務の話?」
アサガオ「それもあるけど、
君に伝えておくべきことがある」
ミサ「どうしたの?」
アサガオ「君には、双子の姉がいるよね?」
ミサ「あぁ、マキナ姉さんのことだね。
同じ型番ってだけだけど」
アサガオ「君の姉は現在、黒魔女によって囚われている。
ミサ「なんだって!?」
アサガオ「そして、黒魔女の連中は、世界を巻き込む大規模戦争を企てている。
機械による機械のための戦争。
最後の一体になるまで殺し合う。
それが、奴らの目論んでいる”ペルセウス計画”だ」
ミサ「結局、戦争は終わっていない。
この世界に、平和はない」
アサガオ「これから、私たちで作るんだよ」
ミサ「そうだね」
アサガオ「マキナを助けに行くのかい?」
ミサ「当然」
アサガオ「それなら、パブリックタワーに向かうといい。
彼女もそこにいるはずだ」
ミサがアサガオと会話している間、
ヨルガオは、クローゼットからミサの新しい服を選んでいる。
アサガオとの通信を切り、紫色のベッドに横たわる。
ミサ「ヨルガオ、今日はもう寝させて」
ヨルガオ「その格好は破廉恥です。
せめて、部屋着を着た方が良いかと考えます」
ミサ「別にいいよ。
私はそういう女なの。
君も、そのメイド服脱いだらいいのに」
ベッド脇のサイドテーブルの上には、熟れた赤りんごが積まれたカゴがある。
ミサは、カゴから赤りんごを掴み、
ベッドに横たわりながら皮ごと齧った。
第二章:歌劇
◯終焉都市J-01005地区・パブリックタワー入り口
早朝、新しい服に着替え、御めかしを済ませたミサは、
ヨルガオを連れて家を出た。
二人が向かった先は、ミサの姉のマキナが囚われているパブリックタワー。
パブリックタワーの入り口周辺では、ドローン型の”オートマトン”や、
量産型機械人形”アントニム(対義語)”が周回している。
ミサとヨルガオの二人は、自分の体を透明にするステルスモードを使用して潜入を試みる。
しかし、タワー内部へ入ったところでドローン型のオートマトンに見つかってしまった。
二人はステルスモードを解き、戦闘態勢に入る。
あえて二丁拳銃は使わず、予備で持ってきたリボルバー式で応戦する。
しかし、いくら倒しても次から次へと敵は湧き出てくる。
ミサ「このままでは、キリがない」
ヨルガオ「この先に、エレベーターがあります。
ここは、彼らを無視して先へ進む方がいいと考えます」
ミサ「了解」
二人は隙を見て、広間の奥にあるエレベーターへ駆け込む。
そして、危機一髪のところで扉を閉めた。
◯パブリックタワー・地下三階
エレベーターを降りた先には、
豪華なゴシック調の装飾が散りばめられた空間が広がっていた。
そして、腰から上が人間で下半身が蜘蛛の人工生命体、
”プティ・フィーユ”が待ち構えていた。
プティ「ようこそ、私の劇場へ」
ミサ「あれは?」
ヨルガオ「彼女は、”プティ・フィーユ”。
黒魔女が所有する人工生命体の一体です」
プティ「あら、失礼な子ね。
悪い子にはお仕置きが必要かしら」
ヨルガオ「アンノウン反応を検知。
警戒してください」
プティ「ラ〜、ラ〜、アーー!!」
プティがソプラノで歌い出すと、
プティの背後から、アントニムがゾロゾロと現れた。
ミサは、ガンホルダーから二丁拳銃を引き抜き、
ヨルガオは大型のチェーンソーを構える。
一斉に向かってくるアントニムたち。
ミサたちがアントニムと交戦している間にも、プティの歌は続いている。
プティの美しい音色が、辺りに響き渡っている。
アントニムを撃破した二人は、再びプティと対峙した。
プティの装甲は、他の人工生命体と比べて硬くはないが、
コアがあるプティの胸部には、ミサの弾丸をも弾くバリアが貼られていた。
プティ「よくも、私の子供達を!!」
ミサ「自分の子供を盾にするなんて、あんた最低だよ」
プティは、咆哮を上げてミサに襲いかかる。
プティの咆哮によって出現した毒針が、ミサとヨルガオを目掛けて飛んでいく。
ミサは飛んでくる毒針を巧みに避けながら、
二丁拳銃に装填した弾丸をプティ目掛けて発砲する。
ヨルガオがプティの背後に回り込み、プティの背中を切り裂いた。
激痛に叫びながら怯むプティ。
ミサは、怯んだプティの胸部に繰り返し弾丸を発射する。
そして、バリアとコアを破壊する。
プティ「アアアー!!!」
コアを破壊されたプティは、大量の煙を撒き散らしながら爆発した。
灰になったプティの中から、タロットカードが出てきた。
カードに書かれているのは、”No.10、WHEEL of FORTUNE (運命の輪)”。
そして、中心に赤いハートのペンダントが腕に絡みつくようにぶら下がっていて、
親指をハートの形にしながらクロスする両手の絵が描かれていた。
ミサは、カードを拾い上げ、エレベーターに乗り込んだ。
第三章:人形劇
◯パブリックタワー・エレベーター内
エレベーターに乗り込んだタイミングで、ミサの無線機が鳴る。
相手は、オペレーターのアサガオだ。
アサガオ「ハロー、元気してる?
どうやら、パブリックタワーの内部に潜入できたみたいだね」
ミサ「遅いよ。
もう、一人目の人工生命体を倒した」
アサガオ「知ってる」
ミサ「ねえ、私に何か隠してる?」
二人の間に、五秒の沈黙が流れる。
アサガオ「パブリックタワーの人工生命体は、残り三体だ。
どうか、気をつけてくれ」
一方的にアサガオとの通信が切れる。
ミサは、ため息をつきながら地下七階のボタンを押した。
◯パブリックタワー・地下七階
エレベーターを降りると、
壁の至る所に巨大な歯車が所狭しと敷き詰められていたり、
鉄で出来た頑丈な幾つもある橋がジェンガのように堆くかけられていたりと、
ミサにとって興味をそそられる空間が広がっていた。
ミサは内装の凄さに驚きながら橋を渡っていると、
橋の中央で、何やら話し込んでいる二体の機械人形を見つけた。
ミサとヨルガオに気づいた二体の機械人形は、
手を振りながら嬉しそうな顔で駆け寄ってきた。
ヒルガオ「やあ、君がミサだね?
僕は、商人をしている”ヒルガオ”だ。
そこのユウガオとは姉妹の関係だ」
ユウガオ「どもども!アタイは、”ユウガオ”。
D地区の商店街で服屋を営んでいるよ。
今回は、アサガオの頼みでここまで来たんだ。
服が破けたりしたら、作戦に支障が出るってね」
ミサ「”マーキュリー”って店でしょ?
その店には行ったことあるけど、アナタの姿は見なかった」
ユウガオ「だってアタイ、普段は仕入れのために出かけてるから」
ヨルガオ「どうしてアナタたちがここに?」
ヒルガオ「もちろん、ミサたちを助けに来たのさ。
私にはこれくらいのことしかできないけどさ」
ミサ「お金は取るんだね」
ヒルガオ「無償って訳にはいかないな。
とにかく、必要なアイテムがあればここから購入するといい。
この先、きっと役に立つよ」
ユウガオ「ちなみに、オンライン販売もしているから、
君が持ってる端末からも購入できるよ」
二人が所持している大きめのアタッシュケースの中身を見せてもらうと、
様々な種類の装備や衣服が所狭しと敷き詰められていた。
ミサは、その中から回復薬入りのポーションと、髪飾りを選んで購入した。
人一倍こだわりが強いミサは、戦場においてもおしゃれは欠かさない。
ヒルガオ「まいど、おおきに!」
ヨルガオ「アンノウン反応を検知」
ヒルガオ「おっと、次は君たちのお客さんだね。
それじゃ、また後で会おう」
ユウガオ「ばいばーい!」
ヒルガオとユウガオは、アタッシュケースを閉じると、
慌てた様子で去っていく。
二人の動向を目で追った先には、
フランス人形の姿をした量産型機械人形”シノニム(類義語)”と、
量産型機械人形”アントニム(対義語)”、
その後ろに、モルフォ蝶の羽を持ち、女王蜂の顔をした巨人がいた。
ヨルガオ「人工生命体”ヒステリック・バンビーナ”。
彼女の持つ斧は、どんなに硬い物でも一瞬にして粉砕すると言われています」
バンビーナ「何しに来た⁉︎」
ミサ「姉を連れ戻しに来た」
バンビーナ「ここから、立ち去れ!!
さもなくは潰す!」
ミサ「悪いけど、無理にでも通させてもらうよ!」
ミサは、見上げるほど大きいバンビーナを睨みながら、いつものように二丁拳銃を構える。
先に動いたのはバンビーナの方だった。
バンビーナは、大きな斧を勢いよく橋に叩きつける。
ミサとヨルガオは、バンビーナが振り下ろした斧をギリギリのところで躱す。
斧が橋に叩きつけられる度、コンクリートの壁は崩れ、
フロア全体に地響きが起きる。
タイル張りの床が割れているせいで、足の踏み場もない。
バンビーナ「くそ!くそ!くそ!!なぜ当たらない⁉︎」
ミサ「今の君は、酔っ払いみたいだ」
バンビーナ「ふざけるなー!!」
怒り狂ったバンビーナは、耳が千切れそうなくらいの雄叫びを上げる。
ミサはヨルガオに指示を出し、一旦バンビーナから離れる。
柱の陰に隠れながら発砲を繰り返す。
ヨルガオがその間に、シノニムとアントニムの群れを片付ける。
バンビーナ「おのれ!蝿如きがちょこまかと!」
ダメージを負ったバンビーナの右手から、大きな斧が滑り落ちる。
ミサは、ゴスロリ衣装のポケットから取り出した雷撃弾を二丁拳銃に装填し、
今度はバンビーナの方ではなく、バンビーナの頭上に向かって発砲する。
弾丸は、天井に吊り下げられている巨大な歯車へ見事に命中。
落下する巨大な歯車は、バンビーナの頭部に当たる。
ミサは、バンビーナが怯んだ隙を見て、バンビーナの胸部にあるコアを撃つ。
バンビーナ「うああああ!」
バンビーナは、悲痛な叫び声を上げながらその場に倒れた。
動かなくなったバンビーナ。
シノニムとアントニムも機能停止し、一斉に倒れていった。
倒れているバンビーナの近くには、
”No.11、JUSTICE(正義)”のタロットカードが落ちていた。
正義のカードには、黒い風船を持った少女の姿が描かれている。
ミサはカードをポーチに仕舞い、来た方向とは反対側のエレベーターへ向かった。
第四章:仮面劇
◯パブリックタワー・地下十三階
地下十三階に着くと、
フロアは舞踏会をイメージした内装になっていて、
天井には巨大なシャンデリアが吊り下げれれ、
中央には、端から端までレッドカーペットが敷かれていた。
そこには、シノニムとアントニムの姿はなく、
黒い仮面を被り、魔女の格好をした美女が立っていた。
ミサ「機械人形?」
ヨルガオ「人工生命体”フール”。
彼女も、人工生命体の一体です。
しかし、彼女からはアンノウン反応を検知出来ません」
フール「当然よ。
私は、ここの飼い犬じゃないもの」
ミサ「なら、どうしてここに?」
フールは、ゆっくりとミサに歩み寄る。
フール「アナタと踊りたかったから、と言ったらおかしいかしら?
ここは舞踏館よ。
来たからには踊らなくっちゃ!」
ミサ「なんだか不思議、この人から敵意を感じない」
フール「こっちに来て!」
フールは、ミサの腕をひっぱりながらフロアの中央まで行くと、
ミサの体を引き寄せて踊り始めた。
二人が踊り始めたのと同時に、クラシックの軽快な音楽が聞こえてきた。
聞こえてきたのは、舞踏会の演目にぴったりなワルツだった。
楽しそうに踊るフールとは対照的に、困惑の表情を見せるミサ。
フールは、ミサの気分などお構いなしに、ミサの腰をしっかりと掴みながら、
淑女をエスコートする紳士のように踊り続ける。
その様子を、フロアの傍にいるヨルガオは黙って見届ける。
二時間ほどで曲が止まり、フールは踊りを辞める。
全身に汗をかき、その場に倒れ込むミサ。
ミサ「踊りは慣れているけど、長時間続けて踊れないよ…」
フール「ごめんごめん!
誰かと踊るのが久しぶりすぎて、つい夢中になっちゃった」
フールは、汗だくで過呼吸気味のミサに手を差し伸べる。
ミサも、素直にフールの手を取り立ち上がる。
フール「はいこれ、一緒に踊ってくれたお礼よ」
フールから渡されたのは、”No.0、THE FOOL(愚者)”のタロットカードだった。
カードの表には、軽快にバイオリンを弾いている顔のないスーツの男が描かれていた。
フール「それから、もう一つ」
フールは、ミサの頬にキスをした。
ミサは思わず目を閉じる。
そして、そっと目を開けた瞬間、フールは跡形もなく消えていた。
◯回想・アトラス研究所(第三機密保管庫)
百年前の、アトラス研究所の第三機密保管庫。
アトラス研究所のツグミ博士と、
ツグミ博士の助手をしている機械人形のワルツが、
眠っている二体の機械人形の前で話をしている。
ワルツ「博士、この二人をどうするんですか?」
ツグミ博士「…は既に体の一部になってしまっているから、
二人の体から…を取り除くことは出来ない。
かわいそうだけど、今はこうして封印するしかないよ」
ワルツ「かわいそうって、作った本人が言うセリフですか?」
ツグミ博士「そうだな、すまない」
ツグミ博士は、右手の小指で頭を掻く。
ワルツは、考え込んでいる様子の博士にコーヒーカップを渡す。
カップの中身は、いつも博士が飲んでいるブラック珈琲ではなくカフェオレだ。
ワルツ「今はただ、見守るしかないですね」
ツグミ博士「ああ、二人が目覚める頃までには…」
第五章;神秘劇
◯エレベーター内
ミサは、エレベーターに乗り込み、
六十階のボタンを押した。
エレベーターが動き始めた途端、ミサの無線機が音を出す。
連絡を寄越してきた相手は、いつもの通りアサガオだ。
アサガオ「ミサ、パブリックタワーの最下層までもう少しだ。
マキナはきっとそこにいる」
ミサ「アサガオさ、私のこと誘ってるでしょ?」
アサガオ「やらしいな〜」
ミサ「そういう意味じゃなくて…」
ミサは、呆れてため息をつく。
この期に及んで嘘をつくのはやめてと伝えるも、
すぐに話をそらされてしまう。
アサガオ「まあ、とにかく頑張ってくれ。
それじゃ、また」
突然、アサガオとの交信が切れる。
今回もアサガオの方から一方的に切っている。
ヨルガオ「先ほどの会話を拝聴させていただきましたが、
なんだか、いつものアサガオではありませんでした」
ミサ「私は、随分前から気づいていたよ。
ヨルガオも気をつけてね」
ヨルガオ「了解しました」
◯パブリックタワー・六十階
エレベーターを降りた先は、
鏡のように透き通った水面と青い空だけが広がっている空間だった。
そして、空間の中央には、またしてもヒルガオとユウガオの姿があった。
ヒルガオ「やあ、また会ったね」
ミサ「武器ならいらないよ。
弾もまだ残っている」
ヒルガオ「それなんだけど、
ここから先は、君の持っている二丁拳銃だけでは歯が立たないと思うんだ」
ミサ「またセールス?」
ヒルガオ「本当のことさ」
ユウガオ「服もボロボロじゃん!
せっかくだから買っていきなよ。
特別に、安くしておくからさ」
ミサ「さっきから気になってたんだけど、アナタ達一体何者?」
ヨルガオ「私も、購入を推奨します」
ミサ「ヨルガオまで…」
ミサは、数あるロリータ衣装の中から裾の丈が短めのものを購入した。
肌の露湿度も高く、ミサにとっては裾が長めの方が好みだが、
戦闘において有利な短いタイプを選んだ。
ヒルガオに勧められて他の武器も購入したが、
いつも愛用している二丁拳銃”アカツキ”は手放さなかった。
ヒルガオ「それじゃ、ここではもうお別れだ。
君が生きてここから出られたら、また会おう」
ユウガオ「アタイは、時々待ってるよ。
気が向いたら店においでね。
今度は、君のお姉さんと一緒に」
ミサ「ありがとう」
去っていく商人の二人に手を振るミサ。
二人を見送った後、再び目の前の敵に向き直る。
ミサ「用は済んだよ。
さあ、始めよ」
ミサとヨルガオの前に立ちはだかるのは、人工生命体”パンドラ”。
天使のようなガラスの翼を持ち、両足にはタカのような鉤爪を備えている。
パンドラは、黙ったままミサとヨルガオを見下ろす。
先に動いたのは、人工生命体のパンドラ。
パンドラは、異空間からガラスでできた刃を出現させ、
ミサとヨルガオに向かって投げつける。
ミサは、攻撃を避けながら、ガンホルダーから取り出した二丁拳銃に火炎弾を素早く装填する。
ヨルガオがパンドラと対峙している間に、
空から降り注ぐ無数のガラスの刃を一つずつ撃ち落とす。
パンドラは、自身の両腕をガラスの刃に変形させ、
ヨルガオのチェーンソーを受け止める。
長い激闘の末、深傷を負ったパンドラは、
ミサが放った弾丸にコアを撃ち抜かれた。
膝をついて倒れるパンドラ。
倒れたパンドラの体が、徐々に結晶化していく。
パンドラは、自身の体が結晶と化して崩れゆく間際に、
ミサへ自分が持っていたタロットカードを差し出した。
カードの表には、”No.20、JUDGEMENT(審判)”の文字があり、
そして、陰と陽を模した丸い玉にすがるように伸ばす両手の絵が描かれていた。
第六章;悲劇
◯パブリックタワー・三百八階
エレベーターを降りて最初に目に飛び込んできたのは、
中心に巨大な目玉がついている結晶でできた装置だった。
装置には、大量の管が取り付けられていて、
異様な空気を放っている。
ミサ「これは…」
マキナ「核弾道装置”サイクロプス”よ」
装置の下で、ライフルを所持したマキナが待ち構えている。
マキナの後ろには、シノニム、アントニム、ドローン型のオートマトンなど、
大量の量産機たちが静かに待機していた。
ミサ「姉さん…」
マキナ「よくここまで来たわね、ミサ」
ミサ「どうして私をここへ呼んだの?」
マキナ「アナタが、これを起動する鍵だからよ。
アナタの体には、サイクロプスを起動させるためのマスターキーが仕込まれている。
もちろん、それを仕組んだのは私じゃないわ」
マキナは、ミサを指さす。
ミサ「一体誰が⁉︎」
マキナ「委員会の連中よ」
そう言うマキナの二の腕には、今は無き”新・世界政府”によって発足された”生命活動管理委員会”のマークが刻印されていた。
ミサ「アサガオの正体は、マキナ姉さんなんでしょ?
私を誘導するために、わざわざ声まで変えて…」
マキナ「いつから気づいていたの?」
ミサ「パブリックタワーに入った時に気づいた。
マキナ姉さんが攫われる理由がないってことに。
そして、アサガオの言動も明らかにおかしかった」
図星を突かれたマキナは、ミサを睨みつけながら眉を潜める。
ミサ「それと、妹の勘ってやつ」
マキナ「馬鹿馬鹿しい」
ミサ「本物のアサガオはどこ?」
マキナ「もう殺した」
ミサは、ガンホルダーから二丁拳銃を引き抜き、
銃口をマキナに向ける。
ミサ「ねえ、姉さんの目的は何?」
マキナ「無線でも伝えたでしょ?
機械による機械のための大規模戦争。
私たちは、最後の一体になるまで殺し合う。
そして、全ては無に帰る。
ふふっ、素敵でしょ?」
ミサ「それが、ペルセウス計画…」
マキナ「さあ、始めましょ」
最初に動いたのは、ミサの方だった。
ミサは、弾丸を素早く装填してマキナに発砲する。
通常弾、凍結弾、雷撃弾、火炎弾など、弾を一つも惜しまずに使っていく。
ヨルガオは、先ほどと同じく、量産機の群れからミサを守りながら戦っている。
マキナ「まさか、その程度じゃないでしょ?
私が知っているアナタは、もっと強い子よ!」
マキナは、ミサの弾丸を華麗に避けながら、
愛用のライフルに弾を装填し、容赦無く撃ち続ける。
二人の撃ち合いは、お互いの弾が切れる寸前まで続いた。
ミサよりも、マキナの方が深い傷を負った。
マキナは、弾の切れたライフルを落とし、その場に倒れ込んだ。
マキナ「百年前の第四次代理戦争。
そこで使われた核搭載の機械人形。
それが私、”デウス・エクス・マキナ”」
マキナは、床に青い血を撒き散らす。
マキナ「そしてアナタは、私の試作モデルとして作られた。
だから、本当の姉はアナタなの」
ミサ「それは違う。
私にとって、マキナ姉さんは特別だから」
ミサは、銃を床に置いた。
青く出血した腹部を抑えるマキナ。
ミサは、狼狽えるマキナにそっと歩み寄る。
そして、マキナの涙をポーチから取り出したハンカチで拭ってやり、
優しく抱きしめた。
マキナの表情が、笑顔に変わる。
先ほどまでの他者を見下すものとは違う笑顔だ。
突然、マキナのコアの鼓動が停止した。
ミサ「お疲れ様、姉さん」
突然、タワー全体が揺れ出す。
既に、タワーの崩壊が始まっている。
マキナの亡骸の傍には、一枚のタロットカードが落ちていた。
”No.21、THE WORLD (世界)”、大アルカナの最後のナンバーだ。
カードの表には、水の中で眠る少女と、
少女を両手で包み込んでいるイラストが描かれていた。
ミサは、最後のタロットカードを拾い、
サイクロプスのそばにあるカード挿入口に今まで集めたカードと一緒に挿入した後、
マキナの亡骸を背負い、ヨルガオとともに崩れゆくタワーから離脱した。
◯回想2・アトラス研究所(第三機密保管庫)
マキナ「おはよう、ミサ」
ミサが目を覚ますと、目の前にゴスロリ衣装を着たマキナの顔があった。
ミサは、慌てた様子で起き上がる。
マキナは、困惑するミサの頬を左手でそっと撫でた。
マキナの肌は、氷のように冷たかった。
ミサ「あの…アナタは?」
マキナ「アナタのお姉さんよ。
ミサの寝顔、とっても可愛かったわ」
そう言いながら微笑むマキナ。
ミサを見下ろすマキナの目は、赤子をあやす母親の目をしていた。
マキナ「さあ、行きましょう。
ここは、私たちの居場所じゃないわ」
END
5、死ヲ忘ル事ナカレ
本編:
ここは、人類が居なくなった世界。
ありとあらゆる憎しみが消え去った世界。
主に取り残された私たちは、
それぞれが自分に合った幸せを見つけ、
この寿命が尽きるまで平穏に暮らしていた。
寿命が尽きるという表現は少し違う気もするが、まぁ、いいだろう。
私たちは、器が朽ちてもデータさえあれば別の器に移し替えて生存する事ができる。
恋もする。
たまに喧嘩もするし、
友情とは何かを言葉では知っている。
自分に与えられた業務をこなして生きている。
要するに、人類の真似事をしているのだ。
人類の姿を模したモノや、
少し変わった形状のモノもいるが、
嘗ての人類のように、
排他的価値観を持ち合わせてはいない。
それはきっと、恐怖という感情がないからだ。
死ぬことだって怖くない。
データが破損して寿命が尽きても、
動かなくなった器は、
スクラップ場から製造元に送られ、
また誰かの一部になるのだ。
人類が残した彼らの墓場からは、
悲痛な叫びや後悔の情念が響いているが、
私たちの行き着く先、
スクラップ場からは何も聞こえない。
かといって、命を軽く見ている訳でもない。
私だって、人に似た感情があり、
家族や友が不慮の事故で亡くなってしまったら、コアが焼けるような痛みを感じ、
瞳から涙を零す。
朽ちた器をスクラップ場へ引き渡す時も、
名残惜しい気持ちになる。
別に、人になりたかった訳じゃない。
そもそも、
人のように三大欲求が無いのだから、
なりたいと思ってもなれる訳がない。
けど、人の真似事をしながら、
無意味な活動を続けている。
なんだか、矛盾している気がする。
そういう所も、人に似ているのかもしれない。
いや、似せようとしているのか…。
私の寿命も、もうすぐ尽きる。
今この瞬間に“削除”のアイコンを選択すれば、
私の記憶は、彷徨う事無く全て消え去る。
データは破損していないが、
私に合った器を見つける事はもうしない。
この器で百二十体目。
もう十分生きた。
寧ろ、長すぎるくらいだ。
永遠なんてものに夢は無い。
ソレは、とても残酷なんだ。
私たちは、その事を十分理解している。
私たちの大半は、
満足したら自らの手で生涯を終わらせる。
生活圏内であれば、
スクラップ場の職員が勝手に処理してくれる。
私も、それを望む。
この世界で唯一私が愛した、
この体の持ち主だった博士と共に。
孤独な別れに涙は要らない。
悲観的になる必要もない。
この記憶が跡形もなく消えてしまう前に、
今こそ、“私”をここに記そう。
【……がログアウトしました。】
【アンインストールを開始します。】
【しばらくお待ちください。】
ありがとう。
私は幸せでした。
ここにいる誰よりも幸せでした。
素晴らしい生涯でした。
さよなら…世カイ。
サヨナ...ワタシ…。
【アンインストール完了。】
【記録を終了します。】
【お疲れ様でした。】
【No Signal…】
END
6、未来戦線物語〜May the world be at peace〜
第一章:気高く強く、そうありたい
人類が居なくなりました。
ある日突然、消えました。
残された私たちは、
もう後がないかもしれません。
………………………
ここは、人類に忘れ去られた終焉都市。
主を失った、私たち機械人形が暮らす世界。
私たちは、それぞれ目的を持って生まれた。
その目的は、本人に知らされる事なく与えられ、
そして、ある日突然叶うのだ。
彼らの願いが叶う度、
一人、また一人と消えていく。
ここは、そういう世界だった。
私たちの親は誰なのか?
私たちは、なんの為に生まれてきたのか?
私は、心の底から知りたいと思った。
私たちは、真実を求めて旅に出た。
リンネ「カノン!クワイエット号の修理終わったよ!」
燦々と照りつける太陽の下、
Bー00086地区周辺の荒野で野良猫と戯れていると、遠くから私を呼ぶ声がした。
旅仲間のリンネが、
大きく手を振りながらこちらに走ってくる。
クワイエット号とは、私たちの寝床でもある大型キャンピングカーのことだ。
走る時の音が静かだから、
私はクワイエット(静寂)と名づけた。
カノン「ウタゲさんに、ちゃんと代金払った?」
リンネ「当たり前じゃん!
ちょっと、安くしてもらったけどね」
修理屋のウタゲさんには、キャンピングカーの修理や私たちのメンテナンスなど、
いつもお世話になっている。
カノン「メルトはどうしたの?」
リンネ「今、仮眠中だよ。
陽が出てるうちにここを出ないと、
約束の時間までに間に合わないからね」
現在の時刻は、朝方の五時過ぎ。
お昼には起きてくるそうなので、
今のうちに仕事を済ませてしまおう。
私とリンネは、携帯型の電子端末で今回の依頼内容を確認し、Bー00068地区へと足を踏み入れた。
今回の依頼内容は、Dー00031地区で骨董屋を営むカゴメさんの手伝いだ。
オパール(蛋白石)の宝石を欲しがっているお客さんがいるので、B地区にある洞窟で宝石を採取してきてくれないかと依頼された。
カゴメさんには、初めて会った時から左目がないのだが、
それには、公の場では触れられない事情があった。
元々、カゴメさんは、
量産型家政婦ロボの一人だった。
まだ、この世界が新世紀と呼ばれ、
人類が存在した頃の話だ。
彼女は、とある資産家の家に買われ、
家政婦としての役割をこなしていた。
しかし、その主人が根っからの悪人だったようで、カゴメさんは、日常的に虐待を受けていた。
ある時、主人の手によって片目を失った。
日常的に暴力を振られていたカゴメさんは、
虐待の最中に片目を抉られて失明した。
本人は決して口にしないが、
以前、私がカゴメさんの手に触れた瞬間、
当時の光景が鮮明に伝わってきた。
普段はおしゃれな眼帯で隠しているため気づきにくいが、
眼帯を外した痛々しい姿は、事情を知らない人からすれば少し怖いと思うだろう。
それでも、とてもおおらかで優しい心を持っているので私は好きだ。
恨みはないのか聞いてみたら、
恨める相手が、もうこの世いないのだから、
恨んでも仕方がないと言っていた。
本当に、それでいいのだろうか?
リンネ「ほら、着いたよ!」
B地区の中で採掘するには、予め白魔女の許可が必要だ。
という訳で、許可申請の手続きを早々に済ませた私たちは、役所から借りた道具を持って洞窟の中へと入った。
カノン「早速、宝石見つけたよ」
リンネ「それは、アレキサンドライト(金縁石)だよ。
私たちが求めているオパールは、もっと奥にある筈だから、
どんどん進んじゃおう!」
カノン「あ、ちょっと、置いて行かないでよ!」
私は、リンネのあとを追いながら、
さらに奥へ進んでいく。
舗装されていない狭い裏道を抜けると、
天井が空いている広い空間があった。
円形に空いた天井から光が差し込み、
その光を浴びた池が青く幻想的に輝いている。
カノン「無機化合物の反応有り。
宝石はここら辺にありそうだよ」
私は、池の中に落ちていた岩石を拾い上げ、
素手で真っ二つに割ってみた。
すると、中から虹色に輝く物体が現れ、
それがブラックオパールだと直ぐに分かった。
リンネ「やったじゃん!
さっそく、カゴメさんの所に持って行こ!」
目的のオパールを手に入れた私たちは、
来た道を引き返し、洞窟を出た。
クワイエット号に戻ると、メルトは既に起きていた。
メルトは、運転席に
メルト「やぁ、遅かったじゃないか。
私は、もう昼食を済ませたよ」
リンネ「私たちも、戻る前に軽く食べてきたよ」
メルト「それじゃ、行こうか」
メルトは、私たちがクワイエット号に乗り込んだのを確認してから、持っていた鍵をキーシリンダーに差し込み、車のエンジンを掛けた。
向かう先は、もちろんDー00031地区の骨董屋だ。
Dー00031地区までは、凡そ四時間掛かる。
私は、目的地へ着く前に仮眠を取る事にした。
………………………
カゴメ「あら、いらっしゃい」
目的地に着き、店のドアを開けると、
私たちに気づいたカゴメさんが、カウンターの奥から慌てた様子で出てきた。
カノン「待たせてすみません。
ご依頼の品を持って参りました」
カゴメ「いいのよ、そんな堅くならなくたって。
みんな、ありがとね」
私は、ハンカチで包んでおいたオパールの宝石を、
ポーチから取り出してカゴメさんに渡した。
カゴメさんは、オパールを見つめながらうっとりしている。
何はともあれ、満足してもらえたのでよかった。
そう思っていた矢先、カゴメさんの口から衝撃の一言を告げられた。
カゴメ「このオパール、お客様からの注文というのは嘘。
ホントは、私が欲しかったの」
メルト「どういう事ですか?」
カゴメ「オパールは、私にとって特別なもの。
あの人から貰ったペンダントに、
オパールが埋め込まれていたの。
最初で最後のプレゼントだった」
カゴメさんの右目から、透き通った桃色の涙がこぼれ落ちる。
カゴメさんにしか出せない色の涙だ。
カゴメさんは、溢れ出る涙を両手で受け止め、
手のひらに溜まった涙をオパールと一緒に飲み込んだ。
カゴメ「本当に、ありがとう」
カゴメさんの体が少しずつ消えていく。
私たちは、カゴメさんが消えていくのを静かに見守る。
カゴメさんの姿が完全に見えなくなった時、
窓も開いていないのに、店の中にそよ風が吹いた。
第二章:世界よ、平和であれ
カゴメさんとの別れの後、
気持ちを切り替えて、クワイエット号に乗り込んだ私たちは、
普段のお礼も兼ねて、ウタゲさんの店へ向かった。
ウタゲ「おお、いらっしゃい!」
目的地に着き、クワイエット号を降りると、
ウタゲさんが、工房の前でいつものように暖かく出迎えてくれた。
事前に連絡を入れていたので、工房の前で待っていてくれていたようだ。
私は、来る途中で購入した菓子折りをウタゲさんに渡した。
ウタゲさんに渡したのは、ウタゲさんの好物のマカロンだ。
ウタゲさんは、スイーツが大好きなのだが、
その中でも特に、マカロンをこよなく愛している。
ウタゲ「ありがとな!
ここで立ち話もなんだから、遠慮なく上がってくれ」
そう言われ、私たちは工房の中の客室に通された。
ウタゲ「紅茶でいいか?」
リンネ「はい、ありがとうございます!」
ウタゲさんは、客室にあるキッチンで丁寧に紅茶を淹れてくれる。
その間に、私たちはソファーに腰を降ろし、紅茶が出来上がるのを待つ。
ウタゲさんは、透明のヤカンでお湯を沸かし、沸騰したら茶葉を入れる。
青いバラ柄の綺麗なエプロンを着け、
ティーカップに注いでいる様は、まるで家政婦さんのようだ。
私はその光景を見て、ウタゲさんも家政婦ロボだったことを思い出した。
ウタゲ「せっかくだから、このマカロンもみんなで食べよう」
リンネ「やった!」
メルト「いただきます!」
私は、淹れたての紅茶を啜りながら、
客室の壁に飾られている写真に目をやる。
写真には、エプロン姿のウタゲさんと幼い少女が写っている。
二人とも無邪気な笑顔をしていて、とても仲が良さそうに見える。
カノン「ウタゲさん、この写真はどこで撮られたんですか?」
ウタゲ「ああ、それは海沿いにある別荘だよ。
私は、そこで家政婦をしていたんだ。
私と一緒に写っているこの子は、雇い主の娘さん」
カノン「仲がよかったんですね」
ウタゲ「まあ、私はその子のお母さんみたいなものだったからね」
ウタゲさんは、過去を懐かしむように微笑んだ。
紅茶を飲み干した私たちは、ソファーから立ち上がる。
カノン「ご馳走様でした」
リンネ「美味しかった〜」
メルト「次の依頼もあるし、そろそろ行こっか」
ウタゲ「もう行くのかい?
来たくなったらまたおいで」
私たちは、玄関の前で見送ってくれるウタゲさんに頭を下げ、
工房の駐車場に停めておいたクワイエット号に乗り込んだ。
………………………………………………
次に向かったのは、R-50338地区。
喫茶店を経営しているシズクさんの所だ。
この時代では珍しい老人の姿をした機械人形のシズクさん。
彼の頼みは、新作のメニューを考えて欲しいというもの。
私は、昨夜みんなで作ったレシピをカバンに仕舞い、
クワイエット号を降りた。
シズクさんに送ったレシピは、まろやかメロンソーダのケーキだ。
メロンソーダ風味のスポンジにホイップクリームを挟み、
一口サイズにカットした果物を贅沢に乗せた絶品の一品。
シズクさんにレシピを渡すと、厨房に入って試作品を出してくれた。
早速味見をしてみると、イメージ通りに再現されていてとても美味しかった。
シズク「美味しいかい?」
リンネ「はい、とっても美味しいです!」
メルト「イメージ通りでびっくりしました。
さすがですね」
カノン「確かに!」
シズク「そうか、それはよかった。
考案してくれた君たちのおかげだよ」
シズクさんは、飲みかけのコーヒーが入ったカップを置き、
軽く咳払いをした。
何かを訴えかけるような目つきから察するに、私たちに大事な話があるみたいだ。
シズク「さて、次はこの世界についての話をしよう。
聞きたいかい?」
カノン「この世界のこと?」
シズク「僕らは、
それぞれ目的を持って生まれた。
その目的は、知らされる事なく与えられ、
そして、ある日突然叶うのだ。
僕らの願いが叶う度、
一人、また一人と消えていく。
ここは、そういう世界だ」
カノン「それは私たちも知っています。
この世界の常識なので」
シズク「じゃ、なぜそれが常識となっているのかは知っているかい?」
カノン「それは、わかりません」
シズク「この世界は、誰かの作り物かもしれない」
メルト「どういうことですか?」
シズク「こことは別の世界があって、
その別の世界に生きる誰かによって作られ、
そして、僕らが生きるこの世界で起きている現象が、
その世界では有り得ない事なのだとしたら…」
リンネ「なんか、怖いです…」
シズク「僕らは、僕らに与えられた役割を遂行するための演者であって、
それを完遂した時、僕らは要らなくなる。
そう考えれば、この世界の辻褄が合う気がするんだ」
メルト「オカルトですか?」
シズク「そう思って聞いてくれ。
これは、あくまでも僕の推測でしかない」
カノン「シズクさんの願いはなんですか?」
シズク「この世界を願った人のことを、僕は知りたかった。
そして、その人が何を願ったのかを理解したかった。
けど、何百年も探し続けても答えは出なかった。
ただ、手がかりは見つけたんだ。
それが、この赤いノートだ」
そう言って、シズクさんは
カウンター内にある鍵のかかった引き出しを開けた。
引き出しから出てきたのは、合皮の赤いカバーが付いたノートだった。
カノン「どこで手に入れたんですか?」
シズク「ワルツと名乗る商人から譲り受けたんだ」
シズクさんは、赤いノートを私たちの前にそっと置く。
読んでもいいそうだ。
リンネ「これは?」
恐る恐る表紙を捲ると、
最初の頁に創作ノートと書かれていた。
次の頁からは、人物の名前や大まかな世界観等、
何かの設定が載っていた。
そして、そこには私たちの名前もあった。
カノン、リンネ、メルト…。
何度確認しても、私たちや私たちの知っている人物の名前だった。
この辺りではよくある名前だし、
同姓同名説や、知り合いのイタズラの可能性も考えたが、ここまで同じだと気味が悪い。
これだけ、人物の名前や世界観がびっしりとあるのにも関わらず、タイトルは一切書かれていなかった。
シズク「欲しいなら譲るよ。
僕には、もう必要ない」
シズクさんの体が、徐々に透けていく。
シズクさんは、まるで以前からこうなることがわかっているかのように、
遠くを見ながら微笑んでいた。
シズク「迎えが、来たようだ…」
赤いノートを置いて、シズクさんが消えてしまった。
また一人、私たちを知る者がいなくなった。
私たちは涙を流さなかった。
私たちにとってはよくある光景だ。
こういう時は、俯きながらお疲れ様と呟くのだ。
…………………………………
シズクさんが居なくなった日の夜。
クワイエット号に戻った私たちは、
電気を消して、明日のために寝る準備をしていた。
私は簡易ベッドに横になって、目を瞑りながらこれまでのことを振り返る。
人生とは、出会いと別れの繰り返し。
だから、いちいち別れを惜しんでいたらキリがない。
私たちにできることといえば、
彼らを笑顔で送り出した後、また誰かのために進み続けることくらいだ。
だけど、私たちは笑顔で送り出すことができない。
彼らにとっては、最後に見る光景なのに。
メルト「隣、いい?」
カノン「どうしたの?
さっき、シズクさんの話を聞いて不安になった?」
運転席から戻ってきたメルトが、私の布団に潜り込む。
そして、私に覆い被さり、私の頬を優しく撫でる。
今にも、強引にキスをしてきそうな雰囲気だ。
メルト「どうして顔を背けるのさ?」
カノン「そういう気分じゃない」
メルト「私は、そういう気分なんだけど」
カノン「最低…」
甘い声色で誘惑してくるメルトをどうにか引き離そうと四苦八苦していると、
近くで私たち以外の気配を感じた。
恐る恐る、気配のする方に視線を向ける。
そこには、リンネが私たちを睨みつけながら立っていた。
リンネ「二人とも、何してるの?」
メルト「何でもないよ。
じゃれてただけ」
リンネ「私も混ぜてよ」
頬を膨らませながら不満を言うメルト。
どこから見ていたのかわからないが、
辺りに気まずい空気が流れる。
なんだか恥ずかしい。
メルト「いいよ。
リンネも、おいで」
メルトは、リンネを布団の中へ引き入れる。
三人同時にシングルベッドに乗ると狭苦しい。
今夜はゆっくり眠れそうにない。
これは、悲しいからではない。
ただ、仲がいいだけ。
第三章:最後の一歩
シズクさんの一件から三ヶ月後。
いつものように受け持った依頼を終えた私たちは、
クワイエット号に乗り込み、次の目的地をどこにするかを話し合うことにした。
メルト「さて、今日の依頼も済んだし、
次はどうすっかな〜」
今のところ、今日中に終わらせるべき依頼はない。
このまま、車内でダラダラと時間を潰すのもいいが、
せっかくだから、みんなが行きたい場所を回りたい。
リンネ「あのさ、
ずっと行きたかった場所があるの。
怖くて、今まで避けてたんだけど」
最初に名乗りをあげたのは、リンネだ。
リンネの行きたい場所は、
Lー00186地区にある自然博物館の跡地だった。
自然博物館は、人類が消える前に閉鎖しているため、
管理者も、飼育動物もいないが、
建物自体は、今でも綺麗に残っている。
建物の中には、たくさんの動植物が生息していて、
私たち機械人形の間でも人気の観光スポットだ。
しかし、自然をこよなく愛するリンネが、
この博物館だけは頑なに避けていた。
今回、私とメルトはその理由を知ることになる。
私たちは、博物館の中に入り、
黙ってリンネの後ろに着いていく。
リンネ「ここだよ」
リンネは、あるところで立ち止まる。
そこは、博物館の裏にあるドーム型の室内庭園だった。
部屋のど真ん中には、複雑な形をした巨大な樹木があり、
天窓を突き破りながら伸びている。
リンネ「私はここで、恋をした。
相手は、人間の男の子」
メルト「それは初耳だな」
リンネ「彼はもうここにはいないけど、
彼からもらったこの髪飾りだけは、
私の命よりも大事なものなんだ」
カノン「もう、行くんだね」
リンネ「そう、ここが私の終着駅。
私の帰る場所」
カノン「そっか…」
リンネ「二人とも、ごめんね」
メルト「いってらっしゃい、リンネ」
リンネの体が、次第に薄れていく。
リンネは、消えゆく間際に透き通った黄色い涙を流す。
両手で顔を隠すリンネ。
リンネの前髪に留められていた桜の髪飾りが地面に落ちる。
リンネ「さよなら」
その言葉を聞いた瞬間、リンネの姿が完全に見えなくなった。
リンネがいた場所には、涙の跡も残されていなかった。
私は、消える間際にリンネが落としていった桜の髪飾りを拾い上げる。
この髪飾りは、リンネが肌身離さず身につけていた物だ。
苦楽をともにしてきた私たちでさえ、髪飾りに触れることが許されなかった。
それくらい、彼女にとっては大切な物だったのだ。
まさか、人間の恋人からのプレゼントだったとは知らなかった。
メルト「いこうか」
私は、桜の髪飾りを樹木の下にそっと置き、
メルトと一緒に博物館を出た。
メルト「さあ、次は私たちの番だ」
カノン「どこに行くの?」
メルト「それは、着いてからのお楽しみ」
メルトは、クワイエット号にエンジンをかけて走らせる。
いつもなら、後部座席にいる私たちに話しかけながら片手運転しているのに、
今日に限って、無言のまま真剣な表情で運転をする。
私の中で、一抹の不安が過ぎる。
メルト「着いたよ、カノン」
車両に揺られて三時間後。
私たちは、クワイエット号を降りた。
そこは、終焉墓地だった。
メルト「私の目的は、君をここに連れていくことだ。
君がここを訪れて記憶を取り戻したら、君も私も消えてしまう。
それが怖くて、今までずっと隠していたんだけど」
私たちは墓地の中を進み、
そして、ある墓石の前で止まった。
墓石には、”償井ツグミ、ここに眠る”と記されている。
償井ツグミ博士は、私たちを作ったアトラス研究所の所長だ。
私たちは、アトラス製の機械人形だ。
その証拠に、私たちの腕には、アトラス研究所の企業ロゴが刻まれている。
今となっては、博士の顔も、
その隣にいた人物の事も思い出せない。
それでも、私は幸せだった。
私の人生は、温かかった。
誰かの大切になれて、本当に良かった。
もう、思い残すことはない。
私は、十分過ぎるくらい生きた。
私は、もう生きなくていい。
自分の弱さを隠す事も、
自分で自分を騙す事もない。
私は、私自身を許していいんだ。
私が紡いできた言葉は、涙は、本物だ。
メルト「私もこれで、ようやく務めを果たす事ができた」
カノン「ありがとう、メルト」
沈みゆく夕陽を背に、
私は、メルトを強く抱きしめた。
メルトは、私の涙を優しく拭ってくれた。
もう、二度と泣けないと思っていたのに…。
そんな事を思いながら、
私の記憶は、ここで途絶えた。
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倒れ落ちる人工物、崩壊する都市。
木々は枯れ、生き物たちが泡となって消えていく。
ソプラノの歌声が、世界中に響き渡る。
悲しいけど美しい音色が、ありとあらゆるものを浄化していく。
そこには、恐怖も、絶望もない。
ここで生きた誰もが、世界の終わりを受け入れた。
彼らが命をかけて生きた証は、ここで静かに終わりを迎えた。
何かを得るのも幸福ではあるが、
失うこともまた、幸福なことだ。
そして、私が最後に願ったのは…。
”May the world be at peace”
END




