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「何って……ただの生活魔法ですが?」無能と蔑まれる公爵令嬢は、最強生活魔法でクソ婚約者に無自覚ざまあする

作者: あいあメル
掲載日:2026/07/03

 春の微風が気持ちの良い夕方。

 貴族学院の年度末に行われるダンスパーティー。

 王都の外の森に設けられた特設会場で事件は起こった。


「シャルロッテ! お前との婚約を破棄する! お前のような無能とは結婚できん!」

「ありがとうございます! 承知しました!」


 参加者の視線が、二人の男女に集まった。

 一人は、いかにも気取ったような髪の毛をぴっちりと整えた男。赤髪に緑の目をしたその男はコンラート・ベルトラード侯爵令息。

 もう一人は、装飾品こそ控えめだが、溢れる気品と素朴さが両立したような、銀髪に黒目のシャルロッテ・ライオンハート公爵令嬢。


「……な、な!」

「どうしたのですか? 顔色がおかしいですよ?」


 きょとんとするシャルロッテ。


「あ! もしかして食あたりでも? こちらをどうぞ」


 シャルロッテは生活魔法で作り出した水をそこにあったグラスに入れ、差し出す。


「馬鹿にするな!」


 グラスが地面に叩きつけられる。

 ガラスの砕ける甲高い音が響き渡る。


 シャルロッテは、コンラートの思ってもなかった反応にオロオロしてしまう。


「すみません……」

「お前のような田舎者は見ているだけでイライラする。さっさと田舎に帰れ!」


(私は本当に無能だ。こうやって婚約破棄されるだけでなく、コンラート様をまたイライラさせてしまった)


「わかりました」とシャルロッテが言おうとした時、微かに空気が震えた。


「なんとか言ったらどうなんだ?」


 真っ赤な顔でコンラートが言うのを、シャルロッテは聞いていなかった。


「来る……」


 シャルロッテがじっと森の方の空を見ながらつぶやいた時だった。

 護衛の騎士の声が響いた。


「気をつけろ! ワイバーンが来るぞ!」


 一瞬、会場中が沈黙した。


 次の瞬間。


「きゃああああああ」

「どけ!」


 悲鳴と怒号が入り混じる。


 会場中がパニックになる。

 参加者の学生たちが我先にと駆け出し逃げ出そうとした時だった。


 巨大な影が空から会場を覆った。

 生臭い匂いがする。血と獣の匂いだ。

 鋼鉄のような赤い鱗に、短剣ほどもある牙。

 ギラギラと獲物を探す金の目に、みんな立ちすくんでいた。


 高位魔法使いのはずの貴族も、護衛で来ていたはずの騎士も誰も動けない。

 本来、王都近郊にワイバーンなど出るはずがない。護衛たちは対人警備を想定しており、魔物討伐の陣形を取る余裕もなかった。


 コンラートは腰を抜かして、へたり込んでいた。


 皆が死を覚悟した時だった。


 ——あら、王都にもワイバーンって出るのね。お肉が美味しいから嬉しいわ。


 ワイバーンの翼を巨大な水流が貫いた。

 空気を切り裂くような悲鳴をあげながら、ワイバーンが落ちる。土埃があたりに舞う。

 そして次の瞬間、ワイバーンの姿が潰れた。あたりの地面ごと。


 ワイバーンはしばらくそれに抗っていたが、すぐに声を出せなくなり、ぴくりとも動かなくなった。


 場を沈黙が支配した。


「すみません、勝手に倒してしまいました」


 シャルロッテがペコペコと一人謝るのが響き渡る。


 誰もが呆然としていた。


 ♦︎


 シャルロッテは公爵家の三女である。


 シャルロッテの人生が大きく変わったのは、五歳の時だ。

 貴族が全員受ける四大魔力の適性検査。


「シャルロッテ様の四大魔力の適性は……ありません……」

「そんな馬鹿な!?」


 検査をした神官に詰め寄るライオンハート公爵。


「彼女が使えるのは、平民でも使える生活魔法だけです」


 それは貴族失格の烙印を押されたも同然だった。


「そんな馬鹿な……この子が」


 検査結果が間違いでないことがわかると、ライオンハート公爵はガックリと肩を落とした。


 五歳のシャルロッテには、父親のやりとりの意味がよくわからなかった。


 けど、父の悲しそうに笑う笑顔が、なんとなく記憶に残っていた。


 ♦︎


「お嬢様! こちらもお願いします!」

「はいはい〜! わかったわ」


 シャルロッテは田舎の公爵領ですくすくと育っていた。


「えい!」


 そういってシャルロッテは魔力を込める。

 アイロン魔法。

 すると魔法をかけられた道があっという間に平らになる。


 水を流してみる。水は地面に染みず、横の排水溝に流れていく。


 成功だ。


「これで馬車の往来が楽になります。ありがとうございます!」

「これくらい大したことないわ。私にはこれくらいしかできないもの」

「そんなことありません! お嬢様は立派な人です」


 悲しげに笑うシャルロッテ。

 職人の必死のフォローも、彼女の傷ついた心には届かない。


 シャルロッテはふと思い出したかのように、後ろに振り向いた。


「さて、お手本は見たわね? エド、さあやってみましょう!」

「いやいや、できるわけがないよ!」


 そこには一人の美少年が立って否定するように手を振っていた。サラサラの金髪に、青い目。王子様といって相応しい容姿の、この少年の名はエドワードという。


「これが生活魔法だって? 僕をからかっている?」

「ええ、生活魔法よ。だって私は無能だから生活魔法以外使えないの」


 思わず天を仰ぐエドワード。

 エドワードがため息を吐きながら言った。


「いいかい、大規模な生活魔法は人前で使わない方がいい。特に君のことをよく知らない人の前では。もう見てしまった人はしょうがないけど」

「……やっぱり、私のような出来損ないの魔法は人に見せない方がいいのね。誰にでもできることだしね」

「……いや、お嬢様にしか無理だと思いますが」


 そんな職人のツッコミはシャルロッテには届かない。


 エドワードは眉間を揉みながら言った。


「とにかく、色々とトラブルになるから、見せるのはやめておいた方がいいよ」

「……わかったわ」


 しゅんとしたシャルロッテ。

 エドワードは唇を噛む。


「そうだ。王都から持ってきた花の種だけど、一緒に埋めないかい?」

「すっかり忘れてたわ! 埋めましょう!」


 シャルロッテは花開くような笑顔になる。


「じゃあ、行こうか!」

「ええ!」


 シャルロッテがエドワードと出会ったのは、七歳の時だった。

 王都から来た客人だと屋敷で紹介された時のことをシャルロッテはよく覚えている。


「エドワードです。よろしくお願いします」

「王子様みたい……」

「お嬢様!」


 思ったことが口から出てしまっていたみたいだ。侍女長から注意が飛ぶ。


「ごめんなさい!」


 慌てて謝る。


「いや、大丈夫だよ。数日間の滞在だけど、仲良くしてくれたら嬉しい」

「わかったわ。じゃあ、さっそく一緒に工事しに行きましょう!」

「……工事?」


 ポカンとするエドワードの手を引っ張り、シャルロッテは駆け出した。


「お嬢様!」


 後ろから声が聞こえるが無視だ。


 これが二人の出会いだった。


 毎年、エドワードは夏になると来た。


「私、無能じゃなきゃよかったな」


 赤い夕暮れを見ながら、ポツリとシャルロッテが呟く。


 公爵家の屋敷の裏を流れる小川の土手で、水の流れを見ながら二人は横に座っていた。


「お父様もそうじゃなきゃ、私をこんなところに追いやったりしなかったかもしれない」

「……いいかい、そもそも君は無能なんかじゃない」


 真剣な目でエドワードがシャルロッテのことを見つめた。

 シャルロッテの瞳孔が開く。

 けど、すぐに元に戻り、手元に視線を落とす。


「ううん。知っているの。貴族なら誰にでも使える魔法が私は一つも使えない」


 シャルロッテは自嘲するように笑った。


「私が出来損ないってこと、みんな知っているわ」

「そんなことない」


 シャルロッテは顔を上げた。


「いいかい。君は出来損ないなんかじゃない。人の役に立つことが大好きで、花を愛でるのが趣味の一人の立派な少女だ。出来損ないなんかじゃない」


 川の流れが見える。

 小魚が自由に泳いでいる。


「領民だってシャルロッテにみんな感謝しているじゃないか」

「……」

「いいかい。君のことを出来損ないなんていう奴がいたら、僕が許さない。それは君自身もだ」


 そう言って、エドワードはシャルロッテの手を握り、シャルロッテの方を見つめた。

 シャルロッテもエドワードの方を見て、見つめ返す。


 そうして数秒が経った。


「……工事も満足にできないくせに、生意気」


 そう言ってシャルロッテはにっこり笑った。

 エドワードの耳が赤くなる。


「君が特別なんだよ!」


 シャルロッテはいつの間にか元気になっていた。けど、そんな自分に気が付かなかった。


 ♦︎


 十四歳の夏のことだった。


「お嬢様〜! 王都からの馬車が到着しましたので、応接間に来てください〜!」


 侍女がシャルロッテを呼ぶ声が聞こえる。


「今行くわ!」


 シャルロッテの胸は高鳴った。


(エドワードがきたんだ!)


 そう言って応接間に行くと、そこにいたのはお父様だった。


「……お父様」

「ロッテ! 元気にしていたかい?」

「はい、元気にしておりました。お父様」


 シャルロッテは表情を消して、淡々と言った。

 それを見て、公爵は悲しそうな顔を一瞬浮かべた。しかし、すぐに笑顔になる。


「ロッテ。いい話があるんだ」

「なんでしょうか?」

「お前に婚約者ができた!」


 ドキリ。胸が高鳴る。

 もしかして——


 お父様の口が横に開く。


「お相手は、エ」


 そう聞こえた気がした。


「お相手は、ベルトラード侯爵の息子コンラート殿だ」


 気のせいだった。


 夏なのに、影が濃くなった気がした。

 虫の声が無性にうるさかった。


「ベルトラード家は名門の侯爵家でね。貴族としてお前に立派な縁談を用意できてよかった。お前も貴族として立派な相手と結婚できるのだ、嬉しいだろう?」


 そう言ってお父様はにっこりと笑った。

 そこには娘の幸せを気遣う感情しかなかった。


「ありがとうございます。とっても嬉しいですわ」


 そう言って、シャルロッテはにっこりと笑った。

 それを見て、お父様はホッとした表情になる。


「それでだ。今まではお前を貴族以外の道で幸せにしてやろうと思っていて、貴族教育をしなかった。しかし、侯爵家に嫁ぐのだ。これからは貴族としての教育もお前に施してやろうと思う」

「……どうするのですか?」

「王都に来てもらい、貴族学院に来年から通ってもらう」


 シャルロッテは手をぎゅっと握りしめた。

 ずっと一緒にいた侍女や職人たちと離れることになる。そう考えただけで、悲しくなった。


 そして、ガツンと頭を殴られたかのような気がした。


(王都に行ったら、きっともうエドワードと会えない)


 シャルロッテは顔面蒼白になった。


 その姿を見て、お父様は慌てて言った。


「ああ、お前のお付きのものだが、できるだけ王都に連れて行けるようにする。今まで仲の良かった者たちと離れないようにな」


 握りしめていた手から、すこし力が抜けた。


 お父様は、それを見てにっこりした。


「シャルロッテ。お前には不自由をさせていた。これからは家族で幸せに暮らそう。では、私は政務があるから少し席を外す。また後で話そう」


 そう言うとお父様は立ち上がった。

 そして歩き出すと、途中でぴたりと止まった。


「そうだ。殿……。いや、エドワード殿だがな、彼もお前と同じ年に貴族学院に入学だ。仲良くしてもらうんだぞ」


 その瞬間、世界が色めき出した気がした。

 ポカポカと気温が上がった気がした。


 頬が自然とゆるむ。


 それを見て父親はにっこりと笑う。


 シャルロッテは王都に行くのが、楽しみになった。


 ♦︎


 十五歳になった年、貴族学院に入学した。


 エドワードはどうやら男爵らしく、公爵令嬢であるシャルロッテとは違うクラスだった。


(残念だな)


 寂しいけれど、シャルロッテは新生活を楽しもうとしていた。


 貴族学院は、親切な人が多いことが、特徴だろう。


「さすが公爵令嬢ですわね。公爵家に相応しい立派なアクセサリーで、とっても美しいわ」


 ふと目の前を見ると、アマーリエ・ベアラー伯爵令嬢がいた。

 その視線は、シャルロッテの腕に付けられているブレスレットに向いていた。


「わあ、ありがとうございます。実は先月父に買ってもらったんです。ファッションに疎いのですが、特注らしくて。地味なのだけれど、全部ミスリルでできてるらしくて」

「なっ」


 満面の笑みでシャルロッテが言うと、アマーリエはシャルロッテのアクセサリーを凝視した。


「……行きましょう」

 アマーリエは唇を噛むと、スタスタと歩いていった。


 こんな風に会話が弾むし、他にも話しかけられることは沢山ある。


「あら、ごめんあそばせ」


 一人の令嬢が、カップをひっかけ、シャルロッテの制服に紅茶をブチまける。


 スカートがびしょびしょになった。


 周囲から、くすくす笑いが漏れる。


「あら〜。すみません。田舎では紅茶を飲む機会なんてないのですが、これ紅茶って言うんです。シミになっちゃいますね、すみません」

「紅茶なら知ってます! 大丈夫ですよ! これくらい」


 洗浄魔法!

 乾燥魔法!


 一瞬で制服のシミは抜け、ピカピカになる。


「なんで!?」

「シミ抜きは得意なんです」


 驚く貴族令嬢と、にこにこするシャルロッテ。

 なぜか歯軋りされた気がしたが、きっと気のせいだろう。


 婚約者との仲は、良好……ではない。


「この無能が! また魔法の授業で落第か! 本当に恥ずかしい」


 シャルロッテは魔法が生活魔法しか使えず、基本となる四属性が全く使えない。

 だから魔法の授業は全て落第していた。


「すみません……」

「ふん、腹が減った。さっさと昼食をとってこい」


 普通であれば公爵令嬢を侯爵令息が召使のようにするのはあり得ない。

 けれど王都では、シャルロッテは「公爵家が田舎に隠していた出来損ない」であり、公爵家はシャルロッテを半ば見放していると王都で噂されていた。

 そのためコンラートは、彼女を軽んじても公爵家は怒らないと勘違いしていた。


 公爵家はというと、コンラートから「シャルロッテは学院に馴染んでいる」と報告が届いていた。

 満足に教育を受けておらず、自己肯定感の低いシャルロッテはそれが普通ではないと気がつかず、特に不満を訴えなかった。


 そして、シャルロッテはエドワードとも話せなくなっていた。


 男爵であるエドワードと、公爵令嬢であり婚約者がいるシャルロッテが話すのは外聞が悪いらしいと、シャルロッテは聞いていた。


 何より、楽しそうに話すとコンラートが不機嫌になるのだ。


 なのでこっそりと話しかけようとしたが、なかなかタイミングがなかった。


 エドワードが廊下の向こうに見えた。けれど、別の女の子とエドワードは話していてシャルロッテに気がつく様子はない。


 それを見て、なぜか胸がチクリとする。


(いけない、早く行かなきゃコンラートが怒る!)


 シャルロッテは昼食を取りに行くことにした。


 振り返るとエドワードはどこかに行ってしまっていた。


 ♦︎


 こうして学院の時間は過ぎ去っていった。


 そうして訪れた年度末。

 ダンスパーティーにシャルロッテは参加していた。


 ファーストダンスをアマーリエと踊るコンラートの姿を見ながら、シャルロッテは立っていた。


(お父様からはファーストダンスは恋人や婚約者と踊るものって聞いてたけど間違っているみたいね。これも時代なのかしらね)


 アマーリエの胸元に真っ赤な宝石が光る。


(そういえば、コンラート様が贈ったと、アマーリエ様言ってたわね。恋人でもないのに贈るなんて、コンラート様はお金持ちね)


 そんなことを考えていると、曲が終わった。


 入れ替わりの時間だ。


 コンラート様がノロノロとこちらに歩いてくる。


「おい、お前。踊ってやってもいいぞ」

「コンラート様、あの方と仲がよろしいんですね」


 シャルロッテは、ふと言ってしまう。

 公然と「あなたたち浮気してますよね、お似合いですよ」と言ってるに等しい指摘を。


 周囲の視線が二人に集まる。


「な……。 そうだ、お前のような無能は俺の横にふさわしくないからな!」

「はあ……。それで?」


 きょとんとするシャルロッテ。

 二人のやりとりを見て、周囲から笑いが漏れる。


 それがコンラートの自尊心を逆撫でする。

 だからコンラートはつい、言ってしまう。


「……婚約破棄だ!」


 ざわめく聴衆。


「シャルロッテ! お前との婚約を破棄する! お前のような無能とは結婚できん!」


 シャルロッテは少しの間、動きを止めた。

 次の瞬間、弾けるような笑みを浮かべてお辞儀をする。


「ありがとうございます! 承知しました!」


(無能な私が一緒にいると迷惑をかけてしまうだろうし、ずっと申し訳ないと思っていたの。ついでに、領地で仕事している方が楽しいしね)


 そう言って顔をあげ、にっこりと笑うシャルロッテ。


 ——そう、これが、あのワイバーンが現れる、少し前のことだった。


 ♦︎


 ワイバーンが上空に現れ、混乱するダンスパーティーの参加者たち。


「シャルロッテ!」


 エドワードが人混みをかき分けてシャルロッテの方に向かうが、人の流れに流されてしまいなかなか進むことができない。


 そんなエドワードに、シャルロッテは全く気が付かなかった。


 と言うのも、お肉のことを考えていたのだ。


(あら、王都の近くにもワイバーンって出るのね。お肉が美味しいから嬉しいわ。今夜はバーベキューかしら)


 でも、不思議なことに誰も倒そうとしない。


(なら、私がやっちゃっても問題ないわよね)


 洗濯魔法。


 ワイバーンの翼を巨大な水流が貫いた。

 空気を切り裂くような悲鳴をあげながら、ワイバーンが落ちる。土埃があたりに舞う。


 アイロン魔法。


 そして次の瞬間、ワイバーンの姿が潰れた。あたりの地面ごと。


 ワイバーンはしばらくそれに抗っていたが、すぐに声を出せなくなり、ぴくりとも動かなくなった。


(弱いわね。王都のワイバーンって)


 場がシーンと静まり返った。


「すみません、勝手に倒してしまいました」


 周囲がみんな黙ったので、悪いことをしてしまったのかと不安になる。


 次第に周囲もざわめき出した。


「ワイバーンの翼を貫くなんて、なんだあの魔法は」

「最後のは地属性の重力魔法にも見えたぞ。超高難易度の魔法を誰が……」


 シャルロッテはコンラートの方を見る。

 コンラートはへたりこんで、足をプルプルと震わせている。

(プルプルと震えているけれど、そんなに戦いたかったのかしら)


「あの、コンラート様?」

「ひっ」


 その時だった。コンラートの股にじんわりとシミができていった。


「大丈夫ですか?」

「触るな、化け物!」


 シャルロッテは傷ついた。化け物呼ばわりは流石に年頃の乙女として悲しかったのだ。

 でも、たかがワイバーンを倒しただけで化け物呼ばわりするなんて、どういうことだろう。

 ああ、承認欲求の化け物だと思っているのかもしれないわね。


「すみません、出過ぎた真似をしてしまいました。他の方に任せておけばよかったですわね」


 誠心誠意、シャルロッテは謝る。

 それを見て、コンラートは冷静さを取り戻した。


 そして、その少しばかり足りない脳みそをフル回転させ始めた。


「さ、さっきの婚約破棄は撤回だ! おいシャルロッテ、結婚してやる。喜べ」

「え、ちょっと!」


 横にいるアマーリエが、コンラートの腕を掴む。


「うるさい、黙れ。お前のような女と付き合っていたのは間違いだった。俺が愛しているのはシャルロッテだけだ」


 そう言ってアマーリエの手を振り解く。

 アマーリエはショックで何も言うことができなかった。


「だからシャルロッテ。喜べ、結婚してやる」


 シャルロッテは口をぽかんと開けた。


 なぜなら、そこにいるのは威勢はいいのに、股間は濡れていて足はピクピクしている、お世辞にもカッコいいとは言えない殿方だったからである。


 だからシャルロッテの答えは一つだった。


「すみません、お断りさせていただきます」

「な……! 無能のくせに生意気だぞ! こっちは結婚してやると言っているんだ」

「いえ、コンラート様も無理に結婚なさる必要はありません。私のような無能といるとコンラート様に迷惑がかかりますし」


 そう言ってシャルロッテは申し訳なさそうに笑った。


 シャルロッテは本気だった。本気で自分のような無能と結ばれることは迷惑だと思い込んでいた。


 けど、シャルロッテの価値に気がついたコンラートはそう受け取らない。

 嫌味だと思った。


「このやろ……」


 だからコンラートが顔を真っ赤にして、そこまで言いかけた時だった。


「これだけの証人の前で婚約破棄を宣言した以上、両家の正式協議は避けられないでしょうね」

「なっ」


 そこには数名の騎士と、クラスメートの宰相の息子ユリウス・ヘラルド侯爵令息がいた。


「コンラート殿。少し事情聴取に応じていただきたい」


 そういうと、コンラートの顔が青くなった。


「コンラート殿には違法賭博を行っていた疑いがある。公爵家への影響を考え、証拠が固まるまでは表沙汰にしてこなかった。しかし、婚約破棄を君自身が宣言した。だから事情聴取させてもらおうか」


 宰相の息子がそういうと、騎士たちがコンラートを取り囲んだ。


「なっ。誤解だ!」

「誤解ではありません」


 そう言って宰相の息子はにっこりと笑った。


「あ、ちょっと待ってください」


 連れて行かれそうになるコンラートと、騎士たちに声をかける。


 シャルロッテは魔力を込めた。


「ひっ」


 コンラートのシミが深くなる。


(失礼ね、浄化魔法をかけるだけなのに)


 魔力が広がっていく。会場全体の土埃や汚れが浄化された。

 もちろん、コンラートの股にできたシミも。


「これでバッチリです!」


 そう言うとシャルロッテはにっこりと笑った。

 けれど、なぜかヘラルド侯爵令息も騎士も苦笑いをしていた。


(綺麗になっているのに……)


 綺麗になって連れて行かれるコンラートを見ていると、エドワードがいつの間にか隣に来ていた。


 息を切らしている。


「無事でよかった」

「エドって心配性ね。昔から変わらないなあ」


 エドワードは青ざめていた。

 その手は震えている。


(エドってワイバーン苦手だったっけ?)


 そんな見当違いのことを考えるシャルロッテ。

 そんなシャルロッテにエドワードは気がつかない。


「怪我はないよね」


 そう言って、全身をくまなくチェックされる。

 少し恥ずかしい。


「大丈夫よ。エド」

「そっか」


 そして、ほっとした顔をして、すぐに真剣な表情になる。


「……さっきのやりとり、全て聞いていたよ。本当は何度も助けに行こうとしたんだ。けど、男爵令息の僕が近づけば、迷惑になると思ってなかなか話しかけられなかった」

「え?」

「ごめん。もっと早く、どうにかするべきだった」


 そう言って、エドワードはシャルロッテの方をじっと見つめた。


「なあ、気がついたんだ。僕はずっと——」


 そうエドワードが言いかけた時だった。


「コンラートはどうなるんだ?」

「あの魔法使ったの、あの出来損ないと言われてた公爵家の三女だろ? やばくないか?」

「あそこにいるのが、そうだろ? やばい、俺恨まれていないかな」


 周囲がざわめき始めた。

 思わずそちらを見るシャルロッテ。


「ん? なあに?」


 振り向いて聞き直す。


「……いや、なんでもない。無事でよかった」


 そう言ってエドワードは周りを睨みつける。

 その様子がなんだかおかしくて、シャルロッテは笑ってしまった。


「もう、どうしたの。変なの」

「……変じゃない」


 ぷくりと拗ねたような表情をするエドワード。

 なぜか胸がドキドキする。

 それを誤魔化すように、シャルロッテは言った。


「ごめんね。約束破っちゃった」


 エドワードはため息をついた。

 そして困ったように、にっこりと笑った。


「いいよ、君が無事なら」


 シャルロッテの胸が高鳴った。


(これはきっと、ワイバーンのお肉が楽しみなせいだわ)


 赤面しているのを誤魔化そうと、下を向くシャルロッテ。


「どうしたの?」

「……何でもない」

「そっか」


 顔を上げると、にっこりとエドワードが笑っていた。


「さあ、あっちで休もうか。ここもうるさいし」


 そう言って、エドワードはシャルロッテの手を握って歩き出した。


(良かった。顔を見られなくて)


 エドワードの手は温かかった。


 あの小川のほとりで繋いだ手と同じはずなのに、なぜだか熱い気がした。

 ゴツゴツとした剣だこも、ガッチリした指の節もなぜか鮮明に感じる。


 全神経が指先にあるような気がした。


 なぜか再び顔が熱くなる。


 春の暖かい風が、二人の背中を押すように吹いていた。



たくさんの作品の中から、本作をお読みいただきありがとうございました。


最後まで読んでいただけたこと、とても嬉しいです。


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