狂人病
ゾンビ物ですが、「ゾンビ」という単語も、派手なアクションもありません。ただひたすらに、いえ、これは読んでいただければわかるでしょう。
「狂人病」
ー序章[プロローグ]ー
ある日、ネット上に1本の動画がアップされた。
それは、日本のとある地域で撮られたもの。コンビニの前で突然暴れだし、周囲の人間に噛み付こうとする老婆の姿が映されていた。
たった十数秒程の動画が、世界中に散らばった。
ある人は自身の思想に繋ぐ
「痴呆だろw寿命を無理やり伸ばしたツケだな。」
ある者は真偽を問う
「これAIか?」
また、ある者は単に恐怖する
「怖い」
静かながら、しかし確かな「淀み」がこの時生まれつつあったのだ。
ー第1章[オワリハジマリ]ー
数ヶ月ほど前、1つの動画が一世を風靡した。
内容はなんてことの無い、平然と世に溢れているような普通の動画だ。
しかし、圧倒的に普通では無いことが1つだけある。
たった今、目の前で同じことが起きているのだ。
人が、人に噛み付いている。というよりあれは、もはや喰っているに等しい状況だ。
人間というのはおかしなもので、こういう時に来る感情は恐怖ではないのだ。
「何故?何が起きてる?」
この疑問と日常との摩擦が、凄まじい違和感を沸き起こさせる。
ふと、思考を取り戻す。いた。目の前に"それ"が。
いや、正確にはかなり距離はあった。しかし、速かった。
必死に走る。とにかく走る。
足がもつれる。世界が真っ白になった。
"それ"はもう、そこにはいなかった。
ー第2章[ショウレイ]ー
ココ最近、妙な患者が増えている気がする。
どうにも、我を失ったように人に噛み付こうとするんだとか。そう、まるで"あの動画"のような。
以前までも、暴れて看護師や医師に怪我を負わせる患者は確かに存在した。しかしそれとは決定的に何かが違うのだ。
ーー人間としてのタガが外れている。
そんなふうに見えてしまった。
「もう最悪〜。私今日あそこの人の診察担当だったんだけどね、言葉がもう通じてないみたい。おじいさんだししょうがないんだけどね。噛みつかれちゃってまだヒリヒリするし。ツイてないわ〜。」
嫌な話を聞いた。院内でそんなこと大声で話すなよ看護師の立場で。
しかしそうも言っていられないのだろう。人間は嫌なことを他人に共有せずにはいられないのだから。
ー第3章[オワリハジマリ?]ー
テレビのキャスターが喋ってる。
新種のウイルス?とかのニュースをやっていた。
どこか退屈を感じながらながらリモコンを探す。
変えたい時に限って出てこないのだ。
ふと顔をあげると、覚えのある動画が流れていた。
あるお婆さんの動画だ。
再び視線を落とし、リモコンを探す。
キャスターの声は耳に入りっぱなしだ。
「このように〜〜みつく〜ので〜まり近づかn、、、」
ようやくリモコンを見つけて、チャンネルを変える。
先程まで警告の言葉を発していた電子文明の石版は、画面いっぱいの猫を映し出していた。
ー第4章[ホウカイ]ー
ここは避難所だ。地域の中学校を閉鎖して作られている。
ずっと前から崩壊の足音は聞こえていた。
しかし人間とは都合のいいことに、自分の嫌な情報は耳で流れてしまうのだ。
そんなことをしている間に、いつの間にか外は"感染者"で溢れていた。
医療現場はもうパンク寸前、どうやら各地で収容人数オーバーと、医療従事者への2次感染が立て続けに起こっているらしい。
国も国だ。人権だのなんだの言って、ちっとも動きやしない。どうせ死んでいくんだ。生きてる人達のために自衛隊なんか導入して感染者を減らしちまえばいいんだ。
・・・周りだって、そう言ってるんだから。
ー第5章[ホウカイ2]ー
「今行きます!」
「はい、只今!」
こんな声、罵声に近い声が飛び交っている。みんなゼンマイ仕掛けの玩具のようにあちらこちらへと動き回っている。
今医療の現場は切迫している。
新しいウイルスの感染者で病院がいっぱいなのだ。
しかもタチの悪いことに、このウイルスは血液や粘膜を媒介として、特に口部による噛みつきから感染するのだ。
医療現場からすれば迷惑この上ない話である。
もう何人も出勤して来なくなってしまった。感染者に回ったのか、ただの疲労ストレスかは知らない。
しかし、人がいなくて回らないのだ。
あぁ、あそこも起きてしまった。鎮静剤が切れてしまったんだ・・・
ー第6章[ボウソウ]ー
就寝スペースでなにやら声がする。
目をやると、何故か男が暴れている。女性に噛み付こうとしたみたいだ。
複数人が止めに入る。
しかし男は止まらない。ここでは女や子供もいて危ない。場所を変えるようだ。
いくら保菌者を対策していても、助かりたいがために誤魔化して入り込む奴がいる。
今回のもそういう奴なんだろう。
男複数人で羽交い締めにしてようやく外に運び出した。そして、その男を普段畑仕事に使っているクワで叩きつけてあっという間に殺してしまった。
男はビニール質の何かに包まれ、避難所の外に転がされる。仕方ないのだ。痛ましいが仕方ない。
明日も生きて行きたいのだ。
どうしてこうなってしまったのか・・・
ー終章[モノローグ]ー
初めは小さな淀みだった。
ーーあのたった10数秒の動画。
今になって初めて気づく。
誰かの指先から気軽に発されたあれが淀みの始まりだったのだ。
今日も世界は回っている。
あの十数秒を中心として。
人であることを守る者たち。
明日の為に今日を生きる者たち。
そして、
"繁栄のために滅ぼす者たち"
彼らは今日も生きて行く。それぞれの思惑を抱えて。そしてそれは続いていくのだろう。きっと。
明日も、明後日もその次ももっと先も。
ずっとずっと続いていくのだ。
ー終ー
あとがき
お疲れ様でした。そしてありがとう。ものすごく気持ちの悪いものを作り上げてしまったと思います。




