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黒角の魔聖女  作者: 未羊


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第60話 判断の分かれ目

 外は雨が降り続いている。

 調査を再開させたいところだが、雨脚は強まる一方で、バタフィー王子たちは完全に足止めを食らっていた。


「くそっ、全然弱まる気配がないな。天はあの魔族に味方をしているというのか?」


 危険地域の中にいるということもあり、こうも見通しの効かない状況ではバタフィー王子はまったく身動きが取れない。

 魔法が使えるとはいえ、多くの魔物を従えたクロナが相手とあってはできれば温存しておきたいところである。

 だが、こうも足を止められてしまっては、食料が尽きてしまいそうになる。


「殿下、足止めのせいで兵の士気が下がってきております。ご判断を」


 側近からはついにこんな意見までが飛び出てしまう状況になってしまっていた。

 いくらバタフィー王子が強いとはいえ、数多くの魔物が相手、しかも魔女たるクロナまでいるとなると苦戦は免れない。こうなってくると、バタフィー王子は判断を下さざるを得ない。


「ぐぬぅ、仕方あるまい。雨が弱いようであれば無理にでも進軍をしたのだが、こうも前すら見えない状況では兵の無駄死にを増やすだけだ。兵糧も底を尽きかけている」


 バタフィー王子は険しい表情をしている。

 悩み抜いた結果、一つの決断を下すことにした。


「やむを得ん、撤収する」


「はっ、承知致しました。では、兵たちに伝えてきます」


 側近はバタフィー王子の天幕を飛び出して、各所に伝えに行った。

 一人になったバタフィー王子は、片膝を立てて考え込むような姿勢を取る。


「シュヴァルツ、すまない……。お前の仇を取るにはまだ俺は力不足のようだ。だが、必ず魔族を殺し、お前の仇は取ってやるからな……」


 バタフィー王子はその姿勢のまま、少し眠りについたのだった。


 同時刻、クロナの潜伏する洞窟では……。


「よく降りますね、今回の雨は」


「そうでございますね」


 クロナがつぶやけば、ブラナはこくりと頷いている。


「ですが、この雨は敵の動きを鈍らせます。この森にはそれは恐ろしい魔物が住んでいますから、慎重なバタフィー殿下であれば、おそらく下手に打って出てこれません。クロナ様の命令を受けた魔物がうろついていますから、それが賢明でございましょうね」


「ふん、あの王子もしょせんは腰抜けというわけですか。私と婚約者の関係にあったといいますのに、これはとんだ腑抜けですね」


 クロナはかなりバタフィー王子のことをぼろくそに言っている。

 これでも邪神の介入がある前はお似合いとまで言われた仲なのだが、感情の反転という呪いのせいでその仲はすっかり険悪なものへと変わってしまっていた。

 黒い顔をして笑うクロナの姿に、ブラナは正直言って心が痛くてたまらない。

 一度死んだ上に、クロナの力でもって眷属としてよみがえったものの、その心は以前と変わりはない。クロナを大切に思うからこそ、この状況に心が苦しくてたまらない。


 クロナが眠りについた後、クロナはイトナと話をしている。


「お嬢様を赤子の頃から見てきていますが、やはり、今のお嬢様のお姿はとてもではございませんが、見ていられません」


『それは最近知り合ったばかりの私もですよ。こんな私にでもお優しくして下さった聖女様が、あのように変わってしまわれるなんて……』


 イトナはアサシンスパイダーという魔物ではあるが、クロナに対する感情は人間とほぼ変わらないような感じである。そのため、最近の豹変っぷりにはすっかり心苦しいようなのだ。


「すべては、お嬢様の運命を捻じ曲げてしまった邪神のせいですね」


『そうですね。神とやらは運命を修正するのに三年かかると仰られたのでしたっけか』


「その通りです。十三歳の誕生日に、すべては元通りになると仰られたそうです。とはいえ、その声を聞いたのはお嬢様だけなので、私たちに確認するすべはないのですがね」


 話をしながら、気持ちよさそうに眠るクロナへと視線をちらりと向けている。

 二人が心配する視線の先では、クロナはとても気持ちよさそうに眠っている。邪神に運命をねじらげられたとはいえ、その寝姿は元の十歳の少女らしい、とても可愛らしいものだった。


『ああ、あのような可愛いお姿をなんとしてもお守りせねばなりませんね』


「ええ。そのためには私たちの手で、お嬢様をお守りしつつ、運命を捻じ曲げた邪神を倒さねばなりません。これ以上、お嬢様が狂っていく様を見続けるのは、とてもつらいですからね」


『はい……』


 ブラナとイトナは、クロナを守り抜く気持ちを再確認しつつも、クロナを歪ませた張本人である邪神へと怒りを募らせていた。

 だが、相手は神であるがために、姿の見える相手ではない。行き場のない怒りをどこにぶつければいいのか。それゆえに二人はさらに悩んでしまう。


「ふふ、仕方ありません。他の眷属たちにバタフィー殿下たちの同行を監視させながら、私たちはお嬢様の警護を怠らないようにしませんとね」


『そうですね。すべては世界のためにですね』


「その通りです」


 クロナとイトナは、自分たちのできることを再度確認し合う。

 その時だった。


『はっ、この気配は!』


「雨が降りすぎたか?」


 妙な胸騒ぎを覚えた二人は、外へと飛び出していくのだった。

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