第55話 吹っ切れる侍女
一方その頃のクロナたち。
「それで、外の様子はどうなっているのかしらね」
アジトとなっている洞窟の中で、きれいに座りながら不機嫌そうな表情で眷属のスチールアントたちに状況を確認している。
『はい。イトナが新たに引き込んだアサシンスパイダーたちからの報告で、どうやら森の外にイクセン王国の軍勢が迫ってきているようです』
「そう……。本格的に私を殺しに来たということかしらね」
スチールアントたちの報告を聞いて、クロナは怖がるどころかにやけながら話をしている。
その邪悪な笑みを見て、ブラナはつらそうな表情を見せている。
(ああ、クロナ様は完全に変わられてしまったのでしょうかね。ですが、お気持ちは分からなくはありません。もし同じ立場なら、私も同じようになっていた可能性は高いですからね……)
はっきりいって、今のクロナの姿を見ているのはつらい。しかし、自分はクロナの侍女であり、クロナを支え続けなければならない。
三年間、耐えきることができれば、きっとあの優しいクロナが戻ってくると信じ続けるしかなかった。
「それで、動きはどういう風になっているのかしら」
『はっ。まずは以前に潜伏していた、ブラナ様のアジトの方へと向かうようでございます。ですが、こちらも見つかるのは時間の問題でしょう』
「そうでしょうね。あの王子は、勘がやたらと鋭いもの。あれでも、私とは仲良くさせていただいていましたからね」
以前のクロナからすれば想像もできないような、凄まじいまでの不機嫌な表情でスチールアントたちの報告に耳を傾けている。
「でしたら、勢力を二手に割りましょうか」
『と、申されますと?』
「ふふっ、簡単なことですよ。私とブラナで、二手に分かれてやればいいのです。あちらには、あの時半殺しにした傭兵がいるのでしょう?」
『はい、いましたね。四肢を砕いてやりましたというのに、またやってくるとは、ずいぶんと命知らずのようです』
クロナが問い掛ければ、スチールアントはすぐに答えていた。
その答えを聞いて、クロナはにやけている。
「では、ブラナ。あなたにはここをお任せします。私は外に出て、兵力の半分を引き付けますよ」
「お嬢様、さすがに危険すぎます。もし、バタフィー殿下と鉢合わせになることになりましたら、どうなさるおつもりですか!」
クロナの提案に、ブラナはいさめようと声を荒げている。
ところが、逆にクロナからにらまれてしまい、ブラナの方が黙ってしまう。
「……ブラナ。あなたまで私の言うことに逆らうというの? あなたは素直に私に従っていればいいのです」
「くっ……。申し訳、ございませんでした」
クロナから冷たい目を向けられたブラナは、素直に謝ることしかできなかった。
もう、以前のクロナに戻すことは無理だ。そう悟った瞬間である。
ならば、すべてが元に戻る三年後まで、クロナを守り続けるしかないというものである。これ以上、クロナを汚させはしない。ブラナは諦めにも似た強い決意をせざるを得なかったのである。
「それで、お嬢様。外に出るとは言いましても、どこに向かわれるのですか?」
ブラナはクロナに作戦を確認する。
ブラナに尋ねられたクロナは、何を言っているのと言わんばかりに笑みを浮かべている。
「めぼしいところは見つけてありますよ。護られてばかりの私ではありません。連中に一泡吹かせるための作戦くらい、私だって考えていますからね」
どうやらクロナには作戦があるらしい。
その場はひとまず解散となったが、クロナが心配なあまり、ブラナはイトナと話をすることにした。
「……というわけなのですが、あなたはどう思いますか?」
ブラナに質問をされたイトナは、少し考え込んでいるようだ。
『おそらく、聖女様の仰られるめぼしい場所というのは、先日のキラーホーネットたちの巣から少し離れた場所にある遺跡のことでしょう』
「遺跡、ですか?」
『はい。はるか昔に人間が造ったといわれる場所があるのです。今でこそ、私たち魔物たちの住処となっていますが、この辺りには似つかわしくないものがたくさん転がっております』
「……なるほど。潜伏していると考えるには、いい場所というわけですね」
イトナの話を聞いたブラナは、なんとも納得のいったような表情をしている。
「なるほど、お嬢様はそこへ王国軍を誘いこもうというわけですか」
作戦を悟ったブラナは、イトナをしっかりと見る。
「イトナ、お嬢様に同行して下さい。そういう場所であれば、あなたも活躍できるでしょうから」
『もちろんでございます。聖女様をお守りすることが、私の役目。必ずや守り抜いてみせましょう』
イトナはブラナに対してお辞儀をしている。クモなのでそもそも頭の位置が低いのだが、この時のイトナの頭は完全地面についていた。
「邪神とやらにやられっぱなしというわけにはまいりません。私たちの手でなんとしてもこれ以上の悪意と絶望から、お嬢様をお守りしなければ」
『もちろんでございます』
ブラナとイトナは、互いに糸を出して握手のようなことをしている。
『でも、安心しましたね』
「なにがですか?」
『ブラナは最近元気がありませんでしたからね』
「お嬢様が変わられてしまいましたからね。でも、いろいろ考えた結果、お守りするという気持ちに変わりが起きなかったので、吹っ切れたのですよ」
『なるほど』
ブラナが正直に話をすると、イトナはとても納得したようだった。
「さあ、お嬢様を守るために頑張りませんと」
『ええ、忙しくなりそうです』
自分たちの役割を確認したブラナたちは、クロナの作戦を進めるべく、それぞれの準備へと入ったのだった。
迫りくる王国軍を、クロナたちは無事に退けられるのだろうか。
戦いの時は、もうそこまで迫っていた。




