第54話 進軍の王国軍
バタフィー王子の率いるイクセン王国軍が、国境の山麓のふもとへ向けて進軍を開始する。
山麓のふもとには多くの強い魔物がいるあって、実力のある者たちで編成されている。
その途中、かつて足を踏み入れたことのある岩山を通りかかる。
「ここで始末できればよかったものを……」
「そういや、一度ここにいたんでしたよね。俺らが追いかける魔族のやつは」
バタフィー王子が呟くと、案内役にされているホッパーがつい声をかけてしまう。
「その通りだ。一度追い詰めたというのに、魔物どもに邪魔されて始末できなかった。くそっ、魔物のくせに、なぜあそこまで必死に守ろうとするのだ。……思い出したら、腹が立ってくる」
バタフィー王子は強く唇をかんでいる。
「……必ず殺してやる」
バタフィー王子はそう吐き捨てると、険しい顔のまま黙り込んでしまった。
あまりの気迫の鋭さに、さすがのホッパーも声をかけられなかった。
ようやく、イクセン王国軍は、問題の森の入口に到着する。
「ここが、俺が捨てられていた場所だ」
「まったく、ホッパーもずいぶんとめちゃくちゃにされたもんだよねぇ」
「ああ、両手両足、四肢のすべての骨がスチールアントによってかみ砕かれたからな。痛みのせいで死ぬかと思ったぜ……」
ホッパーは治すことのできなかった左半身を押さえながら、怒りに満ちた表情をしている。
体の骨と同時に、己のプライドもずたずたに砕かれたようで、かなり強い恨みを抱いているようである。
「でも、ホッパー様」
「なんだ、ディック」
森の入口に到着して話をしていると、傭兵ギルドのディックがホッパーに声をかけている。
「やつら、ホッパー様に見つかった場所にいるでしょうかね」
「いや、いないだろうな」
「なんだと?」
ホッパーとディックの話が聞こえたバタフィー王子が反応する。
「それはどういうことだ。きちんと説明しろ」
ものすごい剣幕でホッパーたちに突っかかっていく。これにはディックとビーの二人が震え上がってしまう。
「落ち着いて下さいよ、王子様」
ただ一人平然としているホッパーが、バタフィー王子を落ち着かせようとしている。
「これもあのブラナの性格からしての推測なんでさぁ」
「ブラナ? 確か、コークロッチヌス子爵邸で働いているメイドだったな。そいつがどうかしたのか」
「へい。ブラナは裏切ってあの魔族の下についたんですよ。俺たちに依頼をしてきたコークロッチヌス子爵の子息が戦った相手が、そのブラナなんですよ」
「なん……だと……?」
ホッパーが素直に答えていると、バタフィー王子は強いショックを受けていた。
バタフィー王子とコークロッチヌス子爵の嫡男シュヴァルツは親友同士なのだ。将来は一緒にイクセン王国を大きくしようと誓い合った仲なのである。
そのシュヴァルツを殺した相手が、まさか同じコークロッチヌス子爵の者とは思ってもみなかったのだ。
「あの魔族め……。どこまでイクセン王国に泥を塗れば気が済むというのだ。必ずや、この俺の手で仕留めて、シュヴァルツの仇を取ってくれる……」
わなわなと震えていたかと思うと、バタフィー王子はホッパーに命令する。
「まずは、お前が魔族どもと会ったという場所まで案内しろ! おそらく何らかの痕跡があるはずだ。お前の手で探し出せ!」
「は、はっ! しょ、承知致しました……」
強い口調で言われてしまい、ホッパーは断るに断れなかった。
いや、それ以前に断るという選択肢はなかった。
バタフィー王子から放たれる凄まじい殺気を含んだオーラを感じていたからだ。下手に断わろうものなら、おそらく鞘に納まっている剣でたたっ斬られていただろう。ホッパーは長年の傭兵生活で、その気配をひしひしと感じ取っていたのだ。
だが、バタフィー王子は意外にもすぐに突撃をしないで、一度森の外で野営をすることにしたようだ。
ひと通りの設営を終えて、ホッパーたちはどうにか心を落ち着けようとしていた。
「ふぅ……。さすがにバタフィー王子も人間だったか。あのまま突撃するかと思っていたぜ」
「それはあたいも同じさ。カナリアの魔族に執着してるようだからね、あの殿下は」
「そりゃそうでしょう。あの魔族は、殿下の婚約者の予定だったんですからね。それが魔族だったんですから、殿下からしたら裏切られたようなものです。怒って当然だと思いますよ」
「……なるほどな。それは確かに執着するってもんだ。気の毒だな。あの魔族のせいで婚約者、聖女、友人と、いろんなものを一気に失ったんだからな」
「まったくですよ」
野営の中でもせわしく働くバタフィー王子の姿を見て、ホッパーたちはどことなく同情の目を向けている。
「とはいえ、あの王子は同情されるのを嫌うだろうな」
「あの性格からしたらねえ。まっ、あたいらにはまったく関係なことだけどね」
「ああ。依頼をされたからには全力で応える。俺たちがすることはそれだけだ」
「命は惜しいですけれどね、私は」
傭兵たちは、兵士たちと離れたところで、周囲の警戒をしながら話をしている。
傭兵たちは自由なので、向こうの事情など正直どうでもいいことだ。だが、人間としてどうしても気にせずにはいられないようである。
ひと晩を過ごしたバタフィー王子率いるイクセン王国軍は、いよいよ森の中へ向けて進軍することになったのだった。




