第4話 引き裂きの雷鳴
朝になっても雨は降り続いていた。
「なんということだ。今日は聖女様をお迎えするというのに、なぜ雨がやまないのだ」
教会では司祭がいらいらとしながらうろちょろとしている。
ズシャーンッ!!
次の瞬間、教会に激しい雷が落ちる。
教会にいた神官たちが驚きのあまり慌てふためいている。
だが、雷が落ちた瞬間から、教会の中の様子が一変する。
「何を言っているのだ、私は」
司祭が落ち着いたかのように立ち止まっている。
「聖女様など、最初からおらぬではないか。この雨は、間違った者を聖女にしようとしていたことに対する、神様の嘆きの雨。ふっ、ふふっ、なんという冒涜だろうか」
司祭が肩を震わせながら笑っている。
顔を押さえていたかと思うと、勢いよく腕を伸ばして、司祭たちに命令を出す。
「お前たち、聖女を騙っていたあの少女を捕らえてくるのです。神様を欺こうとした罰を受けさせねばなりません」
雷の前後で、クロナに対する態度が真逆になってしまっていた。
「司祭様、あの者ならコークロッチヌス子爵邸にいるのでは?」
「いえ、今はいないようです。神様からのお告げが聞こえました。すぐに城に向かい、捜索隊を出すのです」
「承知致しました」
教会の中では司祭の命令を受けた神官たちが、お城へ向かっていく。兵力を持たない教会では、人の捜索など行えるような体制を持っていないのだ。
暗雲が、雨が、雷が、イクセンの王都の中を次々と塗り替えていってしまう。
大雨の降りしきる中、王族、教会、コークロッチヌス子爵家が集まる。
それは、なんとも物々しい雰囲気だった。
「どうしたのだ、神官殿、コークロッチヌス子爵」
国王は困ったような表情で子爵や神官と向き合っている。
「コークロッチヌス子爵殿、クロナはどこにいるのですか」
「クロナなら追い出した。まだ幼いゆえ、始末するのは可哀想かと思ったのでな」
「なんと!? すぐに教会に差し出して下さればよかったものを。そうすれば、異端審問で懲罰を与えられたと言いますのに」
「おいおい、そなたたちは何を言っているのだ。クロナは聖女ではなかったのか?」
国王は、子爵たちの態度に疑問を投げかけている。
「聖女? あれがでございますか?」
ところが、子爵から返ってきた言葉は予想外なものだった。
国王は思わず動揺してしまう。クロナのことをあれだけ溺愛していたはずの子爵が、自分の娘のことを『あれ』呼ばわりなのだから。
一体何が起きたというのだろうか。国王は困惑の表情を隠せなかった。
なんといっても教会の態度も明らかにおかしかった。クロナのことを聖女として迎えることに喜んでいたはずだ。それがどうしたことか、異端審問という物騒な単語まで出して、クロナを糾弾しようとしているのだから。
「一体どうしたの、お前たち。あんなにクロナが聖女になると喜んでいたではないか」
「お言葉ですが、国王陛下。あれは、聖女ではなかったのです」
「どういうことだ?」
子爵の言葉に、国王は首を傾げている。
「あれの頭に、黒い角が生えていたのです」
「なんだと?!」
国王は驚きを隠しきれない。
「み、見間違いではないのか?」
「いえ、間違いなく黒い角がありました。あれは、魔族だったのです」
「なんと……」
国王は愕然とするしかなかった。
頭に黒い角があれば、本数に関わらず魔族ということになるからだ。
報告をしている相手が、信用のできるコークロッチヌス子爵であるために、国王のショックは計り知れなかった。
「にわかには信じられん。だが……」
国王があごを抱えた瞬間だった。
ズシャーンッ!!
再び雷が落ちる。
あまりにも大きな音に、神官たちがびびって頭を抱えている。
なにせ、城の一部を壊してしまうような雷だったのだ。驚くのも無理はないというものだ。
「そうだな……。頭に角が認められたということは、魔族に違いない」
なんと、雷が落ちた後は、国王の態度までが変わってしまっていた。
「分かった。クロナの捜索隊をすぐに編成するとしよう」
「はっ、よろしくお願い致します」
国王の言葉に、神官が頭を下げている。
「それで、ひとつ問うてよいか?」
「はい、なんでございましょう」
国王の質問に、神官が反応する。
「なるべく無事の方がよいか? それとも、体だけでも構わぬか?」
「できれば無事の方がよろしいでございます。死んでしまえば審問にかけられませぬゆえに」
「そうかそうか。分かった、痛めつけてもいいから生きた状態で連れて帰ってくるように、兵士たちに指示しておこう。お前たちは安心して待っておれ」
「はっ、ありがとうございます、国王陛下」
国王の話を聞いて、神官たちはとても感謝しているようだった。
神官を帰らせると、残っているコークロッチヌス子爵に顔を向ける。
「さて、子爵。なんということをしてくれたのかな。魔族を逃がすなど、ありえん話だぞ」
「申し訳ございません、陛下。騙されていたとはいえ、十年間育ててきたのです。つい、情のようなものが湧いてしまいして、殺すことができなかったのです。お許しください」
「そなたの気持ちはわからんではない。ゆえに、罰として捜索隊に加わるように命じるぞ」
「はっ、この身に代えましても、必ず探し出して捕らえさせて頂きます」
激しい雷雨が降り続く中、イクセンの王都の中はクロナに対する悪意に染め上げられていく。
この降りしきる雨の中追い出されたクロナは、彼らの追手から逃げ切ることはできるのだろうか。
幼い少女に、過酷な試練が降りかかろうとしていた。




