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黒角の魔聖女  作者: 未羊


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第46話 深まる亀裂

 実の兄であるシュヴァルツ、親友であるメープル。二人の死を目の前にしたことで、クロナの心は壊れてしまったようだ。

 王国中の人間から敵意を向けられ、親しい人間からは容赦のない殺意を向けられたのだ。しかも、聖女として大切に育てられてきたこともあって、たった十歳の少女に耐えきれるわけがないのである。

 雨が降りしきる中、目を見開き、両腕を大きく広げて笑い続けるクロナの姿。忠誠を誓っているブラナやアサシンスパイダーたちには、かなり異様に映っているようだった。


『聖女様は大丈夫であろうか』


 アサシンスパイダーの言葉に、ブラナは首を小さく何度も左右に振る。

 クロナが笑いを止めたかと思うと、くるりとブラナたちに振り返って歪んだ笑顔のままとんでもないことを言い始めた。


「ブラナ、この愚か者たちをもっと無残な姿にしてあげて。そして、王都の前にばらまくのです。あはははっ、私に対する仕打ちへの当然の報いなのです。さっさとやってちょうだい」


「……畏まりました。このブラナ、お嬢様に最後まで忠誠を誓います」


 正直言って、ブラナに今のクロナをしっかり見ることはできなかった。

 おとなしくて優しくて、常に柔らかな笑顔を振りまいていた姿が印象的だったからだ。

 今の姿は、どう見ても本当に魔族そのものだ。その落差に、ブラナは戸惑いを隠せなかった。


(……三年間、三年間我慢すれば、お嬢様はきっと元に戻られるはずです。……人を殺すなど、昔平気に行っていたことではないですか。なにを私は、こうも戸惑っているのですか……)


「ブラナ? 何をしているのですか。さっさとやっておしまいなさい」


「はっ。ですが、その前にお嬢様」


「なにかしら」


「風邪を引いてしまいますので、そこのスチールアントたちと一緒に、仮のアジトの中にお戻りください」


「……仕方ありませんね。では、頼みましたよ、ブラナ」


 雨脚がかなり強くなってきたことで、ブラナはクロナの体をかなり気にしているようである。


「アサシンスパイダー、メープル様たちを王都まで返しに行きますよ」


『このままですか?』


「ええ。お嬢様の命令とはいえ、私にはそこまでは無理です。お嬢様を守るためでしたらどこまでも冷酷にはなれますが、それ以外だと、今の私にはとてもではないですができないですね」


『そうですか……。気持ちは分からなくはないですが』


 ブラナの言い分に、アサシンスパイダーは理解をしているようだ。


『ですが、さすがに命令違反はどうかと思いますよ』


「……分かっています。ですが、今の私にはどうしても無理なのです」


『……分かりました。聖女様には黙っておきましょう』


 ブラナの言い分を聞いて、アサシンスパイダーはブラナの意思を尊重したようだった。ひょいとメープルの死体と息のある魔法隊を背中に担ぎ上げると、糸でぐるぐる巻きにして固定する。


『準備が整いました。さっさと参りましょう。雨が降っているので他の魔物は気づきにくくなっているでしょうが、襲われないという保証はありませんからね』


「そうですね、参りましょう」


 ブラナはアサシンスパイダーとともに、王都へと向けて走り出す。


 数日をかけて王都へと到着したブラナは、門番に槍を向けられる。魔物となっているのだから無理もない状況だ。

 ブラナはアサシンスパイダーと向き合うと、背中に乗せていた糸の塊をぽいっと投げ捨てる。

 どさっと地面に叩きつけられた魔法隊の面々が、うめき声を発して痛がっている。


「我が主の命を狙った愚か者たちを届けに来た。用件はそれだけだ。さっさと引き取ってしかるべき処置をすることだな」


「魔族め! ここまで来てただで帰れると思うなよ?」


 ブラナが言葉を発すると、ブラナはぎろりと門番たちを睨み付ける。あまりにも冷たい視線だったので、門番たちは怯んでいる。


「そこの少女は、丁重に葬ってほしい。最後まで己を突き通して果てたのだ。……実に立派だと思うよ」


 ブラナはそう言い残すと、アサシンスパイダーとともに足早に去っていく。


「待て、逃がすか!」


 門番たちは追いかけようとするが、何かに足を取られて盛大に転んでしまう。

 何かと思って足元を見ると、ねばねばしたクモの糸が地面に展開されていたのだ。


「くそっ、なんだこれは!」


「体が、動かない……っ!」


 門番はじたばたともがくものの、動けば動くほど、さらに体は糸に張り付いて動けなくなっていく。


「おいっ、お前ら。見てないで助けろ!」


「はっ! 火の魔法が使える魔法使いを連れてきます」


「早くしろ!」


 ざわつく中、門番の一人が放り捨てられた少女の姿を見て、びっくりしている。


「うひゃっ! こ、このお方は、メープル・ホーネット伯爵令嬢じゃないか!」


「なんだって?!」


 門番の声に、他の門番がざわついている。


「間違いない。だが、伯爵様はまだ戻られていない。まずはお城に報告しろ。魔法使いも忘れずにつれてくるんだ!」


「はっ!」


 改めて指示を受けた門番が城へと走っていく。

 イクセン王国の魔法の名門であるホーネット伯爵家のメープルの死。それは、またたく間に王国の中に衝撃として広がっていったのだった。

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