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黒角の魔聖女  作者: 未羊


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第35話 護る想い

 大量の糸がクロナの頭上に張り巡らされる。

 周りの地形もあって、かなりしっかりとしたクモの巣だ。


「なんだと?!」


 ホッパーは突然の糸の出現に驚くが、空中にいる状態では対処ができない。そのままクモの巣に落ちてしまう。


「くっ、くそっ! なんだこれは……。べたべたしていて、動けないぞ」


『ふははははっ! この私特製の糸だ。お前ごときに抜け出せるものか!』


 ぴょんと糸の上に飛び乗り、アサシンスパイダーはホッパーの顔を見ている。


『聖女様は優しいからな。どんなに命を狙われようと、お前のことを殺そうとは思わぬだろう』


 アサシンスパイダーは、じりじりとホッパーに近付いていく。

 近寄ってくる大きなクモの姿に、ホッパーは思わず表情を引きつらせる。逃げようにも、その体はクモの巣に貼り付いてしまって動かすことができない。

 物理攻撃を中心としているホッパーからすれば、死を覚悟する瞬間である。


「く、来るな、来るなぁっ!」


『ふん、聖女様を殺そうとしておきながら、自分の危機には泣きわめくか。実に醜いものだな……』


 アサシンスパイダーはホッパーを見下している。


『だが、優しい聖女様のためだ。私もお前を殺さないでおこう。その代わり……』


 ずんとアサシンスパイダーはホッパーの体に飛び乗る。その衝撃に、ホッパーは思わず吐いてしまいそうになる。


『二度と聖女様に手出しできぬよう、その四肢をもいでくれようぞ』


 アサシンスパイダーはホッパーの手足を糸でぐるぐる巻きにすると、その根元に思い切りかじりついていた。


「ぐぎゃあああっ!!」


 あまりの痛さに、ホッパーが悲鳴を上げている。

 アサシンスパイダーはそんなことはお構いなしに、ホッパーの手足をかじっていく。


『ふん、なんともまずい肉だ』


 アサシンスパイダーはホッパーの体を色でぐるぐる巻きにすると、地面に投げ捨ててスチールアントたちに命令する。


『そいつを森の外に捨てておけ。運がよければ生き延びられるだろう』


『はっ!』


 ホッパーはスチールアントたちの手によってふもとの森から追い出されたのだった。


 その一方、ブラナとシュヴァルツの戦いはまだ続いていた。


「あちらは決着したようですね。お嬢様を狙うからこんなことになるのですよ」


「ずいぶんと非道な真似をするものだな」


「食われて殺されないだけマシと思って下さい。しょせん四肢を失っただけですからね」


「はっ! やはり魔物に堕ちただけのことはあるな。その考え方は!」


 シュヴァルツの剣とブラナの短剣が激しい音を立て合っている。

 だが、どちらも決め手を欠いているようで、決定的なダメージを与えられずにいる。


(ちっ、シュヴァルツ坊ちゃまもさすがはあの子爵様のご子息でいらっしゃいますね。数多くの暗殺をも手掛けてきた私が、唯一失敗した相手。それがコークロッチヌス子爵様ですからね)



 ブラナはかつて、傭兵ギルドに所属して暗殺を請け負っていた。

 傭兵ギルドでの最後の仕事が、実はクロナの暗殺だった。

 聖女の誕生というものを疎ましく思う勢力があり、その依頼を受けてクロナの暗殺を試みたのである。


 闇夜に紛れてコークロッチヌス子爵邸に忍び込み、護衛を葬りながらクロナのところにたどり着いたブラナ。

 ところが、その時のクロナのあまりの神々しさゆえに、手出しを躊躇してしまう。

 そこに現れたのが、コークロッチヌス子爵。不意を突かれて殺されかかるも回避。そのまま光線をするブラナだったが、冷静沈着なコークロッチヌス子爵には、何をしても通じなかった。

 暗殺者として手練れであるはずのブラナがまったく敵わなかった相手、コークロッチヌス子爵。

 完全に敗北したはずのブラナは、死すらも覚悟したという。

 ところが、その時のコークロッチヌス子爵は予想外な行動に出ていた。


「なかなかいい腕をしているな。クロナを見て動きを止めたところを見ると、君はこの子のそばにふさわしい」


「何を言い出すんだ。私は暗殺者だぞ?」


 ブラナはぎろりとコークロッチヌス子爵を睨み付ける。コークロッチヌス子爵はその睨みにも怯むどころか、笑みを浮かべている。


「そんなことは関係ない。私にあそこまで食い下がれる腕の持ち主なら、きっとこの子を守ることができよう。なにせクロナは、歴史に残る聖女になるのだろうからな」


「その聖女の護衛……。血にまみれた私に、務まるというのか?」


「気にすることはない。これからの君次第だ」


 この時の子爵の言葉が、ブラナのその後を決定づけた。

 ブラナはクロナの侍女となり、献身的にクロナを支え続けた。

 こんなブラナだからこそ、邪神の呪いにも抗えたのだろう。



(私は、あの時の子爵様の言葉に従うのみです。たとえ、子爵様に歯向かうことになったとしても、私はお嬢様と運命を共にするのです)


 ふと過去を思い出したブラナは、シュヴァルツに対しても手を緩めるつもりはない。

 自分は聖女であるクロナを守る剣。ブラナは自分にそう言い聞かせている。

 だからこそ、いくら自分の仕える主の実兄とはいえ、危害を加えさせるわけにはいかない。非情にならなければならないのだ。


(坊ちゃま。いくらあなたでも、お嬢様に手を下そうというのなら、手加減はしません!)


 ブラナは改めてシュヴァルツと睨み合うのだった。

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