第29話 侍女の再襲撃
ようやく安心できると、虫たちと一緒にのんびりと暮らしているクロナだったが、突然、虫たちが騒がしく動き始める。
「どうかされましたか?」
『強い殺気が近付いてくる。これは、相当の手練れです』
「なんですって!」
アサシンスパイダーの反応にクロナはとても驚いている。
一体誰が来たのだろうかと、壁際へと下がっていく。
『聖女様は我々がお守りする!』
『誰が相手であろうと、我々は怯まない!』
スチールアントたちが、クロナの前に陣取って外につながる穴をじっと見つめている。
「お、嬢、さ、まーっ!」
穴から誰かが飛び出してきた。
そうかと思うと、短剣を振るってクロナに襲い掛かってくる。
「きゃっ!」
ガキーン!
クロナの悲鳴と同時に、金属同士がぶつかり合う音が響き渡る。
『くそっ、お前はあの時の人間か!』
「ちっ、虫風情が感動の再会を邪魔するんじゃありませんよ」
短剣でスチールアントを弾き飛ばし、宙返りをして見事に着地を決める。
「ぶ、ブラナ……」
「はい、ブラナでございますよ、お嬢様?」
姿を見せたのは、クロナの侍女であったブラナだった。今はその命を狙うただの暗殺者だ。
短剣を構えて不気味に微笑むブラナの姿は、今のクロナにとってはただの恐怖である。
『まったく、聖女様にここを紹介するとは、何を考えているのだ』
スチールアントが怒っているが、その声はクロナ以外に聞こえるはずがない。当然ながら、ブラナが反応をするわけがなかった。
『なんとか言ったらどうなんだ!』
イラッときたスチールアントがブラナに襲い掛かるが、ブラナは実に落ち着いた様子である。
「ああ、本当に汚らしいったらありゃしませんね。お嬢様のそばにお仕えするには、不合格です」
ブラナが短剣を振るうと、スチールアントの触覚と脚がまとめて切り落とされていた。
『な、何が起きた?!』
胴体だけで地面に横たわり、動けなくなってしまう一匹のスチールアント。
「は、速い……。まったく見えませんでした」
あまりの一瞬のできごとに、クロナは表情を青ざめさせている。
『お、おのれ……。たとえ動けなくとも、聖女様は我々が、守る!』
「もがくな、見苦しい」
脚を切り落とされたスチールアントは、頭に一撃を食らい、あえなく絶命する。
王国の騎士たちを苦しめたスチールアントですら、ブラナの前ではまったくもって無力なのだ。
「さあ、お嬢様。育ててあげた私の手で、その人生を終わらせて下さいませ」
「い、嫌です。私が死ねば、世界は終わります。私はなんとしても、生き延びねばならないのです」
「そうは言われましてもね、魔族はこの世界に災いをもたらす存在なのですよ。ですから……」
短剣を一度中に放り投げ、それを見事にキャッチして見せる。
「遠慮なく死んでください。この私の手で逝けるなど、実に名誉なことですよ」
「い、嫌です!」
クロナは首を横に振り続けている。必死に抵抗を試みようと、クロナは防御魔法を展開している。
「ああ、前回私の剣を弾いた盾ですか。お嬢様の魔法は実に素晴らしい。どんな強固な装備すらも貫いてきた私の攻撃を防ぐのですからね」
ブラナがゆっくりと歩み寄ってくる。
「ん?」
何かに気が付いて、ブラナが足を止める。
「ファイア!」
ブラナは火の魔法を使う。
ブラナの足元で何かが燃えている。
『チッ! 私の糸に気が付くとはね!』
仕掛けられていたのはアサシンスパイダーの糸だった。
天井から大きな影が降り注ぐ。
「甘いですね!」
短剣を振るって、アサシンスパイダーの攻撃をもしのいでしまう。
『この人間、できる!』
アサシンスパイダーが攻撃を防がれたことに驚いて、一瞬たじろいでしまう。
「アサシンスパイダーですか。その肉、結構おいしいのですよね。何度殺されかけたか、分かりませんね。ええ、もちろん全部私が勝ちましたけれど」
『なんて奴だ……』
ブラナは余裕の表情で、アサシンスパイダーを見ている。
『私とて、聖女様をお守りするものの一体。お前ごときに負けてなるものですか』
「おやおや、私に勝つつもりでいますか。いいでしょう、かかってきなさい!」
ブラナが再び構えると、アサシンスパイダーとの戦いが始まる。
クロナは目の前で行われている戦いに、完全に怯えてしまっている。アサシンスパイダーを援護すべきなのだろうが、ブラナのことをまだどこかで信じているらしく、援護ができないでいるのだ。
『かはっ!』
悩んでいる間に、アサシンスパイダーは大きく吹き飛ばされて壁にぶつけられていた。かなり強い衝撃だったらしく、地面に転がると動けなくなっていた。
『せ、聖女様……、お逃げ、下さい……』
満身創痍になりながらも、アサシンスパイダーはクロナのことを心配している。大した忠誠心である。
「さて、邪魔者がいなくなりました。いよいよ、あなただけですよ、お嬢様?」
「ひっ!」
ブラナの狂気に満ちた目に、クロナは震え上がってそのまま岩の壁に張り付いてしまっている。
じわじわと、ブラナが近付いてくる。その恐怖に、クロナは今にも泣きそうな表情を浮かべてしまっている。
「さあ、とっとと死んでください、お嬢様!」
ブラナが短剣を振り上げ、クロナ目がけて振り下ろす。
もうだめだと、クロナは覚悟を決める。涙を浮かべながら、ブラナの顔をじっと見つめている。
その時だった。
周囲に鮮血が舞う。
「う……そ……」
クロナは衝撃の光景を目の当たりにする。
なんと、ブラナが自分の胸に短剣を突き刺していたのだ。




