第28話 動き出す凶刃
コークロッチヌス子爵邸に戻ったシュヴァルツは、すぐさま支度を始める。
「どうしたのだ、シュヴァルツ」
なにやら物々しい準備を始めているシュヴァルツを見つけた子爵が、様子のおかしさを感じて声をかけている。
剣やらなにやら、いろいろなものを用意している様子は、どう見たもただ事ではなかった。
「どうしたって、妹のふりをしていた魔族を討ちに行くんですよ。俺にはあれが少しでも存在していることが許せないんだ。父上が止めようとも、俺はやめませんからね」
「シュヴァルツ、お前はそこまで……」
「父上が仕事で忙しくて打って出れないことは分かっています。だから、俺が代わりに動くんですよ。ただ、今の状態だと歯が立たないかもしれないので、少しばかり修行をして、確実に仕留められるようになろうと思います」
荷物をまとめたシュヴァルツは、勢いよく立ち上がる。
そのまま部屋の入口まで歩いていくと、入口でぴたりと立ち止まる。
「……父上、止めないのですか?」
「誰が止めるというのだ。あの魔族を殺すためならば、本当なら私が打って出ていきたいところだ。だが、国の仕事を担っている以上、身動きが取れん。……お前に大変な役を押し付けてしまうことを、申し訳なく思う」
「そうですか……」
父親に謝られて、シュヴァルツには言葉もなかった。
「それでは、行ってきます」
「ああ、生きて帰ってこいよ」
「努力します」
父親と言葉を交わしたシュヴァルツは、静かにコークロッチヌス子爵邸を後にした。
王都の中を一人で歩いていくシュヴァルツ。向かうは傭兵ギルドだ。
侍従すらも置いてきた。これは自分たち家族の問題だからと。
(必ず、あの魔族は俺の手で殺してやる。差し違えることになってもな)
強い決意を持って、傭兵ギルドへの道を歩いていくシュヴァルツだったが、その途中で思わぬ人物に遭遇する。
「シュヴァルツ坊ちゃま。どこに行かれるというのですか」
黒色を基調とした服で全身を包んだ女性が目の前に立っている。体型がきっちりと出るような服装なので、年頃のシュヴァルツとしては少々刺激が強そうにも思える格好だ。
「見たことのない感じだが、声からするにあれの侍女だったブラナか」
「左様でございますよ、シュヴァルツ坊ちゃま」
寄りかかっていた壁から離れると、じりじりとシュヴァルツに近付いていく。
「な、なんだ……」
じりじりと近付いてくるブラナが、シュヴァルツをじっと見つめている。
かなり顔を近付けてくるので、さすがのシュヴァルツもたじたじである。
「ふん、剣の腕前はそこそこですか。ですが、その程度でお嬢様に勝てると思わないで下さい。スチールアントを大量に従えていますから、今のお嬢様には、今のシュヴァルツ坊ちゃまでは近づくことすらもできませんよ」
「な、なんだと!?」
ブラナに言われて、シュヴァルツは激高しているようだ。
だが、スチールアントのことは知っているシュヴァルツなので、簡単にいかないことは悟っているようだ。
「まあ、精々あがくことですね。ただ、その努力はこの私が無駄にしてあげましょう。あいつの下で強くなれるというのなら、やってみせなさい、坊ちゃま」
ブラナはそう言うと、シュヴァルツの前から姿を消した。
ブラナに言われるだけ言われて、シュヴァルツはかなり悔しそうである。
「な、なんなんだ、あいつは。暗殺者との情報は得ていたが、あれの侍女をしていた時とまったく雰囲気が違う。……くそっ!」
苛立ちを覚えながらも、シュヴァルツは傭兵ギルドへと足早に移動していった。
ブラナに一方的に言われるだけ言われて悔しいからだ。
見返す覚悟を持って、シュヴァルツは傭兵ギルドの扉を叩いたのだった。
王都を出たブラナは、一路、自分がメモ書きにして残したアジトへと向かっている。
そこは、隣国との国境の山岳の中腹にある奥まった洞窟だ。ここは周辺を森に囲まれ、強い魔物たちもうようよとうろついている場所。騎士であろうと傭兵であろうと、そう気安く近づかない場所である。
それゆえに、人の来ることのない安全なアジトとして、暗殺者時代のブラナが気安く使っていた拠点のひとつである。
(さて、あれだけの魔物に囲まれているお嬢様なら、無事にたどり着いているでしょうね。私の短剣を防ぐくらいの魔法もありますから、間違いないでしょう)
どこか確信めいた様子である。
「キエエエエエーッ!」
森を移動するブラナに対し、魔物が襲い掛かってくる。
「うるさいですね、気が散ります」
「ギ……エ……」
襲い掛かってきた魔物は、一瞬で細切れになってしまった。
「煮ても焼いても食えない虫風情が……。この私の不意を突こうなど百年早いのです」
息を乱した様子もなく、倒した魔物を処分したブラナ。そのままクロナが潜伏するかつてのアジトへと向かっていく。
(お嬢様は、この私の獲物。誰にも渡しはしないわ。シュヴァルツ坊ちゃまであろうと、バタフィー殿下であろうともね)
確実に自分で息の根を止める決意を持って、ブラナは森を抜けきる。
目の前には、岩壁が見えている。
「さあ、待っていてい下さいね、お嬢様。ぜひとも、きれいな断末魔をお聞かせ下さいませ」
ブラナはうっとりとした表情を浮かべ、アジトへとつながる洞窟へと入っていったのだった。




