第22話 傭兵の男
傭兵ギルドにいた男は、王都を飛び出していく。
王都を出てしばらくすると、男の元に怪しげな別の男が姿を見せる。
「ホッパー様、こちらにおいででしたか」
「おう、どうだ。行方はつかめそうか?」
ホッパーと呼ばれた男性は、声をかけてきた男に何かを確認しているようだ。
「はっ、ホッパー様が雨の日に見たという少女ですが、私の能力を使っても、途中までしか追跡できませんでした」
「はあ?」
思わぬ報告が耳に入り、ホッパーは報告してきた男を睨み付ける。
だが、その鋭い視線を向けられても、男は怯む様子はなかった。堂々とした態度で、報告の続きを始める。
「実は、途中で強大な魔力によってどこかに連れ去られたようなのです。ぷっつりと魔力が消えたその場には、とんでもない大きな魔力も残されておりました」
「なるほどなぁ……。つまり、あの魔族の嬢ちゃんを逃がすために、誰かが力を貸したというわけか」
部下の言葉に、ホッパーが考え込み始める。
「で、その魔力の持ち主は分かりそうか?」
「難しいですね。その場に突如現れて、その場だけで消えてしまっておりますから。とても人間のものとは思えない魔力でございました」
男は難しそうな顔で答えている。
それにしても、ホッパーが話している相手も、なかなかに特殊な能力を持ち合わせている。
魔力を追跡するなど、相当高度な魔法技術だ。そんな人物へと命令を下すとは、このホッパーという男はただものではないようである。
ホッパーと男が話をしていると、遠くから何かが近付いてくる気配がする。
慌てて姿を隠すと、息を殺して周囲の様子を窺う。
「あれは、バタフィー王子ですね」
「みたいだな。なんで王子がこんな場所にいるんだろうかな」
「私もさすがに理由は分かりませんね」
隠れてこそこそと話をしていると、どうもバタフィー王子たちの様子がおかしいことに気が付いた。
「装備ががっしりしているな」
「そのようですね。私は外へと調査に向かっていたので分かりませんですが、あの様子ですと戦いに赴いていたような感じですね」
どうやら、王子たちの格好を見て、異変を感じ取ったようである。
「聖女を騙ったとして、クロナ・コークロッチヌスの指名手配をしていましたから、あの様子ではバタフィー殿下が自ら出向いたのでしょうかね」
「おそらくな。……ディック、殿下たちの魔力を伝っていくか」
「そうでございますね。思わぬ収穫がありそうな気がします」
二人はバタフィー王子たちが完全に過ぎ去るまで、茂みの中に姿を隠し続ける。
バタフィー王子たちが完全に通り過ぎ、その気配を感じなくなる。ようやく出ていこうとしたところに、何かを感じてホッパーは再び身を潜める。
「どうなさったのですか、ホッパー様」
「何か来る」
ホッパーが感じた通り、引きずるような音が聞こえてきた。
「なんでしょうかね。金属の音も聞こえますし、ただ事ではなさそうですね」
ディックがホッパーに話し掛けると、ホッパーは何かを感じたらしく飛び出していく。その慌てた様子に、ディックも一緒になって飛び出していく。
音のする現場に駆け付けた二人が見たものは、全身に鎧をつけた男たちが、引きずるように移動する異様な光景だった。
「おい、お前たち。どうしたというのだ」
さすがに心配になって駆けつける。
なにせそこにいたのは一人二人ではない。十人以上の兵士が、体を引きずっていいどうしているのだ。誰だって心配になってしまうというものだ。
「アリに……アリにやられた」
「アリだと?!」
兵士の証言に、ホッパーは驚く。
「この魔力は、スチールアントですね。鋼鉄のように硬い骨格を持つやや危険度の高い魔物です」
「スチールアントによるものか。骨が完全に砕け散ってやがる」
見ただけで兵士たちの状態を把握している。さすがは傭兵ギルドの関係者といったところだろう。
「この様子ですと。バタフィー殿下たちと一緒にスチールアントの群れに遭遇し、やむなく撤退してきたというところでしょう」
ディックが状況を推測する。
「しかし、バタフィー殿下であるなら、重傷者は放っておかないはずですが……?」
推測しながらも、状況に納得いかないようだった。
「バタフィー殿下は……魔族のせいで変わられてしまった」
「すべては、あのクロナとかいう魔族のせいだ」
「なるほど。騙されていた恨みが強いあまり、性格まで豹変したというわけか。こいつはなかなかに闇が深い話だな」
ホッパーは表情を歪めているようだ。
「ディック、お前は魔力を追跡して、クロナの居場所を突きとめろ。俺はこいつらをどうにかして治療する。この状態じゃ話を聞こうにも落ち着かねえからな」
「承知しました。それでは、頼みます」
ディックはホッパーの命令に従い、バタフィー王子たちの魔力の痕跡をたどって走り去っていく。
一方のホッパーは、重症者である兵士たちを解放するために、ひとまずは兵士たちはその場に残して王都に応援を呼びに戻っていく。
王都に戻るホッパーの顔は、意外にも笑っている。
「くくくっ、今回の仕事はずいぶんと楽しくなりそうだな」
すっかり興味を覚えたホッパーは、すぐさま兵士を手当てするための人員を用意したのだった。




