第20話 家族の焦燥
ようやくクロナが落ち着ける場所を手に入れた頃、王都では……。
「くそっ、まだ見つからないのか!」
コークロッチヌス子爵がなにやら騒いでいるようである。
「はい。あの雨の中でしたから、追跡は不可能かと……」
「くそっ! 今さらながらに王家と教会からあの魔族を殺せという指令が来るとはな。そうと知っていれば、あの時に手ではなく剣で薙ぎ払っていたというのに!」
家令からの報告に、子爵は大声でどなり声を上げている。
クロナのことを最初に悪魔だと認識した時に、子どもだからと逃がしてしまったのだ。
数日後に、王家と教会から聖女を騙った魔族であるクロナを殺せという命令が下った。なんとも間の悪いことから、コークロッチヌス子爵はこの通り荒れているのである。
大声を出し続けて疲れた子爵は、家令を睨み付けると質問を投げかける。
「ところで、あの魔族の世話をしていた侍女はどうした」
焦った子爵が思い出したのは、クロナの面倒を小さい頃から見てきたブラナのことだった。
ところが、子爵の質問に、家令は答えに窮していた。
「どうしたのだ。答えられぬのか?」
さらに鋭い眼光を向ける。これほどまでに厳しい目を向けられては、家令も震え上がってしまう。
「そ、それが……」
「それがどうした?」
「行方不明なのですよ、あの侍女も」
「なんだと?!」
家令の答えを聞いて、子爵は怒りを爆発させている。
「あの侍女は、あの魔族に加担しているというのか?」
「いえ。どうもそういうようではないです。部屋にはこのような書置きがありました」
「書置きだと? どれどれ……」
子爵は家令から渡された紙をじっくりと眺める。
『お嬢様のふりをした魔族を殺すまで戻りません。探さないで下さい』
それは決意に満ちた書置きだった。
書かれていた文面を見て、子爵はほっと安心したような表情を見せている。
「なんだ。殺しに向かったのなら捨て置け。だが、裏切るようだったら、奴も殺せばいい」
「承知致しました」
「あの魔族はいろいろと強力な魔法を持っているとはいえ、まだ十歳だ。じわじわと追いつめて、なぶる様に殺してやれ。我々を欺いたその罪を、しっかりと感じられるようにな」
「はっ。それでは、わたくしめは騎士たちに指示を出してまいります」
「頼んだぞ」
家令が出ていくと、子爵はひとまずは落ち着きを取り戻す。だが、その表情は険しいままのようである。
しばらく休んでいると、部屋の扉が叩かれる音が聞こえてくる。
「誰だ」
「俺です、父上」
扉の外から聞こえてきたのは、コークロッチヌス子爵家の跡取りであるシュヴァルツの声だった。
「おお、シュヴァルツか。入れ」
「失礼致します」
子爵の許可が出ると、シュヴァルツが部屋の中に入ってくる。
「だいぶ荒れていらっしゃるようですね。外まで声が聞こえてきましたよ」
扉を閉めたシュヴァルツの第一声はそれだった。
「そうか。そんなに外まで聞こえていたか」
子爵はどことなく恥ずかしそうに笑っている。
「父上がそれだけ荒げるというのも分かりますよ。聖女を騙った魔族が、俺たちの家族から出たのですからね。おかげでコークロッチヌス子爵家は汚名をかぶってしまいました。その汚名をどう雪ぐか、それが早急の課題ですからね」
「うむ、まったくだ」
シュヴァルツの言葉に、子爵は両手を組んで落ち着いた声で頷いている。
「私には領地の仕事や城の仕事もある。この手で断罪してやりたいところだが、それだけの暇が取れぬ。まったくもどかしいというしかない」
子爵は再びぎりっと歯ぎしりをしながら険しい表情になっていく。それだけ、クロナが魔族だったという情報は、子爵の負担となっているのである。
険悪な雰囲気を放ち始めた子爵へと、シュヴァルツが近寄っていく。
「父上。ならば、この俺が出向きましょう。噂ではバタフィー殿下が自ら打って出たようですし、俺たちも動かないとますます立場が苦しくなってしまいます」
「ほ、本当なのか、それは」
「はい。学生の間ではすでに知れ渡っている情報です。殿下から口止めされていたので、伝えるのが遅くなって申し訳ありません」
「くそっ!」
コークロッチヌス子爵は、両手で机を強く叩く。どのくらいの強さかというと、その衝撃で机が真っ二つになってしまう程である。
「はあ、はあ、はあ……」
怒りのあまり、子爵の呼吸はかなり乱れている。
その様子を見たシュヴァルツは、黙って部屋を出ていこうとする。
「おい、どこに行くというんだ、シュヴァルツ!」
子爵に気が付かれてしまい、大きな声で止められてしまう。
「どこって……。あの魔族をぶっ殺しに行くんですよ。あれを妹だと思っていた俺が許せないんですよ。そのためには、この手であの魔族を殺さないと気が済まないんです」
「待て、一人で行くつもりか?」
部屋を出ていこうとするシュヴァルツに、子爵はさらに問い掛ける。
「当たり前じゃないですか。仮にも兄妹だったのですから、兄の手で葬ってやるのが、せめてもの情けというものでしょう」
シュヴァルツはそうとだけ言い残すと、子爵の部屋を出ていった。
あまりの決意の固さに、子爵は呼び止めることができなかった。
「くそっ!」
勢いよく椅子に座った子爵は、家令をもう一度呼びつけて、自分の壊した机を修理させたのだった。




