第15話 待ち伏せの侍女
隠し通路に入り、狭くて暗い通路の中をクロナはスチールアントの背に乗って移動している。
バタフィー王子たちを相手にしているスチールアントのことを気にしているらしく、その表情はとてもつらそうだった。
「バタフィー殿下……。みなさん……」
自分を殺そうとやってきた人物でも、自分の住む国の王子様だ。彼が死んでしまっては、この国はいずれ滅亡へと向かってしまう。
しかし、自分だって死ぬことはできない。神から自分が死ねば世界は滅ぶとまで言われてしまったのだ。クロナには、生き延びねばならぬ事情がある。
(バタフィー殿下には悪いですが、私は死ぬわけにはいかないのです。本気で私を殺しに来るというのであれば……、私は……)
思わず泣きそうになってしまう気持ちを、クロナはぐっとこらえている。
しっかりと前を見据えると、徐々に明るくなる光が見えてきた。どうやら出口が見えてきたようである。
『聖女様。怪しい気配がします。しっかりと身を守って下さい』
「は、はいっ!」
スチールアントがクロナに注意を呼び掛ける。
確かに、身震いするほどの殺気が外から感じられる。
しかもこの魔力、クロナにはとても覚えのある魔力だった。
隠し通路を抜けきる直前、クロナを乗せたスチールアントが動きを止める。代わりに、前を守るスチールアントたちが飛び出していく。
ガキーン!
外に先に出たスチールアントと何かがぶつかる音が響く。
「ちっ! この虫けらたちが小癪な真似を……」
聞いたことのある声が聞こえてくる。
「ブラナ、あなたですか」
スチールアントが前を守る中、クロナはゆっくりと地上に姿を見せる。
その落ち着いた表情に、出口で待ち構えていた襲撃者がいらつきの表情を見せている。
そう、そこに立っていたのは、一度は中までやって来てクロナに襲い掛かってきた、クロナの侍女であるブラナだった。
「ははっ、お嬢様。実に元気そうですね。殿下たちに襲われたというのに、よく無事に出てこれましたね」
歪んだ笑顔を浮かべ、バカにするような口ぶりでブラナが話し掛けている。
だが、そんな煽りには動じないクロナである。しっかりとした表情で、じっとブラナを見ている。
「こんなメモを渡しておきながら、わざわざ待ち伏せですか。あの時に私を殺せばよかったのではないですか?」
「ははっ、確かにそうですね。でも、不思議なものですよ。私にはどうも気分の波があるようでしてね、邪魔が入らないように一人になる状況を作り出したんですよ、あはははははっ!」
両手に短剣を構えながら、今までまったく見たことのないような不気味な笑顔を見せるブラナ。その表情に、クロナは心が痛むばかりである。
なぜなら、クロナは知っているからだ。ブラナは邪神による精神汚染と戦いながら、自分に助け舟を出してくれているのだから。なんとしても楽にしてあげたい、クロナは本気でそう願っている。
「バタフィー殿下に先を越されましたが、コークロッチヌス子爵家でも、お嬢様を殺すための準備が整えられています。ふふふっ、お嬢様の命、あと何日もつでしょうかね」
邪神に精神汚染を受けながらも、ブラナはクロナに対して情報を流している。これだけでも、ブラナがどれだけクロナに対して忠誠を誓っているのかがよく分かる。
『聖女様、いかが致しましょうか』
「ひとまず、無力化だけをお願いします。私には、とても戦うことはできません」
『承知しました』
クロナに指示を仰いだスチールアントは、ブラナを取り囲む。
「くくくっ、さすが魔族ですね。魔物を配下に加えるなんて、実にらしいじゃないですか!」
歪んだ表情で興奮気味に叫んでいる。
「たまたまスチールアントがいるだけかと思っていたのですが、なるほど、配下とすべく呼び寄せていたのですか。ですが」
ブラナは短剣をくるりとさせると、クロナの顔をじっと見つめ直す。
「先程のようにはいきませんよ。あの王子が来る前に、この私の手で、あなたを討って差し上げます!」
短剣の先端をクロナに向けたかと思うと、ブラナの姿が消える。
「えっ、どこ?!」
目の前からブラナの姿が消えたので、クロナはものすごく慌てている。
『聖女様、左! 防御魔法を!』
「えっえっ、シールド!」
わけもわからず、自分の左側に防御魔法を展開する。
聖女の強固な防御魔法と、金属の短剣がぶつかる音が響き渡る。
「ちぃっ!」
ブラナが攻撃を弾かれ、離れた位置に着地する。
「不意を突いたと思ったのに、反応がいい。これは参りましたね」
一撃弾かれただけで、ブラナはなぜか動きを止めてしまった。
「こいつは、私も入念に準備をしてこないと勝てそうにないですね。その地図に従って、私の暗殺者時代のアジトに潜みなさい。しっかりと準備させてもらうので、そこで決着をつけましょう」
ブラナは武器をしまうと、あっさりとクロナを見逃してどこかへと姿を消してしまった。
予想外な出来事に、クロナたちはぽかーんと立ち尽くしてしまう。
『なんだったんですか、あいつは』
「私が聞きたいくらいです。と、とにかくこの地図の示している通りに進みましょう」
『しょ、承知しました』
ブラナの意外な行動に動揺しながらも、スチールアントたちはクロナの指示に従って移動を始めた。
残っているスチールアントは七体ほど。少ない戦力となってしまったが、クロナは生き延びるために次の場所へと向かったのだった。
 




