第13話 黒角の守護者
「う……ん……」
ようやく目を覚ますクロナ。
しかし、自分の周りには大量のスチールアントが群れている。
「ひっ!」
再び震え上がるクロナだったが、カサッという音に気が付いて自分の手を見てみる。
そこには、一枚のちょっと大きめの紙があった。
「なんでしょうか、これは……」
めくって中を確認してみると、なにやら地図のようなものが描かれていた。
『お嬢様へ。図に描いた場所までひとまず避難をして下さい』
「ブラナ……」
クロナは、地図に記されていた筆跡から、すぐにブラナによるものだと気が付いた。
邪神からの侵食に抗いながら、自分のために地図を託しに来たようだ。
ところが、周りにブラナの姿は見えない。となると、ここから立ち去ったとみるのがよいのだろうか。周りにいるスチールアントのせいで不安になってしまう。
「ギギッ……」
悩むクロナの前に、スチールアントの群れが頭を下げ始める。
どういうことなのだろうかと、クロナはついびっくりしてしまう。
その瞬間、クロナの脳裏に、とある言葉がよぎる。
『助けてくれるものがいるだろう』
そう、神に招かれた場で聞いた言葉である。
「もしかして、あなたたちが私を助けてくれるというの?」
「ギギ……」
クロナが尋ねれば、スチールアントの群れはさらに頭を下げていた。
反応を見て、クロナは確信した。このスチールアントたちが自分を助けてくれるんだと。
その瞬間、自分の頭の角に力が集まることを感じる。
「頭の角が、反応している……?」
次の瞬間、クロナとスチールアントたちとの間で強い共鳴が起きる。
「頭……痛い……。割れ、そう……」
それと同時にクロナには強烈な頭痛が襲い掛かっていた。
その頭痛が強まった瞬間、魔力が弾けたような感覚を覚える。
あまりの痛さに気を失いそうになったものの、魔力が弾けた瞬間に、一気に頭痛はおさまってしまった。
「な、なんだったのかしら。今のは……」
頭を押さえながら、クロナは片目を閉じたまま周囲を見回している。
『我ら、スチールアント一同、聖女様をお守りします』
『聖女様が汚せぬ手。我らが代わりに汚れて差し上げましょう』
「……え?」
急に頭の中に響いてきた声に、クロナは困惑している。
『その角、禍々しい力に汚染されてはおりますが、聖女様の清い力を隠しきれるものではございません』
『我らはその力に導かれて、聖女様の危機に集まってきたのです』
『さあ、聖女様。なんなりとご命令を下さい』
スチールアントたちが口々にクロナに指示を仰いでくる。あまりの事態にクロナはついていけなくなっている。
しかし、せっかくの助けが現れたのだ。これを利用しない手はないというものである。
クロナは心を落ち着けるべく、一度深呼吸を行う。
その際に閉じた目を再び開けると、スチールアントたちに指示を出す。
「私は邪神と呼ばれる存在に呪いをかけられたようです。神様が私の呪いを解くべく奮闘して下さっていますが、解呪には三年かかるとのことです」
『なんと!』
『忌まわしき邪神、実在していたのか』
どうやらスチールアントは邪神の存在を知っているらしい。
『やつは、我々を魔物として自分の配下に置きたがっております』
『我らが誰の下につこうと自由というもの。聖女様に手を出したのであれば、我らとて反逆の意を示すのみ』
なんとも頼もしい言葉なのだろうか。
人間たちからひどい目に遭わされたクロナにとって、とても心強い言葉だった。そのため、思わず涙を流してしまう。
『聖女様、泣かないで下さい』
『三年間、我々が守り抜きますとも』
「ありがとう……ございます」
嬉し涙を流すクロナではあったが、そのような状況も長くは続かなかった。
『むむっ、敵意を感じる』
『さっきの人間の仲間か?!』
「さっき?」
スチールアントの言葉に、つい反応してしまう。
『怪しい人間が、襲い掛かっていたんだ』
『かと思えば、聖女様にそのよく分からないものを握らせて去っていったんだ』
「ブラナは……無事ですのね」
ついほっとしてしまうクロナである。
だが、そんなことを言っている場合ではないと、スチールアントが急かしてくる。
『聖女様、お逃げ下さい』
「で、ですが」
『我々はいくらでも替えが利きます。ですが、聖女様は一人です』
『さあ、すぐにでも脱出しましょう』
「ですが、どこから……」
その瞬間、クロナは手に握っていたブラナのメモを思い出す。
(そっか、このメモに従えば……!)
ぎゅっとメモを握りしめ、クロナはスチールアントたちに指示を出す。
「あちらの方向へ。私を運ぶものと、戦うものとに分かれて下さい」
『了解でございます』
クロナは指を差しながら脱出を試みる。
ところが、そうは簡単にいきはしなかった。
「ファイアーボールッ!!」
どこともなく火炎球が飛んでくる。
「きゃあっ!」
近くに着弾し、その際の炎と熱で、思わず悲鳴を上げてしまう。
「逃がさぬぞ、魔族が。このバタフィーの剣の錆にしてくれよう……」
「ば、バタフィー殿下……」
脱出を試みたクロナの背後に、イクセン王国の王子バタフィーが姿を見せたのだった。
クロナの、できれば出会いたくなかった人物の一人だ。
婚約寸前までいった相手との再会。このような形では会いたくなかったクロナなのであった。




