第12話 冷酷な王子
洞窟の入口にバタフィー王子がやって来る。
「おい、起きろ」
「はっ!」
洞窟の入口の近くで突っ立って眠っていた兵士が目を覚ます。
「おい、お前。なぜ見張りをさぼっていた!」
「へっ、な、なんの……。バタフィー殿下?!」
兵士は直立したかと思うと、がくがくと体を震わせながら跪く。
「こ、これはバタフィー殿下。ご、ご機嫌麗しゅうございます……」
眠っていた姿を目撃されてしまったために、兵士はどんな罰を受けるのかひやひやしながら下を向いている。
目の前ではバタフィー王子が剣に手をかけている。その姿を見た兵士が、ビクッと体を震わせる。
バタフィー王子は剣を抜いて、兵士の首筋に剣を当てる。
「ここで手打ちにされるのと、馬車馬のごとく働くのとどちらがいい?」
「はっ、魔族を討つため、粉骨砕身で頑張らせて頂きます」
首筋に剣が当てられるたびに、兵士は震え上がっている。その恐怖からか、シクルは馬車馬のごとく働く選択をしたようである。少しでも生きていたのだ。
その必死な言葉を聞いて、バタフィー王子は剣を納める。
「ならば、そこの洞窟の中に入り、中の調査をしてこい」
「しかし、殿下。この洞窟の入口には結界が!」
「ほう……。身を砕くといったのはうそか?」
「ひっ!」
言い訳をしようにも、今のバタフィー王子には通じない。再び剣に手がかかった様子を見て、シクルは震え上がっている。
完全に退路のなくなったシクルは、やむなく洞窟へと突入しようとする。
「あれ?」
「なぜだ?!」
この洞窟を発見した二人が驚いた顔をしている。
入ろうとしても弾かれていた洞窟の中に、あっさりと入れてしまったからだ。
「ど、どういうことだ?」
「結界が、消えている?」
驚き戸惑うシクルともう一人の兵士だったが、バタフィー王子は冷たかった。
「何をしている。入れるのならさっさと行け。この俺の手を煩わせるな!」
「は、はいっ!!」
バタフィー王子に怒鳴られて、シクルは大慌てで洞窟の中へと飛び込んでいった。
洞窟の中は当然ながら暗い。
シクルは一般兵であるが、明かりをともすような魔法も使えない。そのため、支給品である明かり取りで視界を確保する。
だが、周囲をかろうじて照らし出すだけの明るさでは、洞窟の中に漂う不気味さは増すばかり。シクルはその身を震わせ続けている。
かなり深いところまでやってきた。
「ううっ、こんなところに長くいたくねえよ……」
あまりにも暗すぎて、シクルはもう泣き出しそうなくらいに心が折られかけていた。
クロナに対する負の感情が強くなっているとはいえ、暗闇に対する恐怖心は変わらないのである。
目の前に広い空間が見えてくる。
「ここは……?」
薄暗い明かり取りがなくても、十分に見える不思議な空間である。
「おっと、この感覚は……」
シクルは何かに気がつく。
「ははっ、こんなところにいたの……かぁっ?!」
クロナの姿を見つけたと同時に、シクルはとんでもないものを見てしまう。
「ギギギ……ッ」
「す、す、スチールアントッ?!」
クロナを取り囲むように居座っていたスチールアントの群れに気が付いて、シクルは思わず身を引いてしまう。
兵士の中でもそれなりに腕を持つ相手でなければ、スチールアントは相手にできない。
攻撃は遅いので、シクルでも食らわないとは思われる。だが、真の恐怖は体の硬さとその数なのだ。スチールアントは最低でも十体くらいの群れを成している。それを一掃するだけの実力がなければ、硬さに追い詰められてやがては食われてしまう。
「こ、こんなの相手にしてられるか! 魔族が目の前だとはいっても、俺は命が惜しいぜ!」
シクルはバタフィー王子たちに報告するために、来た道を必死に走って戻っていく。
ところが、後ろからがさがさという音が聞こえてくるのだ。
「げっ! 追ってきてやがる!」
なんと、シクルを敵と認識したらしく、スチールアントたちが追いかけてきたのだ。
「や、やめろ! 俺はおいしくない、こんなところで死にたくねえよ!」
シクルが大声で叫んでいる。
「ファイアーボール!」
シクルの叫び声と同時に、火の玉がシクルの顔をかすめるようにして飛んでいく。
「ギギーッ!」
火の玉が命中し、スチールアントたちが燃え上がっている。
足の止まったスチールアントの姿を見て、シクルは腰を抜かしていた。
「へへっ、ざ、ざまーみろ!」
腰を抜かして倒れ込みながらも、シクルは強がってみせている。
ところが、シクルの余裕はそこまでだった。
「……報告しろ」
バタフィー王子の冷え切った表情がそこにあったからだ。
「へ、へい……」
あまりにも恐ろしい表情に、シクルの表情が恐怖に歪んでいる。
「こ、この奥の広くなったところに、例の魔族の姿がありました。ですが、二十から三十……、いや、もっと多くのスチールアントが守るかのように群れていました。あまりの数に引き返して報告しようとしたのですが、奴らに気付かれてしまい、この様でございます……」
「そうか」
バタフィー王子はそういうと、立ち上がる。
シクルは安心したのかほっとするが、それも束の間だった。
「へっ?」
シクルの手の甲に、バタフィー王子の剣が突き刺さっていたのだ。
「ぐっぎゃああーーっ!!」
「下らぬ嘘を言うな。これから奥に向かうが、もし魔族の姿がなければ、どうなるか分かるな?」
「は、はい……」
剣で貫かれた手の甲を押さえながら、シクルは震えながら返事をしていた。
「よし、このまま進軍を続ける。各自、戦闘態勢を崩すな」
「はっ!」
「お前は案内をして、俺たちの盾になれ。決して、逃げるなよ?」
「は……い……」
シクルは立ち上がると、手を押さえながらバタフィー王子たちの案内を始める。
クロナに、バタフィー王子の魔の手が迫るのであった。




