第11話 揺らぐ侍女
スチールアントの群れと向かい合うクロナは、すっかりとその腰を抜かしてしまっていた。
地面におしりをつけたまま、引きずるようにして後ろへと下がっていく。
「いやああ、来ないで……」
スチールアントたちはずるずると下がるクロナに、じわりじわりと近付いていく。
下がるクロナだったが、その手が何かに触れる。
「え?」
思わず振り返るクロナだったが、そこで見たのは別のスチールアントだった。
「ひ、ひいいいいっ!」
その見た目の怖さから、クロナは悲鳴を上げて気を失ってしまった。
突然ぱたりと倒れてしまったクロナを、スチールアントたちが取り囲む。
次の瞬間、スチールアントを敬遠するかのように短剣が飛んでくる。
「おっと、うちのお嬢様に手を出すのはやめてもらいましょうかね。その子を殺すのは、私の役目なんですからね」
スチールアントたちが顔を向けると、そこにはなんとも体のラインがはっきりと分かる衣装に身を包んだ女性が立っていた。
誰かと思えば、クロナの侍女であるブラナだった。
唯一ある入口は結界で拒まれているというのに、一体ブラナはどこから入ってきたのだろうか。
「お嬢様を魔物に食い殺されるわけにはいかないんでね。きれいなままそこに置いてってくれないかしらね」
首筋を短剣の腹でトントンと叩くブラナ。さすが元暗殺者と言っているだけあるらしく、その目は薄気味悪く笑っている。
ところが、スチールアントたちも譲らない。クロナを覆い隠すように群れ、ブラナを対峙している。
「……どうやら、その様子を見る限り、お嬢様を襲おうってわけじゃなさそうですね。アリごときがナイトのつもりですか!」
ブラナは短剣を大量に取り出し投げつける。
スチールアントたちはクロナを覆い隠し、短剣の脅威から必死に守っている。
全身が鋼鉄のように硬いアリたちは、短剣をいともたやすく弾き飛ばしている。
この状況には、ブラナは舌打ちをしている。
「さすがに全身が鋼鉄並みの硬さを持つスチールアントですね。この程度の攻撃、たやすく弾いてくれますか」
両手に短剣を持って構えるブラナは、じっとスチールアントたちを見ている。
「うっ……」
そうかと思えば、ブラナは突然苦しみだし、体勢が揺らいでいる。
「だ、ダメです。私は、お嬢様を逃すために……、ううっ!」
先日の雨の中の時のように、ブラナの人格が揺らいでいるようだ。
「私は……、お嬢様の護衛……。この程度の、精神操作に、負けて、なるもの……ですか」
頭を押さえながら、ふらついている。
「ここ、も、いずれ追手が、来ます。正気を、保って、い……る間に、なんとしても、お嬢様に逃げ、道を、示さなけれ、ば……」
ブラナも必死に戦っているようだ。
どうにかして、クロナを助けたいブラナだが、邪神による強力な洗脳に抗うだけで精一杯といったところのようだ。
「くそっ……。このままでは、お嬢様、に……危害を加え、そう、です……」
どうにか武器をしまい、ふらふらとしながらも、ブラナはクロナへと近付いていく。
そして、屈むと、なにやら紙切れを取り出して、クロナの手に握らせているようである。
「ここ、は、かつての私の、隠れ家です。秘密の入口は、知られて、いませんし……、お嬢様のためにも、お伝え、せねば、なりません……」
紙切れを託したブラナは、頭を押さえてふらつきながら立ち上がる。
「ふふっ、お嬢様を守る、のが、アリの群れとはこっけい、ですが……、どうか、お嬢様のこと、を……頼みます、よ」
ブラナは苦しみながらも、その場を立ち去っていった。
その後もしばらくの間、スチールアントたちはクロナを守るべく、その姿を覆い隠していたのだった。
洞窟の分かりやすい入口まで戻ってきたブラナは、いきなり洞窟の壁を思い切り叩いていた。
「くそっ! あの程度の魔物に無様に逃げ出してしまうとはなにごとよ。暗殺者である私が、殺しも果たせずに戻ることになるなんて……」
クロナに対する殺意を露わにしていることから、洗脳状態に戻ったのだろう。
一時的とはいえ、邪神による精神操作から逃れるとは、ブラナも大したものである。
とはいえ、それだけクロナのことを慕っているがために、洗脳状態に陥ればこれだけ強い殺意を抱いてしまう。邪神の呪いというものは恐ろしいものだ。
洞窟の中から外へと出ようとするブラナだったが、出口に手触れようとすると、クロナたちと同じようにバチンと弾かれていた。
「やはり、ここは通れませんか。兵士たちが弾かれることを見ていたので、裏口から入りましたが、なるほど厄介な結界ですね」
ブラナはちらりと外を見る。見張りの兵士はどういうわけか眠っている。
(ちゃんと見張っていないとは、まったく、軍の質が知れるというもの……。こんなことでお嬢様が殺せると思っているのですか、腹立たしい)
ブラナはそう思いながら、もう一度結界に手を触れる。
手を離したかと思うと、両手に短剣を持ち、結界へと振るう。
普通なら弾かれてしまうはずなのだが、なんとブラナは短剣で結界を切り刻んでしまった。
「感謝して下さいね、この役立たず。ですが、私の姿を見られるわけにはいきません。さっさと立ち去りましょう」
ブラナはそういうと、結界の消えた洞窟の入口から外に出て、そのまま姿を消してしまった。
一難去ってまた一難。
クロナを守る壁がまた一枚消え去ったのである。




