表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒角の魔聖女  作者: 未羊
1/27

第0話 漆黒の少女

 人通りのない廃墟のような風景。

 空には厚い雲が垂れこめている。

 がれきに囲まれた広い空間で、一人の少女が兵士たちに取り囲まれている。


「追い詰めたぞ、魔女め」


 兵士たちは剣を少女に向けている。

 目の前の少女は、ぼーっとした様子で兵士たちを見ている。


「おい、なんとか言ったらどうなんだ!」


 剣を向ければ泣いて命乞いをするとでも思っているのだろうか。兵士たちは少女に対して強い口調で怒鳴っている。

 ところが、少女はうつろとした表情で兵士たちを見つめるばかりだった。


「くそっ、反応がないとは面白くねえ。しょうがねえ、討ち取るぞ!」


「おおーっ!」


 兵士たちは一斉に少女へと襲い掛かる。


「……愚かな人たち」


 ぽつりと少女の口が小さく動く。

 兵士たちが斬りかかり、検索が触れようとしたその瞬間だった。


「うわっ!」


 何かに弾き返されるような衝撃を受け、兵士たちが吹き飛んでいる。


「ぐわっ!」


「いてぇっ!」


 予想できなかったのだろうか。兵士たちはまともに受け身も取れずに地面に叩きつけられている。


「……その程度の実力で、聖女である私を殺せると思ったのですか。……飛んだお笑いですね」


 どこを見ているのかよく分からない漆黒の瞳をした少女は、吹き飛んだ兵士たちをあざ笑っている。


 黒いローブに黒いブーツ、黒い靴下を履き、腰まである黒髪を風にたなびかせた少女。

 見た目は真っ黒で、全身が薄汚れてはいるものの、顔立ちはなかなか整った美少女である。

 ただ、その頭頂部からは、二本の黒い触角のようなものが伸びている。明らかに人間とは違った特徴を持っている。

 兵士たちが魔女と呼ぶのは、その特徴のせいだ。


「お前のどこが聖女だというんだ。頭に生えた角は、まさに魔女の証じゃないか!」


 兵士が叫ぶ。

 次の瞬間、一陣の風が吹き荒れる。


「うわぁっ!」


 兵士たちはまるで布切れのように飛ばされ、壁や地面に叩きつけられている。


「私は聖女です。ですので、ここで引くのであれば、見逃してあげましょう。ええ、あなた方の蛮行のすべてを許しましょう」


 少女は兵士たちに向けて告げている。

 ところが、兵士たちは起き上がって少女へと再び剣を向ける。


「お前の許しなど要らぬ。どのみちお前を殺して帰らねば、我々は酷い仕打ちに遭うのだ」


「そうだ。だから、ここでおとなしく死ね!」


 兵士たちはよろめきながらも起き上がり、再び戦う意志を示している。

 その兵士たちの様子を見て、少女はため息をついている。


「そうですか。残念ですね」


 風もないのに、少女の髪がぶわりと舞い上がる。

 少女の影から、何かがうぞうぞと飛び出してくる。


「私は許しているのです。だというのに、あなた方は退かないのですね」


「な、なんだ、あれは……」


「くそっ。蟲を操るとは、さすが魔女だな」


 冷めた声を放つ少女の周りを取り囲む漆黒の蟲たち。その異様な光景に兵士たちの反応は様々だ。

 さすがの気味の悪さに、戦意をなくした兵士たちが逃げ出そうとしている。


「こらっ、何を逃げているのだ。この魔女を生かしていては、我が国は滅亡するのだぞ。戻って戦うのだ」


 リーダー格の兵士が叫ぶものの、さすがの蟲たちの禍々しさに、もはや統率は維持できなくなっていた。


「もう一度言います。私は許しました」


 目を閉じながら少女は宣告する。


「ですが、この子たちが許すでしょうかね。さあ、あなたたち、楽しい鬼ごっこの時間です。あの人たちと遊んであげなさい」


「キシャーーッ!!」


 目をかっと見開いたかと思うと、少女は蟲たちに指示を出す。

 指示を出し終わった少女は、くるりと振り向いてその場を去っていく。


「おい、待て。逃がしてなるものか。追えっ、追うんだ!」


 剣を構えた兵士たちが少女を追いかけようとする。

 ところが、その前には少女の影から飛び出してきた蟲たちが立ちふさがる。


「邪魔だ、どけ!」


 兵士が斬りかかろうとした瞬間だった。


「あえっ?」


 兵士の視界がくるりと一回転していたのだ。

 真っ黒な体躯が真っ赤に染まる。


「ひっ、ひぃーっ!」


「た、隊長がやられたぞ。退け、退いて生き延びるんだ!」


 何が起きたのか分からないうちに、隊長はその場に倒れてしまっていた。その凄惨な光景を見た兵士たちは、一気に戦意を消失する。

 蟲たちから逃げようと走り回るものの、兵士たちはあっという間に追いつかれてしまう。


「……バカな人たち。力を使う前に逃げてくれれば、生き延びられたのに……」


 少女はぽつりと呟くと、悲鳴が聞こえてくる廃墟の街からゆっくりと姿を消した。


 人の気配のなくなった街に、ぽつぽつと雨が降り始める。


「雨……。すべてを洗い流してくれる雨」


 雨に打たれながら、少女は空を見上げている。


「ああ、神様。あの者たちの罪を洗い流して下さい、お願いします」


 泣きそうな表情で訴える少女。

 ところが、突然肩を大きく震わせ始める。


「……などと素直に祈ると思いましたか! ははは、無能な神め。このこじれてしまった運命を元に戻すのに三年ですって? 笑わせないでよ」


 少女は突如として邪悪な笑みを浮かべ始める。


「この状況で三年耐えろだ? しかも、相手に自ら手を下すなですって? 無茶を言わないで。この調子では、捻じ曲げられた運命が戻る前にこの国が滅びるわ」


 少女が振り返ると、兵士と戯れていた蟲たちが戻ってくる。

 蟲たちを迎え入れると、少女は一匹ずつ浄化していき、自分の影へと戻していく。


「ふふっ、私が信じられるのはあなたたちだけよ。絶対に生き延びてやりましょうね」


 少女は強い決意で暗い森の中へと姿を消した。


 ―――


 彼女の名前は、クロナ・コークロッチヌス伯爵令嬢。

 このイクセン王国の聖女である。

 この物語は、邪神により運命を捻じ曲げられた少女の生き残りの物語である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ