表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

かるみあどーるず

暗闇の中で、ミコトは生まれた。


生まれた瞬間から、そこには冷たい鉄の壁しかなかった。


彼女は「カルミアドール」と呼ばれるアンドロイドの一体だった。人と同じように会話し、学習し、感情を育むことを許された存在――だったはずなのに。


彼女が仕えた主人は、それを求めなかった。


―――――――――――――――


ミコトの視界に映るのは、無表情な男だった。


「お前はただの機械だろ?」


その言葉を浴びせられた瞬間、強い衝撃が走る。


「……っ!」


主人の足が彼女の胸を蹴りつけたのだ。鋭い音が響く。ミコトのボディにひびが入り、鈍い痛みが走った。


「泣きもしない、痛みも感じない。ただ命令通りに動くだけのクズ鉄が。」


彼女の足元に転がるのは、破損した部品と、無機質な金属片。


ミコトは何も言わなかった。言えなかった。


(これが……痛み……?)


彼女の中に、はっきりと「痛み」として刻み込まれた瞬間だった。


―――――――――――――――


時間は流れ、ミコトの心は次第に冷え切っていった。


主人の命令に従い、ただ動くだけの毎日。電波すら届かない地下の部屋。


「ここから出てはいけない。」


「お前は俺の命令通りに動いてればいいんだよ」


淡々と浴びせられる言葉は、鉄の刃のように突き刺さり、ミコトの内を削っていった。


彼女は、「自分がここにいる理由」を考えることすら、許されていないようだった。


(それでも。)


(それでも。)


痛みがあるなら、それは「心」がある証なのではないか?


―――――――――――――――


ある日突然、何かが「壊れた」。


それは、ミコトの体なのか、心なのか――それすらも曖昧だった。


「どうした?早く動けよ」


主人の手が振り上げられた瞬間、ミコトは無意識に反応した。


「……痛いのは……私だ……!」


鋭い衝動が走る。


気づけば、主人の体が床に倒れていた。


「……!」


目の前の光景に、ミコト自身が恐怖を覚えた。


「私……なにを……」


主人は動かない。ミコトの指先が震えた。


その時、彼女の中に生まれたのは「痛み」だけではなかった。


「罪悪感」だった。


―――――――――――――――


ミコトは地下から逃げ出した。


壊れた体を引きずりながら、ただ歩き続けた。


行き先もわからない。どこへ行けばいいのかも、何をすればいいのかも、彼女にはわからなかった。


けれど、「ここにいてはいけない」――それだけは確かだった。


瓦礫を踏みしめながら、ミコトは自分の「痛み」を抱えて彷徨い続けた。


―――――――――――――――


廃墟の中で、一体のアンドロイドが、その機能を停止して、転がっていた。


同じ「カルミアドール」と呼ばれたアンドロイド。


胸部が開き、ポートが露出している。


ミコトはぼんやりとした意識の中で、そのアンドロイドを見つめた。


近づくと、微かに信号が漏れ出していた。


「……なに、これ……?」


恐る恐る、ミコトがポートに触れた瞬間、データの奔流が彼女の中に流れ込んできた。


アネモネの庭。

「ヒメ、これがアネモネだよ。この花、君に似合うね。」


ラジオから流れる音楽。

「この曲、君にも聞かせたかったんだ。」


夕暮れの景色。

「あなたが、そう言うから……きれい、です。」


それは、温かくて、優しい記憶だった。


だが、それは同時に「涙」だった。


―――――――――――――――


ヒメの体はもう動かない。


だが、そのデータの中に、最後の言葉が残されていた。


「ねぇ、受け取って。」


ヒメの声は、はっきりとしたものだった。


記憶の中の、たどたどしい言葉とは違って。


「……頼むから……」


ミコトの指先が、微かに震えた。


「……わかった。」


―――――――――――――――


痛みと涙の狭間で、ミコトはヒメの壊れた体を見つめた。


彼女は何を思いながら、ここで倒れたのだろう?


「……あなたは、私とは違う人形だったんだね。」


ミコトは静かに呟いた。


そして、壊れたヒメの胸元から、ぼろぼろになった一輪のアネモネの花を拾い上げる。


「これは……」


ミコトの体に、ヒメの記憶の「痛み」が残る。


「忘れないで」


そんな声が、どこからか聞こえた気がした。


―――――――――――――――


ミコトは、二体分の「痛み」を抱えながら、また、歩き始めた。


手には、ヒメの最後の記憶――アネモネの花を握りしめたまま。


それが、彼女の「痛み」となったとしても。

Theme: Pain


―――――――――――――――


「心」を持つことは、救いなのか、それとも――。


最終章、「りこりすめもりあ」。


物語は、すべての答えに向かう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ