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平和な日常を

「ーーーねえ!姫様!魔族たちは今も残ってるよ?どうして?」



昼下がりの噴水のある広場で、アスカティア王国の王族である第一王女スピカに少年は尋ねた。長い金髪の髪に、前髪には白いメッシュが入っている。歩きやすい簡易なドレスを身にまとい、華やかさがあった。彼女はベンチに座っていて、集まった子供たちを前に古びた本を読み聞かせていた。



このアスカティア王国では小さなことながらも仕来りがあった。千年も前につくられたこのお伽噺を子供たちや町の通行人たちに読み聞かせること。雪の寒さが終わり、温かな季節を迎え、たくさんの花が咲き乱れる季節にその行事は行われる。



年に一度とはいえ、成人を迎えた者たちは足を止めず、せっせと働いている。このお伽噺に興味を持ってくれるのは幼い子供たちだけであった。だが、そんな大人たちも懐かしむように、たまに足を止めてくれる。スピカは少年のつぶらな瞳に戸惑いながらも、少しだけ考えるふりをみせたあと、少年に笑いかけた。



「サマエルを封印したあと、他の魔族たちはみんな隠れちゃったのよ。」



「ふーん、そうなんだ……。僕、魔族って好きじゃないんだ。畑を荒らすし、人を襲うし、怖いもん!!」



迷惑そうに頬を膨らませてすねる少年。だが、彼の気持ちに賛同するものは多い。大人たちは少年をなだめる。スピカもその少年や、周りの子供たちに安心するよう声をかける。王国の騎士たちが民たちを守ってくれること、街のなかにいれば安全だということも伝えた。



「どうして、天使様は魔族たちをたおさなかったの?」



今度は少女がそう口にした。その疑問が解消されることはない。なぜならこれは本当にお伽噺でしかないのだから、とスピカは思う。だが、一国の姫として、大事な業務を否定することもできず、適当にごまかすしかなかった。



「彼らはとても優しかったのよ。だから、あなたたちも人にやさしく、家族や友達と助け合いをしましょう!ね?私と約束してくれる?」



小指をむけると、子供たちも真似をして小指をみせて、「約束!」と声を大にして、笑っていた。スピカも少年たちの笑みをみて心が温かくなる。彼女は古本を閉じて行事を終えた。少年たちは彼女にお礼をいい、そのまま駆け出して行った。ふぅ、と重めのため息をこぼすスピカの隣に騎士が現れた。



黒髪の短髪の青年で身長が高く、青い鎧を身にまとっている。彼の背には槍が常備されていた。ちょっとした動作でも町娘たちが騒いでしまう容姿だ。だが、スピカには見慣れた姿で彼の容姿を気にしている様子はない。



「スピカ様、随分と疲れていますね。」



彼の名前はユース。アスカティア王国第一王女スピカの側近であり、幼馴染だ。彼女よりもしっかり者でとにかく真面目、仕事だけをそつなくこなす男。大事な行事とはいえ、王族である彼女のそばを離れるわけにはいかないので、少し離れたところで周辺を警戒していたのだ。ようやく荷がおり、幼馴染しか近くにいないことを確認し、スピカは憤慨する。



「何が天使よ!!サマエルよ!!!そんなやつらいないじゃない!!未だにお伽噺を聞かせる意味がわからないわ!!!しかも毎年私ばっかり呼び出されるじゃない!!」



千年も前の話、ただのお伽噺。本当か噓かもわからない話。王城にある書物をみてもこのお伽噺に触れるような歴史的文献は存在しない。サマエルや天使が強大な存在であるなら、過去の人間たちが文献を残さないわけがない。スピカはずっとこの行事に疑問を浮かべている。



アスカティア王国は確かに妖精と共存する国である。これに嘘はない。過去に比べて妖精が見える人間はは減ってしまったが、それは人間たちの文明が発展してきたことを意味する。今では王族の一部の者が、妖精と対談するぐらいだ。ほかの者たちは見ることも、話すこともかなわない。



スピカはその古本を燃やしてしまいたかった。理由は簡単、無意味なのだ。この話は人々の不安を煽る要素の一つだ。信じているかどうかはともかくとして、子供たちが怖がっている。魔族は力を持たないものには脅威だ。この本には魔族が特別強いように書かれている。だが、人間たちの文明も発展している、彼らは強敵ではない。今は魔法でも、剣でも倒せる。この世に倒せないほどの強敵など存在しないのだ。千年前と今では何もかも状況が違う。



「しかし、今まで受け継がれたものをスピカ様の独断でやめるわけにはいきません。」



真面目なユースはそう告げた。歴代の王様たちも疑問に思いながら繋ぎ続けてきたもの。街の者たちも同じ話をきいて感覚が鈍っているだろうが、たかが【お伽噺】を伝え続けてきたのだ。一元一句間違えないように。スピカが持っている古本も何冊目になるのかわからない。壊れてしまう前に、書き留めるようにしているのだ。なにか大事な理由があるのだろうと思いつつも、やはり心の奥底ではスピカに共感してしまうのだった。



「お母様は信じていたようだけれど、お父様は微塵も関心がないのよ!?千年も前のそんな大きな戦いがあったのなら、文献を残しているでしょう!なんでお伽噺なのよ!!」



サマエルという魔族は本当にいたのだろうか?封印された湖はどこにあるのか?誰でもいい、知っているのであれば教えてほしい。スピカもずっと続けてきた伝統を否定したいわけではないのだ。このお伽噺に【意味】を見出して欲しいのだ。民たちが希望を持ち、平和に暮らせているこの世に感謝できるように。自暴自棄になっているのもあり、過激な発言が多い。彼女も疲れているのだろう。



「そろそろ時間です。姫様、戻りますよ。」



「二人の時は様付で呼ばないでよ!あと敬語も!!」



時計塔をみて時刻を確認したユースは、スピカに王城に戻るよう促す。騎士になってからさらに真面目になってしまい、幼馴染なのに堅苦しいユースに腹を立てながらも、スピカは王城に戻った。







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