町へ
「お、おい人間の女よ、何故そのような事を――」
「あー、聞こえない聞こえない」
「女よ、嘘をつくでない!絶対聞こえておるだろう」
……アイツは無視だ無視。
世の中には絶対に意識を向けてはいけない関わってはいけないモノがいると、昔とあるホラー漫画で学んだ。
今オレに話かけているアイツはきっとその類のヤツだろう。
だって凄い怖いんだもん。
オレは少女の事を丁寧に無視して爆破四散したオークの死骸に向かって合掌してから金になりそうな物品や素材を回収していく。
死体漁りなんて元居た世界からすれば非常に気持ちの悪い行為だがこの世界では生きていくためのごく当たり前の知恵の一つであり、実際オレも村の自警団の退治した魔物の死体掃除の手伝いなどを通じてある程度こういう行為に慣れていた。
「さ~てと、そろそろ頃合いかしら?あまりここに長居していると爆発音を聞きつけた厄介者がやって来ても面倒だし」
素材回収を粗方済ませたオレは近くにいる少女には一切触れない様にしたまま早足でその場を後にする。
「……まぁよい。人間の女よ、神龍の定めからは逃れられん……また何処かで出逢うであろう」
少女はオレの去り際に小さな声で何かを語っている様子だった。
うーん?なんかよく聞こえなかったけど……まっ、どうでもいいかな?
オレは立ち止まる事は無く、旅の歩みを進めていった。
▽ ▽ ▽
それからの旅路はというと意外な事に順調そのものだった。
いや、別に意外でもないか。
そもそもこの街道は魔物が出る事自体がここ数年を通しても殆ど無い程のイレギュラーで本来はこれが普通の事なのだ。
しかし、ついさっき運悪く魔物に出くわしてしまったオレからするとこんな物陰が多くて人通りも少ないこの場所で休憩を取る気は一切起きず、黙々と山道を歩き続けていた。
「……まぁ日々の肉体労働のお陰か、あるいはこの世界特有の身体能力補正なのかは不明だけどこんだけ歩き回ってるってのにあまり疲れを感じてないのが救いだわ」
元の世界の貧弱なオレだったらこんな舗装もされてない悪路なんて歩いていたら数十分も経たずに息が上がってその場でへたり込んでいただろうぜ。
まぁそんなこんなで、ノンストップで歩き続けて数時間程。
灰一色の景色に次第に緑が増えていき、看板等の人工物が姿を見せ始める。
その看板を頼りに少し歩いていくと、ついに煉瓦造りの建物の立ち並ぶ町へと続く小さな街道へと辿り着いた。
「はぁ~、ここまでくれば流石に魔物の心配はないかしら」
オレはそこでようやく緊張から解放されて近くの木陰で一息つく事が出来た。
「あれがルーザか、話には聞いていたけど割と大きな町なのね」
ド田舎のオーレリア村と唯一、街道で繋がっているのが目の前に見えてきたルーザという町だそうだ。
ルーザの存在は村に定期的に訪れる行商人を通じて知っていた。
農民にとっては特に用事もない町だったし、そもそも未成年が村を離れるのを良しとしない時代錯誤の風潮の所為で実際こうして訪れるのは初めての事だった。
「そんじゃ、そろそろ行くとしますか」
休憩を済ませ、街道を二~三十分程度歩いた所で町の入口へと辿り着く。
「よーし到着ッと」
入口には何やら大きな看板が掲げられていた。
大した事が書かれている訳ではないと思いつつも一応その看板に目を通しておく。
【おいでませ、観光する所は全くないけど何故かチェーン店や大型スーパーばかりが立ち並んだ住みやすい町ルーザへ!】
「うっわぁ……看板だけで伝わってくる。住むのには苦労しないが本当につまんねぇタイプのド田舎過ぎない田舎町だこれ」
丁度日本で暮らしてた時はそんな感じの町に住んでたっけな……。
休日のお出かけ先が周囲に行くとこがなさ過ぎて大体イ〇ンになるやつね。
それでもチェーン店どころか個人商店すら殆どないオーレリア村より遥かにマシ……まぁ、現代人基準からすりゃ目糞鼻糞かな。
いやいや、今はそんなどうでもいい戻る事の無い過去の出来事は置いておこうか。
ルーザでやる事は既にある程度決めていた。
先ずは冒険者ギルドへ赴き魔物出現の報告。
そして魔物出没の証拠を兼ねて現場から頂戴してきたオークの牙等の素材の売却だ。
聞くところによると魔物の素材ってやつは低位の物でも庶民からすれば結構な額の小遣いになるらしい。
あまり期待はしていないが数日分の食費にでもなれば願ったり叶ったりだ。
「さてギルドは……お、あそこに分かり易い看板が」
ルーザの冒険者ギルドは村を入ってすぐの場所にあった為、探す手間は必要なかった。
「これが冒険者ギルドかー。村にはモグリの自警団しかなかったし、ちょっとワクワクする響きよね」
ギルドへと到着すると早速オレは受付へと向かい、先程の予定通りに山道での魔物の出現報告と素材の受け渡しを行った。