旅支度
納得いかなかったので大幅に変えました。
地下から出た彼らの眼前には、澄み渡るような晴天が広がっていた。
地下の薄暗さに慣れた目は眩しさに耐えきれずに細まるが、それでも尚美しい空色が飛び込んで来る。
遠くに青々とした畑や、家畜を連れて歩く農夫の姿も見え、正に平穏を絵に描いたような光景だった。
「……………ラグリフタ様。この風景を見て、思うことはないですか」
「?天気が良いな」
「……………………そうですか」
「それにしても、随分と早い復興だったんだな」
(バカが…………)
確実にバレるであろうカスみたいな嘘について懸念していたのだが、要らない心配だったかもしれない。
まあ、「こいつ大丈夫なんだろうか………」という新たな心配は芽生えたけれども。
その後、オルドルフの協力の下、二人は旅支度を整えた。
リリアナは装備を身につけ、荷をまとめるだけだったが、勇者は地下の闘技場に居た時の酷い格好のままだったので丸洗いされていた。
洗おうとする使用人に勇者が抵抗した時、オルドルフが「大人しくしていないとドラゴンが逃げますぞ!」と抜かしていたのを覚えている。扱いが完全に子供である。
機嫌が悪くなりながらも無事洗われ髪を整えられた勇者は、瞳こそありふれた灰色であるものの、高貴な血筋を引いているのも納得の、輝く金髪を持つ上品な顔立ちをしていた。
外見だけはちゃんと貴族に見えるとリリアナは感心する。けれどサラリと流れた金髪を見て、ふと、彼の顔に誰かの面影が重なった。
誰だっただろうか。必死に記憶を掘り返すもこれだ、という顔は浮かんで来ない。
そもそも金髪の貴族なんて全く絞り込める条件ではなかった。
結局思い出せずに諦めてしまったので、彼女の胸にはもどかしさだけが残る。
一通りの旅支度を終えると、これから向かう先を確認していよいよ出発することとなった。
リリアナがドラゴン討伐の舞台に選んだのは、北方にある小さな農村だ。
理由は小さな村ならばドラゴン討伐の裏側がバレにくいというのが一つ目。また、頻繁に魔物の被害に遭う地域なので強力な魔物が現れてもおかしくないというのが二つ目。最後に、仕掛け役のの魔物を道中で調達出来るというのが三つ目だ。
辿り着くまでに通る地域は比較的トラブルが少なく、安全に通り抜けられるというのも理由に挙げられるだろう。
安全ということは勇者にとっては面白味が無いということだ。
リリアナは目的地にたどり着くまでの流れを説明する間、彼が反発するのではないかと警戒していたが、意外にも勇者の反応は従順なものだった。
「分かった。それで良い」
「良いんですか?村に着くまではひたすら歩くか馬車に乗るかの退屈な旅になりますが………………」
「問題ない」
同行の説得をしていた時とは打って変わったやり取りのスムーズさに不気味にすら思う。
だが考えてみれば今の彼は「ドラゴンと戦いたい」という自分の望みの為に動いているのだ。一方的に同行しろと言われた時と態度が違うのは当然なのかもしれない。
(目的さえ同じなら、なんとかなるのかもしれませんね………)
リリアナは笑顔を浮かべて握手の手を差し出す。
「これからよろしくお願いします」
「案内が終わるまではな」
災いの封印に疑念を抱かれないよう、勇者として英雄譚を作り上げることに、彼は興味がないだろう。
それはもう良い、仕方がない。どんなに脅したところで意味が無かったのだし、結局馬に水を飲ませることは出来ないのだから。
けれど彼の望みがひたすらに戦うことであるのなら、うまく誘導さえすれば英雄譚を作ることに繋げられるはずだ。
都合の良いことに、彼は戦えさえすれば相手が誰であるかは気にしないようなので、誘導も楽そうだった。
絶望的だと思っていた状況に光が見え、彼女は珍しく心からの笑顔を向ける。
ちなみに、勇者は握手をガン無視した。