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同行の説得

朝食後、リリアナは再び地下の闘技場を訪れていた。


 来て早々、勇者が彼女のことを忘れていたり、話を聞かなかったりと散々だったが彼の対人能力の無さは昨日目にしていたので今更だ。

 今更といっても腹が立つには立つが。


「昨日はご同行頂けないと断られましたが」


気持ちを切り替えて、リリアナは早速説得を試みる。


「あったか?そんなこと」


切り替えた気持ちがグルンっと回ってまた怒りがぶり返しそうになるのをどうにか抑えた。


「………………あったんですよ。貴方はここを終の棲家にするとか言って断ったんですよ」

「そうか」

「覚えていないということはお気持ちに変化がおありで?」

「いや、全く」

「でしょうとも!!!!」


来て数分も経っていないというのに既にもう帰りたい。

 というかこいつを野に返したら「どっか逃げちゃいました☆」とか言って代役の勇者を用意してもらえないだろうか。

 いやこいつも望んでここに居る訳だから返らないか。


「………………勇者の任命というのは国王や教皇からの命令ですから、撤回されることは絶対にあり得ません。よって、貴方が断ることも出来ません」

「いや、俺がここから動かなければ断るということになるなら、普通に出来るだろう」

「………………物理的に出来るか否かではなく、断れない状況に追い込まれるということです」

「どうやって?」


どうやっても何も普通にまずいと分かるでしょう、と苛立ったが、勇者が本当に純粋に聞いているだけの様子であったのでリリアナは言葉に詰まる。


「……………国家元首ならば、あなた一人くらいどうとでも出来ます。例えば、身分や市民権を剥奪する、と脅したり………」

「持った覚えの無いものを奪われてもな」

「ギルドに登録された店舗や公共施設の利用、冠婚葬祭の実施、これら全てを行えないようにしたり………」

「今までもやって来たことが無いので問題ない」


リリアナはギリィ……と(脳内で)奥歯を噛み締める。


この男はこれまでどのように生きて来たのだろう。

 社会の中で生きていない人間に対して、ここまで権力が通用しないとは思わなかった。


 それでもどうにか、彼が困るような脅し材料を探す。


「…………あるいは、暴力に訴えることもあるかもしれませんね。教皇にも、国王にも、それぞれ直属の騎士団がありますから、武力には事欠きません」

「…………………………なるほど?」


ギラリと勇者の眼が光る。


「それはつまり、従わなければその者たちと戦えるとそういう────」

「ちょっと待ったちょっと待ったちょっと待った」


とんでもない方向に話を持っていこうとするのを見て慌てて止めた。


「嘘です!冗談です!高貴な方々がそんな野蛮な手段に出ることは無いですから!!!」


(こいつ、戦いなら何でも良いのか……!?)


魔物だけではなく、対人戦も守備範囲内らしい。だとしても戦いたいがために国家のトップに逆らおうというのは流石に神経を疑う。


「そうなのか、つまらん」とあからさまに興味を失った様子の勇者は、今にも会話を打ち切って再び寝入りそうだった。

 引き止めたくても、全く彼に有効そうな説得材料が思い浮かばない。


(また明日、出直すしか無いのでしょうか………)


大体、説得なんていつもなら相手の背景を調べ尽くしてから臨むのに、今回はろくな情報を持っていないのだ。

 これではリリアナの分が悪いのも当然であった。

 枢機卿からは情報を得られそうに無いし、自分で調べるしか無いのか。

 しかし彼の発言を顧みるに、どこかの社会集団に属していた訳では無さそうだ。そんな人物の過去を洗い出す作業は相当骨が折れるものになるだろう。

 本人の口から聞くにも、彼は自分について他者に説明することにまるで興味が無いようだし…………


そのようなことをリリアナが悶々と考えていると、後ろからゆったりとした足音が聞こえてくる。


「上手くいっていないようですね」

「……………オルドルフ卿───ちょっと、まだ話は終わってませんよ!」


オルドルフが来たことでもう自分が相手をしなくても良いだろうと見て取ったのか、さっさと寝ようとする勇者をリリアナは止める。


「ラグリフタ様」

「何だ」

「ここの環境は今でも気に入っていただけているでしょうか」

「ああ、出てくる相手も面白い魔獣ばかりだし、」

「食料も出てくるから?」

「……………そうだな。理想的住処だ」

「それは何よりです」


オルドルフは穏やかに微笑んでいたが、すぐさまその表情を悲しげに一変させた。


「しかし、気に入って頂けたならば尚更、残念な知らせをお伝えしなければなりません」

「何だ?」

「あなた様のおかげで近隣の討伐対象の数も減少し、魔獣を発見してから転送する手配が難しくなりました。よって、これ以上の魔獣の召喚は不可能です」

「…………………そう、か」


(まあ、嘘でしょうね)


一時的な討伐対象が減少、というのはあり得なくもなさそうだが、魔獣が見つからないため不可能というのは確実に嘘だろう。

 恐らく、これ以上勇者のために魔獣を転送していられない、というのがオルドルフの本音だ。


 魔獣の召喚は陣さえ用意すれば望んだ魔獣が出て来てくれる、なんて便利なものでは無い。

 魔法陣と呼応するもう一つの魔法陣の内側に居る魔獣を呼び寄せる、という仕組みである為、召喚される魔獣側を陣で囲む必要があるのだ。

 そんなことをするくらいなら普通に討伐する方が確実に楽だし、必要な兵士の数も倍以上変わってくる。


 リリアナが勇者を同行させるのならばもう彼を魔獣で引き止める必要はない、むしろ出ていって欲しいので魔獣の転送を止めたのだろう。


(しかし、ホーンウルフ五頭の転送に成功するとは…………)


オルドルフは中々優秀な戦力を抱えているらしい。


「であれば、残念だが終の棲家にはなり得ないだろうな…………」

「ええ、本当に残念ながら………………」


そんな訳が無いのに、心の底から残念がってみせるオルドルフにリリアナは白けた目を向ける。 

 この老人の厄介な点は本音と全く逆の態度でもまるで本当に思っていることのように見せてしまうことだ。

 今だって勇者をきちんともてなすことが出来ない自身の不甲斐なさを嘆いているようにすら見える。


「だが食料が出て来るだけでもありがたい。しばらくはここに滞在──────」

「あ、食料も出せなくなりました」

「何故だ」

「突然の豪雨で領内のあらゆる畑が全てダメになったからです」

「………………………………」

「………………………………」


(カ、カスみたいな嘘つく……………)


めちゃくちゃである。嘘をつくにしてももう少しマシなのがあったろう。


「…………肉は」

「領内の家畜に突然の流行病が蔓延して殆どが死にました。死体も生き残ったものも食べられるものではありません」

「………………麦」

「畑共々豪雨で…………もしくは突然の蝗害で………」


 何だその突然の災害のオンパレードは。世界でも滅ぶのか。

 というか今朝お前が食べていたサラダやらソーセージやらは何だったのか。


「そうか…………理想とは、かくも儚いものだな……………」


そしてお前も信じるのか。


「ええ。このままでは、あなた様を餓死させることになってしまいます故………」

「分かった。出ていこう」

「こちらの要望で滞在して下さったというのに、大変申し訳ございません………」

「いや、良い。ここ最近は楽しかったしな。世話になった」

「そのように勿体無いお言葉を、ありがとうございます。………………それと、代わりと言っては何ですが、」


オルドルフはチラリとリリアナに目配せをする。


「ドラゴンの討伐には興味がございませんか?」

「…………ほう」

「!」


リリアナが考えていた最初の勇者の活躍、聖女に見出されるに至るストーリーがドラゴンの討伐だった。

 ドラゴンの強さは魔物の中でかなりの上位に位置している。それを単独で打ち倒し(たことにし)、民草を脅威からったことにすれば勇者として箔がつけられると考えたのだ。


「興味があるならば、そこの彼女に案内をさせますが…………」

「………………その女はさっきから俺を勇者として同行させるとか言っていたが……」

「ああ、彼女の勘違いでしょう。申し訳ございません。思い込みが激しいもので」

「なんだ、そうだったのか」


イラァッ、とはしたものの上手く誘導出来ているので余計な口は挟まない。

 むしろしおらしく反省した顔を作って「申し訳ございません」と謝罪してみせる。


「次から気をつければ良い。とにかく、案内を頼む」

「……………………………………………はい」

「リリアナ様。返事は即座に返した方が良いかと」


(このジジイ………………)


…………………リリアナの心労はともかく。


 このようにして、無事勇者を同行させることに成功したのだった。

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