勇者の資格
「ええ、鐘の音で魔法陣が発動するようにしておいたのは私です」
翌日の朝食時、美しく盛り付けられたサラダを咀嚼し飲み込んでから、こともなげに言い放ったのはオルドルフだ。
城主が客人をもてなす為に用意した食卓はうららかな日の光の差し込む大きな窓のそばに置かれ、卓上には庶民の晩餐とは比べものにならない豪勢な食事が並んでいる。
「……………ですよね」
そんな素晴らしい朝に相応しくない、微妙そうな顔をしているのはリリアナ。
よく考えなくても魔法陣の発動にオルドルフが関わっていることは明らかだったのに、焦りのあまりオルドルフに伝えようとした自分が恥ずかしかったのだ。
(でもまさか、人一人にホーンウルフ五頭をぶつけるとは思わないじゃないですか………)
彼の実力を知らなかったリリアナからすれば、どう見ても殺すつもりにしか思えない。
「そもそも、彼がこの城に滞在してくれているのはああやって魔物と戦えるから、というのが理由の一つですからね」
ましてや勇者が大の戦闘好きなんざ、分かる訳も無い。
オルドルフがサラダに続きソーセージだのパンだのを黙々と食べている一方でリリアナの為に用意されたカトラリーは一向に動かなかった。
「食べないのですか?我が領で取れた自慢の野菜なのですが」
彼女はなんとなく手に取ったフォークを持ったまま、考え込む表情をしている。
「……………………………枢機卿、あのラグリフタという方は、何者なんですか?彼に勇者としての資格が本当にあるのでしょうか」
彼女の質問に、オルドルフはフムと食事をする手を一旦止める。
「もし、私と貴女の認識がずれていないのならば、彼には勇者の資格が十分過ぎる程にありますよ」
「………………そうですか」
「感情をそう易々と表に出すのはやめなさい」
身内の気の緩みで疑わしい、という思いが露骨に顔に表れていたのだろうか。いや、彼女は表面では粛々と頷いただけである。
オルドルフがやたら目敏いだけだ。
リリアナは漸く手に持ったフォークを動かして、そのヘリでサラダ菜を切り、口に入れる。
そして野菜を静かに咀嚼しながら、オルドルフの言葉について考えていた。
勇者の資格とは、その身に尊き血筋を引いている、ということだ。
これはオルドルフ自身から教わった内容なので間違っていないだろう。
ならばラグリフタなどというふざけた名を持つ彼はそれなりに高貴な家の出、ということになるが、そうだとしたら今の彼の現状はどういうことなのか。
そもそも彼はどこの出身なのか。
そのような疑問が彼女の中に浮かぶのを、オルドルフに分からぬはずがない。
それでも「資格はある」としか言わなかったということは、それ以上はまだ、知らなくても良いと判断したということだ。
彼女の師は、彼女が自分の言葉から汲み取れるだけのことを汲み取り、不要な質問を増やさないことを期待していた。
「焦らずとも、いずれ知る時は来るでしょう。あの方の性質を考えても、身分に応じた対応を求められることも無いでしょうし」
「それはまあ………そうでしょうね」
こちらの心中を読み取ったようなオルドルフの発言は置いとくとして、相手は社会性という言葉さえ知らなさそうな奴だ。仮に大公貴族だったとしてもこちらの言動を咎めることはないだろう。というか本人が自分の身分を知っていなさそうだし。
「そういうことですから、勇者の変更は無いものと思って諦めなさい」
「………………………」
「返事は?」
「……………………………はい」
あの勇者に資格があるとして、リリアナが彼とやっていけるかはまた別の話ではある。