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勇者のやりたいこと

2週間ぶりくらいですね。間をおかず、コツコツ続けたいです。

「聖女の一存による勇者変更は出来かねます」


 リリアナの要望はオルドルフ枢機卿の穏やかな、されど有無を言わせない一言でもって跳ね除けられた。

 なんならその後、「それでは、勇者様の説得をお願いします」などと言ってそそくさと去っていこうとする。

 全部押し付けようという訳だ。ちくしょう。


 おいたわしい聖女が(脳内で)頭を抱えている一方で、ボンクラ(勇者)はオルドルフの背に「次の鐘はあとどれほどで鳴る?」と呑気に声をかけていた。

 鐘というのは時刻を教えてくれる教会の鐘のことだろう。音は聞こえるのにほとんどの者が姿を見たことの無い、不思議話の一つでもある。

 こんな野生児も時間を気にかけたりするのかとリリアナは少し意外に思う。というかあの鐘、こんな地下にまで聞こえてくるのか。


「おそらく、もうそろそろ鳴るでしょう」


オルドルフはそう返事をすると居なくなってしまった。

 勇者はそれだけで満足したらしく「そうか」と言って黙る。


「………………………」


ついに勇者と二人きりになってしまい、リリアナは少し眉を下げた困り顔で彼と向き合う。

 困り顔、といってもそれは穏やかなもので、あくまで余裕のある表情であると側からは見てとれる。

 けれども実際のところ、波風一つ立たぬ水面のような仮面の裏で、リリアナの思考はグルングルンに回りまくっていた。当然余裕がある訳でもない。


 リリアナがこれまで受けてきた訓練には他者への説得の術も含まれていた。

 その一環で地方に住まう異教徒の改宗をその口だけで丸くおさめてしまったこともあるくらいなので、そんな彼女にとって説得を任される程度の仕事、本来ならば朝飯前のはずだった。

 しかしながら先程の短いやり取りで、どうにもこの勇者は普通の人間と同様に相手をしていてはダメそうだぞと気づいた。気づいたは良いがリリアナが相手して来たのは基本普通の人間であるのでこのイレギュラーへの対応力は培われていない。


(…………仕方がない。まずは相手を知るところから始めていくべきでしょうね)


 彼の事情を知っていけばいずれは勇者役がこんな奴(出身不明者)である謎も紐解けるだろう。


 リリアナは一つ瞬く間、このように思考をまとめると、子を見る親のような困り顔を微妙に変えて、恥じらう乙女の表情に変化させた。


 下げた眉はそのままに、もう少しばかり目元を緩め、頬を薄く染めて柔らかく笑って見せる。


「二人きり、になってしまいましたね」

「………………………」

「………………………あの、」

「………………………」

「………………………ラグリフタ様?」

「……………………………何だ」


(いちいち呼ばなくても返事しろ!!!!)


 分かるでしょう、二人きりなんだから。わざわざ強調してるんだから。どう見てもお前しか話しかける相手いないでしょう。逆にお前じゃなかったら怖いでしょうが。


 脳内の彼女はわあわあと喚き散らすが現実の彼女は相変わらず柔らかな笑みを浮かべている。

 だがそんな彼女に対する勇者の態度は素っ気無いものだった。

 照れている、という可能性も無いだろう。

 好意を持つからこそ出るつれない態度とマジで興味がない態度をリリアナが見分けられないはずもない。どう見てもこいつの場合は後者だった。


 薄々気づいてはいたが、やはり色仕掛けの類も通用しなさそうだ。


(無駄に愛想を振りまいてしまった………)


チッと(脳内で)舌打ちをするも、あからさまに態度を変えるとかえって印象が良く無いので柔らかく笑んだ形だけはそのまま保った。


「狭いのが苦手、とおっしゃっていましたが、本当にこのような場所で良いのですか?枢機卿が勇者様の為のお部屋を用意していたはずですけれど」

「あそこはあまり好きじゃない。ここが良い」

「何故、と伺っても?」

「……?ここが良いと思うからだが」

「……………そう、ですか。…………………えっと、ならば何故前のお部屋はお気に召さなかったのでしょうか。私も同ランクの部屋を用意されましたけど、それなりの広さはあったと思うのですが」

「お前にとっては広いのかもしれないが俺にとっては狭い」

「……………………………さようで」

「もういいか?」


(や、やりにくい…………)


あからさまに関心がなさそうに話す勇者をどうにか宥めすかして会話を続けようとするも、リリアナの心は割と折れかけていた。


 こいつ、会話しようという気がまるでない。

 あと多分、会話能力も普通にない。


 相手から求める情報を聞き出すことには自信があったリリアナだが、それはあくまで相手に会話する気とある程度の会話能力がある前提で成り立っていたのだと今初めて気がついた。


 会話とは、ボールを投げ合うようなものだとどこかで聞いたことがある。

 彼女が話して来たこれまでの相手は投げ方が不恰好だったり受け取るのが難しい速さだったりはしても、一応投げる相手がいることを意識していた。

 しかしこの勇者はどうだ。向かって来たボールをガン無視もしくは叩き落とすし投げるボールは相手の頭上を飛び越えていく。

 要は相手がいることを意識していないのだ。

 

(違和感の正体はコレですか………)


そうだ、彼が自分と顔を合わせた時、オルドルフと顔を合わせた時にもあった違和感。

 普通、どれだけ相手に無関心だろうと当人が人形のような無表情だろうと、会話のために誰かと向き合えば人と話すための気構えのようなものが滲み出るものだ。

 けれども彼にはそれがない。

 特に焦点を定めていない、景色を眺める時のような顔つきをそのまま相手に向けている。

 流石にそこまでは無いと思いつつも、他者を意思疎通の出来る相手と見做していないのでは?などと勘繰ってしまう。


(一体どんな環境で育てばこうなるのか)


五十年に一度の重大任務の相方がこんな奴なのか………………と割と絶望しかけるが、持ち前の胆力でねじ伏せる。

 嘆いたところで勇者役が変更になる訳でもないのだ。この破綻者相手にどうにか意思疎通を図る方法を模索していくしかあるまい。


「……………狭い、というのは何を行うことを基準とした場合の感想ですか。おっしゃる通り、私にとってはあの部屋は広いです。それは私が部屋で一人ですることと言えば、本を読んだり、文を書いたりする程度で、あとは少し歩き回れて、足を伸ばして眠れるスペースがあれば十分だと感じているからです」


その程度で満足できるリリアナからすればあの部屋は馬鹿みたいに広い。

 なんせ十人は余裕で席につける長机を二つ置いてもまだ余裕がありそうなのだ。

 最上級の貴人をもてなす部屋としては相応しいのかもしれないがあれだけ広くてはむしろ落ち着かないと常々思っている。

 だからこそ、あの部屋を狭い、と宣う勇者の精神が分からなかった。

 

「あなたが狭い、と感じるということはあなたがやりたいことに対して空間が不十分だと感じている、ということだと思うのですが如何ですか?」


これ程まで具体的に、リリアナからすればかなり面倒な言い方をすると、漸く彼は考え込む表情を見せた。

 それに少しホッとして静かに返答を待つ。


「…………………まず、あの部屋には色々と物が置かれているだろう」

「散らかっていた印象は無いですが………家具などであればここよりは置かれているでしょうね」

「あれらが邪魔だ」

「………………………何をする際に?」

「動き回ると手足がぶつかるからな」

「走り回りでもしたんですか?」

「それに壊すと怒られる」

「………………………壊したんですか?」

「オルドルフと言ったか。あいつの威圧は中々だな」

「え、壊したんですか???」

「それに、血や土で汚すのも駄目だし」

「でしょうね????」

「魔物の類もいない」

「建築物って大体身を守る為のものなんですよ」

「そんなこんなで窮屈でかなわん」

「結局何がしたかったんですか??????」

「俺は────────」


────ゴォーーン、ゴォーーン。


 聞き馴染みのある、時を告げる鐘の音。

 けれどそれがかつて聞いたことないほどに大音量で鳴り響いた。


 突然の轟音にビリビリと身体が痺れ、思考が飛ぶ。

しかしどこか冷静に、鐘は地下にあったのか、と一つ謎が解けたことに納得もしていた。


 驚き硬直するリリアナとは対照的に、勇者は至極冷静だった。冷静というか、慣れている、というような態度ではあったが。


「丁度いいな。話すより楽だ」


そう言って彼は、初めて椅子から立ち上がり、大きく伸びをする。

それから壁に立てかけてあった剣をとった。今の今まで暗さが故にリリアナがあることに気づいていなかった剣だ。

 

 勇者は相変わらず無表情だったが、どこか楽しげに呟く。



「これが俺がやりたいことで、あの部屋では出来なかったことだ」



アオォーーーーーーーンと、狼の鳴き声が聞こえた。


次回は数日であげたい………

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