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此度の勇者役

少し日が空きました。途中で力尽きないよう頑張ります。

「……………枢機卿、これは一体どういうことですか」


 リリアナは今度こそ、オルドルフ枢機卿を力強く睨みつける。


 鉄格子の奥にいる男。

 彼の衣服はパッと見で分かるほどに血と土に塗れボロボロであった。どう見ても囚人、それもかなり劣悪な環境に置かれている者の出で立ちだ。


 寒さで死なせないようにする為か、地面には気温を固定する魔法具が置かれていたが、それだけだった。

 眠る為のベッドも、毛布すらもない。

 あるのは先ほど述べた魔法具と、彼が腰掛ける椅子のみだ。

 貴族どころか庶民でもここまで酷い扱いを受ける者はそういないだろう。


 己を非難する視線をしっかりと受け止めた枢機卿は、いかにも悪逆非道な人物らしく不敵に笑い出す……………訳でもなく、彼にしては珍しい、ほとほと呆れ果てたような、途方に暮れたような、力ない笑みを見せる。


「勇者様のご希望でしてな。狭苦しい場所は嫌だと」

「こんな牢の方がよっぽど狭いと思うのですが……」

「よくご覧になって下さい」


 目を凝らして見れば、暗さで狭く見えていた鉄格子の奥、座る男を追い越した向こう側には非常に広々とした空間が広がっていることが分かった。

 円状の平らな地面とそれを囲む高い壁の上にある客席、そして天井を支える何本もの太い柱は、風化こそしているもののかつての荘厳さを思わせる。


「これは………………闘技場?」

「ええ。先代城主の遺産です」

「剣闘士による見せ物は、もう数十年も前に当時の教皇陛下から禁止を命じられているはずですが」

「だからこそ、地下に造られたのでしょう」


薄暗さで正確な推測は出来ないものの、闘技場は中小貴族の邸宅ほどの広さはある。

 土を掘り返しこれほどの規模の闘技場を造り上げるにはとてつもない建築技術と莫大な金が必要になるだろう。

 あんな野蛮な殺し合いを観るためにこれ程の労力を割く情熱が、リリアナには理解できなかった。


 いや、今はそんなことはどうでも良い。禁止事項が密かに行われていたというのは問題だが、それは一旦置いておくとして。

 話を聞くべきは勇者の待遇についてだ。


 しかし彼女が枢機卿を問い詰める前に、鉄格子の奥にいる男の方が先に口を開いた。


「…………おい、飯の時間か?」


 突然聞こえたその声は随分と呑気そうに響いた。

 彼はリリアナの方には目もくれず、オルドルフ枢機卿のみを見つめている。


「…………勇者様、お目覚めになられましたか」

「飯か?」

「貴方さっき食べたばかりでしょう」

「ああ、美味かった。特に肉が良かったな」

「お口に合ったようなら何よりです」

「それで?………飯か?」

「だからさっき食べたばかりでしょう」


(……………………………何だこいつ)


閉じ込められているにしては随分と気楽な態度だ。視線にも表情にも特に悪感情や敵意は感じられない。


 リリアナは最も危惧していたこと──枢機卿の対応で、すっかり教会への悪感情を植え付けられて自分にも牙を剥いてくるのではないか、という懸念は杞憂に終わりそうだと判断した。…………判断したが、なんだかそれ以前の問題がある気がする。


「えっと………勇者様、ですよね?」

「……………」

「……………………あのぅ、」

「……………」

「…………………………枢機卿?」

ラグリフタ(金髪の子供)、と呼ばれると返事をします」


(ペットに話しかけてる訳じゃねぇんですよっ!!!!!)


リリアナは内心の絶叫をおくびにも出さず、「そうなのですね、ありがとうございます」と穏やかに微笑んで返す。聖女を目指す上で鍛え上げたポーカーフェイスの賜物だった。


「あの、ラグリフタ、様?」

「…………………誰だ?」


漸くこちらに向いた男の視線に、全くコミュニケーションを受け付けないわけでは無いのだと少し安堵する。

 

(それにしてもラグリフタ(金髪の子供)とは…………)


 一体誰が名付けたのか。地方の言葉ではあるが、王都でも十分に通じるただの名詞だ。


「申し遅れました。私は教皇陛下から聖女の任を賜ったリリアナと申します。此度は勇者に任命された貴方様にご同行頂きたく馳せ参じました」


 マイペースそうな相手であるため、向こうに話の流れを持っていかれる前にさっさと要件を言ってしまう。

 洗練されたカーテシーを披露してからチラリと勇者の方を見ると、こちらを見ているんだがいないんだか分からない、ぼんやりとした顔つきをしていた。


「そうか」

「………………はい。つきましてはご同行頂いた後の日程と我々の身の振り方についてお話ししたく…………」

「必要ない」

「はい。…………………………はい?」


聞き間違いだろうか、とつい作法も忘れ勢いよく顔を上げればさらに訳の分からない発言が続く。


「俺はここを終の棲家(ついのすみか)とするつもりだ。だからここから動く予定はない」

「はい???」

「よって、お前について行った後の話を聞く必要はない」

「?????????」


え、こいつずっとここに居座るつもりですけど???という気持ちを込めて枢機卿を振り返ると彼は笑顔で首を振っていた。その笑顔が若干強張っているように感じられるのは気のせいだろうか。


「申し訳ございませんがいずれは出て行ってもらうことになりますので」

「探しにいかずとも飯は出るしな」

「一生涯どころか一ヶ月でも居座られては困りますな」

「天候、気候の変化の心配も要らない。身体を這う虫の存在もない」

「流石にずっと面倒を見る気はありませんが」

「まさに理想の住居と言っていい」

「困った、全く話を聞いて下さらない」


はっはっはっはとオルドルフは地下に響く程の声で鷹揚に笑う。

 あ、これは彼の対応を全部自分に放り投げる気だな、とリリアナは悟った。


 しかし確かに枢機卿に任せていても埒が明かないと考えた彼女は、口元の笑みを引っ込めて厳しい表情をして見せる。


「ご同行頂けない、ということは教皇陛下……ひいては国の意思に逆らうつもりだと、そう受け取って宜しいでしょうか」

「………………そういうことになるのか?」

「なるでしょうね」

「……………………………そういうものなら仕方がないな」


(仕方がないで済まされるか!!!)


もはや頭痛がしてきたがそれを堪えて再び穏やかな笑みを浮かべる。けれど先程までの笑顔とは違って、どこか薄寒い、威嚇をするような微笑みだった。


「それは、ご自身の廃嫡………最悪、お家の取り潰しも覚悟の上、ということですね?」

「何だ、ここは潰されるのか?」


それは困るな、とのほほんと呟いた彼に再び耳を疑う。


「…………………………は?」

「ん?」

「いや、えっ……………………は?????」

「どうした」

「い、家?」

「ここだが?」

「?????????」


ここ数年でここまでリリアナの態度を崩してみせた者はそういない。

 もはや快挙だった。


 教えを受けていた最中、あれほど他者に隙を見せるなと厳しかったオルドルフも今は彼女を諌めない。彼にとっても想定外過ぎてさもありなん、という感じなのだろう。


(おかしい。どう考えてもこの態度はおかしい)


どうにか気を取り直した彼女は、勇者役の酷い待遇のせいで見落としていたが、そもそもドレーアフィレカ内の貴族にこんな人間は居なかったはずだと思い出す。

 貴族全員となれば随分な人数となるがそれでも自分は完璧に覚えていたはずだ。勇者役となり得る若い男性貴族の居る家となればなおさら。

 けれどもどういう訳か、ラグリフタというふざけた名前も、薄汚れた髪の奥に見える顔立ちも、脳内貴族名簿には欠片も引っかからない。


「………………………あの、失礼ながらご出身はどちらで?」


対面を予定していたなら事前に調べるか、それが無理でもある程度予測しておくのが貴族界の礼儀であり作法だ。

 リリアナのこの言葉は無礼も無礼であり有り得ないものだった。しかしここまでの無礼勝負なら勇者役の彼が圧勝するのは間違いないので、今更気にするのも馬鹿馬鹿しい。


「出身?………家ならここだが」

「前です。前の家はどちらですか」

「雨風を凌げる場所ならどこでも。今はここだ」

「………………あ、へぇーそうなんですか」


相槌を打ちながらリリアナは脳内の勇者メモに『出身不明』と書き出す。


「ご自分の立場は理解していますか?」

「そこの老人に養われている。助かっている」


ふーん、『理解していない』と。


「………災いの封印、勇者と聖女の伝説は流石にご存知ですよね?」

「…………………聞いたことはあるな」

「流石にそうですよね!」

「なんかこう、………………大変なやつ」


『知らない』らしい。


「…………………………そう、ですか」


 リリアナは、朝焼けに照らされた花弁から滴り落ちる一粒のつゆの如き儚い、つつけば壊れてしまいそうなほどに繊細な微笑みを見せ、くるりとオルドルフ枢機卿の方を振り返る。


 そうして緩く弧を描いた桜色の唇を開くと──────



「チェンジで」

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