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聖女の役割

世界観の説明その2です。

 聖女が権力者に選ばれているという事実から察せられるだろうが、それは勇者もまた同様であった。

 表向きには聖女の予言によって選出されるということになっているものの、実際はお偉方が顔を突き合わせて、王家の血に近しい青年貴族の中からじっくり吟味して選び出している。


 聖女の予言というのもただのパフォーマンスだ。

 魔物の討伐、盗賊からの村娘の救出、何でもいい。

 あらかじめ国家ぐるみで仕組んだ事件を勇者役に解決させ、都合良く現れた聖女に「あなたこそが勇者!」と太鼓判を押させるのだ。


 今日はその茶番劇の為の打ち合わせ………だけではなく、()()()()()()()()()()()()の打ち合わせの為にリリアナはやって来ていた。

 何を討伐し、誰を仲間とし、何を救済するのかまで、それら全ての台本とスケジュールが既に彼女の頭の中にあった。


 ─────── 特別な力も何も持っていないと、先程はリリアナをそのように評したが、それはあくまで超常現象的力という意味での話だ。

 国家プロジェクトの重要人物となる聖女役が、何処にでもいるただの小娘に任せられる訳がない。彼女は聖女の真の役目を果たすのに相応しい能力があると見込まれて聖女役に任命されていた。

 このプロジェクトにおける聖女の真の役目とは、災いの討伐でも、封印の綻びの修復でもない。

実のところ、それらは鍵を持っていさえすれば容易く開く扉のようなものだ。持っていなければ力ずくでこじ開けるしかないので、並大抵ではない苦労を要するが、持っているのなら子供でも簡単に開けられる。

 そして勇者と聖女というのは、その鍵を与えられる者たちであった。


 では、鍵さえあれば誰でも出来るのに何故彼らが要るのかというと、鍵があることがバレないよう、英雄譚が必要だったからだ。


 世界中の人々が災いの裏側に気づかないよう、彼らだからこそ成し遂げられた偉業だったのだと思わせるよう、各地であらかじめ定められていた活躍をする役者、それが勇者と聖女の存在意義だった。


 しかし同じ役者でも、勇者と聖女では役割が明確に異なっている。

 勇者に求められるのはその身に流れる王家の血であり、政治的に重要な駒になることだ。したがって、大抵現在の統治者にとって都合の良い家出身の者が選ばれる。自由とは無縁のがんじがらめの人生が約束されるが、逆に言えばプロジェクト内で求められるのはそれだけだった。

 一方で聖女。こちらも政治の駒とされる未来は決まっているが、勇者と異なり完全実力選抜である。数年前から聖殿に集めた聖女候補たちを鍛え上げ、その中から最も優秀な一人が聖女役に選ばれる。

 というのも災い封印プロジェクト一番の担い手が聖女だからだ。

 聖女の役目とは、あらゆる手練手管を用いて勇者と自分を中心にした英雄譚を作り上げることそのものだった。

 聖女が導き手である、というのもあながち間違っていない。人々を真の勇者の元に導くのではなく、勇者役を受け取っただけのただの青年貴族を英雄に仕立て上げるという意味では立派な導き手だった。


 


(………さて、此度の勇者は誰になったのでしょうか)


 老人でありながら健脚のようで、スタスタと進んでいく枢機卿の背を追いながら、リリアナは考える。


 巷ではルーデルヴァイド家の次男、学問に精通し、剣の腕でも名を上げているグラディスに間違いないと噂されているらしいが、それはあり得ないことを彼女は知っていた。

 あの家の者を勇者として引き上げた場合、貴族間のパワーバランスが大きく崩れるのだ。勇者とはどこまでもドレーアフィレカの政治と密着しており、候補者は人格よりも家柄を重視されていた。


 しかし政治的な要素を踏まえて考えると、めぼしい人物の心当たりが無い。

 勇者に相応しい年齢と身分の青年は何人も居るが、その誰もがいざ任命するとなると政治的に躊躇われる背景を持っていた。


 (まあ、他に候補はいないし、一番マシだと判断された者が選ばれたのでしょうけど)


 さてはて一体どこの誰が選ばれたのか。


 まだ結果を知らされていない者の特権として、リリアナはこうであれば良いのにと好き勝手な要望を脳内に並べていく。


 顔立ちの整った勇者であれば良い。

 美しいラッピングは多少の粗ならば誤魔化してくれるから。


 腕の立つ勇者であれば良い。

 そこらにいる兵士並みの腕では懸念を抱かせてしまうから。


 だが例え勇者が稀に見る醜男だろうと、枯れ枝のような腕をした病人だろうとリリアナは英雄に仕立て上げてみせる自信があった。

 そうであったら楽が出来るという程度であり、重要なのはこの二点ではない。


 そんなことよりも何よりも本当に重要なのは、こちらの指示に従うのに抵抗がない、ということ。聖女である自分と協調する意思があることだ。


 自分を女だから、身分が下だからと侮り主導権を握ろうとする者では話にならないのだが、勇者は必ず上級貴族の中から選ばれるので本当に残念ながら十中八九侮られる。

 面倒ではあるけれどそんな輩の手綱を握るのも聖女の役目の一つであった。

 歴代聖女による旅の記録には、最初から最後まで勇者に対する愚痴が書き綴られているものもあり、確かにその時代の勇者の人間性は中々アレだった。


 けれどもまあ、人間性はアレだったがやるべきことはちゃんとやっていたらしい。

 それならばリリアナとしては特に文句はない。


 どの記録を見ても勇者役はそれなりに優秀な者が選ばれていたのは間違いなかった。プロジェクトを成功させなければいけないのは、上の人々にとっても同じなので、当然と言えば当然だ。

 余程問題のある者を勇者として寄越してくることはまず無いだろう。

 貴族らしい多少の傲慢さや鼻につく態度くらい、軽く流して────────


「──────枢機卿?」

「はい?」

「何故地下に向かおうとしているのです?」

「勇者様がこちらにいらっしゃるので……」

「このような場所で勇者様をお待たせしているのですか!?」


 気づけば、二人は煌びやかな城内を離れて薄暗い地下に向かおうとしていた。


 何度でも言うが、勇者役は基本的に王家の血筋に近い者から選ばれる。

 そのような貴人を滞在させるのならば、極上の部屋を用意しておくのが一般的な作法だ。

 このような場に据え置くのは罪人相手が関の山であり、勇者役に選ばれた者に対しては有り得ない所業だった。


 一体どういうつもりなのかと睨みつける、というよりは困惑した眼差しを送れば、何故か枢機卿の方も困惑したような疲れたような表情を浮かべている。


「勇者様のお望みでしたから」

「は?」

「…………まあ、会って話せば多少のご理解は頂けるかと」


再び歩き出した枢機卿をリリアナも戸惑いながらも追う。


 実は奥深くに貴族が過ごすのに申し分のない設備が整えられているのではという可能性も考えていたが、全くその気配は無い。

 道の舗装はされているものの、経年劣化で随分とボロボロになっている。

 益々戸惑いを深めながらも進み続けること数分。


 漸く枢機卿が足を止めた先には錆びた鉄格子があり、その向こうには椅子に座る男の姿があった。

やっと勇者とのやり取りを書けるとホッとしてます。

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