出来すぎた英雄譚
この作品の世界観の説明です
───────千年前に突如現れた悪神。
恐ろしい魔物を出現させ、疫病を撒き散らし、数えきれない程多くの命を奪った未曾有の大厄災。
それを初代国王のマクシミリアン・ライフォードが打ち倒し、封じ込めたことから大国ドレーアフィレカの歴史が始まった。
大陸の西から中央にかけての広大な土地を所有し数多の属国を持つドレーアフィレカは、その繁栄ぶりから『世界の中心』、『神の寵愛を受けた国』などと様々な呼び名で称えられているが、この国が各国に絶大な影響を持ち、君臨していられるのはある役目を担っていることが主な原因であった。
建国の契機となった悪神の封印以降、初代国王の偉業によって訪れた平穏は一時的なものに過ぎず、五十年毎にその封印が綻び、世に災いが降り掛かっている。
しかし、その度に災いを打ち払う勇者と再び封印を施す聖女が現れることでどうにか災いを鎮めていた。
彼らは必ず初代国王の血が根付くドレーアフィレカで発見されたため、いつしか各国は災いが起こる度にドレーアフィレカを頼るようになり、故に勇者と聖女の後ろ盾となって、万全の準備をさせて送り出すのがこの国の役目となった。
ドレーアフィレカは災いを止める力を持たない他の国々に勇者と聖女を派遣し、その恩で災い後の二十五年間は各国から優遇され、次の災いまでの残りの二十五年間は災いへの備えとして重んじられる。
故にこそ、建国以来ドレーアフィレカは一度として他国に侵されることなく繁栄を続けて来たのだ。
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豪奢な調度品に囲まれた応接間に、パラリ、パラリとリリアナの本を捲る音が響く。
ドレーアフィレカの成り立ちについて書かれた、数分もあれば読み終わる本だ。
けれども僅かな文に一々挿絵が用意されているためそれなりのページ数となっていた。
貴族の城の応接間にはしばしばこのような歴史書が置かれている。
読み物としてではなく、家具としての役割を果たす本───中身は一般的な歴史書の冒頭しか書かれていない上に、幼い子供ですら既に知っているような内容なので知識書としての役割は一切ない。
そんな置かれていることのみに意味がある本をリリアナは読んでいた。
大した理由はなく、ただの暇つぶしだ。
この城の城主を待つ間、なんとなく目についたから読んでみただけだった。
本の挿絵や装丁は、大抵その城の城主やその先祖の依頼で作成されたものであるため、それを客人が読むことは彼らの趣味を知ろうとしているとみなされ、礼儀作法としてはむしろ推奨される行為ではある。
とはいえリリアナも訪れた先で常に読んでいる訳では無い。
貴族のインテリアとして扱われる本は大抵馬鹿高いお値段がするので触りたくなかったし、彼女は美しい挿絵にもあまり興味が無かった。
だというのにここでわざわざ手に取ったのは、心底ヒマだったから───────だけではなく、先日自分が聖女に任命されたため、一般的に知れ渡っている歴史について改めてきちんと読み直した方が良いのでは、という思考があったからだ。
そう、任命されたのである。
救世主や神霊の如く突如現れた訳では無い。
しかるべき審判、しかるべき手続きの下、国の権力者が特別な力も何も持っていないリリアナを記念すべき二十人目の聖女として選出したのだった。
彼女はすぐに読み終えてしまった本をパタリと閉じて、ぼんやりと天井を見上げる。
─────五十年。前回を覚えている者が残っている内に再度訪れる災い。
─────必ずドレーアフィレカにて現れる勇者と聖女。
─────災いのおかげで影響力を増すドレーアフィレカ。
出来すぎているとは、思わないのか。
それとも自分がそう思えるのは、既にこの茶番劇の真実を知っているからなのだろうか。
………そうなのかもしれない。
人とは慣れる生き物だ。天から氷が降っても、光の帯が空に流れても自然現象として受け止めてしまえるように、どれだけ御伽噺じみた都合の良い出来事でも、千年間繰り返されればそういうものだと思い込むのだろう。
待ち人はまだ来ない。
仕方がないので先程読み終えたばかりの本を丁寧に棚に戻し、その隣に置かれている本を数冊、これまた丁寧に取り出す。
先程の本よりは少し分厚い、その後の災い封印について描かれた本たちだ。
どの本もストーリーパターンは全く同じで、まず初めに災いに憂うドレーアフィレカに救世主のごとく聖女が現れる───実際のところはリリアナと同じく選ばれた乙女達だろうがそういうことになっている。
次にその聖女が導き手となって災いを打ち倒す勇者を予言し、二人は災いを封じ込める旅に出る。
そこから魔法使いだの剣士だのが味方になったりならなかったりするが、ラストは毎度お決まりで、世界に平和が取り戻されて聖女と勇者が結婚してめでたしめでたしという感じだ。
ちなみにこの結婚はこれまで一度として行われなかったことがない。
十九回も繰り返せば一度くらい相性の悪い二人が居そうなものだが、どの本にも恋愛結婚として記載されている。
さらに言うと勇者は必ず王家の血に近い貴族出身だし、聖女は聖女で必ず教会出身者であった。
ここまで話せば、ほとんどの者は気づくだろう。
勇者と聖女による災いの封印とは、ドレーアフィレカが他国を影響下に置き、王家と教会の結びつきを強めるための一大国家プロジェクトであった。
「リリアナ様、長らくお待たせしてしまい申し訳ございません」
ようやくやって来た待ち人に、リリアナはそっと本を机の隅に避ける。
「いえ、私としてもここのところは忙しかったので………丁度良い休憩時間を取れました」
「なんと!お忙しいというのに、こうして貴重なお時間を浪費させてしまったのですか………」
白髪を後ろに撫で付け、豊かな髭を蓄えた老人は大袈裟に恐縮する態度をとった。
彼はここら一帯の地域を治めている領主であり、教会の中枢を担っているオルドルフ枢機卿だ。
リリアナは一瞬、嫌味のつもりでは……と否定しようとしたが、すぐに老人の目が愉快げな色を湛えていることに気づいた。
揶揄われているのだ。
「………枢機卿」
「はっはっはっは。失礼、失礼。あなた様が随分見違えたものですから、つい」
「この大切な時期に、戯れている場合ではないでしょう」
「流石、聖女様は正しいことばかりを仰る」
「早く案内をして下さい」
付き合いきれない、と本日の要件を進めるよう促せば、老人は何度か肩を揺らした後に漸く笑いを収めた。
オルドルフ枢機卿とリリアナは、単なる教会関係者ではない。
聖女候補として聖殿に上がった十三歳の時まで、彼女を引き取り聖女として役目を果たせるよう鍛えたのが彼だった。
親がわりの存在になってもおかしくない相手だが、リリアナは師と思いこそすれ、一度として彼を親と思ったことはない。
「しかしまあ……正しくはありますが適してはいませんな。これからずっと大切な時期なのですから、偶には気を抜いておかなければ身が保ちませんよ」
「………なるほど、仰る通りですね。自分の身を追い込み過ぎないように気をつけようと思います」
リリアナはにっこりと、聖女らしい清らかな微笑みで、暗に「余計な世話だ」と主張する。
老人は仕方がないと言いたげな、どこか呆れたような苦笑を漏らした。
「それでは、勇者様の元にご案内致します」
歩き出した枢機卿の背中を追って、リリアナもまた歩を進める。
本日の要件は、勇者との面会だ。