プロローグ
始めました。よろしくお願いします。
薄暗く冷えた地下を、女が一人、コツリコツリと小さな足音を鳴らして歩いていく。
加工された石を積む、または敷き詰めることで壁も床も整備されおり、剥き出しの土を踏むことこそ無かったが、その石はもう随分と風化してしまっていてあちこちに崩れた破片が落ちていた。
そんな歩きにくそうな道をどうにか一度も躓かずに進んで来た彼女は、眼前に鉄格子が現れると漸く足を止めた。
道をすっぱりと絶つ壁の如く、通路に嵌め込まれたそれは一見牢のようにも見える。
しかしよく目を凝らせば、鉄格子の向こうにはこちらよりもよほど広大な空間が広がっていることが分かった。
その広い空間に在りながら、こちら側からはっきりと顔が見える程近くに、椅子に座って眠る男が居る。
男が纏う衣服は、血と土が付着し所々に裂けた穴が開くボロ衣であるというのに、彼が腰掛ける椅子は宮廷に置かれるような上等なもので、酷くチグハグな印象を受けた。
彼はパチリッと目を開けて自分の前、格子の向こうに人が居ることに気づくと……………
何も無かったかのように再び目を閉じた。
「……………………………あの。…………あの!」
「……………」
「聞こえてはいるのでしょう?ねえ、ちょっと!」
煩わしげながらも再び開かれた目は、彼女を見ているようで見ていない。
ただ騒音の原因を探るため、対象を視界に納めているだけだった。
「……………何だ。…………誰だ?」
「私、昨日もここに来たのですけれど」
「そうか。……………誰だ?」
「昨日も話したのですけれど」
まあ良いでしょう、と一つため息をつき、彼女は姿勢を正す。
「……………………お目にかかるのは二度目となります。先日、教皇陛下から聖女の任を賜りました、リリアナと申します。つきましてはあなたに勇者としての任を与え、同行して頂くために参りました」
瑠璃色の瞳をスッと伏せた彼女は、聖職者特有の長い裾を摘み上げ、優雅にカーテシーを披露する。
薄く紫がかった白い髪がスルリと肩から流れ落ちる姿はひどく美しく、確かに聖女の名にふさわしい神秘性に溢れていた。
しかし、それを披露された相手はというと、既に彼女の方を見ていない。
男は再び眠る体勢に入り、コックリコックリと船を漕ぎ始めている。
「……………………………あの!!!!!」
「……………何だ。何の用で来た?」
「今申し上げましたね」
「そうか。………………………もういいか?」
ここまで虚仮にされて尚、リリアナのたおやかな微笑みは崩れない。
あらあらと細い眉をハの字にして、手のかかる子供を見るような困り顔で流す様は流石は聖女の風格であった。
しかし、まあ………………
(昨日も説明してんだよボケカス。)
…………………その外面に内面が一致するかと言えば、その限りではなかった。
基本コメディです。