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好きな人には好きな人がいる  作者: 知恵紅葉
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小紫藤姫

全二話で一話は小紫藤姫。

二話は如月竜胆のものです。



私の名は小紫藤姫(こむらさきとき)。十九歳。


十二歳の時妖魔から私を救ってくれた人に一目惚れした。


でも、私の好きな人には好きな人がいます。


どうしたらこの片想いは実りますか?




私の好きな人の名は金木犀(カネキセイ)。三十二歳。陰陽師。


陰陽連が誇る三傑の一人。


任務で日本各地に赴き妖魔を相手に日々戦う人。



犀との出会いは七年前。


幼馴染の如月竜胆(きさらぎりんどう)と森で遊んでいたら突然妖魔が現れ自分達を食べようと襲ってきた。


無我夢中で妖魔から逃げるも呆気なく捕まってしまう。妖魔が口を大きく開け私を食べようとした瞬間、妖魔の首が落ち気づいたら知らない男の腕の中にいた。


「もう大丈夫」


男は藤姫を安心させようと優しく微笑む。


その瞬間、藤姫はその男を好きになった。





半年後。


「好きです。結婚して下さい」


自分を助けてすぐに任務で町から出ていった犀。半年ぶりに帰ってきた犀に漸く想いを告げれると喜ぶ藤姫。


「無理だ。私には愛している人がいる。この想いだけはずっと変わらない。諦めてくれ」


犀はそう言うと藤姫の方を振り返る事なくその場から去る。


藤姫は生まれて初めて男からの拒絶に戸惑っていた。藤姫が微笑めば大抵の男は顔を赤らめて藤姫を好きになる。



藤姫は大人もたじろぐほどの美人だ。目は大きく肌は白い。町一番の美女だと年場もいかない頃から評判だった。


自分が願えば例えどんな無茶な事でもまかり通ってしまう。藤姫それほど美しい娘なのだ。


そんな自分が願うのだから犀は喜んで承諾すると思っていたが実際は拒絶だった。


生まれて初めての拒絶に戸惑いを隠せない藤姫。


どんな手を使ってでも手に入れると誓う。自分の伴侶は犀しかいないのだから。




一年後。


「好きです。結婚してください」


「無理だ。諦めろ」


「嫌です。絶対諦めせん。結婚してくれるまで何度でも言います」


犀は呆れてその場から去る。


「絶対諦めませんから」


犀の後ろ姿に向かって叫ぶ。




二年後。


「好きです。今日こそ承諾してください」


あれからずっと会うたびに好きだと言い続けてきた。


「何度も言っているが無理だ」


抱きつこうとする藤姫を避けその場から急いで去る。




三年後。


「ずっと好きです。結婚して下さい」


もう、誰の目も気にすることなく町の中で堂々と求婚する。


「無理だ。諦めてくれ」


店主からお釣りをもらい急いで町から出て任務へと向かう。


「いつになったら承諾してくれるのよ」


三年もずっと求婚しているのに一向に自分を好きになってくれる気配がない犀にだんだん苛立ちを覚える。


「藤姫ちゃん。いい加減諦めたらどうだい。 藤姫ちゃんなら他にもいい男はいるよ」


なんならうちの倅はどうだいと勧めてくる店主に「結構です」と言ってその場から去る。


「(私が好きなのは犀さんなの。あんたの倅になんて興味ない)」


自分と倅を結婚させてあわよくばを狙っていた店主は「顔だけの娘が調子に乗るな」と悪態をつく。





四年後。


「好きです。この気持ちは絶対変わりません。諦めて結婚して下さい」


七ヶ月ぶりに町へと帰ってきた犀にそう宣言する。


「何度も言っているが私には心に決めた人がいる。諦めてくれ」


そう言って席を立ちお金を置いて店から出て行く。


その後を追おうとするが女将さんから「待ちな」と手を掴まれる。


「離して」


早く後を追わないと。そう思って手を振り離そうとするも「今日だけは駄目だ」と言われてしまう。


その目があまりにも真剣で藤姫はその場から動けなくなってしまう。女将さんがそこに座りなと指示するので言われるがまま座る。


「あんた、ずっと犀さんに求婚しているだろう。何で彼に固執するんだい」


藤姫が犀の事を好きなのは町の人達は全員知っている。


あれだけ、人目を憚らずに大声で告白していたら一瞬で町中に知れ渡る。


それに、二人は町で一、二を争うほどの有名人。知らない人間の方がおかしい。


「初めてだったの。私の外見を褒めなかった人は。なんの見返りもなく私を助けてくれた人は。いつも私に近づいてくる人はそんな人ばかり。でも、犀さんは違う。あの人は私自身を見てくれる。ありのままの私を。だからあの人の隣にいたいの」


女将さんにそう言って漸く自分の気持ちに気づいた藤姫。


最初は妖魔から助けてくれたから好きになった。でも、途中からは犀の人柄に惹かれていった。


どうしようもないくらい犀を好きになっていた。犀の口から他に好きな人がいると言われるたび心が張り裂けそうになっていた。


何でそんな風に思うか気づかない振りをしていたけど、本当はわかっていた。ただ、傷つくのが怖くて逃げていた。



自分の方が幸せにできるのに。日本一幸せな男にできる自信はある。でも、犀はそんなこと望んでいない。自分の事を見てくれない。


彼の瞳に自分が映ることは無い。


気がつくと藤姫の目から涙が溢れていた。


女将さんは藤姫の涙を見てこの子は本当に犀の事を好きなのだとわかる。


女将さんは藤姫の想いが決して実ることが無いのがわかっていたので諦めるよう説得しようとしたが、藤姫の想いを知ってどうしたらいいかわからなくなった。


他人がどうこう言ったところで諦められるのなら最初から諦めている。


「これは私の独り言よ」


そう言うと女将さんは昔の事を話し出した。


藤姫が犀と知り合う前の出来事を。





「どう頑張っても私に勝ち目がないじゃん」


女将さんの話しを聞いて犀と結婚したい、ずっと傍にいたいという願いが一生叶わないものだと知り絶望する。


「死んだ人間にどうやって勝てばいいのよ」


犀の好きな人はもうこの世にいなかった。生きている人間なら勝ち目があると思っていたのに。死んだ人間は記憶の中で生き続ける。


どう頑張っても勝ち目はない。


楽しい思い出も悲しい思い出も全ての日々が忘れられない大切な宝物として刻まれる。


どうやっても無理だと悟る。諦めるしかないと頭ではわかるのに、心がそれを拒絶する。


藤姫の脳裏にあの日妖魔から助けてくれた時の犀の優しい笑みが思い浮かぶ。


「好き。好き。好き。嫌だ。お願いだから私を見てよ。私のこと好きになってよ」


声を押し殺して涙を流し続ける。藤姫の悲痛な叫びは誰にも届かない。



五時間後。


「こんなに泣いたの初めて。でも、すっきりした」


泣きすぎて目は赤いしまぶたは腫れていて普段の藤姫とは似ても似つかないほど不細工な顔をしている。


「決めた。私は絶対諦めない。だって好きになったんだから仕方ないよ」


自分の気持ちに正直に生きることにした。例え、犀が振り向いてくれないとしても自分の気持ちを誤魔化す事だけはしたくない。


自分に正直でありたい。


いつか、この想いが消えてしまう日が訪れるかもしれない。そんな日が訪れるとは到底思えないけど、過去を振り返ったとき私はやれることはやったと胸を張って言いたい。


だから、まだ貴方の事を好きでいさせてほしい。




五年後。


「今日こそ頷いて下さい。結婚したいです。お願いします」


「無理だ。諦めろ」


「嫌です。諦めません」




六年後。


「いい加減私を好きになって下さい。私と結婚したく無いんですか」


藤姫は十八歳。藤姫を見るためだけに隣町からだけでなく全国各地から人が訪れてくるくらい美人になった。昔も美しかったが今はそれ以上の美しさを放つ。


誰も藤姫の美しさには敵わない。


「この先一生ならないし、そもそもしたく無い」


きっぱり断る。花束を抱えて森の中へと入っていく。


「まだ、話しは終わってない。待って」


森の中へと入っていく犀を追いかけるも、いつの間にか見失ってしまう。


「何処に行ったのよ」


森の中を彷徨い続けて約一時間経った頃、桜の花びらが飛んできた。


「桜?」


もう春の時期なのか。犀と一緒に花見がしたい。何回も誘ったが断れた。


今年も懲りずに誘ってみたが断られた。


「(いつか、一緒に桜を見ることができるだろうか)」


犀は見失うし今更見つけられないだろうと諦めて帰るくらいなら桜の花でも見て行こうと花びらが飛んできた方に向かって進んでいく。


「あれ?あそこにいるのって犀さん?」


漸く桜の木を見つけ近寄ろうとするもその場にいた犀をみつけ止まってしまう。


どうしてこんな所にいるのかと疑問に思うも、今なら念願の花見を一緒にできる。そう思って声をかけよと口を開くが、桜の木の下にある墓を見て急いで近くの木の後ろに隠れる。


「もしかしてあのお墓って…」


さっきは一瞬しか見れてないし、勘違いかもしれないからもう一度確認しようと木から顔を出す。


その時犀が「桜彩」と墓に声をかける。


藤姫は急いで口を両手で覆う。


「桜彩。俺今年もちゃんと生きたよ…」


墓に向かって今年一年何があったかを話し出す。


「(知らない。私そんな声知らない。そんな顔私一度も見たことない)」


自分には向けられたことないものを向けてもらえる桜彩が羨ましくて仕方ない。


「どうして私じゃ駄目なの」


その声は震えていて今にも消えてしまいそうな儚い声だった。


これ以上この場にいるとおかしくなってしまう。そう思って、全力疾走で山を降りる藤姫。


途中何度か転ぶもすぐに起き上がってまた走り出す。


山を降りて家に帰る途中誰かにぶつかり尻もちをついてしまう。


「ごめんなさい。大丈夫ですかって藤姫」


ぶつかった相手は幼馴染みの竜胆だった。


「おい、どうしたんだ。血がでてるぞ」


藤姫の手の平と足首からでている血を見て真っ青になる竜胆。


「(道理で痛いわけだ)」


血がでている手の平をぼんやりと眺める。


「少しじっとしていろ」


そう言って藤姫を横抱きにして自分の家へと向かっていく。こんな姿を町の人達に藤姫はきっと見られたくないだろうから遠回りして急いで帰る。




「少し痛いかもしれないけど我慢して」


父親が隠している酒を血が出ているとこにかける。


藤姫は顔を歪めて痛みに耐える。


「言いたくなかったらいいけど、何があった」


手当てを終えてからそう尋ねる。


「…別に何も」


「そうか」


すぐに犀の事が原因だとわかる。もう、何年もその光景を近くで見ているので藤姫が一喜一憂するのは犀が必ず絡んでいると。


「諦めないのか」


「諦めない。諦められない。私はあの人の隣にいたい。ただ、それだけなのに…」


小さな声でそう呟く。藤姫の瞳からは大量の涙が流れている。


藤姫の願いはこの先一生叶うことは無い。それが竜胆にもわかるから何も言えない。



好きな人に好きな人がいるのはどうしようもなく苦しくて切ない。


好きになったのは一瞬なのに、忘れることも実ることは無いなんて何て残酷なのだろうか。


「そうか。頑張れよ」


竜胆にはそう言うことしかできなかった。





七年後。


「好きです。私と結婚してください」


「藤姫。諦めてくれ。俺には好きな人がいる。今も昔もこれからも、それはずっと変わらない。俺はお前の気持ちには応えられない」


犀は藤姫の想いを毎回丁重に断る。無視することもなく自分に幾度となく想いを告げる藤姫に真摯に向き合った。





貴方は優しい人。


優しくて残酷な人。


私はあの時からずっと貴方が好き。


この気持ちはきっとずっと変わらない。


それがどうしようもなく辛く切ない。


どうしたら私を好きになってくれますか?


どうしたらこの想いは実りますか?


どうしたら私はこの気持ちを諦められますか?


貴方の瞳に私を映すにはどうしたらいいですか?




貴方は今日も沢山の人を救う為妖魔と戦う。私の気持ちなど関係なく。




諦めるべきなのだろう。女将さんが言うように。町の人達が言うように。きっとこの想いはいけないのだろう。


誰の目から見てもそれがきっと正しいのだろう。


でも、どうしてもこの想いを消し去ることはできなかった。


どんなに忘れようと努力しても他の人を好きになろうと頑張ってみてもできなかった。


そして気づいた。


自分の気持ちを他人のために捨てるなんてしたく無い。


他の誰も許してくれなくても応援してくれなくても、私だけは自分の味方でいよう。


でも、きっと私のこの想いは貴方にとっては迷惑なのでしょう。


だから、もう二度貴方にこの想いを伝えないから。口にしないから。


だから、もう少しだけ貴方を好きでいさせて欲しい。

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